第231話 サバイバルです! その七

 サバイバル四日目の夜。

 掌島にたどり着いた黒乃達八人は浜辺近くの森で宴をしていた。一行は一人また一人と眠りにつき、起きているのは黒乃ただ一人になっていた。

 その一行を大量の猫が取り囲んでいた。


 暗闇の中に潜む猫達。その目は焚き火の炎を反射して煌めく星空を思わせた。


「猫……!? なんでこんなに……!?」


 黒乃は息を殺した。素っ裸の体を硬直させて猫の様子を窺った。猫達は森の茂みの中や木の枝の上、流木の影から黒乃をじっと見ている。


「メル子……! メル子……!」


 黒乃は隣で仰向けになって寝ているメル子のお乳を揺すった。


「むにゃむにゃ……もう一合しか食べられませんよ〜。あれ? ご主人様、どうしました?」

「しー……! 静かに……!」


 黒乃はメル子の口元を押さえた。ただならぬご主人様の様子を悟ったメイドロボはゆっくりと起き上がり周囲を見渡した。


「猫……! 猫が大量にいます……!」

「囲まれているよ……!」


 メル子は暗視機能を使ってつぶさに猫達を観察した。


「ご主人様……! この子達、ロボット猫です……!」

「え? 生猫なまねこじゃなくて、ロボット猫なの……!? いや、ロボキャットなの……!?」

「どうして言い直しましたか……?」


 メル子の概算で百匹以上いるロボキャット達はじわりじわりとその包囲を狭めてきた。何匹かが暗がりから現れ、焚き火から放射される電磁波にあたるとその姿が顕になった。


「これは……」

「ご主人様……」


 ボロボロのロボキャットであった。見た目から古い型式のものだとわかる。何十年も前に作られたものであろう。体は薄汚れ、関節部の機械が剥き出しになっているものもいる。動きもぎこちない。掠れるような鳴き声が辺り一面から聞こえてきた。


 その時、寝ぼけたルビーが高々と掲げた足を寝ているFORT蘭丸の顔面に叩き落とした。


「グェェェェ!?」


 その声に驚き、ロボキャット達は方々に散っていった。一瞬にしてキャンプ地は静けさを取り戻した。焚き火の薪が爆ぜる音だけが本物の星空へと飛んでいった。

 黒乃とメル子は呆然とロボキャット達が消えていった森を見つめていた。



 サバイバル五日目の朝。


「黒ノ木シャチョー! おはようございます!」

「うむ、おはよう」

「皆様、ごきげんようでございますわ」

「マリーチャン! ボクの生成シタ浄水を飲みマスか!?」

「結構でございますわ」


 日の出と共に皆次々と目を覚まし活動を開始した。本日の作業は八人が入れるシェルターを作ること。水と食料の調達だ。


「みんな! 助けが来るまで最短でもあと四日はかかる! それまで頑張って生き抜こう!」

「「おー!」」


 一同は気合を入れ直した。

 元々肉球島でのサバイバル合宿は七日間の予定であった。周囲にはそのことを伝えてあるので、七日経っても帰らなかったら誰かが救助要請をしてくれると踏んだのだ。そこから救助の船やヘリが来るまで一日はかかる。

 この状況から最短四日と見積もった。取り敢えずの目標としてこの四日間を生き抜く。

 それに最大の懸念点がある。それはなんらかの原因によって電波が遮断されていることだ。このせいで通信による救助要請ができないでいるのだ。



 黒乃は八人を三つの班に分けた。


 調査班。黒乃、メル子、アンテロッテ。

 食料班。桃ノ木、フォトン。

 建築班。マリー、ルビー、FORT蘭丸。


「調査班ってなにを調査するんですの?」

「うーむ……」


 黒乃は言うべきか迷ったが、思い切って伝えることにした。


「電波が遮断されている原因を調べるのさ」

「シャチョー! ソンなのしなくても四日で助けが来るんデスから、大人しく待ちまショウよ!」

「それなんだが、助けが来ない可能性もある」

「エエ!? ナンデ!?」


 そもそも黒乃達が遭難する羽目になったのは、ある事件に起因する。それはメル子とアンテロッテのクルーザーの衝突だ。二隻の船がなぜかコントロールを失ってしまったのだ。黒乃はそれをミスではなく人為的なものだと予想した。


「あの現象が起きた場合、救助に来た人達が同じ目に遭うかもしれない!」


 だからこその調査班だ。この島の秘密を解き明かさなくてはならないのだ。

 一行は早速行動を開始した。



 ——調査班。黒乃、メル子、アンテロッテ。


 三人は掌島の森の中を歩いていた。


「どうしてわたくしがお嬢様と別々の班なんですの」


 アンテロッテは黒乃の采配に不満のようだ。最後尾を不貞腐れて歩いている。


「え、だって、調査には危険がつきものだし。一番強いアン子がいた方がいいし」

「てっきり、ご主人様がメイドロボと一緒にいたいからこのチョイスだと思っていました。それと私だって強いですからね! 自慢の八色ブレスをお忘れですか!」

「メル子のブレスはイマイチ出力不足なんだよなあ」


 メル子はキーキーと黒乃に文句を垂れた。

 三人の目的地は掌島中央にある標高二百メートルの掌山山頂だ。高いところから島を観察する作戦である。


「ご主人様! 川です!」


 メル子は森の中を流れる細い川を発見した。幅五十センチメートルしかなく、注意深く見ないと見逃してしまいそうな頼りない川だ。しかし水源の発見如何は重要な進捗だ。水源さえあればロボットの浄水機能を活かせる。


 一行は森を抜けた。途中、またロボキャット達に襲われないか冷や冷やしたが杞憂だったようだ。

 森を抜けると草原が広がっていた。



 ——食料班。桃ノ木、フォトン。


「……モモちゃん、またアケビあった」

「すごいわ。よく見つけるわね」


 二人はキャンプ地に程近い森の中で食料を探していた。なるべくキャンプから離れないように黒乃に指示されているのだ。今日の作業は建築班によるシェルター作りが主で、食料班は前準備といったところだ。


「……ボク、目がいいから」

「お絵描きロボですもんね」


 桃ノ木はフォトンの青いロングヘアを撫でた。ここ数日のサバイバルでだいぶ痛んでしまっている。帰ったらブラシで綺麗にしてやろうと桃ノ木は心の中で思った。


 森の中は食料の宝庫であった。北方の四島と違い、掌島は面積が広い分、植生が豊かである。

 アケビに野イチゴ、キノコ類。ちょっとした池にはカエルやザリガニがいた。



 ——建築班。マリー、ルビー、FORT蘭丸。


 三人は必死に木材を運んでいた。


「どうしてわたくしがこんなことをしないといけないんですのー!」


 砂浜とキャンプ地を何往復もして流木を運んだため、マリーの小さく美しい手は擦り切れていた。


「わ〜お、マリ〜、どぅ〜いっと」


 FORT蘭丸のマスターであるルビーはそのムチムチした大きな体に似合わず、まるで力がない。運ぶ木材はマリーより少ない。加えて体力もないのですぐにへばってしまった。


「二人トモ! 今日中にシェルターを完成させナイとシャチョーにドヤされてしまいマスよ! ボクが!」


 浜辺に程近い森の中の大きめの木の根元にシェルターを作ることにした。

 これまでのように枝を木に斜めに立てかける方式ではなく、しっかりと柱を立てる方式だ。この方が内部の空間を広く使える。


 まず木の股に長い竹を水平に通す。これが天井の基礎となる。この竹の先端に垂直に柱を接続する。柱はしっかりと地面に埋め込み固定する。

 さらにここから横方向に天井と柱を拡張していけばいいのだ。すると木をぐるりと取り囲むようなシェルターが出来上がる。

 あとは今までのシェルターと同じように細かい枝を天井や壁に引っ掛け、葉っぱでそれを覆うのだ。


「雲行きが怪しくなってきましたわー!」


 東の空から雨雲が迫ってきている。今夜は雨になるかもしれない。シェルターの完成は必須事項となった。



 ——調査班。黒乃、メル子、アンテロッテ。


 黒乃達は掌山低地の草原をようやく抜けた。足元には大きな岩石が無数に転がり、ここが活火山であることを改めて認識させられた。

 黒乃は全身で変化を感じ取っていた。空気が変わったのだ。剥き出しの皮膚がそれを可能にした。黒乃は東の空を仰ぎ見た。


「雲が迫っているね」

「気温が一気に二度下がりましたわー!」


 山頂まで登る予定だったが急遽引き返すことになった。草原の草が右へ左へ煽られ始めた。



 ——食料班。桃ノ木、フォトン。

 ——建築班。マリー、ルビー、FORT蘭丸。


 合流した五人は急ピッチでシェルター作りに勤しんでいた。もう雨雲はそこまで迫っている。サバイバルが始まってから初めての雨が降るのは間違いない。


 シェルターは概ね形になっていた。雨は防げるだろう。しかし問題は風だ。


「強い風が吹いたら壁の葉っぱが飛ばされてしまいますわー!」

「だーりん、すたっくお〜ん」

「……ぬる」

「なんて言いましたの?」

「……泥を塗る」


 フォトンは森の土を掘り始めた。そこに浜辺で汲んできた海水をかけ泥にする。それを器用にシェルターの壁に塗りつけ始めた。竹の棒が左官ゴテの代わりだ。


「……塗るの得意」

「フォトンさん、さすがお絵描きロボですのー!」

「……フォト子ちゃんって呼んで」


 桃ノ木、マリー、ルビーが泥をこね、フォトンが泥を塗り、FORT蘭丸がヒートブレスで炙って固める流れが出来上がった。見事な連携だ。


 いよいよ雨が降ってきた。

 シェルターの中に焚き火を避難させた。急拵えのシェルターであったが、しっかりと役目は果たせそうだ。一同はほっと一息ついた。


「桃ノ木サン! 中に入ってくだサイ!」


 桃ノ木は一人風雨に打たれて森の向こうを眺めていた。


「先輩達が戻ってこないわ!」


 強い風が吹きつけた。横からまともに突風を受け、桃ノ木はバランスを崩した。さすがに慌ててシェルターの中に避難する。

 土砂降りだ。日も落ちてきた。気温はより一層下がった。一行は湯を沸かして黒乃達の帰りを待った。


 周囲が暗くなった頃、ようやく三人がライトを照らしながら森の中から現れた。


「先輩! こっちです!」


 桃ノ木の手引きで三人はシェルターの中に転がり込んだ。震えていた。


「あわわわわわわ、さささささ寒い!」

「寒いです!」

「アンテロッテー! 大丈夫ですのー!?」

「お嬢様ー!」


 三人は服を脱いで焚き火にあたった(一人は元々全裸だ)。狭いシェルターの中なので焚き火の勢いは小さい。皆で体を寄せ合って温め合った。

 食料は桃ノ木達が見つけてきた幾ばくかの木の実や果実。それを分け合って食べた。雨も風も止む気配がない。一行は寒さと飢えと恐怖に震えながら朝を待った。

 風に乗って動物の声とも木々のざわめきともつかない音が聞こえてきた。


 フハハハハハ……フハハハハハ……。

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