第238話 着せ替え人形です!

 ここは浅草の静かな路地にある紅茶屋『みどるずぶら』。メイドロボのルベールが切り盛りする、知る人ぞ知る紅茶の名店である。

 その店の前にメル子は立っていた。腕には大きなミニチュアハウスが抱えられている。黒乃がその扉を開けた。


「いらっしゃいませお二人とも。お待ちしておりました」


 伝統的なヴィクトリア朝のメイド服を纏ったメイドロボは優雅にお辞儀をした。これぞメイドという落ち着いた雰囲気に、黒乃とメル子のざわついた心は鎮まった。


「えへえへ、ルベールさん。よろしくお願いします」

「ルベールさん! プチ達をお願いします!」


 メル子は店内のテーブルの上にミニチュアハウスを置き、天井を外して中の様子を確認した。二人は一つの布団で仲良く眠っていたが、光が差し込むとのそのそと動き出した。


「プチご主人様! プチメル子! 一週間お留守番していてください!」

「お前ら、ルベールさんに迷惑かけるなよ?」


 二体のプチロボット、プチ黒とプチメル子はそれぞれ違った反応を見せた。プチメル子は笑顔で元気よく手を振り、プチ黒は床に寝そべりケツをかいた。


「確かにお預かりしました。お二人も気をつけて無人島に行っていらしてくださいね」

「はい!」


 こうして二人はみどるずぶらをあとにした。過酷なサバイバルが待ち受けているとも知らずに……。



 ルベール。

 近代ロボットの祖、隅田川博士によって作られた最古のロボットのうちの一人。トーマス・エジ宗次郎、ニコラ・テス乱太郎、アルベルト・アインシュ太郎を兄弟にもつ。


「さあ、お二人とも。一週間よろしくお願いしますね」


 ルベールはプチ小汚い部屋に指を差し込んだ。プチメル子はその指を両手で挟んで喜んだ。プチ黒も珍しくその指を撫で回した。


 まもなく店の営業が開始した。

 この紅茶屋は茶葉を販売するお店であるが、店内で軽食もとれる。二つしかないテーブルの最初の客はいつも決まっている。


「奥様、お待たせいたしました」


 ダージリンのストレートティー。これもいつも決まっている。


「ルベールさん、ありがとう」


 その老婦人は店内に差し込む日の光を紅茶の水面に反射させて色と香りを楽しんだ。ルベールのマスターにして、この店の裏手にある洋装店『そりふる堂』の主人でもある。他にも呉服店、書道教室を運営している。


「珍しいものがあるのね」


 老婦人は机の上のプチ小汚い部屋を覗き込んで言った。プチメル子は部屋の掃除をしているようだ。プチ黒は相変わらず寝そべっている。


「まあ、可愛い。この子達どうしたのかしら?」

「黒乃様からお預かりしました」


 老婦人はせわしなく動くプチメル子を楽しそうに観察すると、空になった紅茶を置き裏手の店へ帰っていった。


 その後は出社前の会社員がちらほらと店を訪れる。昼になると主婦が軽食を求め訪れ、夕方までは茶葉を買い求める客が続く。

 日も落ち、街灯が煌々と店を照らす頃になるとようやく閉店だ。

 店の片付けを終え、ルベールはプチ達を覗き込んだ。二人はぐったりと寝転んでいる。


「うふふ。お二人とも、お疲れ様でした」


 来る客来る客、皆がプチ達を愛でようとするため疲れてしまったようだ。


 店を閉じ、ミニチュアハウスを抱えて裏手の洋装店へと帰った。老婦人との夕食を済ませ、風呂に入ったあとはプチとの憩いの一時だ。手のひらの上に乗せてよく観察をする。


「服がほつれていますね」


 プチ黒の白ティー、プチメル子の帯。戦いと冒険を繰り広げた結果だ。所々生地が擦り切れ、汚れも浮いて見える。


「この小汚い白ティーは捨ててしまいましょう」


 そもそもいかにも着せ替え用ですと言わんばかりの造りが気になって仕方がない。ルベールは下の洋装店へ降り、作業台の上に布を広げた。


 

 翌朝。いつも通りの紅茶屋。いつも通りの奥様。


「まあ、今日はプチちゃん達違うのね」


 テーブルの上にはさらに小さいテーブルと椅子があり、二体のプチがこまっしゃくれて座っていた。そのどちらもヴィクトリア朝のクラシカルなメイド服を着ていた。


「昨日徹夜で作りました」


 ルベールの目は若干腫れぼったい。しかし満足げな表情だ。

 黒いパフスリーブがついたロングワンピース。それを包む純白のエプロン。結い上げた髪にホワイトブリム。完璧なルベールのコピーだ。


「二人とも似合っていますよ」女主人は指で二人の頭を撫でた。


 夕方、二人のお嬢様が紅茶屋を訪れた。


「オーホホホホ! お紅茶をいただきに参りましたわー!」

「オーホホホホ! 最高級の茶葉をおくんなましねー!」


 金髪縦ロールを揺らめかせ紅茶屋へ踊り込んできたのはマリーの姉のアニーと、そのメイドロボのマリエットだ。

 アニーはアンテロッテにそっくりだが生身の人間だ。マリエットはマリーにそっくりだがロボットである。

 マリエットの腕には巨大な城型のミニチュアハウスが抱えられている。それを勢いよくテーブルの上に置いた。その衝撃でプチ黒とプチメル子の体は浮き上がり、椅子から転げ落ちた。

 二人は腕を振り回して抗議をした。


「あら、ごめんあそばせー!」

「お二人とも、いらっしゃいませ。いつもの茶葉でよろしいですか?」

「お願いしますわえー!」


 城の門が開き、中からプチお嬢様が躍り出てきた。プチマリとプチアン子だ。


『『オーホホホホ!』』


 プチお嬢様たちはプチ黒とプチメル子の前に立つと、背をのけ反らせて高笑いを炸裂させた。プチ黒達は抱き合ってプルプルと震えた。


「アニー様達もプチをお連れでしたか」

「妹のマリーから預かったのでございますわ」

「マリー様達は無人島へと旅立ったのですわ」

「まあ、お二人も無人島へ? 無人島が流行っていらっしゃるのでしょうか」


 ルベールは紅茶を二杯差し出した。ついでにプチ達のテーブルの上にもミニチュアカップに入ったナノマシンを二つ置いた。


「いただきますわー!」

「お嬢様ー! おミルクとおシュガーをお入れしますのー!?」


 プチ達はカップを奪い合っていた。しかし慣れないヴィクトリア朝のメイド服のせいか、ろくに身動きがとれずにお嬢様にカップを奪われてしまった。

 プチ黒とプチメル子は泣きながらテーブルに突っ伏した。


 夜になると再びルベールは洋装店に入り浸った。



 翌朝。プチ達の衣装は燕尾服えんびふくに変化していた。ホワイトタイに黒のフロックでビシリと決めている。

 キリリとポーズを決めカウンターに佇む二人を見て、客の女子大学生達はキャーキャーと悲鳴をあげた。


 翌日。プチ達の衣装は修道服に変化していた。ゆったりとしたトゥニカ、裾が大きいウィンプルを厳粛に着こなしている。

 両手を合わせ祈りを捧げるその姿に、客の老夫婦は手を合わせて拝んだ。


 翌日。プチ達の衣装は十二単じゅうにひとえになっていた。

 唐衣からぎぬ表着うはぎ打衣うちぎぬ五衣いつつぎぬ単衣ひとえ長袴ながばかまからなる伝統の衣装を引きずり、しずしずと歩いた。

 雅なるその姿を母に抱かれた赤ん坊は口を開けて眺めた。


 翌朝。プチ黒とプチメル子は家出をしていた。


「大変です! やりすぎてしまいました」


 ルベールは反省をした。衣装のこととなると見境がなくなってしまうのは昔からだ。プチ小汚い部屋の中に綺麗に折り畳まれて積まれた衣装の数々。自信作ではあるが、お気に召さなかったのだろうか。

 探さなくてはならない。二人にもしものことがあれば、メイドとしての沽券こけんに関わる。


 ルベールは表へ出た。

 広域サーチを発動。半径五十メートル。範囲内に存在する全てのロボットのIDをリストアップ。プチに該当するIDは無し。範囲を二百五十メートルに拡大。IDをリストアップし照合。プチ二体を発見。

 パンプスを脱ぎ捨てると足の裏からジェット噴射を発動。宙に浮き上がる。最高速度マッハ10で飛行できるが、今はそこまでは必要ない。

 公園に飛来。耳を澄まして周囲の音を聞く。聴力は人間の千倍ある。

 公園の植え込みの裏で猫に囲まれてプルプルと震えているプチ二体を発見。

 十万馬力で蹴散らそうかと思ったが、可哀想なのでサーチライトを照らして追い払う。

 プチ二体を無事保護。


「ふう、お二人とも無事ですね。安心しました」


 ルベールは手のひらの上でぐったりとしている二人に頬擦りをした。


「それにしても隅田川博士おとうさま。メイドロボにこんな機能は必要ありませんのに」



 ——本物の小汚い部屋。


「あれ? ご主人様。襖が開かないですね」


 メル子はプチ小汚い部屋の押し入れを指でつまんで開けようとしている。それを見たプチ黒とプチメル子はなぜか真っ青になっていた。


「ん〜? どれどれ」黒乃は押し入れに指をかけて力を込めた。しかしびくともしない。

「確かに開かないな。なにかが引っ掛かっているのかな?」


 黒乃はさらに力を込めて襖をひいた。力を入れ過ぎたのか、襖は手前に倒れてきてしまった。そしてその中から現れたのは……。


「うわっ、なにこれ!?」

「ええ!?」


 大量の衣装だった。ヴィクトリア朝のメイド服、燕尾服、修道服……。精巧な着せ替え衣装が押し入れにこれでもかと詰まっていたのだ。


「すごいです! 綺麗!」

「うわー、よくできてるなあ。ルベールさんがサービスしてくれたのかな?」


 メル子は瞳を輝かせて衣装を眺めたが、プチ黒は全裸で床にうずくまって震えている。


「ご主人様、この子達どうしましたかね?」

「わからん。服を着るのが嫌になったのかな? ガハハ! 私と同じだ! ガハハハハ!」

「ご主人様はさっさと服を着てください」


 当分は着せ替えごっこはできなさそうだ。

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