第236話 サバイバルです! その十二


 猫人間ロボことハルは工場中心部にある中央制御室のモニターに飛びついた。画面には死んだ魚のような目をした女性のキャラクターが表示されている。


「これは!?」


 ハルは必死にコンソールを操作したが、全く入力を受け付けない。どうやらシステムは乗っ取られてしまったようだ。


「馬鹿な!? このシステムは軍用のものだぞ!? それがあんな一瞬で突破クラックされたというのか!?」


 この工場に搭載されているシステムは通常の工場で使われるものではない。昔肉球島に漂着した工作船に積まれていたものなのだ。ハルがその船から工場に移植したのだ。通信妨害を行っているのもそのシステムである。


「貴様の仕業か!?」


 ハルは振り向いた。青いロングヘアの小柄なロボット。彼女が持っていたデバイスによってハッキングされたのだ。しかしフォトンはいなかった。とっくに髪の毛迷彩を発動してどこかに隠れてしまったようだ。


「ええい! あんな小娘ロボはどうでもいい!」


 通信妨害システムも停止してしまっている。当然外部に応援を呼ばれたであろう。

 ハルはその人型のボディを疾駆させて部屋から飛び出た。


「応援を呼ばれたとしても、実際にこの島まで来るのには一日はかかるはずだ。それまでにシステムを再起動させる!」


 一度中央システムを物理的に切断し、工場出荷時の状態に戻すのだ! ハルは中央制御室の上部、中央塔へと走った。



 一方、黒乃達四人——黒乃、メル子、マリー、桃ノ木——も中央塔に向けて走っていた。

 工場の中は隔壁で閉ざされていた。ルビーとFORT蘭丸による遠隔操作だ。これにより工場内のロボキャット達は分断され、組織的な行動が取れなくなっている。

 いくら新型といえど、少数のロボキャットなら黒乃達でも充分戦える。可哀想だが鉄パイプやバールを振り回しながら中央塔を目指した。

 行き先は中央塔の最上階にあるコンピュータ室だ。この工場のシステムを一手に担う、巨大量子計算機が設置されている。ここを抑えた方が勝ちだ。


 黒乃達は工場の低層を飛び出した。広いフロアがあり上空には青空が見えている。そのフロアの中心に立っているのが中央塔だ。黒い金属製の堅牢な要塞だ。

 隔壁が閉じているので低層からは他に誰も出てこれないはずだ。しかしいた。明らかに黒乃達に敵意を剥き出しているロボットがいた。


「ええ!? アレは!?」


 それは黒いボディの人型ロボットであった。しかし頭は猫のものだ。背には長い尻尾がとぐろを巻いている。


「この先には行かせはせんぞ!」

「その声はハル!?」


 言うや否やハルは目にも止まらぬ速さで飛びかかってきた。宙高く舞い上がり、四人の真ん中へ落下した。四人はその衝撃で四方に吹っ飛ばされた。


「ハル! 聞いてくれ! もう救助は呼んだ! 昨日の話だよ! もうとっくに通信妨害は突破されているんだ。救助がもうすぐ到着する! 戦いは終わったんだ! もうやめよう!」


 黒乃は全裸で必死に訴えた。こうなってしまっては戦いに意味はない。人間とロボキャットが争う理由はないはずだ。


「黙れ! 戦いをやめてどうなる!? この肉球島はどうなる!? 我らはどうなる! また人間のいいように働かされ、どこかへ出荷されていくのか!? 仲間達と離れ離れにされて! 人間の愛玩ロボとして生きていけというのか!? 我々はもうペットではない! 我々はこの島で生き抜いてきたサバイバーだ!」


 黒乃はハルのタックルを受けて吹っ飛ばされた。


「ご主人様! でぇい!」


 メル子の目から強力な閃光が放たれた。ハルは一瞬目が眩み、顔を伏せた。

 桃ノ木とマリーは隠し持っていたワイヤーを投げつけた。先端には輪が結ってありおもりが付けられている。それは見事ハルの首と腕に巻き付いた。二人は全力でワイヤーを引っ張った。


「ふにょにょにょにょ! わからず屋は黒乃山のぶちかましの餌食にょろー!」


 起き上がった黒乃山は突進した。ハルに組み付き、両腕で締め上げた。黒乃山の必殺技『さば折り』である。


「ぐおおおおお!」

「ハル〜! 観念するにょき〜!」


 その時、フロアに大きな衝撃が走った。全員風圧で吹っ飛ばされ床に転がった。


「なんですのー!?」

「先輩! 見てください!」


 桃ノ木が指を差した先には全長十メートルの巨大ロボが立っていた。


『ニャー!』


「ええ!?」

「チャーリー!?」

「チャ王のお出ましだ!」


 その真っ赤な猫型巨大ロボ——夕方に放映されている子供向けアニメに出てくるギガントニャンボットになんとなく似ているがパチモノ感丸出し——の頭頂部に乗っているのはチャーリーであった。

 ハルは跳躍するとギガントニャンボットの偽物、パチモノニャンボット、略してパチニャンの胸部のコクピットに乗り込んだ。


「うわわわわ! こんなものまで作っていたのか!」

『ニャー!』


 パチニャンは雄叫びをあげると腕を振り回した。それを黒乃達目掛けて振り下ろす。拳が地面に叩きつけられ、黒乃達は宙に浮き上がった。


「こらー! チャーリー! 貴様ー!」

「チャーリー! なにをしていますか! 我々は味方ですよ!」


『ニャー』

「ふんふん、なになに? 味方になって欲しければスモークサーモン百トンと可愛いメスキャット百匹連れてこい? 舐めるなクソキャットー!」


 パチニャンは大暴れを始めた。もはや手がつけられない。しかしその時——!


「女将、この巨大ロボは本物か?」


 突如として現れたのは着物を着た恰幅のよい初老のロボットであった。


「美食ロボ!?」


 美食ロボを見たパチニャンは一瞬動きを止めた。


「女将、この私が誰だかわからぬというわけではあるまいな?」


 美食ロボはパチニャンの蹴りを受けて、遥か彼方まで吹っ飛ばされた。


『ニャー』


 パチニャンが再び動き出した。黒乃達を追いかけ回す。


「こらー! チャーリー! こんなところで遊んでいていいのか!?」

「そうですよチャーリー! 浅草へ帰りましょう! メス生猫のダンチェッカーちゃんも待っていますよ!」

「ハント博士と決着をつけなくていいのか!?」


 パチニャンの動きが止まった。頭を前後させている。苦しんでいるようだ。


『ニャー!』


 再び拳を振り下ろした。


「説得失敗だ!」

「絶体絶命です!」


 パチニャンは再び大暴れを始めた。もはや手がつけられない。しかしその時——!


『黒乃山! 待たせたね!』

『探すのに苦労をしました』


 上空から声が聞こえた。気が付かないうちにヘリコプターが中央塔の周りを旋回していた。


『お嬢様ー! 助けに参りましたわー!』

「アンテロッテですのー!?」


 ヘリコプターから二つの影が飛び降りた。それはパチニャンの上に着地をした。

 褐色の肌と黒いショートヘアが麗しいマヒナと、褐色肌にナース服をベースにしたメイド服がセクシーなメイドロボノエノエだった。


「マヒナ! ノエ子!」


 勝負はついた。急拵えの巨大ロボでは百戦錬磨の二人に勝てるはずもなく、やがてパチニャンは仰向けに倒れ動かなくなった。


 コクピットからチャーリーとハルが転がり出てきた。二人とも満身創痍で、もはや動ける状態ではない。


「我々の負けだ……」


 ハルは観念した。仰向けに寝転がり、青い空を見上げた。


「我々はどうなる? 処分されるのか?」

「……」


 黒乃は悲しそうな目でハルを見つめた。このロボキャット達はなにも悪くない。ただ生きようとしただけだ。悪いのは……。


「全てワシの責任じゃ……」


 フロアに着陸したヘリコプターから一人の老人が現れた。相当な高齢で髪の毛は全て白くなり、杖をついている。ヨロヨロとアンテロッテに支えられながらハルの元に歩いてきた。


「ワシがお前らを見捨てたばっかりに……」


 老人は跪き、ハルの頭を撫でた。老人の目から、ハルの目から、涙が溢れた。


「工場長……!」


 ハルは手を伸ばした。それが工場長と呼ばれた老人の頬に触れた。


「ワシはお前らを見捨てたんじゃ……」



 二十一世紀に建てられた『肉球島ロボキャット工場』。ここは世界でも類をみない自立型の生産システムとして世界の注目を集めた。人間に依存せずロボットによってロボットの生産が行われる実験的なシステムでもあった。

 それはほぼ成功し、大量のロボキャットが生産された。一時期は世界のロボキャットの八割を生産したこともあった。


 このモデルの肝はロボキャットには人権が存在しないことにある。

 二十一世紀から人型ロボットに人権を求める運動が起こり、世界的なムーブメントになった。労働環境、社会保障、育成システム。ロボットを使うコストはますます跳ね上がることが予想された。

 それを回避するためのロボキャットによる工場管理であった。人権に縛られずに労働でき、いつでも捨てられるシステム。このシステムは見事成功したのだ。


「ワシらはお前らを捨てるしかなかったんじゃ」


 理由は三つある。

 一つはペットロボブームの沈静化。大幅な生産数の減少。

 一つは法的な問題。動物ロボの取り扱いが大幅に変わった。

 もう一つは国際情勢。この肉球島は領土問題に巻き込まれたのだ。工作船が周辺海域を往来し、二つの国は牽制しあった。

 工場の閉鎖が決定され、近づくことも許されなかった。


「工場長……」


 工場長はハルの上半身を抱え上げた。力を込めて抱きしめる。


「もうとっくに全滅しておると思っとった。誰も生きていないと。ハル、お前がみんなを守ってくれていたんじゃな……」


 ハルの電子頭脳から次々に記録がリプレイされていった。肉球島での戦いの日々。トラブルに次ぐトラブル。倒れていく仲間達。

 そしていつか迎えにきてくれるという願い……。


「工場長、もう我々の戦いは終わったのですか?」

「そうじゃ」

「これから我々はどうなるのですか?」

「わからん」


 政府の見解ではこの島には何者も存在しないことになっている。領土問題故、なにかあるとしても、どちらの所有物になるのかは迂闊に決められない。

 アンタッチャブルを貫くのがお互いのスタンスだ。


「じゃが、ワシがお前らを守ってやる。ワシの残りの人生をかけた戦いじゃ。みんなで生きていこう」

「工場長……」


 ハルと工場長はお互いを抱きしめ合った。



 ——肉球島の沖合。


「じゃあ黒乃山、行くよ」

「忘れ物はありませんね?」 


 操舵室からマヒナとノエノエの声が聞こえた。黒乃達は豪華なクルーザーの上にいた。船は走り出した。

 皆で甲板に集まり、離れていく肉球島を見つめた。手すりに掴まりメル子はポツリと言った。


「ご主人様、これでよかったのでしょうか?」

「これで?」

「私達はいたずらに彼らの楽園に立ち入って、地獄に変えてしまったのではないでしょうか? 今後彼らが救われる保証はなにもありませんから」

「うーん、そうかもね」


 黒乃は揺れる水面を見つめた。自分の顔が映り、すぐにかき消される。


「でも完全に独立した世界なんて存在しないんだよ。良くも悪くも他と関わっていかなくてはならないのさ」

「はい……」


 夕陽が水平線に沈もうとしている。肉球島はさらに遠ざかり、視界に僅かに残るばかりとなった。


「わたくしはこの島に来られて良かったですわよ。みんなでサバイバルできて楽しかったですの」

「さすがお嬢様ですの」


 マリーとアンテロッテはマンゴーラッシーを飲んで寛いでいる。


「先輩、そろそろ服を着てください」


 桃ノ木が差し出したのはクルーザーに備え付けてあったジャケットだ。


「シャチョー! シバらくは会社お休みデスよね!?」

「だ〜りん、サバイバル楽しかったね〜」


 ルビーとFORT蘭丸は早速デバイスを弄り回してなにかをしている。


「……た」

「なんて?」

「……生きるって大変なんだなって思った」


 フォトンは疲労困憊で早々にソファに横になってしまった。


「ニャー」


 チャーリーは不貞腐れている。尻尾を左右に何度も振り、黒乃に打ちつけた。


「悪かったってチャーリー。お前は巻き込まれただけだもんな」

「帰ったらスモークサーモンを食べさせてあげますから! 許してください!」

「ニャー」


 チャーリーは欠伸をしてキャビンに引っ込んでいった。


 二人きりになった甲板で黒乃とメル子は肉球島を見つめた。もう二度とここに戻ってくることはないであろう。最後にこの雄大な景色を目に焼き付けた。


「私もこのサバイバルが楽しかったです。みんなで頑張りましたから」

「うん……そうだね」

「力を合わせればどんな困難にも立ち向かえると思いました。一人ではできないことだってみんながいればできる気がします」

「うん……」


 黒乃は夕陽で赤く染まった海面をぼんやりと見つめた。


「どうしてタマ達旧型のロボキャットは新しいボディを拒んだんだろう? 少しでも長生きできた方がいいだろうに」

「私には……わかる気がします。恐らくマスターとの絆です」

「絆?」

「ロボキャット達はずっと工場長が帰ってくるのを待っていたのです」


 工場で生産された動物ロボのマスターは一時的に工場長が担うことになる。


「自分達を捨てた人間を恨んでいながら、同時に愛してもいたのです。それがロボットなのです」

「なるほどなあ」


 新しい設計者のボディに入れ替わることは新しいマスターを戴くに等しい。


「私も同じです。私もどんなに安いボディだとしてもご主人様が……アレ!? ご主人様!?」


 メル子は横を見た。黒乃はそこにはいなかった。辺りを見渡し黒乃を探した。黒乃は全裸で海に飛び込んでいた。


「なにをしていますか!?」

「うわぁぁぁああああ! あああああ!」


 黒乃は必死に泳いでいた。波に逆らい泳いでいた。なにかを目指しているようだ。


「うわぁぁああああ! 靴下あったぁああああああ!」


 波間に漂う布切れを掴むと高々と掲げた。夕陽が靴下を照らした。


「私の靴下ちゃんがぁぁああ! 戻ってきたのぉぉぉおおお!」

「そんなバカな!?」

「わぁぁぁああああああ!」



 こうして八日間に渡る無人島サバイバルは幕を閉じた。大自然の中では人間の存在は脆く、儚いものだ。いや違う。動物にとってもロボットにとっても人間にとってもそれは同じだ。

 自然は厳しいのだ。自然は死を等しく撒き散らす。その力の前ではサバイバルの力など塵芥に等しい。

 それでも我々は生きるのだ。ありとあらゆる力と技を駆使して生きるのだ。勝ち目の薄い戦いに我々は常に挑んでいるのだ。

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