第233話 サバイバルです! その九

 そのロボキャットはHAL4000という製造IDを与えられて生まれた。仲間からは『ハル』と呼ばれている。

 毛皮は無く、光沢のあるいかにも人工物というようなその肌。関節部は回転関節と直動関節の組み合わせで成り立っており、その硬い皮膚が邪魔をするので接合されておらず被さっているだけだ。尻尾はその構造の最たるもので、子供の蛇のおもちゃ、もしくは関節がたくさんあるヌンチャクのような見た目をしている。

 ハルは自分を機械だと認識していた。与えられた役割は工場の管理。それも認識している。それが与えられたのは何十年も前のことではあるが、電子頭脳には劣化することなくそのコマンドが刻まれていた。


 二十一世紀から始まった近代ロボット開発。最初に家庭に普及したのは人型ロボットではなく、動物ロボットであった。

 ペットとしてのロボキャットはその中でも最も多く生産された。火口にあるこの工場、『肉球島ロボキャット工場』もその生産拠点の一つだ。

 初めのうちは人間達がこの工場を管理していた。毎日毎日、たくさんの仲間達が生産された。工場の煙突からは煙が吹き上がり、ベルトコンベアには三万を超える種類のパーツが川に流される小魚達のように旅をしていった。

 やがて人はいなくなり、工場は自動化された。時折、船で素材が運ばれてきた。代わりに仲間達が船に乗せられていった。

 ハルは決まったルーティーンをこなすだけでよかった。システムは万全で非の打ち所がない働きをみせた。


 ある時から船が来なくなった。


 物資は途絶え、工場の生産ラインは止まった。何度も連絡を試みたが返事は来なかった。

 ハルの預かり知らぬことではあるが、ペットロボブームが終焉を迎えたのだ。後に新ロボット法の規制により旧型のロボットは生産できなくなった。


 工場に残された数百体のロボキャットは見捨てられた。


 こうしてロボキャット達のサバイバルが始まった。

 物資は来ない。全てを肉球島の中で賄わなければならない。旧型のロボキャットは体内にバイオプラントを備えていない。つまり食べ物から発電はできない。工場の地熱発電による電力を使って充電をする。

 しかしその地熱発電も先行きが怪しい。年々発電量が減っている。工場の老朽化もあるが、火山の活動が弱まっているのだ。

 ナノマシンは必要ない。自動で修復できるような複雑な機構は備えていない。ボディの損傷や摩耗はパーツ交換で対応する。

 部品が足りない。工場に残された物資はいずれ尽きる。ハルは電子頭脳をフル稼働させ、新しいボディの設計を試みた。工場の中ではなく、肉球島の自然の中で生きられるボディだ。


 ロボキャット達は一体また一体と倒れ、動かなくなっていった。もう何十年経ったのだろう。仲間達は傷つき疲弊している。もうダメなのかもしれない。倒れた仲間を解体し、動く仲間の部品とするのは心が折れる作業だ。しかし生き抜かなくてはならない。

 助けがくるかもしれない。自分達を作った人間がそこまで無慈悲なはずはない。ロボキャットは人間に愛を与えるために作られたのだ。人間から愛が返ってくるのは当たり前ではないか。


 助けはこない。

 我々はなんのために生み出されたのだろう。生猫達の生まれてくる理由はシンプル、『生きる』ためだ。『増える』ためとも言える。我々にも生きる権利はあるはずだ。増えることもできるはずだ。この小さな島で? 人間の助けもなしにたかだかロボットの猫が?


 助けはこない。

 しかし漂着物が時折この島を訪問することもある。過去にあったのは小さなボート。ボートにはカバンが乗っていたが、そのカバンの持ち主は乗っていなかった。ドラム缶がいくつも流れついたこともある。中はナノマシンの液体だった。我々には必要ない。

 どこかの国の漁船が漂着した時は驚いた。調べてみたら漁船を装った工作船であった。武器や謎の装置は解析にかけておこう。


 時代が進むにつれて漂着物は目に見えて減った。昨日、北東の浜辺に流れついた二体は実に五年ぶりの漂着物だ。

 一体は人型ロボット。なんの役にも立たない。浜辺に捨てた。

 一体は猫型ロボット。美しいグレーの毛並み、生猫と見紛うばかりの完璧な造形。神の到来だと思った。


 ハルは『チャ王』と名付けたロボキャットを分析し、解析した。そのあまりの美しさに心を奪われた。柔らかく強靭な毛皮。自由自在に駆動する関節。力強く伸び縮みする筋肉。そして全く理解が及ばない電子頭脳。

 さっそくデータを装置に読み込ませ、生産体制に入った。工場をフル稼働させた。在りし日の工場の残影がその古い電子頭脳から甦った。工場は再び煙を吐き出し、血管を流れる血液のようにベルトコンベアが回った。


 新しいボディだ。我々は救われた。チャ王により救われたのだ。もう人間の力は必要ない。この島は我々ロボキャットの島だ。誰も立ちいらせぬ。誰も逃さぬ。


 新しいボディを拒むものが出始めた。なぜだ? 新しい時代の新しいボディだ。圧倒的に俊敏に動き、圧倒的に長生きだ。なぜ新しいボディを拒む? 彼らは工場から出ていった。


 また島に誰かが来た。二隻の船だ。もちろん逃さない。物資は全ていただく。

 人間達だ。ロボットもいる。今更なにをしにきた。逃さない。だが放っておけばそのうち野垂れ死ぬだろう。人間にこの島で生きていく力なぞない。


 工場までやってくるとは。許さない。やはり人間は許さない。その仲間も許さない。生きたい。



 サバイバル六日目の夜。


 ——掌島北東の岸壁。


 黒乃達は岸壁に隠された小屋の中にいた。この小屋は肉球島にロボキャット工場ができる遥か以前からあったものだ。大昔に漁師が使っていたものであろう。恐らく違法な漁だ。


 黒乃達は一匹のロボキャットの話を黙って聞いた。この島の成り立ちを、チャーリーと美食ロボの到来により急転直下を迎えた現状を。

 その真っ白いボディの旧型ロボキャットの製造IDはTAMA・1、通称『タマ』と呼ばれている。工場から離反したロボキャット達のリーダーである。


「ほえ〜、なるほどねえ。そういうことだったのか」

「ご主人様! 翻訳お疲れ様です!」

「ロボキャットさん達、可哀想ですわー!」

「お嬢様を助けてくれて感謝しますわー!」


 黒乃達が掌山の工場へ向かっている間に、浜辺のキャンプに残された四人が襲われかけたのだ。新型ロボキャット達のリーダー、ハルの差し金である。

 だが間一髪のところでタマにより救われた。新型ロボキャットより一足早くこの隠れ家に逃げ込めたのだ。


 黒乃は腕を組んで座る恰幅の良い初老のロボットを見た。目を閉じ感じ入っているようだ。


「えーと、なんで美食ロボとチャーリーはこの島に来たんだっけ?」


 その言葉に美食ロボはカッ!と目を見開いた。


「フハハハハハ、黒郎くろろう、忘れたか」

「誰が黒郎じゃい」

「やはりお前は肝心なことを忘れているようだな。第224話を見ろ!」

「ええ!? ああ!? 確かに224話で美食ロボとチャーリーが海に放り投げられてる!」

「お二人とも! セリフでメタい説明をするのはおやめください! そういうのは地の文でお願いします!」

「そう! 黒乃の暴走したおさげ『オサゲパス』によって東京湾に放り投げられた二人は、同じく放り投げられたルビーとFORT蘭丸のコンテナハウスと共に太平洋を漂流して肉球島にたどり着いたのであった!」

「地の文をセリフで喋るのをやめてくださいと言っているでしょ!」


 黒乃は地面にがっくりと両手をついた。プルプルと震えている。


「てかこれ、発端は私かい!」

「フハハハハハ! 黒郎、やはりお前は肝心なことを見落としているようだな! ロボキャット達を見るがいい」

「ええ!? 肝心なこと?」


 黒乃はボロボロになったロボキャット達を見つめた。ロボキャットも黒乃を見つめ返した。


「なんだ、なにを見落としているんだ?」

「この大馬鹿もの! ロボキャット達をよく見るがいいっ!!」

「見てるっつーの!」


 黒乃は頭を抱えた。この不毛なやりとりはいつになっても慣れない。

 マリーが一番小さなロボキャットを抱き上げた。硬い皮膚に頬擦りをすると、ロボキャットも安心したように小さく鳴いた。


「ボロボロで可哀想ですの」

「お嬢様……」

「なあ、お前らはどうして新型のボディにしないんだい? 新しいボディの方がいいだろ?」


 黒乃はタマに向けて話しかけた。「ニャー」と一声鳴き、それを聞いた黒乃は黙り込んだ。


「ご主人様……なんと言っていますか?」

「うーむ、わからん。簡単に言語化できる話ではないのかもしれない」

「黒郎、やはりお前は……」

「もう、ええわ!」



 夜も更けてきた。

 助けが来るまで推定三日。それまでにハル達をなんとかしなくてはならない。タマの話ではハルが電波妨害を行なっているというのだ。クルーザーが衝突したのもそれが原因だと考えられる。救助にきた人が同じ目に遭うかもしれない。

 黒乃は立ち上がった。全裸のその姿を一行は凝視した。


「明日また工場に行ってハルとチャーリーと話し合おう!」

「シャチョー! 話を聞いてもらえなかったらドウするんデスか!?」

「ハルはよくわからんけど、チャーリーなら話が通じるはずだ! 通じなかったらもう鉄拳制裁で更生させる!」


 黒乃は拳を握りしめて言った。


「可哀想に……」


 メル子はチャーリーに同情した。その時、メル子はあることに気がついた。


「そう言えばチャーリーは工場ではチャ王なんて呼ばれているのですね。チャーリー、工場、ロボキャット……はっ!? チャーリーのロボキャット工場! 語呂合わせのためのロボキャット!」


 美食ロボは不敵に笑った。


「フハハハハハ、フハハハハハハ!」

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