第266話 出店の日常です! その二

「いらっしゃいませー!」


 浅草寺の仲見世なかみせ通りにメイドロボの凜とした声が響き渡った。五月の連休初日ということもあり、通りはまともに動けないくらいの混雑っぷりだ。

 その中でも一際賑わっているのがメル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』と、その向かいにあるアンテロッテのフランス料理店『アン・ココット』だ。


「オーホホホホ! 今日はわたくしのお店の行列の方が長いですわねー!」

「ほざかないでください! お昼からが勝負ですよ!」


 仲見世通りの通路の幅はほんの数メートル。ほとんど顔を突き合わせて商売をしているようなものだ。ライバル同士、負けられない死闘を演じているのだ。


「いやー、今日の忙しさったらないな」


 黒乃はその二人のバトルを額から汗を流して眺めた。休みで暇だからと、のんびり出店の手伝いをしようと思ったのが間違いであった。



 ——昼過ぎ。

 黒乃とメル子は出店の中でぐったりと壁に寄りかかって座っていた。鍋は空になり、食器は積まれたままだ。


「あ〜、疲れた〜」

「お疲れ様です、ご主人様」


 早々に店の営業は終わったが、仲見世通りを訪れる人々の列は途切れることを知らない。行き交う人々を二人は呆然と眺めた。


「黒乃 メル子 おつかされま」


 突然店に巨漢のメイドロボが入ってきた。クラシックなゴスロリメイド服の下にははち切れそうな筋肉が躍動していた。


「お、マッチョメイドじゃん」

「マッチョメイド! お店に来るなんて珍しいですね!」


 マッチョメイドの巨大な手には小さな包みが乗せられていた。


「これ さしいれ たべる」

「おお! サンキュー!」

「わざわざお店まで持ってきてくれたのですか!?」


 包みを開けると薄紅色の羊羹ようかんが現れた。断面には藤の花をあしらった細工が施されている。青い花びらが美しい。


「凄い! 綺麗です!」

「こりゃまあよくできてるなあ。食べるのが惜しいよ」


 そう言いつつ、黒乃は羊羹をつまむと口に放り込んだ。


「んん!? この藤の花の青いのは本物か!」

「塩漬けしてあってえぐみがありません! 爽やかな風味と甘さで気分爽快です!」

「ふじのはなは じゅうぶんに かねつしてあるから すこしなら たべてもだいじょうぶ」


 藤の花には毒性があるので食べ過ぎには注意しよう。


「いや〜、疲れた後だから甘いものは助かるよ。ところで今日はどうしてわざわざ出店まで来たんだい」

「じつは おで みせをだした」

「え!?」


 その答えに黒乃とメル子はピタリと動きを止めて顔を見合わせた。


「店ってなんの店さ?」

「わがしや」

「和菓子屋ですか!」

「どこに店を出したのさ」

「となり」

「え!?」


 マッチョメイドは店の外に出た。二人はそれに続いた。


「ええ!? 嘘でしょ!?」

「いつの間に!?」


 メル子の店のすぐ隣。そこに和菓子屋はあった。大きさはメル子の店とほぼ同じ。通りに面した部分にカウンターがあり、その下にはずらりと和菓子がディスプレイされている。カウンターの横には店の中に入り込むようにベンチが設置され、小休止しながら和菓子を楽しめるようだ。


「和菓子屋だ!」

「和菓子屋です!」


 二人は呆気に取られて店の上を眺めた。軒先には古木の板に堂々と刻まれた『筋肉本舗』の看板。


「まったく気がつきませんでした!」

「いつ店を作ったのさ!」

「けさ できた」


 この店は以前はカバン屋だったはずだ。そういえばしばらくの間シャッターが降りたままだった気がする。


「黒乃 メル子 これからよろしく」

「ええ? ああ、うん」

「よろしくおねがいします……」


 言葉を失った二人を尻目にマッチョメイドはカウンターの中に立った。


「筋肉本舗 ほんじつより えいぎょう かいし」


 すると早速観光客が集まり出した。繊細な細工が施された美しい和菓子に目を奪われる客達。初日の滑り出しは順調のようだ。



 ——連休二日目。

 大混雑の仲見世通りに一際目立つ一団がやってきた。


「メル子、みてみて」

「なんですか?」


 黒乃は出店の中から指を差した。カウンターの向こうには、濃い化粧にピチピチのスーツを着こなした若い女子アナロボが、カメラクルー達を従えて通りを闊歩していた。


「またあの女子アナロボだ。うちに取材に来たのかな!?」

「うちではないと思いますが……」


 女子アナロボはメル子の店を素通りすると、お隣の筋肉本舗の前で止まった。


「わー、皆さん見てください! ここが今話題になっているメイドロボの駄菓子屋です! 素敵なお店ですねー」


 女子アナロボはカメラに向かって捲し立てた。


「だがしや ちがう ここ わがしや」


 女子アナロボはマッチョメイドにマイクを向けた。


「では『ニンニクポンポコ』のご主人にお話を聞いてみましょう!」

「ニンニクポンポコ ちがう 筋肉本舗」

「えー、ご主人の抹茶ドルイドさん。このお店はどのようなお菓子を売っているんでしょうか?」

「抹茶ドルイド ちがう マッチョメイド このみせ おでの てづくりの わがし うってる」


 女子アナロボはカウンターのディスプレイに並べられた和菓子の数々をうっとりと眺めた。


「わー、どれも綺麗ですね〜。カラムーチョエイドリアンさん、今日はどれがオススメですか!?」

「きょうは これ 水信玄餅みずしんげんもち


 マッチョメイドは掌の上に皿を乗せた。女子アナロボはそれをまじまじと覗き込んだ。


「あの、エンガチョレイドボスさん。皿の上にはなにもありませんが?」

「これは 水信玄餅を かいりょうした 空気信玄餅 ほとんど みえない」


 女子アナロボは皿の上を指でつついた。


「あ、皆さんあります! カメラには映らないかもしれませんが、確かにプニプニしたものがあります! 食べてみましょう!」


 女子アナロボは皿を受け取ると、大きな口を開けて信玄餅を流し込んだ。


「もぐもぐ、美味しいです。なんというか美味しいです。アレがナニしてるから美味しいのだと思います。甘くて、とにかく美味しいです。以上、上杉謙信の食レポでした」


 黒乃とメル子は口を開けたままその様子を眺めた。


 その時、再びざわめきが起きた。


「ん? なんだ?」

「店主、この和菓子は本物か?」


 マッチョメイドの店の前には着物を着た恰幅の良い初老のロボットが立っていた。


「うわ! 美食ロボだ!」

「でました!」


 美食ロボは腕を組んでマッチョメイドを見上げた。


「店主、ここは和菓子専門の店だな?」

「このみせ わがしや」

「ではここで一番うまいと思う菓子を出してみろ」

「これ 空気信玄餅 たべる」


 黒乃とメル子は固唾を呑んで成り行きを見守った。


「やばいよやばいよ。美食ロボとマッチョメイドの対決だよ」

「ご主人様、どうしましょう!?」


 空気信玄餅を受け取った美食ロボはマッチョメイドを睨め付けた。


「店主、この和菓子は本物か?」

「もちろん ほんもの」

「ほほう、では教えてくれ。本物の和菓子とはなんなのだ」

「にほんで むかしから つくられてる おかし とてもおいしい」


 美食ロボの目が鋭く光った。


「ふうむ、日本か。そもそも日本とはなんなのだ? 日本で作られているから和菓子なのか? インドにも和菓子はあるのか? この店の和菓子が本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一に日本とはなにか?」

「なにを いっているか わからない」

「日本の定義だ。日本と呼ばれるためにはなにが必要なのだ? 日本列島にあれば日本なのか? この県を欠いたら日本でなくなるという県はどこだ?」

「いいから はやくたべる」

「いただこう」


 美食ロボは空気信玄餅を貪り食った。


「美味い! なんかこう美味い! このなにかわからないけど、プニプニしてるのが美味い! 柿の甘さで美味い! 柔らかくて味がついてて美味い! フハハハハ! 女将! 腕を上げたな!」

「まいどあり またくる」


 美食ロボは満足げに店を後にした。


「ああ、ああ、やばいよこれ!」

「お金を払っていません! 美食ロボが木っ端微塵にされてしまいます!」


 マッチョメイドは美食ロボを追いかけた。そしてその肩に手をかけた。


「美食ロボ おだいは つけにしておく」

「フハハハハハ! 女将! 気がきくな! フハハハハ!」


 美食ロボは大笑いをしながら去っていった。そのあまりの迫力にたじろぎ、仲見世通りの観光客は海を割るかのように道を開けた。


「優しい! マッチョメイド優しいです!」

「さすが筋肉があるやつは違うなあ」


 しかし黒乃はこっそりと美食ロボを追いかけ、バックドロップを炸裂させたのち、しっかりとお代を回収した。



 その日の午後、営業が終わった黒乃とメル子はボロアパートを目指して歩いていた。五月の夏を控えた日差しは傾きかけてもまだまだ暖かい。


「今日も出店は大盛況だったねえ」

「はい! お陰様でだいぶ資金も貯まりました!」

「おお、それはよかった。んで、あの計画は進んでいるのかな?」

「ふふふふ」

「ワロてるけど」


 メル子は黒乃の前に飛び出すとくるくると回り始めた。和風メイド服の裾が舞い上がり、傘のように開いた。


「実は今日納車されました!」

「え? マジで!?」

「もうボロアパートに届いていますよ!」


 二人の足は自然と速くなった。ボロアパートの角を曲がると駐車場が見えてきた。


「あれです!」

「すげぇ!」


 たまらず二人は走った。駐車場に停めてあるのは真っ赤なバンだ。


「わぁぁあああ! 見てください、ご主人様!」

「うわわわわ! キッチンカーだ!」


 それはバンを改造したキッチンカーであった。真っ赤な下地に花柄のラッピングが施されたド派手な移動販売車だ。その側面にはデカデカと『メル・コモ・エスタス』の文字が刻まれていた。


「ご主人様! 連休はこのキッチンカーで旅をしましょう!」

「よっしゃああああ!」


 二人はドアを開けてキッチンカーに飛び乗った。

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