第232話 サバイバルです! その八
サバイバル六日目の朝。
夜の間に吹き荒れた嵐は嘘のように消え去っていた。空は晴れ渡り、森は静けさを取り戻した。時折木の枝から飛び立つ鳥達も、木のうろから顔を覗かせたネズミ達も嵐の退散を歓迎しているようだ。
急拵えのシェルターであったが、充分に八人を守ってくれた。柱を立て、泥を塗り焼き固められたその壁は誇らしげに朝日を照り返している。
そのシェルターから次々と遭難者達が這い出てきた。
「嵐を乗り切りましたのー!」
「さすがお嬢様が作ったシェルターですのー!」
早速朝の活動が始まった。
まずやるべきは薪集め、水の確保だ。人間組は森に入り枝を拾い集める。嵐の後のためそのままでは使えない。天日干しで乾燥させる必要がある。
ロボット組は水の確保だ。そこら中に水たまりがある。それらを使い泥水を浄化する。
浄化された水を竹筒に入れ、泥をまぶして火に焚べる。湯が沸くのを待つ間におもむろに黒乃が立ち上がった。全裸で朝日を背に受ける黒乃を全員が見つめた。
「みんな! 昨日はよく頑張った! おかげで厳しい夜を乗り切れた! ありがとう! 救助が来るまで推定三日! それまでに島の秘密を解き明かしたいと思う!」
朝礼が済んだら早速行動開始だ。二つの班に分かれて任務をこなす。
調査班。黒乃、メル子、アンテロッテ、FORT蘭丸。
食料班。桃ノ木、マリー、ルビー、フォトン。
「イヤァー! ナンデボクが調査班ナノ!?」
「機械関係に詳しい人物がいた方がいいかなって」
「だーりん、ていけあ〜」
——調査班。黒乃、メル子、アンテロッテ、FORT蘭丸。
「シャチョー! ドコまで行くんデスか!?」
「島の中央にある掌山山頂へ登る」
「イヤァー!」
昨日の調査目標であった掌山への登山は島全域を見渡すためのものである。しかし嵐の到来により中止になった。今日こそは登頂を完遂しなくてはならない。
「雨の後の登山は危険デスよ!」
「覚悟の上だよ」
森を抜けた。掌山の麓はなだらかな草原が広がっている。四人は露で濡れた草を踏み締めながら草原を歩いた。
「ご主人様! なにかピクニックに来ている気分ですね!」
メル子はだいぶリラックスしているようだ。嵐が去った後の眩しいくらいの青空。気温も高い。草原の風も爽やかだ。遭難中でなければ絶景と言ってよい島だ。黒乃はスキップをしながら歩くメル子を見て、サバイバル始まって以来初めて心の底からリラックスをした。
しかし油断はしていられない。この島になにかがあるのは間違いないのだ。謎の電波遮断、ボロボロのロボキャット達。
草原を抜け、いよいよ岩山へと差し掛かった。大きな岩が無数に転がっている。掌山は標高二百メートル程度の山ではあるが道は険しい。
「電磁波を検出しましたの」
アンテロッテが頭の両脇に掌を添えながら言った。アンテロッテの縦ロールはアンテナになっているのだ。
「ひょっとして電波を遮断している電磁波かな?」
「わかりませんわ」
「ボクが分析してみマス!」
電磁波は山に登るほど強くなっているようだ。山頂になにかがあるのかもしれない。
黒乃は必死に山を登った。足が重い。ロボットの浄水機能のおかげで水分は充分に摂取できているが、食料は不足している。カロリーが足りない。
それでも黒乃は歩き、いよいよ頂上に差し掛かった。頂上は火山の火口だ。
「まさかマグマが見えたりしないよね」
黒乃は頂上に立ち、火口を覗き込んだ。
「ええ!? これは!?」
——食料班。桃ノ木、マリー、ルビー、フォトン。
四人は桃ノ木とフォトン、マリーとルビーの二組に分かれて食料を探していた。嵐の後なので森の中は荒れ放題である。木の実や果実は地面に落ち、あちらこちらに池ができている。
「ザリガニさんですのー!」
マリーは水たまりに手を突っ込むと巨大なザリガニを鷲掴みにした。
「へ〜い、マリ〜? それ食べられるの〜?」
ルビーはそのハサミの巨大さに怯えているようだ。目の前に差し出されたザリガニに驚き尻もちをついた。
「わかりませんわー! でもフォト子ちゃんがアーカイブで検索してくれますわー!」
「わたーしはこれ〜、ふぁうんでぃっと」
ルビーの手に乗っているのは巻貝のようだ。こちらも水たまりで発見した。
一方、桃ノ木チームはキノコを採取していた。
桃ノ木は倒木にびっしりと生えた白く平らなキノコを指差した。
「フォト子ちゃん、このキノコはどうかしら?」
「……ウスヒラタケ。食べられる」
フォトンは電子頭脳に内臓されたアーカイブからキノコのデータを引っ張り出した。電波が届いていればネットワーク上からいくらでもデータを取得できるが、今はそれはできない。
偶然植物図鑑のアーカイブがダウンロードされていたのだ。植物の絵を描く時の資料に使ったものだ。
二人は次々にキノコを採取した。
葉っぱを編んで作った大きな皿にどっさりと食料を詰め込んで四人はキャンプに戻ってきた。
既に夕方だ。黒乃達ももうじき帰ってくるだろう。それまでに夕食の準備をしなくてはならない。
「お料理は任せて。先輩に最高のディナーを食べさせてあげるわ」
「……モモちゃん頑張れ」
「わたくしも手伝いますわー!」
「べり〜すたーぶ」
桃ノ木は袖をまくって気合を入れた。
——調査班。黒乃、メル子、アンテロッテ、FORT蘭丸。
「ご主人様! これはなんですか!?」
黒乃達は掌山の火口を覗き込み驚愕した。そこにあったのは『工場』だ。火口の底から無数の巨大な煙突が伸び、そこへ複雑な紋様を描いてパイプが縦横無尽に走っている。円柱形のタンク、クレーン、ヘリポートまである。
「火口の中に工場!?」
「黒乃様! あれを見てくださいまし!」
アンテロッテが指差したのはヘリポートだ。Hマークの上には一台のヘリコプターがとまっていた。
「ヘリコだ! あれに乗って帰れないかな?」
黒乃は一瞬そう思ったが、クルーザーの事故を思い出し頭を左右に振った。
「まずは電波遮断の件を調べないとな。きっとこの工場に秘密があるはず」
火口をよく見ると金属製の階段があちこちに設置されているのに気がついた。四人は近場の階段を下った。
「シャチョー! 煙突から煙が出ていマス! コノ工場動いていマスよ!」
階段を下るにつれ工場の様子がはっきりと見えてきた。どうやら相当古い工場のようだ。建築されてから少なくとも五十年は経過していると予想された。煙突は塗装が剥げ落ち、鉄パイプは錆だらけ、タンクには穴が空いている始末だ。黒乃達がいる階段もよく見ると手すりがところどころ欠けている。
「なんでわざわざ火口に工場を作るのよ」
「地熱発電のためカモしれまセン!」
工場が動いているからには誰か人がいるはずである。いや、もしくはロボットが……。
「ご主人様! 見てください!」
メル子が指を差したのはヘリポート近くの部屋だ。そこの扉が開き、なにかが出てきた。小さな影。人ではない。
「ロボット猫……いやロボキャットだ!」
「なぜ言い直しましたか!?」
「にゃー」
その声に驚き四人は後ろを振り返った。ロボキャットだ。複数のロボキャットが階段の上にいた。退路を塞がれてしまっている。
「うわわわわ! やばい見つかった!」
「シャチョー! どうしマスか!?」
ロボキャット達は唸り声を出した。すると工場の中から別のロボキャット達が走り出てきた。
「ご主人様! 囲まれてしまいますよ!」
「待て! 待て! 話せばわかる! 落ち着いて話し合おう!」
「にゃー!」
黒乃は目の前のロボキャットを観察した。キャンプ地に現れたロボキャット達の仲間であろうか? いや、少し違う。あのロボキャットは相当古い型式のようだった。目の前にいるのは昨日作られましたと言わんばかりのツヤがある。型も新しく体も大きい。
「にゃー!」
「にゃー!」
ロボキャット達は口々に鳴き声をあげた。
「ご主人様! なんと言っていますか!? 翻訳してください!」
「そうか! よし! ふんふん、なになに……『愚かなる人間どもよ。なにをしに肉球島へとやってきた。ここは我らの楽園。我らの安寧を脅かすことなかれ。なんぴとたりとも逃しはせんぞ』だって」
「なにか封印を解かれた魔物みたいなことを言っています!」
黒乃はリーダー格のロボキャットと会話を試みた。
「私達はこの島にサバイバル合宿をしにきただけなんだよ。君らがいるのは知らなかった。ほんとごめん! すぐに帰るからヘリコを貸して!」
「にゃー!」
「ふんふん、なになに……『それはできぬ。我らが「チャ王」のお言葉なれば。そなたたちをチャ王の元へ連れていかなければならぬ』」
「チャ王!? それがお前らのボスなの!?」
下からもロボキャット達が押し寄せてきた。完全に上下を囲われてしまっている。
「にゃー!」
「ふんふん、なになに……『大人しくついてこなければ、浜辺にいるもの達がどうなるかわからんと思え』。ええ!? みんなが!?」
その言葉を聞いた瞬間、アンテロッテがクサカリ・ブレードを一閃させた。黒乃達が立っている階段が切断され落下した。
「ぎょわわわわわ!」
「ぎゃあ! アン子さん、なにをしますか!」
「イヤァー!」
四人は階段のすぐ下を走っていた通路に落下した。しこたま体を打ちつけたが大きな怪我はないようだ。
「お嬢様、今行きますわよー!」
アンテロッテは走り出した。ロボキャットの話からマリーに危害が及んでいると判断し即行動に出たのだ。
黒乃達も慌ててアンテロッテを追った。背後からロボキャット達が追いかけてくる。メル子は後ろを振り向き、メガ粒子熊よけスプレーを口から噴射した。それは見事に炸裂し、ロボキャット達は動きを止めた。
黒乃達は無事火口から抜け出した。元来た道を引き返していく。後ろを振り向くとその様子をロボキャット達が見ていた。追ってくる気配はないようだ。
「お嬢様ー!」
「アン子! 待って!」
一行は猛るアンテロッテをなだめすかしながらキャンプ地へ急いだ。
——掌島北東の浜辺キャンプ地。
「お嬢様……」
アンテロッテは呆然と焚き火を眺めていた。
「お嬢様ー! どこですのー!?」
誰もいない。焚き火の火は消えていない。その周りにはいくつもの食材が転がっていた。キノコ、木の実、貝。竹筒の中からザリガニがハサミを覗かせている。
さっきまでここで夕食の準備をしていたのがありありとわかる。
「お嬢様……」
アンテロッテは呆然と地面に膝をついた。日が落ち、影がその背中を覆った。メル子は潤んだ瞳でその姿を見つめた。
「シャチョー! ミンナはドコへ!?」
「ロボキャット達に連れていかれたのか!?」
その時、茂みの中からロボキャットが現れた。一行の間に緊張が走る。
「お嬢様を返しやがれですのー!」
アンテロッテはクサカリ・ブレードを展開しロボキャットに襲い掛かろうとした。
「アン子、ちょっと待った!」
黒乃は慌ててアンテロッテを羽交締めにした。メル子も加わり二人で抑えつける。
「離してくださいましー!」
「このロボキャット、様子が違うよ!」
目の前にいるロボキャットは古い型式のものだ。掌島に来た日の夜に現れた彼らだ。火口の工場にいた新型とは違う。
次々にボロボロになったロボキャットが茂みから現れた。
「なあお前ら! マリー達がどこに行ったのか教えてくれ!」
黒乃はロボキャット達と会話をしようと試みた。
「それは私から説明しよう」
突然茂みから人間の声が聞こえた。低い男性の声だ。シャリシャリと音を立てて影が動いた。それはゆっくりとこちらへ進み出てきた。
「ええ!?」
「あなたは!?」
「どうしてここにいるんですの!?」
「シャチョー! コノ人は!?」
影から現れた男は腕を組み、鷹揚に言った。
「フハハハハハ! 久しぶりだな
「「美食ロボ!?」」
着物を着た恰幅の良い初老のロボットは不敵に高笑いを轟かせた。
「フハハハハハ! フハハハハハハ!」
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