第278話 ギャル巫女です! その二

 夕食後の団欒の時、メル子はなにげなくチラシを眺めていた。ここのところの出費で頭が痛い。キッチンカーの購入費用、整備費用、割れたバスタブの修理費用。金の出入りが激しい。

 チラシを置き、ため息をついた。


「出店の営業を増やすしかありませんね」

「ん?」


 黒乃はその様子をケツをかきながら眺めていた。



 仲見世通りの中程にある南米料理の出店『メル・コモ・エスタス』。店は今日も大盛況で、ランチを求める客達が列をなしていた。


「いらっしゃいませー! サンコチャードセットお待たせいたしました!」


 緑色のクローバー柄の和風メイド服をはためかせ、忙しく立ち回るメイドロボ。笑顔で料理を受け取る客。出店の前は南米のストリートのような活気で満ちていた。

 客が入れ代わり立ち代わりし、いよいよ鍋が底をつきかけようとしたその時、視界の端に見慣れた白ティーが映った。


「あ! ご主人様! ランチですか!? あれ?」


 しかし黒乃はこそこそとメル子の出店の前を通り過ぎてしまった。そのまま隣の店へと入っていった。


「なんでしょうか? 怪しいですね……」


 最後の一皿を客に提供し終えたメル子は、特急で店を閉めた。気取られないように隣の店へと忍び寄る。


 『筋肉本舗』。先日オープンしたばかりのマッチョメイドが経営する和菓子屋だ。通りに面したカウンターの下には、ずらりと和菓子が陳列されている。全てマッチョメイドの手作りだ。

 その精巧な手捌きで技巧を凝らした和菓子はすぐに浅草で話題になり、特に女子学生達に人気であった。カウンターの前にはうっとりとした目で和菓子を吟味する女子高生が、店の中のベンチにはケタケタと笑いながら分け合って和菓子を食べる女子大生が店を占拠していた。


 その中で一人、まったく似つかわしくない白ティー黒髪おさげが学生達に混じってディスプレイを眺めていた。


「うーむ、これがいいか? それともこっちか? 若い子の好みはよくわからんからな」

「黒乃 こっちの 抹茶だいふくが おすすめ」


 筋肉が溢れる巨漢のメイドロボが声をかけてきた。マッチョメイドの手には小さな皿が乗っていた。その上には四葉のクローバーの形をした緑鮮やかなだいふくが慎ましい姿を見せていた。


「おお、おお! 確かにこれは綺麗で美味しそうだ。マッチョメイド、これを貰うよ! 贈り物用に包んでね!」

「黒乃 まいどあり」


 メル子はその様子を影に隠れて見守った。


「なんでしょうか? ひょっとして私へのプレゼントでしょうか? 私の緑のメイド服に合わせた和菓子とは、ご主人様らしからぬセンスです! ん?」


 黒乃は買った和菓子を大事そうに抱え、仲見世通りの裏手へと向かって歩き出した。


「どこへいくのでしょうか? 事務所の方ともボロアパートの方とも違います。尾けてみます!」


 人で溢れる仲見世通りを一本外れた歩きやすい通りへ出ると、そのままそそくさと足早に歩き出した。その先は……。


「ここは浅草神社です。こんなところへなにをしにきたのでしょうか? まさか……」


 浅草寺本堂のすぐ隣に位置する浅草神社。通称、三社さんじゃ様。ここへは先日訪れたばかりである。


 黒乃は本堂の前で拍手を打つ参拝客を横目に社殿の後ろに回り込んだ。周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、社殿の壁に向かって二拝二拍手一拝を決めた。


「いったいなにをしていますか?」


 すると壁の窓から白い手が伸びてきた。手は上下左右をまさぐり動き回っている。黒乃は慌ててその手に和菓子の包みを握らせた。白い手はひったくるようにしてその包みを奪い取ると窓の中に消えた。


「なんですか!?」


 しばらくすると窓の横の小さな扉が開いた。黒乃は頭をかがめて扉の中へ入っていった。


「まさか……サージャ様に会いにきたのですか!?」


 サージャ様。

 浅草神社に祀られる御神体ロボ。神仏をマスターとするため、人間のマスターを持たない孤高の存在。しかし現在は御神体ロボを引退して、社会不適合ロボになってしまっている。


 メル子は壁に耳を貼り付けて中の様子を伺った。「集音マイク機能オン!」


『黒ピッピ、佇立ちょりっす佇立ちょり〜っす

『あ、サージャ様、ちょりっす。えへえへ』

「黒ピッピ!?」


『このだいふく、マジうまC。黒ピッピやるじゃん』

『えへへ、これはですね、マッチョメイドが作った最高級の和菓子です』

『これありえんてぃーくらいうまCから、黒ピッピも食べてみなよ』

『えへえへ、いただきます』


「なにをしていますか!?」メル子は壁に張り付いたままジタバタともがいた。


『あ〜、だいふく食べたらスヤりたくなってきたわ。黒ピッピ、ひざまくらしてよ』

『えへえへ、私の膝でよければいくらでも。でもサージャ様、あの件もお願いしますよ』

桶碑おけぴ桶碑おけぴ。そんくらい猪炉ちょろいし』


「ひざまくら!?」メル子は冷や汗をだらだらと流し始めた。


『黒ピッピってさ、『あの人』にちょっと似てるんだよね』

『あの人ですか?』

『うん、そうそう。あーしのご主人様よ。もういないんだけどさ』

「あの人……サージャ様がメイドロボをやっていた時のご主人様のことでしょうか?」


 サージャは御神体ロボとして生まれたのだが、一時期メイドロボにジョブチェンジをして人間のご主人様に仕えていたことがあったのだ。その人間との別れのあと、御神体ロボとして復帰した。


『そうだ、黒ピッピがあーしのご主人様になればいいじゃんね。これマジ名案じゃね? ウケるwww』

『えへえへ、私がご主人様ですか? いいかも』


「いいわけがないです! もう既に世界一可愛いメイドロボがいるのに! 新しいメイドロボが追加されて! いいわけがないです!」メル子は壁に頭を打ちつけた。


『あの、サージャ様、そろそろお願いしたいんですけど』

『あー、盃杯はいはい、例の件ね。じゃあ脱ぐからちょっち待っててね』

「んん!? 脱ぐ!?」


 衣擦れの音、続いてそれが床に落ちる音が聞こえてきた。


『じゃあ、黒ピッピ。いくよ』

『お願いします!』


 突如として鳴り響く神社らしからぬ音楽。ユーロビートのダンスミュージックが轟音でメル子の鼓膜を襲った。


「ぎゃあ! 耳が!」集音機能を使用していたため、もろに音波を受けたメル子は地面を転げ回った。


『いいよ黒ピッピ! もっと腰を入れて!』

『はい! サージャ様!』


「なにをしていますか!」メル子は扉を蹴破って本堂の中へ侵入した。

 そこで待ち構えていたのは、汗だくでダンスをする黒乃とサージャであった。


「うわっ!? メル子!?」

「あれ? メルピッピじゃん。帆尼ぽに〜」

「メルピッピ!? 二人でなにをしていましたか!?」


 曲に合わせて踊る黒乃とサージャ。床にへたり込むメル子。


「なにって、神楽パラパラだけど。マジウケるwww」

「メル子がなんでこんなところにいるのよ」


 両手をかかげ上下左右に動かす。足は左右のステップをリズムに合わせて行う。シンプルな動きながら小気味よいその所作は、見るものに神聖な清らかさを与えた。


「はっはっは、これたのしー! ほら、メル子も踊りなよ!」

「マジ昇歩様あげぽよ〜!」


「ミュージックストップです!」メル子はスイッチを押してスピーカーの電源を落とした。

 その途端、黒乃とサージャはしゅんとうなだれて床に座り込んだ。


「メルピッピ、なにするんだわさ〜。もうちょっとで神ピッピからの神託メッセが届いたのにさ〜。堕歩様さげぽよ〜!」

「神ピッピ!?」


 メル子は床に落ちていた衣装をサージャに着せた。二人を床に正座させ、自身も二人の前に姿勢を正して座った。


「いったいなにごとですか!?」


 顔を真っ青にして硬直する黒乃。巫女装束をベースにしたメイド服を着て不貞腐れるサージャ。二人の前には数字が書かれた紙とペンが置かれていた。


「これは……」メル子はその紙を見て驚愕した。

「これは『ロボ6ロボシックス』!? まさかロボ6をやっていたのですか!?」


 ロボ6とは異なる六個の数字を選んで購入する、数字選択式宝くじのことだ。毎週抽選が行われ、一等は億を超える当選金が手に入る。


 メル子はプルプルと震えた。


「まさかお二人は、神ピッピの力を借りて宝くじを当てようとしていたのですか……?」


 汗を滝のように流す黒乃。サージャはそっぽを向いて寝転んでしまった。


「新ロボット法により、ロボ祈祷きとうを私的に利用することは禁止されていますよ! どれだけのリソースを消費すると思っているのですか!」

「だってあーし、今は巫女じゃなくて、社会不適合ロボだもーん。ロボ祈祷じゃなくて、踊ってただけだもーん」



 結局黒乃はケツを九発打たれたあと、浅草神社から連れ出された。丸メガネから涙がこぼれ落ちていた。


「ご主人様……」

「あう」

「なにを買いたいのかは知りませんが、お金は地道に稼ぎましょう」

「あう」


 メル子は泣き止まない黒乃の手を引っ張って事務所を目指した。



 翌日、小汚い部屋の掃除を終えたメル子は椅子に座り、テーブルの上に置かれたチラシをめくった。八又はちまた産業の新製品の紹介のようだ。


「アディショナルヴァリアブルブリースト……後付けの可変式お乳ですか。いったい誰がこんなものを買うというのでしょうか。しかも五十万円もします」


 その中でペンで丸印がつけられた項目を発見した。


「これは……『新型高級メイドロボボディ、期間限定特価一億円』。まさか、ご主人様はこれを……」


 メル子は思わず笑みをこぼした。チラシを丁寧に折りたたみ、本棚の隙間に差し込んだ。

 その時、ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえてきた。扉が勢いよく開けられ、丸メガネをより丸くした表情で黒乃が飛び込んできた。


「なにかありましたか?」

「当たった! ロボ6が当たったよ!」

「え!? まさか一等が当たったのですか!?」


 メル子は勢いよく立ち上がった。


「いや、三等だけど!」

「それでも五十万円ではないですか!」


 二人は抱き合ったあと、万歳を繰り返した。


「サージャ様の神楽パラパラは半分成功していたんだよ!」

「すごいです! それでなにを買いますか!? チャーリー号をパワーアップさせますか!? それとも割れたバスタブを替えますか!?」

「いや、もう買ってきた!」

「え!?」


 黒乃はテーブルの上に丸いなにかを二つ置いた。


「これ新発売のアディショナルヴァリアブ……」


 黒乃はケツを百八発打たれた。

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