第250話 お誕生日です!

 昼下がり。黒乃は床に座り小刻みに膝を揺らした。今日も最愛のメイドロボは楽しそうに料理をしている。

 しかしその料理がいつもと違うことを黒乃は知っていた。


「ふふふ、メル子。今日はやたらと料理に力が入っているね」

「えへへ、わかりますか?」

「そりゃあわかるさ、ふふふ」


 床に寝転んだ。鼻歌に合わせて揺れるメイド服のリボンはいつまで見ていても飽きない。心なしか今日のリボンの振れ幅はいつもより大きいようだ。

 黒乃はふと押し入れの前の収納ボックスに目をうつした。その陰に四角い箱が置かれているのに気がついた。


「おんや〜? これはなにかな〜?」


 その箱へ向けてゆっくりと手を伸ばす。その瞬間、メル子が跳ね上がるように飛び込んできて箱をかっさらっていった。


「なにをしているのですか!」

「うわぁ、びっくりした〜」


 メル子は大事そうにその箱を抱えて黒乃から隠した。


「ねえ、メル子〜? その箱はなにさ〜?」

「これは……なんでもありませんよ。ただの箱です。絶対に中を見ないでくださいよ!」

「え〜? ただの箱〜? じゃあなんでそんなに大事そうにしてるのさ〜?」


 メル子は知らんぷりを決め込んで箱を押し入れの中へと押し込んだ。


「ぷぷぷ〜。メル子ってば可愛いなあ」

「可愛いのは知っています」


 メル子は再び調理に戻った。出来上がった料理を箱に詰め込んでいく。それはみるみるうちに縦に積まれ、正月のおせちの重箱の様相を呈してきた。


「うわすごいな。どんだけ張り切って料理作ったのさ」

「それはそうですよ! だって今日は……あ!」


 メル子は慌てて自分の口を塞いだ。


「今日は? 今日はなんなのさ?」

「いえ! なんでもありません!」

「ぷぷぷ。可愛いなあ」



 ——夕方。


「ご主人様、ちょっと出かけましょうか」

「ん〜? どこへ?」

「ちょっとそこらですよ!」


 メル子は無理矢理黒乃を外へ引っ張り出した。ボロアパートの下で待っていたのは金髪縦ロールのお嬢様たちであった。


「オーホホホホ! ちょっとお散歩にいきませんことー!?」

「オーホホホホ! ちょっとそこまでですわよー!」

「あれ? 二人ともなにその荷物は」


 お嬢様二人は大きな荷物を抱えている。美味しそうな香りが漂ってくるので、料理が入っているのがわかった。


「なになに、なによ? そんなにたくさんの料理を抱えてまるでおたんじょ……おっと」


 黒乃はわざとらしく自分の口を塞いだ。


「さあ! こちらですよ、ご主人様!」


 大きな荷物を抱えたメル子に導かれて一行は浅草の町へと繰り出した。



 ——浅草部屋。

 黒乃達は夕焼けに照らされた大相撲浅草部屋へとやってきた。和風建築の質素な佇まいにデカデカとした筆書きの看板。門の前には巨体の力士が待ち構えていた。


「メル子さん! お待ちしていたッス!」

「大相撲ロボ! 今日はよろしくお願いします!」

「なんで浅草部屋に!? ひょっとしてここでおたんじょ……ムグムグ」


 部屋の中に通されると、既に机と鍋が設置されていた。そこにメル子とアンテロッテが忙しなく料理を並べていく。


「黒乃さん! 今日はお誕生日会よろしく……ガフン!」


 背後からメル子の締め技を食らった大相撲ロボは後ろにひっくり返って悶えた。


「ねえねえ、メル子〜? 今日はここでなにかのパーティでもするの〜?」

「いえいえ、違いますよ! 軽くみんなでお食事をしようかと。それだけですよ!」

「ふーん、ぷぷぷ」


 黒乃は準備が整うまで座って待つことにした。

 しばらくすると続々と人が集まってきた。最初に現れたのは褐色肌のセクシーな二人だ。


「やあ、マリー、黒乃山」

「お、マヒナとノエ子じゃん」

「ごきげんようですのー!」


 次に入ってきたのは巨漢のマッチョコンビだ。


「マリー 黒乃 おでたちも きた」

「二人は稽古にきたわけじゃないよね。ぷぷぷ」

「大きいですのー!」


 続いて現れたのはゲームスタジオ・クロノスの面々だ。


「マリーチャン! シャチョー! コンバンハ!」

「お、FORT蘭丸」

「今日は楽しんでいってくださいませー!」


 来る者来る者、皆一様に手に箱を持っている。黒乃はしげしげとその箱を見つめた。


「桃ノ木さん、その箱はなにかな?」

「先輩、まだ秘密ですよ」

「え〜、そうなんだ〜。ぷぷぷ」


 その後も次々と来客者が現れた。相撲部屋の会場は人で埋め尽くされた。料理が並べられ、鍋に火がつけられた。

 黒乃は心を躍らせながらその様子を眺めた。


 突然部屋の電気が消えた。ざわついていた客達がシンと静まり返った。

 力士達がスポットライトを担いで部屋の入り口を照らした。そこから現れたのはマイクを持った大相撲ロボであった。


「え〜、皆さん。お越しいただき、ありがとうございますッス。それではお誕生日パーティを始めたいと思うッス」


 パチパチパチパチ。

 皆が一斉に手を叩いた。


「え!? これお誕生日会だったの!? 誰の誰の!?」


 黒乃はキョロキョロと辺りを見渡した。


「まず初めにバースデーソングの斉唱。その後お食事を楽しんでいただき、最後にプレゼントお渡し会を行いたいと思うッス」

「ほえ〜、お誕生日会っぽい!」

「ではお手元のクラッカーをお持ちください」


 黒乃は机の上のクラッカーを手に取った。


「うわ! うわ! すごいドキドキする! こんな大勢の人に祝ってもらうなんて! 初めてだよ!」

「ではミュージックスタートッス」


 スピーカーから定番の旋律が流れ出した。黒乃は客達の顔を見渡した。皆笑顔でその旋律に身を委ねている。


『ハッピーバースデー トゥー ユー』

『ハッピーバースデー トゥー ユー』


「あはは! あはは! なにこれ楽しい!」


『ハッピーバースデー ディア マリーちゃーん』


「ん?」


『ハッピーバースデー トゥー ユー』


「あれ?」


『ハッピーバースデー トゥー ユー』


「んん!?」


『ハッピーバースデー トゥー ユー』


「え? あの」


『ハッピーバースデー ディア マリーちゃーん』


「あ、マリーちゃーん」


『ハッピーバースデー トゥー ユー』


 パンパンパンパン!

 クラッカーが炸裂した。大きな小気味よい音と、火薬の匂いがパーティの始まりを予感させた。


「マリーちゃん! お誕生日おめでとうございます!」

「お嬢様ー! めでたいですわー!」

「マリー おたんじょうび おめでとう」

「ウホ」

「……おめでとう」

「女将、今日が本物の誕生日か?」

「マリーチャン! マリーチャン!」

「え? え? あれ?」


 皆一斉にマリーに祝いの言葉を投げかけた。


「ありがとうですわー! ありがとうですわー! みんなに祝ってもらえて、こんなに嬉しいことはございませんわー!」


 マリーは立ち上がり、祝いの言葉を受け取った。


「あれ? あれ? なんだろ。あ、マリーおめでとう」

「さあ皆さん! 私とアン子さんで一生懸命お料理を作りました! お腹一杯召し上がってくださいね! 鍋は浅草部屋の皆さんのご提供です!」


 大きな歓声のあと、一斉に料理に群がった。

 タコス、トルティーヤ、セビーチェ、アンティクーチョ、アロス・コン・ポーヨ。メル子自慢の料理がみるみるうちになくなっていく。

 テリーヌ、ビーフストロガノフ、ポトフ、ラタトゥイユ、ブイヤベース。アンテロッテ自慢の料理に舌鼓をうった。


「うまうまですのー!」

「お嬢様ー! たんとお召し上がりくださいましねー!」


 黒乃は真っ青な顔でフリカッセをつついた。


「どうしました、ご主人様! たくさん食べてくださいね!」

「ええ? ああ、うん。食べてるよ」

「ブー!」

「マヒナ様! どうされましたか!?」

「鍋の中の丸いのが辛い!」

「あ、自分が作ったハバネロツミレッス」

「土俵に上がれ!」

「みんな おで ケーキ つくってきた あとで たべる」

「マッチョメイドー! ありがとうございますわー!」

「マリーチャン! いくつになったんデスか!?」

「……女性に年齢を聞くのは失礼」

「お誕生日会なノニ!?」


 黒乃はプルプルと震えながら楽しそうな食事の光景を眺めた。

 料理を食べ尽くし、空気が弛緩してきたところで再び大相撲ロボがマイクを持って現れた。


「えー、宴もたけなわですが、皆さんお待ちかね。プレゼントお渡し会を始めたいと思うッス」


 マリーが立ち上がった。皆プレゼントボックスを持ってその前に並んだ。一人一人声をかけながら順にプレゼントを渡していく。


「お嬢様ー! 無事この日を迎えられてこんなに嬉しいことはございませんわー! これはわたくしからのプレゼント、ダイヤの万年筆ですわー!」

「アンテロッテー! 嬉しいですのー!」

「マリーちゃん! 私からのプレゼントは手作りのエケコ人形です! 大事にしてくださいね!」

「メル子ー! 大事にしますのー!」


 皆、次々にプレゼントを渡していく。黒乃は自分の手のひらをじっと見つめると、よろめきながら部屋から姿を消した。


「あれ? ご主人様はどこにいきましたか?」



 黒乃は一人で浅草の町を歩いていた。空を見上げれば宝石を散りばめたような星空。その美しさとはうらはらに、黒乃の心にはぽっかりと暗黒空間が広がっていた。


「そうだった、そうだった。忘れていたよ。私はこういうのじゃなかったんだよ」


 誕生日会など家族としかしたことがなかった。とてもとても質素な誕生日会。ちょっとした料理。ひとかけらのケーキ。安いプレゼント。光り輝く丸メガネ。それだけでよかった。求めていたのはそれだったのだ。盛大な誕生日会を望んでいたわけではなかった。


「まさか誕生日まで被せてくるとはなあ」


 もちろんマリーが悪いわけではない。しかし今はマリーの快活な顔が少し恨めしい。


 黒乃はいつの間にか隅田公園へとやってきていた。人気のない場所へと吸い込まれるように足を運んだ。茂みのそばのベンチに座って星空を眺めた。

 茂みが揺れ、中から一匹のロボット猫が現れた。


「ニャー」

「なんだ、チャーリーか」


 大きなグレーの毛並みの猫は黒乃の足元で丸まった。


「お前も一人なのか。今日は一緒だな」


 黒乃はチャーリーを持ち上げた。黒乃の顔の前で大きなあくびをして口の中を晒した。


「みんなと一緒にいて、多少は性格が明るくなったと思ってたけど、人間そう簡単に変わるもんじゃないね」


 チャーリーは肉球で黒乃の頭をはたいた。


「痛え! なにすんだ!」

「ニャー」

「ん?」


 気配を感じて後ろを振り向いた。そこにはこの世で最も大切な存在が立っていた。手には箱を持っている。


「あの、ご主人様。探しました」

「……メル子」


 メル子はばつが悪そうな様子で佇んでいた。


「もうお誕生日会は終わったのかい?」

「あの、マリーちゃんのお誕生日会は終わりました」


 メル子は黒乃に箱を差し出した。黒乃はそれを受け取り開けた。中から出てきたのは純白の白ティーであった。


「これは……」

「もちろん、ご主人様へのお誕生日プレゼントです」

「私の誕生日……」


 黒乃はメル子の目を見た。


「私がご主人様の誕生日を忘れるわけがないではないですか。あの、ドッキリの予定だったのです。みんながご主人様のお誕生日を忘れていると思わせて、というドッキリでして。でもご主人様が急にいなくなってしまったものですから。あの、やりすぎました、ごめんなさい」


 メル子はしゅんとうなだれた。

 黒乃は周りを見た。暗くてわからなかったが大勢の人が集まっているようだ。それぞれの腕には箱が抱えられている。


「みんな……!」

「オーホホホホ! お誕生日おめでとうですわー!」


 マリーは箱を手渡した。


「マリー……、白ティー、ありがとう」

「オーホホホホ! ドッキリある意味大成功ですわー!」

「アン子……、白ティー、嬉しいよ」

「黒乃山、陰キャにも程があるぞ」

「マヒナ! 白ティーだ」


 黒乃は次々に白ティーを受け取った。白ティーの山の中で黒乃は涙を流した。


「うう……みんな。ありがとう……白ティーありがとう!」

「ご主人様、涙を拭いてください」


 メル子は黒乃の顔を拭おうとしたが、黒乃は勢いよくメル子を抱きしめた。


「メル子〜〜〜!!」

「ご主人様〜〜!!」


 二人は強く抱き合った。夜の隅田公園が拍手で包まれた。

 黒乃の心から暗黒空間が拭いさられ、星空のような煌びやかな光が灯った。しょげてひとりぼっちの陰キャの黒乃はもういない。今ここにいるのは、皆を愛し、皆に愛される陰キャの黒乃だけだ。

 鳴り響く拍手が黒乃の心から暗黒物質ダークマターを吹き飛ばした。




「プレゼントが全員白ティーなのもドッキリなの?」

「いえ、偶然です」

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