第234話 サバイバルです! その十

 サバイバル七日目の朝。

 救助が来るまで推定二日。



 黒乃達はようやくたどり着いた文明を解体していた。

 ここは掌島北東の岸壁に隠された小屋。大昔の漁師の隠れ家だったのであろう、その小屋を解体しているのだ。板に丸太、トタン屋根。それらは全て素材となる。


「黒乃さん、どうしてわざわざ小屋を解体するんですの?」

「チャーリーに会いにチャーリーのロボキャット工場に行きませんの?」


 小さな体のマリーはよろめきながら丸太を引きずって運んでいる。アンテロッテがそれをクサカリ・ブレードで綺麗に切り揃える。


「会いに行く前にどうしてもやらなくてはならないことがあるんだよ」


 一行が必死に組み立てているのは船だ。今までのような流木を蔓で繋ぎ合わせた簡易的なものではない。丸太と板とトタンを組み合わせた帆船はんせんだ。


「先輩、そろそろ朝食ができます」


 桃ノ木とメル子が作っているのはキノコとザリガニのスープだ。

 昨日桃ノ木達が森で集めた食料の一部である。本当は山ほど採取できたのだが、極一部しかこの隠れ家まで運んでこられなかった。新型ロボキャット達のリーダー、ハルの差し金でロボキャット軍団に襲われかけたからだ。

 旧型ロボキャットのリーダーであるタマのおかげで、襲われる前にこの隠れ家に逃げ込めたものの、せっかくの食料を失う羽目になってしまった。


 メル子は缶詰の缶にスープを注いだ。缶詰は小屋にあったものだ。漁師達が置いていったのだろう。しかし缶詰の中身は空だ。漁師が食べたのではない。


「女将、このスープは本物か?」


 そう、缶詰は全て美食ロボが一人で食べてしまったのだ。チャーリーと共にコンテナに乗って掌島まで漂着した二人は浜辺に打ち上げられていた。ハルはそれを監視していた。美食ロボはそのまま浜辺に捨てられ、チャーリーは工場へ連れ去られ『チャ王』となった。

 捨てられた美食ロボを不憫に思ったタマは、彼をこの隠れ家にかくまったのであった。


「本物のキノコですよ。毒キノコは入っていないので安心してください」

「ほう、キノコときたか。では聞こう。第一にキノコとはなにか?」

「いいから黙って食え!」


 黒乃に一喝され、美食ロボは渋々スープを飲み始めた。


「ふーむ、このキノコみたいなのが、あれで、塩味でうまい! こっちのエビみたいなのがなんか、塩味でうまい! フハハハハハ! 女将、腕を上げたな!」


 朝食後、全員で作業をしたため船はまもなく完成した。丸太は板と釘と縄でしっかりと接合され、トタン屋根の帆を備えている。加えてエンジンまで搭載したハイブリッド式である。エンジンとはアンテロッテのクサカリ・ブレードによる推進のことだ。

 船の乗組員はアンテロッテ、ルビー、FORT蘭丸の三人だ。


 一行は隠れ家の岸壁から三人の出港を見送った。船が目指すのは肉球島北方の沖である。


「お嬢様ー! 絶対に迎えに行きますわよー!」

「アンテロッテー! 信じていますわー!」


 マリーはぶんぶんと大きく手を振った。みるみるうちに船が小さくなっていく。メル子はプルプルと震えるマリーを背後から抱きしめた。


「さてと、そろそろかな」


 黒乃は全裸で一行を見渡した。一人一人と視線を合わせ頷き合う。

 いつの間にか新型ロボキャット達が隠れ家のある岸壁に集まってきていた。囲まれている。五十匹はいるだろうか。旧型と比べてロボット感は少なく、毛皮はないもののしなやかさを感じるデザインである。新型ロボキャットの設計は最新技術を駆使して作られたチャーリーをベースにしている。旧型とは運動性能の差は明らかである。


 ハルが統率する新型ロボキャット軍団に隠れ家が見つかるのは時間の問題であった。それを承知で黒乃達は船を作り、三人を送り出したのだ。


「ニャー」

「わかっている。大人しく工場へ行くよ」


 新型ロボキャット軍団は黒乃達を掌山の火口にある工場へと連れ去るために現れたのだ。チャ王の命令らしい。どちらにせよチャーリーには合わなくてならない。大人しく従うまでだ。


「ニャー」

「タマ達は逃げた。彼らは戦う気はない。私達だけ連れていけばいいだろう」


 五人——黒乃、メル子、マリー、桃ノ木、フォトン——は一列になって森の中を歩いた。新型ロボキャット達に周りを囲まれている。逃げることはもう無理だ。

 美食ロボはまたもや放置された。



 ——掌島沖。


「この辺りですわー!」

「アン子サン! 場所は確かデスか!? ルビー、なにかわかりマスか!?」

「あーいむすたーんぷ、なにも反応ないよ〜?」


 アンテロッテ達が探しているのは沈没したクルーザーである。クルーザーには救難信号を送るための大出力発信器が搭載されているのだ。その発信器であればこの島を包む電波妨害を突破できるかもしれない。この島の状況を外部に伝えられるかもしれない。

 しかしそれも木っ端微塵になって沈没したクルーザーの中に発信器が無事残っていればの話である。しかもその発信器が電波妨害を突破できる保証もない。


「この辺りで沈没したのは間違いないですわー! 探しますわよー!」


 アンテロッテはシャルルペローメイド服を脱ぎ去り、下着姿になると海へ飛び込んだ。



 ——掌山火口の工場。


 チャーリーのロボキャット工場。火口に建設され、はるか昔に打ち捨てられた工場だ。地熱発電により稼働し、今なおロボキャットを生産している。


 一行はその工場の巨大な倉庫へと連行された。

 かつて物資で溢れていたであろう倉庫の中は、端から端まで見通せるほど閑散としていた。棚は折り重なって倒れ、ドラム缶は寝転び明後日の方向へ転がっている。

 その倉庫の一番奥の一画にチャーリーはいた。木箱を積み重ねて作った粗末な玉座。チャ王の玉座だ。

 玉座の左右にメスの新型ロボキャットをはべらせ、自身は目の前に置かれた生魚を爪でつついて遊んでいる。玉座の下には一際大きい新型ロボキャットが鋭い眼光で一行を睨め付けていた。


「チャーリー!」

「チャーリー!」


 黒乃とメル子は久方ぶりに目にするグレーの大きな塊に安堵した。その豊かな毛並みは艶やかで、ふてぶてしい態度はこの無人島にあってもいささかも衰えていない。

 チャーリーは大欠伸をして一行を見据えた。


 メル子はたまらずチャーリーに駆け寄ろうとした。その瞬間、周囲のロボキャット達が一斉に爪を立たせて威嚇をした。


「控えよ。チャ王の御前であるぞ」


 突如喋ったのは玉座の下にいた体の大きいロボキャットだ。毛のない黒い体は黒豹を連想させた。


「猫が喋った!?」

「喋りました!」


 そのロボキャットは二本足で立つと、前足で黒乃達を指差した。


「チャ王はお怒りである。戦いに巻き込まれ、無惨にも見捨てられた恨み、どう償うのか問われておられる」

「いや、チャーリーほんとすまん! 巻き込むつもりは全くなかった!」

「本当ですよ! あとで迎えに行こうと思っていましたよ!」


 黒乃とメル子は必死に言い訳をした。


「黙れ! チャ王の怒りは深く、そして激しい。そのような言葉で許されると思うな」


 チャーリーは大欠伸をしながら鳴いた。「ニャー」

「なになに? もうそんなことはどうでもいいから、この島で気楽に暮らそうよ。美味しい魚もとれるし、可愛いメスキャットもいるよ? だってさ」

「絶対に許さぬ。貴様らの体が煉獄の炎で焼き尽くされるまでこの怒りは鎮まらぬと知れ、と申されておる」

「翻訳が百八十度違います!」



 ——肉球島北方の沖。


「クルーザーの残骸が見つかりましたわー!」

「アン子サン! 発信器はありマシたか!?」


 水面から顔を出したアン子の手には機械の残骸が握られていた。


「木っ端微塵でしたわー! 万事急須ですわー!」

「イヤァー! ジャア助けは呼べナイの!?」


 アンテロッテとFORT蘭丸は頭を抱えた。発信器がないのであればこの作戦は無意味だ。このままこの船で電波妨害の効果範囲外まで逃げるべきか? そうすれば手元のデバイスで助けを呼べるかもしれない。しかしその効果範囲は不明だ。それにいくら頑丈に作った船とはいえ、大海に漕ぎ出すほどのものでもない。危険すぎる。


「へ〜ぃ、だーりん? こ〜こ、こ〜こ」


 ムチムチ銀髪のルビーは自身のデバイスを指でつついた。


「どうしまシタ、ルビー? ココにナニかありマスか!?」

「探してみますのー!」


 アンテロッテは再び海に潜った。



 ——チャーリーのロボキャット工場。


 黒乃達五人は工場の一画にある小さな施設に閉じ込められていた。かつてこの工場に勤務していた人間が利用していた宿泊所だ。二つの寝室、トイレ、風呂、キッチンがある。使われなくなってから何十年も経ってはいるが、どういうわけか綺麗に整備されていた。ロボキャット達の仕事であろう。


「おーい! ここから出せ! おーい!」


 黒乃は部屋の扉を叩き大声をあげた。ロボキャット達が施設を取り囲んでいるのですぐに反応があった。天井の明かり取り用の窓からロボキャットが顔を覗かせた。


「ニャー」

「なになに、静かにしろ? 水は与えただろうって? ありがとう! でもそうじゃなくてハルを呼んでくれ! あのチャーリーの側にいたでかい喋る黒猫がハルなんでしょ? 呼んでくれ!」


 黒乃は必死に訴えたが拒否されてしまった。


「ニャー」

「なになに? 安心しろ? 明日お前達には新しいボディが与えられる? 偉大なるチャ王を模した新型のボディだって? そうすれば我々は仲間になれる? いや無理だって! とくに私らは人間だからボディの入れ替えは無理だし、したくないよ!」


 天井のロボキャットは気持ち良さそうに一鳴きして顔を引っ込めてしまった。

 黒乃は頭を抱えた。


「ご主人様……」


 メル子は全裸で床にへたり込んだ黒乃の頭を撫でて慰めた。


「黒乃さんともあろうお方が情けないですわね」

「マリー……」


 マリーはベッドの上に座り悠然と構えている。


「必ずアンテロッテが助けに参りますわ。信じてお待ちなさいな」

「……やる」

「なんて?」

「……蘭丸はアレでもやるときはやる。きっと来てくれる」

「先輩、私は先輩と一緒ならロボキャットになっても全然平気ですよ」

「みんな……」


 黒乃は自分の頬を手で叩き気合を入れ直した。決戦は明日だ。全員で生きて帰る。それがサバイバルだ!

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