第242話 デスゲームです!

 メル子は目を覚ました。

 冷たい床の感触が頬に伝わる。体を起こすとそこは見知らぬ一室であった。窓は全て塞がれ、日の光は欠片ほども入ってこない。


「ぎゃあ! どこですかここは!?」


 メル子は周囲を見渡した。目を覚ますといつもいるはずの人がいない。


「ご主人様! ご主人様はどこですか!?」

「うるさいですの。静かにしておくんなまし」

「ぎゃあ!」


 急に背後から女性の声が聞こえたのでメル子は飛び上がった。後ろを振り向くと、そこにいたのは床に寝転がる金髪縦ロールのメイドロボであった。


「アン子さん!?」

「お昼寝をしていたのに騒々しいですの」

「それどころではないです! ここはどこですか!? ご主人様はどこにいきましたか!?」


 アンテロッテはむくりと起き上がると大欠伸をした。


「ここはどこですの?」

「わかりません! なぜそんなに余裕ですか!?」


 メル子は立ち上がり部屋をよく観察した。部屋は八畳の広さ。塞がれた窓が二つと扉が一つ。白い壁にはモニタが設置されていた。それ以外はなにもない。


「メル子さん、それはなんですの?」


 アンテロッテが指を差したのは床に敷かれた青いビニールのシートであった。真ん中がこんもりと盛り上がっている。


「いったいなんでしょうか?」


 メル子はシートを捲り上げた。その下から現れたものを見て、二人は抱き合って叫んだ。


「ぎゃああああああああ!」

「どういうことですのー!?」


 それは動かなくなったFORT蘭丸であった。光が消えた目を見開き、口をだらしなく開けて上を向いている。ピクリとも動かない。


「ぎゃああああああ!」

「お嬢様ー! どこですのー!?」


 二人は部屋の入り口に殺到した。真鍮製の丸いドアノブを掴んで回そうとする。


「ぎゃああああ!」

「なんですのー!?」


 メル子はなにやら嫌な感触を感じてすぐに手を引っ込めた。自分の掌を見るとなにやらヌルヌルしたものがまとわりついていた。


「これ、ロボローションです! ドアノブにロボローションが塗られています!」

「どいておくんなましー!」


 アンテロッテもドアノブを掴んで回そうとした。しかしヌルヌル滑っていくら力を込めても捻ることができない。


「部屋から出られません!」

「誰ですの、こんなイタズラをしたのはー!?」


 二人がパニックに陥っている時、突然壁にかけられたモニタが起動した。スピーカーから不気味な笑い声が響いた。


『フォフォフォフォフォ』

「ぎゃあ! 誰ですか!?」


 モニタに映っていたのは巨大な丸メガネをかけた人物であった。丸メガネが巨大すぎて顔の大半を隠しているため、男か女かすらもわからない。その人物はくぐもった声で話し始めた。


『フォフォフォフォ、私はクロソウ。さあゲームをしよう』

「クロソウって誰ですの!?」

「ここから出してください!」

『フォフォフォフォ』


 画面の中の人物は楽しげに笑った。


『この部屋から出たければ……』

「早く出してください!」

「ロボローションを塗るのは度がすぎたイタズラですわー!」

『この部屋から出たければ……』

「ここはどこですか! トイレはどうすればいいのですか!」

「そろそろお嬢様がお昼寝から覚める時刻ですのよー!」

『この部屋から……』

「今すぐ部屋から出さないと鼻の穴に指を突っ込みますよ!」

「足の小指を蹴り飛ばしますわよー!」


 突然二人の頭上からなにかが降ってきた。それをもろに頭から被り、二人はずぶ濡れになって床に転がった。


「ぐぇぇぇ! これロボローションです!」

「ぶぇっぷ! ヌルヌルですのー!」

『話を聞きなさい』


 二人は生まれたての子鹿のように手足をプルプルと震わせてようやく立ち上がった。


『この部屋から出る方法はたった一つ』

「一つの方法!?」

「それはなんですのー!?」


 二人はごくりと喉を鳴らした。


『二人がチューをすることだ。それが唯一の脱出方法。さあキスゲームの始まりだ。フォフォフォフォフォ』


 それだけ言い残すと、モニタの電源が切れクロソウは姿を消した。メル子とアンテロッテは呆然と立ち尽くした。


「待ってください! 他人とチューなんてできません! ご主人様に怒られてしまいます!」

「そうですわー! わたくしがチューしていいのはお嬢様だけですのよー!」

『フォフォフォ』


 再びモニタの電源がつきクロソウが現れた。


『ご主人様にとって、メイドロボ同士のチューはご褒美。フォフォフォ』


 モニタの電源が切れた。二人はまたもや静寂の中に取り残された。


「アン子さん」

「メル子さん」


 二人は見つめ合って頷いた。顔を寄せて唇を近づける。メル子はアンテロッテの腰に腕を回した。アンテロッテはメル子の頬を両手で掴んだ。そのままゆっくりと唇を重ねた。


「はい! チューしました!」

「終わりましたのよ!」


 天井からロボローションがぶちまけられた。二人はロボローションまみれになって床に転がった。


『今、唇の間に掌を挟んだ。失格』

「バレましたのー!」

「作戦失敗です!」


 二人はヌルヌルテカテカの状態で再び抱き合った。


「アン子さん、その……なんていうか。アン子さんとのチュー、そんなに嫌ではありません」

「メル子さん、わたくしもですわ」


 二人は顔を寄せ合うと、お互いの唇が軽く触れ合った。


『うひょー!』

「はい! チューしました! ここから出してください!」

『ちょっとよく見てなかった。もう一度お願い』

「なんで見ていないんですの!」


 二人は再び軽くチューをした。


『うひょー!』

「はい! やりました!」

『ちょっと浅いかな。ベロチューで頼む』

「反則ですわー!」


 二人は思い切りチューをした。


『うひょー!』

「今度こそやりましたよ!」

「さっさと扉を開けやがれですわー!」

『最初から鍵はかかっていないから、勝手に出なさい』

「ズコーですのー!」


 二人は必死にメイド服でドアノブのロボローションを拭ったあと、手を繋いで仲良く部屋を出た。





 マリーは冷たい床の上で目を覚ました。目を開けるとそこは見知らぬ部屋であった。


「ここはどこですの? アンテロッテはどこにいきましたの?」


 ふらつく頭を押さえ、周囲の様子を観察する。フローリングに白い壁。窓は塞がれ壁にはモニタがかけられている。部屋の真ん中には青いビニールシートがあり、なにかに被せられている。

 すると背後で人の呻き声が聞こえた。


「誰ですの!?」


 その声の主は起き上がると目の前にいる人物を見て驚愕の表情を見せた。


「マリーちゃん!?」

「小梅さん!?」


 この少女は梅ノ木小梅うめのきこうめ。マリーの同級生である。漆黒のポニーテールに、切り揃えられた前髪。大和撫子といった風情のどことなくボーイッシュな雰囲気を漂わせた少女だ。


「小梅さん、ここはどこですの!?」

「マリーちゃん! わかりません!」


 二人は恐る恐る部屋を調べ始めた。青いシートを捲ると二人は震えあがった。


「FORT蘭丸さんですのー!」

「死んでる!?」


 その時、壁にかけられたモニタに映像が現れた。


『フォフォフォ、ここはチューをしないと一生出られない部屋です』


 画面には頭に紙袋を被ったメイドロボが映っていた。


「誰ですのー!?」

『フォフォフォ、私はメルソウ。さあゲームを始めましょう』

「メルソウだって? ゲームなんてしません。ここから出してください!」

「そうですわよ! 絶対にゲームなんてしませんわ!」


 天井から二人に大量のロボローションが浴びせかけられた。


「カポポ! なんですのこれー!」

「ぬるっぽ! マリーちゃん! 大丈夫ですか!?」

『フォフォフォ、この部屋から出る方法はたった一つです。それはチューをすること。さあキスゲームの始まりです』


 マリーと小梅は顔を見合わせた。


「どうしてチューをしないといけないんですのー!?」

「そうだ! 絶対にチューなんてしませんよ!」


 二人は必死に抗議をした。しかし再びロボローションをぶっかけられた。


「メルソウ! もう一度確認をします! 本当にチューをするしか出る方法はないんですね!?」

『フォフォフォ、その通りです』


 小梅は壁に拳を打ちつけた。


「なんてこった! マリーちゃんとチューをするしか方法がないなんて! なんてこった!」

「小梅さん?」

「メルソウ! マリーちゃんとチューをする以外の方法は本当にないんですね!? だから仕方がないということですね!?」

『フォフォフォ、そうです』


 小梅はプルプルと震えている。


「仕方がない! 仕方がないんです!」

「小梅さん、もうさっさとチューして部屋を出ますわよ」


 マリーは小梅の顔を引き寄せると力強くチューをした。


「んん!?」


 小梅は目を見開き硬直した。唇が離れた時には完全に力が抜けてツルリと床に転がった。


『うひょー!』

「さあ、これでよござんしょ?」


 マリーは腑抜けになった小梅を引きずって部屋をあとにした。





 黒乃は頬に冷たい感触を感じて目を覚ました。辺りを見渡すと見知らぬ部屋だということがわかった。


「あれ? ここどこだ? メル子は?」

「うーん……」


 声がした方を見るとそこには黒髪おさげ白ティー丸メガネの少女が倒れていた。


「あれ? クロちゃん?」

鏡乃みらの!?」


 黒乃は部屋の真ん中にある青いシートを捲り上げた。そこには見た目メカメカしいロボットが白目を向いて倒れていた。


「なんだFORT蘭丸か」

「クロちゃん! なんでこんなところにいるの!?」

「わからん」


 その時、部屋の壁にかけられたモニタに巨大な桃の被り物をした人物が現れた。


『フォフォフォ、私はモモソウ。ゲームを始めましょう』

「なんだと!?」

「モモソウ! ここはどこなの!?」

『ここはチューをしないと出られない部屋。さあキスゲームの開幕です』


 黒乃と鏡乃はチューをした。


「さ、帰るか」

「クロちゃん! 帰りにラーメンおごって!」

「いいよ」

『ハァハァ』





 メル子は見知らぬ部屋で目を覚ました。


「またです!」

「うーん、メル子。ここはどこです?」

「ノエ子さん!?」


 メル子の後ろにいたのは褐色肌にナース服っぽいメイド服を纏ったメイドロボのノエノエであった。


 メル子は青いシートを捲った。「はい! ここに蘭丸君!」


『フォフォフォ、私はクロソウ』

「はい! チューですね! チューをすればいいのですね!」


 メル子はノエノエの頭を掴むと思い切りチューをした。


『うひょー!』

「はい! 帰りますよ、ノエ子さん!」


 メル子はノエノエの手をひいて扉を開けた。





 マッチョマスターは見知らぬ部屋で目を覚ました。


「われ どうして ここにいる」

「おれがここにいるからだ」


 背後にいたのは登山ロボのビカール三太郎であった。


『フォフォフォ。ひあい〜ず、チューしないと出られないルームね〜』


 モニタに魚の被り物をした銀髪ムチムチの女性が現れた。


『わた〜しは〜、ルビソウね〜。キスゲームはずすたーてっど』


 マッチョマスターとビカール三太郎は荒々しくチューをすると扉を突き破って部屋を出ていった。


『わぁ〜お』


 二人に踏みつけられたFORT蘭丸が虚しく床に横たわっていた。

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