第252話 スーパーロボ銭湯です! その二

 四月の暖かい日差しの中を一行は列をなして歩いていた。注がれるのは太陽光線だけではなく、人々の視線もだ。


「ご主人様! 今日は絶好のスーパーロボ銭湯日和ですね!」

「こりゃ露天風呂は絶景だぞ」

「オーホホホホ! わたくしスーパーロボ銭湯は初めてでございますのよー!」

「オーホホホホ! わたくしもですわー!」


 人々の視線を集めているのはメイドロボが勢揃いしているからだ。


「黒乃様、よろしいのですか? 私もお邪魔してしまって」


 申し訳なさそうに訴えるのはヴィクトリア朝のメイド服がよく似合うメイドロボルベールだ。


「えへへ、えへえへ。もちろんですよ、ルベールさん」

「黒乃山、その銭湯とやらはサイボーグも入れるのかい?」


 褐色肌のクールな女性は右腕を肘部分から高速回転させながら尋ねた。


「マヒナ、もちろん大丈夫だよ。ノエ子もね、今日は楽しんでよ、えへえへ」

「ありがとうございます、黒乃山」


 褐色肌にナース服をベースにしたメイド服を着込んだメイドロボはノエノエだ。


「黒乃 おでも たのしみ」

「おう! マッチョメイド! 修行だけじゃなくてたまにはリラックスしてくれよな!」


 ゴスロリメイド服で巨大な筋肉を包んでいるのはマッチョメイドだ。


「オーホホホホ! お招きいただき感謝いたしますわー!」

「オーホホホホ! 上野の市民もメイドデーの対象ですのねー!」


 金髪縦ロールの少女はメイドロボのマリエットとそのマスターであるアニーだ。


「うん。メイドデーはメイドロボとマスターは無料だからね。その分チケットをとるのは大変だったけどね。まあ今日は姉妹で楽しんでちょうだいよ」


 一行は黒乃とメル子を先頭にして歩いた。浅草界隈のメイドロボ大集結に、道ゆく人々は振り返らざるを得なかった。


 今日の目的地である『浅草温泉ロボの湯』は、隅田川に面した場所にある浅草唯一のスーパーロボ銭湯だ。新ロボット法により一般の銭湯にはロボットは入ることができない。充分に安全に配慮されたロボット用の温泉施設のみに入ることが許されている。


 一行はその施設へと辿り着いた。四階建ての巨大な建物だ。清潔で近代的な外装とはうらはらに、内部は昭和レトロな雰囲気が演出されている。板張りの壁、畳、提灯、暖簾、着物姿で忙しなく動き回るスタッフ達。


「うわぁ、久々に来たなあ」

「やはり雰囲気がありますね!」


 入り口の番台で受付を済ませた後はそのままロッカー室へ入る。そこで荷物を全て預け浴衣に着替えなくてはならない。


「お〜、みんな浴衣似合ってるな〜」

「ご主人様! 見てください! 今日は緑の浴衣を発見しましたよ!」


 メル子は色鮮やかな帯をひらりと翻して回ってみせた。


「ぐへぐへ、可愛い。でもやっぱり色気ではルベールさんかなあ。えへえへ」

「ちゃんと見てくださいよ!」


 ルベールは大人らしくしっとりと浅葱色の浴衣を着こなしている。


「おお、マッチョメイドも浴衣あったのか」

「おでの ゆかた そうこから だしてもらった」


 ノエノエは白い浴衣を器用に着こなしていた。褐色の肌と浴衣の対比が美しい。


「ノエ子も綺麗だな〜。ハワイの人でも意外と似合うな。ん? マヒナ!? なにやってるのそれ!?」


 マヒナが着ている浴衣は肩からばっさりと袖が切り落とされていた。


「動きにくかったんでね。とったよ」

「いやダメでしょ! ちゃんと帰りに浴衣の料金払いなよ!」


 きゃっきゃっきゃっきゃと騒いでいるのはお嬢様たち四人組だ。


「アニーお姉様、似合っていますのよー!」

「当然ですわー!」

「マリエットも完璧な着こなしですのよー!」

「当然ですわー!」

「「オーホホホホ!」」

「またここはずいぶん派手だな。金髪縦ロールに真っ赤な浴衣のお嬢様か〜。それにしてもアン子は相変わらず色っぽいな……あれ?」


 黒乃はアンテロッテとアニーを凝視した。二人は瓜二つで見分けをつけることは困難である。


「ご主人様、どうかされましたか?」

「なんかおかしい」

「アン子さんがですか?」

「アン子が妙に色っぽくなっている! それにおっぱいも大きくなっている!」

「どこを見ていますか!」


 アニーとアンテロッテは勝ち誇った表情で高笑いを炸裂させた。


「オーホホホホ! アニーお嬢様の成長に合わせてボディを換装いたしましたのよー!」

「オーホホホホ! 成長してHカップになったからアンテロッテもHカップでしてよー!」

「なぬ!? Hカップ!? うおおおお!」

「ずるいです! 私のボディもアップグレードしてください!」


 大騒ぎの一行は三階の脱衣所へ向かった。一階はレストランフロア、二階は休憩室フロア、三階、四階が温泉フロアになっている。


「黒乃山、本当に全裸になるのか?」

「当たり前でしょ、風呂なんだから」


 黒乃は渋るマヒナの浴衣をもぎ取った。


「マッチョメイドの筋肉すごいですのー!」


 大喜びでマッチョメイドのケツを叩いているのはマリーとマリエットだ。


「どれどれ、私にも叩かせてよ。うわ、かってぇ〜」


 鋼のようなケツの筋肉に黒乃の手は弾かれた。


「ええと、ルベールさんは? ルベールさんの脱衣シーンは拝んでおかないと」

「ご主人様。ルベールさんはとっくに脱いで先にいきました」

「ガッデム!」

「黒乃山! これはなんだ!?」


 マヒナはロッカーの中に置いてあった赤いリングをつまんで眺めている。


「ああ、これはね、ロボットの手首と足首にはめて状態をモニターするものだから。人間には関係ないから。ほら、預かるから。みんなも!」

「そうか、頼む」


 一行はようやく温泉へと辿り着いた。ここ浅草温泉ロボの湯では三十種類の温泉を楽しむことができる。


「広いですのー!」

「たくさんお風呂がありますのー!」


 マリーとマリエットは手近な風呂へ向けて全裸で駆け出した。黒乃はマリーの脇を掴んで持ち上げた。


「こらこら、まずは洗体でしょ」

「さっき変な通路で消毒されましたのよー!」

「あれはあれ。銭湯にはマナーがあるのだ」

「じゃあ洗ってくださいまし」


 マリーは急に脱力をした。糸が切れたマリオネットのようになったマリーの体を持ち上げて必死に洗った。


「ふぅふぅ、ようやく洗えた。少しは自分で動かんかい」

「洗うのはいつもアンテロッテのお仕事ですの」


 黒乃達が洗体に手こずっている間に、皆それぞれ好きな風呂へと向かったようだ。


「ご主人様ー! ここですよー!」

「お、メル子が入っているのはカーボン風呂か。でもマリーはこっちだから」

「ナノマシン風呂ってなんですの?」

「いいからいいから、入りな」


 マリーをナノマシン風呂に浸けると黒乃はフロアをうろついた。電撃風呂で寛いでいるルベールを発見した。


「ルベールさん! お湯加減はどうですか?」

「とてもいい具合です。疲れが癒やされていくのを感じますよ。黒乃様も一緒にいかがですか?」

「えへえへ、遠慮します」


 その隣にはマグマ風呂に浸かるマッチョメイドがいた。


「黒乃 このふろ とても きもちいい いっしょに はいる」

「うん、無理。溶けないうちに出なよ」


 奥の滝風呂にいたのはマヒナとノエノエだ。二人とも滝に頭から打たれているがびくともしていない。


「やあ、黒乃山。まさかこんな素晴らしい修行場があるとは。銭湯も捨てたもんじゃないな」

「リラックスしにきているのになんで修行しているの!? ほら! マヒナはこっちだよ」


 黒乃はマヒナの手をひいてナノマシン風呂に連れていった。


「よしよし、最後はアニーだな」


 アニー、アンテロッテ、マリエットはロボローション風呂を楽しんでいた。


「黒乃様ー! 一緒にいかがですのー!? いいヌメり加減ですのよー!」


 アンテロッテが元気よく声をかけてきた。ロボローションを全身に浴びてヌルヌルテカテカ状態になっている。


「うひょー! エロい! でもロボローションは嫌な思い出があるから遠慮するよ。ほらアニーはこっちだよ」


 黒乃はアニーの手をひいて再びナノマシン風呂に連れていった。ナノマシン風呂に仲良く浸かるマリー、マヒナ、アニー。


「黒乃山、このナノマシン風呂は人間が入っても大丈夫なのか?」

「なにかお肌がチクチクしますの」

「全然平気だよ! 私も前に入ったしね」

「黒乃さんは入りませんの?」

「ええ? ああ、うん。あとで入るよ」


 お肌がツヤツヤ状態のメル子が黒乃の背後からやってきた。


「ご主人様! こちらに亜鉛風呂がありますよ! 一緒に入りましょう!」

「そうだね。でもそれ人間が入っても大丈夫なの?」

「亜鉛は化粧品にも含まれていますので安全です!」

「ああ、そう。じゃあ入ろうか。三人はしっかりナノマシン風呂に浸かってよ!」


 黒乃は乳白色の風呂へとダイブした。



 その後一行は施設の四階、露天風呂フロアへとやってきた。このフロアは天井が取り払われており、自然の太陽光と空気を楽しむことができる。壁はマジックミラーになっており、浅草の町を展望しながらの風呂が味わえる作りになっているのだ。


「水上バスが隅田川を走っていますのー! おケツが痒いですの」

「おーいですのー!」


 マリーとマリエットはゆったりと進む水上バスに向けて手を振った。


「お二人とも! 残念ながら向こうからはこちらは見えませんよ!」


 そう言いつつもメル子も元気よく手を振った。


「ハッハッハ、無邪気だなあ」

「黒乃山! あっちのトルネード風呂に入ってきていいか!? ケツが痒いな」


 マヒナとノエノエは修行がしたくてしょうがないようだ。


「わたくしはあちらのキャラメル風呂に入りたいですわー! おケツが痒いですの」

「アニーお嬢様ー! わたくしもお供しますわー!」


 アニーとアンテロッテは腹が減ったのだろうか。キャラメル風呂を涎を垂らして眺めている。


「まあまあ、みんな! 一旦こっちにきて! この電解風呂に入ろうよ! ね!」


 黒乃に促されるまま全員電解風呂に浸かった。


「あら? 黒乃さんはどうして入らないんですの?」


 マリーは風呂の中からキョトンと黒乃を見上げた。


「フフフ」

「ワロてますの」

「フハハハハハ!」


 その時異変が起きた。マリー、マヒナ、アニーの体がみるみるうちに銀色の幕に包まれていった。


「なんですのこれー!」

「お嬢様ー!」

「黒乃山! これはどういうことだ!?」


 黒乃は全裸で仁王立ちをした。遥かな高みから銀色に光り輝く三人を見下ろした。


「フハハ、フハハハハハ! それは銀メッキだよ諸君! 諸君らは温泉の効果により銀メッキされてしまったのだ!」

「銀メッキだって!?」


 その言葉に皆お互いの顔を見合わせた。


「諸君らは最初にナノマシン風呂に入った! それによって皮膚にナノマシンがコーティングされたのだ! そして今、電解風呂に入っている! コーティングされたナノマシンが電気により電着したのだ!」

「これどうするんですのー!?」

「フハハハハ! 一週間はそのままだから覚悟しておきたまえよ!」

「黒乃山! いったいなぜこんなことを!?」


 黒乃の丸メガネが太陽の光を反射して輝いた。


「なぜかって? それは日頃の恨みを晴らすためじゃい!」

「恨みって、どんな恨みがあるんですのー!?」

「恨まれるようなことをしたか!?」


 黒乃は全裸で体をプルプルと震わせた。


「なんか……いつも……! なんか私だけが痛い目にあっている気がする!」

「それから?」

「あとは……なんか……損をすることが多い気がする!」

「だいぶもやっとした恨みですの」

「黒乃山! お前もメッキされろ!」


 風呂から飛び出てきた皆によって黒乃は抱え上げられ、そのまま電解風呂の中に放り投げられた。


「ぶぇっぷ! ゲホゲホ! フハハハハ! バカめ! 私はナノマシン風呂に入ってないから銀メッキはされないんだよー!」


 その言葉とはうらはらに黒乃の体はみるみるうちに灰色に包まれていった。


「ウゴゴゴゴゴ! そんなバカな! どうしてメッキが!?」

「うふふふふふ」

「メル子がワロてる!?」


 電解風呂の中で事態を静観していたメル子が語り始めた。


「ご主人様がメッキされた理由は亜鉛風呂にあります!」

「亜鉛風呂!? 確かにさっき入ったけど!」


 亜鉛はメッキにも使われる素材なのだ。メッキされた亜鉛は水分と反応し酸化亜鉛になる。白と灰のマダラ模様が特徴だ。耐食性、防錆性に優れる。


「ぐわああああ! ハメられた! しかし自分がどうなろうと三人を仕留められればそれでいいのだ! 勝った!」

「うふふふふふ」

「またワロてる!?」


 メル子はシャワーヘッドを持つとお湯を噴出し、銀メッキされた三人にぶっかけた。すると三人の銀メッキがみるみるうちに洗い流されていった。


「あれ!? メッキが!? なんで!?」

「この秘密はカーボン風呂にあります!」

「カーボン風呂!?」


 実はメル子は三人がナノマシン風呂に入った後に、こっそり隣のカーボン風呂へと浸からせていたのだった。一般的にメッキは炭素カーボンを含む素材には適用しずらいのだ。そのためしっかりと電着することができずに、シャワーで簡単に洗い流されてしまったというわけだ。


「うわああああああ! 負けた!」


 黒乃は風呂から這い上がり、床にぐったりと横になった。


「うううう……完璧な計画が……ううう」

「ご主人様……」


 メル子は震える黒乃の背中を優しく撫でた。


「ううう……てかメル子はどっちの味方なのよ。なんで計画を邪魔したの……」


 黒乃は顔を上げ、爛々としたメル子の目を見つめた。


「だって、この方が面白いですから!」


 その答えに黒乃は泡を吹いてぶっ倒れた。亜鉛メッキされたギラギラと光り輝く長身のお姉さんは、皆に囲まれて盛大な拍手を受けた。

 もちろん黒乃は一週間亜鉛メッキ状態で過ごした。

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