第276話 ギャル巫女です!

 ボロアパートの小汚い部屋に珍しい来客があった。五月の強くなり始めた日光が窓から差し込み、二人の褐色の肌を美しく照らした。


「珍しいですね、お二人がボロアパートにくるなんて」


 メル子は床に寝転ぶマヒナの前に紅茶を置いた。


「メル子、ありがとう」


 ベリーショートの黒髪をきっちりとまとめた筋肉質の女性はマヒナ。月のハワイ基地の女王である。その鋭い視線は小汚い部屋の中では刺さる場所を探すのに一苦労だ。マヒナは寝たままの姿勢で紅茶のカップを持ち上げると一息で飲み干した。


「えへえへ、ごめんねノエ子。こんな狭い部屋でさ」

「黒乃山、そんなことはありませんよ。メル子の仕事が光るいい部屋です」


 床にきちりと正座をしているのは、マヒナのメイドロボ、ノエノエだ。ベリーショートの黒髪、片目を隠した前髪、ナース服をベースにしたメイド服がミステリアスな雰囲気を醸し出している。


 四人は床に座ってしばらくの間くつろいだ。マヒナは床に寝転がるプチ黒を指でつついた。


「そんで、今日はなんの用なのよ」黒乃はケツをかきながら聞いた。


「実は黒乃山に手伝ってもらいたいことがあってね」マヒナはプチ黒の足を持ち上げて逆さ吊りにした。

「とある社会不適合ロボの更生を頼みたいんだよ」


 黒乃とメル子は少し青ざめた顔を見合わせた。


「ロボットの更生はマヒナの専門分野でしょ。なんで私が更生を手伝うのさ」

「そうですよ。マヒナさんはロボット心理学療法士の資格があるのですから、マヒナさんがやってくださいよ」


 黒乃とメル子は明らかに乗り気ではない。この二人に巻き込まれるとろくなことにならなそうなのを、直感で理解しているからだ。


「アタシじゃ無理なんだ。なんとか頼む」

「黒乃山、お願いします」


 しかし黒乃は頑として譲らなかった。黒乃は会社を持ち、メイドロボを持つ身だ。守らなければならないものが多い。いたずらにトラブルに身を晒すわけにはいかないのだ。

 マヒナにつままれていたプチ黒が大暴れして飛び出した。プチ黒はノエノエの胸に着地をすると、そのまま谷間の奥へ潜り込んでいった。


「そうか、わかった」マヒナは膝を立てて立ちあがろうとした。

「ノエノエ、帰ろう」

「はい、マヒナ様」

「悪いね、二人とも。せっかく来てもらったのにさ」


 マヒナは玄関までいくと、背中を向けたままポツリと漏らした。


「黒乃山なら伝説のメイドロボの更生ができると思ったんだがな……」

「え!?」


 黒乃の動きが止まった。ただでさえ丸い丸メガネが一層丸くなった。


「いまなんと?」

「いやね、浅草神社に伝説の社会不適合メイドロボがいるんだよ。彼女を更生させたくてね」

「よしいこう」

「ご主人様!?」


 こうして四人によるメイドロボ更生作戦があっさりと始まったのだった。



 ——浅草神社。

 浅草寺本堂のすぐ隣に位置する神社。元々は浅草寺と一体だったのだが、明治政府より発せられた神仏分離令により浅草神社として独立した。

 浅草寺の創建に携わった三人の霊を祀っていることから、三社さんじゃ様とも呼ばれる。

 浅草寺とは趣が異なり、落ち着いた雰囲気が楽しめる穴場スポットだ。


「おお、おお、浅草神社って初めてきたな」

「意外ときませんものね」


 黒乃とメル子は物珍しそうに境内けいだいをうろついた。今は静かではあるが、五月の祭りの時期には累計二百万もの来場者が訪れる特大イベント『三社さんじゃ祭』が開かれる。


「ねえ、メル子。このおっさんだれ?」

「眉毛が繋がったおっさんですね。謎です……」


 境内には石碑がいくつも立てられている。古いものなのか、表面の文字が掠れて見えにくいものも多い。


「黒乃山、こっちだ!」

「はいはい」


 一行は浅草神社の本殿に入った。権現造ごんげんづくりの社殿は、慎ましくも豪壮な雰囲気を湛えている。


「うわうわ、神社の本殿に入ったの初めてだよ」

「なにかドキドキします! 神聖なオーラを感じます!」


 二人は微かな緊張を感じ、手を繋いで進んだ。ノエノエはその様子を顔を青くして見ていた。


 社殿の内部には不思議な生物が多く描かれていた。鳳凰ほうおう麒麟きりん、飛龍、眉毛が繋がったおっさん。その古の雅な姿には、いやがうえにも想像力を掻き立てられた。


 本殿内部を少し進むと、一際華美な扉が現れた。


「ここ!? ここって神社のお宝があるところじゃないの!?」

「もしかして、ここにそのメイドロボがいるのですか!?」


 マヒナとノエノエは左右からその扉に手をかけた。青い顔がさらに青くなった。重い扉がゆっくりと左右に開いていく。


「え? やだ、緊張する!」

「どんな神聖なメイドロボなのでしょうか!?」


 扉が開き、煌びやかな部屋が露わになった。その奥に座っていたのは……。


佇立ちょり〜っす

「ちょりっす!?」


 大きなクッションを大量に並べ、その中に埋まるように座っていたのは、巫女装束をベースにしたメイド服を纏った少女のようなメイドロボであった。


佇立ちょりっす佇立ちょりっす武夷武夷ぶいぶい

「ぶいぶい!?」


 そのメイドロボはダブルピースで一行を出迎えた。マヒナとノエノエは床に手をついて頭を下げた。


「サージャ様、お久しぶりです」

「お元気そうでなによりです」


 サージャと呼ばれたメイドロボ。人間の年の頃でいえば十六歳。やや脂肪が乗った足にはルーズソックスが装着されていた。ブラウンのロングヘアには白いメッシュがいくつも入っていた。顔には強めのメイクが施され、目元がキラキラと必要以上に光を放っている。


「ギャルだ!」

「ギャル巫女です!」

微微うぇいうぇ〜い


 黒乃とメル子はそのあり得ない光景に呆気にとられて動けなくなってしまった。


「マヒナッピ、ノエノエッピ、おひさ〜。元気してた?」

「おかげさまでなんとか」

「こっちはさ〜、もうなんていうの? 猪屁理波ちょべりばって感じでさ〜」

「ちょべりば!?」


 サージャは気だるそうにクッションの群れに埋もれた。


「今年のサージャ祭り? いつもより儀式が多くてさ〜。もうほんとエグち。茹でエッグって感じだわさ」

「だわさ!?」

「あ、そっちのかわちぃ子達はだれなのよ。マヒナッピ、紹介してよ」

 

 マヒナとノエノエは慌てて黒乃とメル子をサージャの前に座らせた。眠そうな垂れ目に見つめられ、黒乃とメル子は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「サージャ様、こちらののっぽの方が黒乃山です。小さい方がメル子です」

「ああ、はいはい。あーしの占いに出てた子達ね。マジウケるwww」


 ケタケタと笑い転げるサージャ。黒乃はマヒナに耳打ちした。


「これが伝説のメイドロボ!? めちゃくちゃ可愛いけれども!」

「どうみてもヤバいギャルですよ!」

「こら、二人とも恐れ多いぞ」


 サージャ。

 元々は御神体ロボとして生まれたが、とあるマスターとの出会いをきっかけにメイドロボにジョブチェンジ。その後、マスターとの別れを機に御神体ロボとして復帰した。


「御神体ロボってなに!?」


 新ロボット法では、神が宿るとされ礼拝の対象となるロボットを御神体ロボと定めている。巫女として数々の祭祀さいしを執り行うのが職務だ。

 通常ロボットは人間のマスターを持って生まれてくるのだが、御神体ロボは特例としてマスターが存在しない。神仏がマスターというわけだ。


「しかし今サージャ様は巫女としての務めを放棄して、社会不適合ロボになってしまっているんだ」


 社会不適合ロボとは職能を持たないロボットのことだ。全てのロボットは職能を持って生まれてくる。しかしなんらかの理由により職能が失われた場合は、社会不適合ロボにジョブチェンジすることになる。


「ん〜? マヒナッピ〜。暇ならさ、あーしと遊ぼうよ。麻雀でもする? 黒乃ッピとメル子ッピも一緒にさ。昇歩様あげぽよ〜」

「御神体なのにギャンブル!?」


 黒乃は頭を抱えた。更生どころの話ではない。黒乃を陰の存在とするならば、ギャルは正反対の陽の存在。いわば黒乃の天敵である。更生にはメイドロボへの愛が必要だ。正直今のところ、愛よりも衝撃の方が大きい。


「マヒナ、無理無理。なんかできそうにない」

「黒乃山! 諦めてどうする!」

昇歩様あげぽよ〜!」


 二人がこそこそと揉めている間に、サージャは麻雀卓を床に置いた。


「んじゃあさ、こうしようよ。あーしに勝てたらさ、巫女に復帰するからさ。勝てたらだよ。まあ株式会社ムリンゴだと思うけどwww」

「サージャ様、二言はありませんね? よし、黒乃山! やるぞ!」


 マヒナはそそくさと逃げようとしていた黒乃とメル子の襟を掴んで、麻雀卓の前に無理矢理座らせた。


「ムリンゴだって!」

「いいからやれ!」


 こうして神社本殿での麻雀勝負が始まった。



 ——夕方。

 真っ青な顔で本殿から出てきた四人。足元がふらつき、目が血走っている。勝負の結果は言うまでもないであろう。


「なんで役満しかあがらないの……」

「神仏の加護があるからだ……」


 四人の社会不適合ロボ更生作戦は見事に失敗した。現代科学を以ってしても、神には勝てないことが証明された。四人は絶望に打ちひしがれて境内を歩いた。


「お〜い、黒乃ッピ〜、メル子ッピ〜、マヒナッピ〜、ノエノエッピ〜。今日はバイブスやばたにえんだったよ〜。また遊ぼうね〜、煤賠禁バイバイキーン


 サージャは社殿の窓から顔を覗かせて手を振っている。四人は手を合わせて彼女を拝んだ。どうか災いから逃れられますようにと。


「うう、絶対に次は更生させてやる〜」

「黒乃山、その意気だ」

「黒乃山、頼りにしています」

「ご主人様、麻雀の特訓をしましょう!」


 とぼとぼと境内を歩く四人を、眉毛の繋がったおっさんが笑顔で眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る