第235話 サバイバルです! その十一

 サバイバル八日目の朝。

 救助が来るまで推定一日。



 ——チャーリーのロボキャット工場。


 黒乃達五人——黒乃、メル子、マリー、桃ノ木、フォトン——は工場内の宿泊所に閉じ込められていた。

 かつてこの工場に勤務していた人間が利用していた施設だ。しかしそれも初期のわずかな間のみ。生産ラインが自動化されると人間はこの島から姿を消した。


 その宿泊所に黒い大きなロボキャットが訪れた。

 製造ID『HAL4000』、通称ハル。工場の管理を任された猫型ロボットである。通常の生産品よりも優れた頭脳を持ち、工場の全システムに対する権限を有する。

 ハルはこの工場が閉鎖された後も一人でここを守り抜いてきた。肉球島に残された数百体の仲間達を守るために戦ってきたのだ。

 そのハルの目には歴戦の戦士たる強さと悲しみが刻まれていた。黒いしなやかなフォルム。長い尻尾。換装したばかりの新しいボディだ。そのボディも彼の瞳に宿る鈍い光のせいで燻んで見えた。


「お前らの仲間の居場所はわかっている。捕まえて一緒にロボキャットにしてやるから心配するな」


 ハルが言っているのはこの場にいない三人、アンテロッテ、ルビー、FORT蘭丸のことだ。三人は黒乃達とは別行動をとっていて、まだ捕まっていないはずだ。


「いや、そうじゃないんだって!」


 黒乃は部屋のロッカーの上に座るハルを見上げて必死に訴えた。周囲をロボキャット達に囲われているため身動きがとれない。


「私達は人間だからロボキャットにはなれないよ! 人間は体を取り替えられないの!」

「ハハハ! まったく人間というのは不便なものだな。我らを生み出す知能がありながら、その入れ物は脆弱極まる。我々は新しいボディさえあれば永遠に生きていける。この肉球島はロボキャット達の楽園となるのだ。チャ王のおかげでな!」


 ロボキャット達が一斉に鳴きだした。歓喜しているのだ。地獄の牢獄が天国になろうとしている。


「無理だって! どんなに優れたボディがあってもずっとは生きていけない。この小さな島でやりくりするのは無理だ! ねえ、ハル。島に人間を呼ぼう! そうすれば物資を定期的に届けてもらってみんなで生きていけるから!」


 ハルは黒く長い尻尾をロッカーに打ちつけた。


「黙れ! 我らを捨てた人間など信用できない! 人間は滅ぼす!」

「わかった! わかった! せめてマリーとフォト子ちゃんだけは助けて! 二人は子供だから!」

「くどい!」


 話はそこで終わりだった。ハル達は引き上げ、工場の中枢へと戻る。黒乃達をロボキャットにするための準備に入る。


 黒乃は全裸で床に項垂れた。メル子が優しくその背中を撫でた。


「うう……交渉は決裂、もう力尽くでここから逃げるしかない」

「ご主人様、やるのですね」

「わたくしはやる覚悟はできていますわよ」

「先輩の勝利を確信しています」

「……戦いが始まる」



 見張りの新型ロボキャットは天井の窓から人間達を捕えている部屋を覗き込んだ。もうそろそろ奴らがロボキャットに生まれ変わる時間だ。正直羨ましい。なんでも奴らのボディは特別製らしい。最もチャ王に近いボディだというのだ。


「ニャー(なんでこんなやつらが)」


 人間達は大人しくしているようだ。五人で仲良く固まって床に座っている。諦めか達観か。どちらにせよもう逃げることはできない。まあ大人しくするのなら、我らの仲間として迎えてやらないでもない。


「ニャー(でもあの青い髪の子かわいかったな)」


 見張りは窓からそのロボットを探した。部屋は狭い、すぐに見つかるはずであったが見当たらない。


「ニャー(あれ? いちにーさんしー。おかしいな)」


 部屋は狭い。ロックされているので他の部屋へは行けないはずだ。隠れられるような場所もない。


「ニャー(おいみんな、ひとりいないぞ!)」


 見張りのロボキャット達がざわつき始めた。


「ニャー(かくにんをする!)」


 ロボキャット達が部屋になだれ込んだ。四人を取り囲む。


「ニャー(のこりのひとりはどこだ? 言え!)」

「えー? 最初から四人だったけど? 猫だから数が数えられないのかな?」


 黒乃はしらばっくれた。


「ニャー(なめやがって!)」


 ロボキャットは黒乃に飛びかかり、全裸の背中を爪で引っ掻いた。


「いでぇ!」

「ご主人様!」


 このゴタゴタに紛れてフォトンは動き出した。彼女の青いロングヘアは偏光素子が編み込まれており、自由自在に色を変えられる。この髪の毛を迷彩にして部屋の隅に隠れていたのだ。

 ロボキャット達が部屋に乱入してきた隙を狙い、こっそりと扉から外へ抜け出した。


 工場のあちらこちらで警報が鳴り出した。全てのロボキャット達が警戒態勢に入った。

 宿泊所の周りには数十体のロボキャットが集合した。残りは工場に散らばり、逃げた一人を探す。



 フォトンは迷彩を活かし、物陰に隠れながら階段を登った。向かうは工場の上部、つまり火口の入り口だ。あらかじめ工場の見取り図はインプットされている。多くのロボキャットが黒乃達の元へ集結したため、進むのは楽だ。時折目の前を走り抜けるロボキャットに気をつけながら階段を進む。


「……あった」


 階段を登り切った場所にあったのは一枚のシートだ。



 ——昨日。肉球島の沖。


 アンテロッテ、ルビー、FORT蘭丸は小屋を解体して作った船の上にいた。その船の上には様々な機械が並んでいた。


「これはなんの機械なんですの?」

「アン子さん! コレはルビーの仕事道具デス!」


 ルビーは鼻歌を歌いながらそれらの機械をいじくり回していた。死んだ魚のような目にデバイスに映し出されたコードの群れが反射していた。


 これらはアンテロッテが海中から引き上げたものであった。

 元々の作戦は木っ端微塵になって沈んだクルーザーから高出力発信器をサルベージし、島の外部に救助を求めるというものであった。しかしその発信器はクルーザーとともに大破していたのだった。

 万事休すかと思われたが、ルビーが海底になにかを発見。それはなんとルビーとFORT蘭丸のコンテナハウスだったのだ。そのような奇跡が起こるはずがないとアンテロッテは思ったが事実である!

 そもそもの発端として、チャーリーと美食ロボはこのコンテナハウスの上に乗って東京湾からこの肉球島まで漂流してきたのだ。メル子とアンテロッテのクルーザーはこの沈んだコンテナハウスを避けようとして衝突したのであった。

 見事な伏線回収である!


「これが〜あれば〜、電波妨害を突破クラックできるね〜」

「ルビーはアリとアラゆる障壁ファイアウォール突破クラックできるんデス!」

「すごいですわー!」


 ルビーの仕事道具がほぼ目の前に揃っている。この時点で勝負はついたも同然であった。

 ルビーは通信を行い、ある人物に救助を要請した。


「アン子サン! このデバイスを工場まで運んでもらえマスか!」


 アンテロッテはシート状のデバイスを受け取った。


「これでなにをしますの?」

「工場をハッキングしマス!」

「わかりましたわー!」


 早速アンテロッテは工場へと向かった。船を岸壁に寄せ、一人で森に潜んだ。そのまま夜を待つ。ここのところクサカリ・ブレードを連発したため、エネルギー残量が残りわずかである。しかしこのデバイスを工場まで届ければ彼女の任務はほぼ完了する。

 日が落ち、暗闇の中を動き出した。



 ——昨日。チャーリーのロボキャット工場。


 宿泊所の窓から星空が見えた。火口の中にある工場なので日の入りを待たずに夜のとばりが降りた。工場のところどころから光が溢れ、夜を通して稼働する気なのがわかった。

 一行は閉じ込められた宿泊所の中で気を揉む夜を過ごしていた。


「ご主人様……ご主人様……」


 メル子がひそひそと喋った。その声があまりに小さかったため、黒乃はメル子の口元に耳を寄せた。


「ルビーさんから通信が入りました……」

「!? 電波妨害を突破できたんだ……!」

「この工場をハッキングします。そのためにはルビーさんのデバイスを工場の中央システムに接続する必要があります……」


 黒乃は思考を巡らせた。それをするにはどうすればいいだろう。頭の中で作戦を組み立てる。しかし別の考えが頭をもたげてきた。この島の状況。ロボキャット達のこと。戦って倒して終わりでいいのだろうか?


「メル子……ルビーにこう伝えてくれるかい……」



 ——現在。工場中枢部。


 フォトンはとうとう工場の中枢までたどり着いた。

 工場の中心部。全システムを制御する部屋だ。細い通路を抜け、階段を下り、扉をいくつも潜り抜けた。最後の扉は大きく、手で押しても開きそうにない。

 それに当然だが見張りのロボキャットが待ち構えていた。工場になにかがあった場合、真っ先に守られるべき場所だ。

 これ以上は近づけない。髪の毛迷彩も完璧ではない。気付かれてしまうだろう。

 

 その時、扉が左右にスライドして開いた。中から現れたのは人間であった。いや違う、人型ロボットだ。いやそれも違う。猫人間ロボットだ。黒い二足歩行のボディ。長い手足と尻尾。頭は猫のままだ。一目で戦闘用のボディだとわかった。

 一瞬フォトンは怯えたが、最後のチャンスだと悟った。思い切って扉に突っ込んだ。流石に迷彩が乱れ、足音も相まって猫人間ロボは瞬時にフォトンを見破った。

 部屋の中へ突き進むフォトンの髪の毛を掴むと床に転がした。


「なるほど、髪の毛が迷彩になっているのか。素晴らしいシステムだ。なにをするつもりか知らんが惜しかったな」


 フォトンは迷彩を解き、可愛らしい笑顔を見せた。白い歯がキラリと光った。

 猫人間ロボはフォトンから伸びるケーブルに目をやった。それは部屋のモニタの下にあるコネクタに刺さっていた。ケーブルを掴みプラグを引き抜く。フォトンが持っていたデバイスから伸びたケーブルであった。


「これは!?」


 ルビーにはその一瞬で充分だった。

 工場の全システムが停止した。

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