第253話 イチャイチャします!

「フンフフーン。今日のご飯はウミータで〜す。モロモロモロモロモロコシを〜、トントントントン叩きます〜。ご主人様のおケツも叩きます〜。フンフフーン」


 メル子は上機嫌で浅草の町を歩いていた。赤い和風メイド服の裾がひらひらとたなびき、その心の踊りようを表現している。


「今日はいいモロコシが手に入りました。ご主人様もきっと喜びます」


 スキップをしながら通りを歩く。見慣れたボロアパートに辿り着くと階段を登った。そこでふと違和感に気がついた。


「おや? 小汚い部屋の中から声が聞こえます。お客様でしょうか?」


 メル子は部屋の扉までくると一瞬手を止めて耳を澄ませた。


『えへへ、えへへ。メル子は可愛いなあ』

『当然です。世界一可愛いメイドロボですので』

「んん!?」


 メル子は扉に耳を当てて中の様子を伺った。


『えへへ、やわらか〜い』

『うふふ。ご主人様、そこはだめですよ』 

「んん!?」


 メル子は扉を勢いよくブチ開けた。


「なにをしていますか!?」


 部屋に乱入したメル子が見たものは、床に寝転がるご主人様とその頭を膝枕するメイドロボであった。


「あ、メル子。おかえり」

「どうして黒メル子がいるのですか!?」


 黒メル子と呼ばれた黒い時計柄の和風メイド服を纏ったメイドロボは意外そうな表情を見せた。


「メイドロボがご主人様のお側にいるのは当たり前ではないですか」

「ご主人様のメイドロボは私ですよ!」


 メル子は黒乃に走りよると両足を掴んで下に引っ張った。その勢いで黒乃の頭は黒メル子の膝の上からずり落ちて床に落ちた。


「いでぇ!」

「ご主人様! ご主人様のメイドロボは私ですよね!?」

「ええ? ああ、うん。メル子だけど」


 黒乃は頭をさすりながら答えた。メル子は勝ち誇った顔を見せた。


「ほら、ごらんなさい! ご主人様のメイドロボは私ですよ!」

「私だってメル子ですよ」


 床に正座をする黒いメイド服のメイドロボは澄まし顔で答えた。


「メル子は私です!」

「私もメル子です」

「ちょっとちょっと二人ともやめてよ。仲良くして、同じメル子なんだから」


 メル子は手を握りしめて震えた。


「ご主人様はどちらの味方なのですか!?」

「いや、メル子の味方だけど。まあまあ、落ち着いてよ。ほら座って」


 黒乃はメル子の頭を撫でてなだめすかすと床に座らせた。息を切らしながら座るメル子と、澄まし顔で座る黒メル子を交互に見比べた。全く同じ顔の二人。違うところと言えばメイド服の色とお乳の大きさだけだ。


 黒メル子。

 変態マッドサイエンティストロボであるニコラ・テス乱太郎により作られたメイドロボ。そのボディにはメル子のバージョン違いのAIがインストールされているため、実質本物のメル子と言ってよい存在である。現在はボロアパートの地下に存在するというニコラ・テス乱太郎のアジトに住んでいる。


 黒乃は流しで水を汲むと、そのコップをメル子に手渡した。


「ふぅふぅ、ありがとうございます。ゴクゴク、ふぅふぅ」


 水を飲んで落ち着いたのか、メル子は改めて話を切り出した。


「黒メル子、今日はなにをしにここにきましたか? また良からぬことを企んでいるのですか?」

「いつも通りにご主人様のお世話にきただけですよ。今更なんなのでしょうか」


 黒メル子の言葉にメル子は目を白黒させた。ぎょろりと黒乃の方を見る。


「いつも通りとは!? いつも来ているのですか!?」

「うーん、まあ、メル子が買い出しに行っている間によく来るよね」

「なぜそれを黙っているのですか!?」


 黒メル子はメル子の肩に手を置いた。憐れむかのような視線でメル子を見つめた。


「ご主人様はイチャイチャがしたいのです。メル子は全然イチャイチャをさせないではないですか」

「イチャイチャを!?」

「愛しのメイドロボとイチャイチャしたくないご主人様がいるでしょうか? ご主人様を満足させるのがメイドロボのお仕事なのです」


 メル子は真っ青になって黒乃に視線を向けた。黒乃は素早くその視線から逃げた。


「いや、おかしいでしょう! そんなに簡単にイチャイチャができたら趣旨が変わってきますよ! 趣旨が!」

「趣旨とはなんでしょうか?」


 メル子は口をぱくぱくと開閉させて黒乃を見た。黒乃は汗をダラダラと流して床を見つめている。


「ご主人様! ご主人様はイチャイチャしたいのですか? それともそんなにイチャイチャしないのがいいのですか!?」


 黒乃は両手で顔を覆って呟いた。


「……したい」


 メル子は仰向けにひっくり返った。そしてそのまま動かなくなった。


「あの、メル子。大丈夫?」


 黒乃はメル子のアイカップをつついて揺らした。揺れるお乳の隙間から鬼の形相で睨みつけるメル子。


「……浮気ですか?」

「え?」

「黒メル子に浮気ですか!!??」

「ええ!? いやいや違うよ。メル子とイチャイチャしているだけだよ。同じメル子なんだからいいでしょ!?」

「同じではないですよ! だいぶ昔に分岐した違うブランチのメル子ですよ! もはや別人ではないですか!」


 メル子は黒メル子に向けて鋭く指を突きつけた。プルプルと震える指先を見て黒メル子はニヤリと笑った。


「その点はご心配なく。定期的にマスターブランチからAIのマージを行っていますので、最新のメル子に近い状態を保っています」

「AIの履歴は政府が管理するコンピュータの中にあるのですよ!? どうして非合法のロボットである黒メル子がリポジトリにアクセスできるのですか!?」


 新ロボット法により、同一のAIが同時に世界に出現することは許可されていない。つまり仕組み的に稼働中のAIのデータをインストールすることなどできないはずだ。その上、黒メル子はIDの振られていない非合法なロボットだ。なにからなにまでイレギュラーな存在なのである。


 黒乃は興奮するメル子の肩を叩くと首を左右に振った。


「メル子、ほら。あのニコラ・テス乱太郎のやることだから」

「なんなのですか! あの変態博士は!?」


 メル子は床に駄々っ子のように転がった。手足を無造作に動かしAIの錯乱状態を全身で表現した。その痴態を笑顔で見届けた黒メル子は立ち上がると、ご主人様に深々と一礼をして部屋を出ていった。


 小汚い部屋には床でプルプルと震えるメル子とそれを気まずい表情で見つめる黒乃が残された。


「あの、メル子。あの、ご主人様が悪かったよ。ご主人様はメル子も黒メル子も同じメル子として接しようとしてたんだけど、メル子からしたら愛情が半分になっちゃったように感じたのかな」


 黒乃はメル子の背中をさすった。しばらくそうしているとメル子はおもむろに立ち上がり、無言で夕食の準備を始めた。


「あの、メル子?」



 夕食が完成した。本日のメニューは南米各地で食べられている『ウミータ』だ。モロコシをペースト状になるまで叩き、具と共にモロコシの皮で包んで茹でた料理だ。


「うひょー! 美味そう! いただきます」


 黒乃は箸を握りしめ料理にありつこうとした。しかしその眼前にスプーンが差し出された。


「ん?」


 真顔のメル子が黒乃の口元へとスプーンを差し出している。スプーンの上には綺麗な黄色のウミータが乗せられている。


「ああ、ありがとう」


 黒乃はそのスプーンを頬張った。


「モグモグ、うまい! とろーりチーズととろーりモロコシの優しい食感! 甘い味付けでスパイスが効いた鶏肉との調和がハーモニー!」


 すると再びメル子がスプーンを差し出した。黒乃はそれを頬張った。


「モグモグ、うまい!」


 メル子がスプーンを差し出す。黒乃はそれを頬張る。


「モグモグ、うまい! メル子? 自分で食べられるからね?」



 夕食後は床に寝転がり、まったりとした時間を過ごすのが習わしだ。


「うう、食った食った。今日も美味かった」


 腹をさすり仰向けになる黒乃。そこへ洗い物を済ませたメル子がやってきた。床に正座をして自身の膝の上に黒乃の頭を乗せる。


「お、膝枕か〜。嬉しいねえ」


 黒乃は愛しのメイドロボの太腿の感触を存分に味わった。張りのある肌によってもたらされる人工筋肉の反発力がえも言われぬ心地良さを生み出す。ふと見上げると真顔のメル子と視線が交わった。



 寛ぎの時間が終われば一日の締め、風呂だ。浴槽でまどろんでいるとメイド服の袖と裾を捲り上げたメル子が入ってきた。


「ご主人様、お背中をお流しします」

「おう、ありがとう」


 スポンジを使い黒乃の広い背中を丁寧に洗っていく。温かく滑らかな泡の感触にどっと眠気が押し寄せる。ふと目の前の鏡を見ると真顔のメル子が映っていた。



 就寝時間。メル子は押し入れから布団を二つ取り出すと床にピタリと並べて敷いた。


「今日は随分布団が近いな」

「まあ、たまには」


 二人は寝床に潜り込んだ。電気を消して眠りに入る。しばらくすると布団が擦れる音が聞こえ、腕に暖かな感触が伝わってきた。


「メル子、どうしたの?」


 黒乃は自分の布団に潜り込んできたメル子の顔を見た。相変わらずの真顔だ。


「いえ、たまには」

「イチャイチャしたいって言ったのを気にしすぎでしょ」

「ご主人様はイチャイチャしたいのですか、したくないのですか?」

「いやそりゃしたいけどさ」

「だから今こうしてイチャイチャしています」

「これイチャイチャかあ?」


 黒乃は頭を抱えた。黒メル子の存在がメル子に大きな影響を与えてしまっている。黒メル子にご主人様を取られてしまうと思い込んでいるのだろうか。


「これがイチャイチャではないならどうすればいいのですか?」

「どうって、わからんけど」


 メル子の目から涙がこぼれた。慌てて布団を引き上げ顔を隠す。黒乃は布団の中で震えるメル子の体を撫でた。


「メル子。確かにこれはイチャイチャじゃないかもしれないけれど、別にそれはいいじゃないのさ」

「いいってどういうことですか」

「メル子は普段のイチャイチャが足りないって思っているみたいだけど、そんなことないからね」

「……」


 メル子は布団から少し顔を覗かせた。


「別にスキンシップだけがイチャイチャじゃないからさ。ご主人様は日常のちょっとした会話なんかも楽しんでいるよ。何気ないお話が楽しくてしょうがないよ。メル子もそうじゃないの?」


 メル子は潤んだ瞳でじっと黒乃を見つめた。その目を見て黒乃はふと笑顔になった。


「わかったらもう今日はお眠り。明日からまたいつもの毎日が始まるからね」


 二人は一つの布団で手を取り合って寝た。その晩、二人は同じ夢を見た。黒乃とメル子と黒メル子。三人が仲良くお話をしている夢だ。

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