第230話 サバイバルです! その六

 肉球島にくきゅうじま。日本の遥か南方の太平洋に浮かぶこの島は、二十一世紀に海底火山の噴火により現れた。元々は一つの大きな島だったが、度重なる噴火により大地が削られ五つの島に分かれた。

 五つの島のうちで最も巨大なものが南部の掌島てのひらじまだ。中央の掌山てのひらさんは標高二百メートル。活火山である。


 サバイバル三日目の夕方。



 ——中島。黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、フォトン。


「ハフハフ! ホフ!」


 黒乃は全裸で焼いた芋を頬張っていた。シェルターの前の焚き火にあたり、素肌が煌々と照らされている。


「うまい! うまい! 二日ぶりの食料だ!」


 FORT蘭丸が山で掘った長芋のようななにかだ。それを桃ノ木が枝に刺し焚き火でよく焼いた。

 火に炙られた表面はこんがりと焼き上がり、中はとろりととろける食感。芯の部分はシャクリと音を立てて噛みちぎられた。


「ゴフッ! ガフッ!」

「シャチョー! ボクが浄水した真水デス!」

「ゲフッ! サンキュー! FORT蘭丸!」


 黒乃は大きな葉っぱを編んで作った皿を受け取ると、並々と注がれた水を一気に飲み干した。


「プハー! 生ぬるいけどうまい! おかわり!」

「ヨロコンデ!」


 FORT蘭丸は嬉しそうに人目のつかない場所へ消えていった。


「先輩、無事でなによりでした」


 黒乃の横に寄り添っているのは桃ノ木桃智だ。


「桃ノ木さんたちも無事で良かったよ! メル子達も無事が確認できているんでしょ?」


 メル子、マリー、アンテロッテ、ルビーは一番東の小島にいる。昼過ぎに焚き火が四本焚かれ、その煙の筋で無事合流できたことが確認できたのだ。


「はい。もっと暗くなったらライトの信号で詳しい状況をやりとりできます。それまではゆっくりしてください」


 黒乃はそれを聞き、大きく息を吐いた。どっと疲れが押し寄せてきた。船が沈没し、無人島に漂着してからようやく全員の無事を確認できたのだ。

 水分と食料を補給し、黒乃に必要なのは休息だ。黒乃はシェルターに横になった。



 ——小島。メル子、マリー、アンテロッテ、ルビー。


 マリーはアンテロッテに抱き抱えられて竹筒から水を飲んでいた。弱った体に冷たい水はよくないと思い、焚き火に竹筒を焚べて温めてある。

 マリーとルビーはそのお湯をゆっくりと味わうように飲んだ。二日ぶりの水分である。萎れてうなだれた花が、お日様を仰ぐように活力が湧き上がってきた。


「美味しいですの……」

「お嬢様、ゆっくりとお召し上がりくださいませ」


 メル子はルビーの様子を窺った。ルビーは元々ムチムチのムチだったせいか、見た目では弱っているようには見えない。しかし死んだ魚のような目が、腐った魚のような目に変化していた。


「だーりん……」

「ルビーさん、FORT蘭丸君は無事ですよ。今は中島にいます。もうすぐ会えますよ!」

「メル子〜、ちあ〜ず」


 ルビーはメル子を抱き寄せると頬を合わせた。


「さあ! お芋さんもありますので食べてくださいね!」


 メル子は焚き火の中から竹筒を取り出した。筒の表面は焼け焦げた泥で覆われている。岩にコンコンと叩きつけると筒が真っ二つに割れた。中から出てきたのは蒸した芋だ。

 メル子達は出航前に水と食料の調達を行っていたのだ。水はロボットの浄水機能によって生成。芋は山を掘ることで手に入れた。芋を海水に浸け叩いて潰す。そして竹の筒に入れて保存したのだ。竹筒は浜辺に漂着していた竹をアンテロッテがクサカリ・ブレードで切り刻んで作った。


 喉が潤ったマリーとルビーはみるみるうちに食欲が戻ってきたようだ。竹筒を掴み、竹のスプーンでペースト状になった芋を口に運んでいく。


「熱いですのー!」

「お嬢様ー!」

「べりーほ〜っと」


 慌てて食べたので二人とも熱さで悶絶してしまった。メル子はその様子を涙を浮かべて見守った。



 サバイバル三日目の晩、ライトによる情報交換が行われた。メル子とFORT蘭丸が山頂に登り、ライトの明滅によるモールス信号を送り合う。なんらかの原因によってロボット間の通信が阻害されているので、このような方法を取らざるを得ない。


「メル子、いかがですの? 皆さん無事ですの?」


 マリーは目をビカビカ光らせているメル子に心配そうに声をかけた。


「はい! 中島にいる四人は皆さん無事のようです!」


 四人はほっと息をついた。これではっきりと八人全員の無事が確認された。


「皆さん! 明日はいよいよ掌島へ向けて出航しますよ!」


 一行はなんとも微妙な気分でその言葉を聞いた。メル子とアンテロッテがとんでもない勢いで筏を上陸させたため、木っ端微塵になった筏を修理しないといけないからだ。



 サバイバル四日目の昼。



 ——掌島。黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、フォトン。


 黒乃達はとうとう当初の合宿の目的地、掌島へと上陸した。四人乗りの筏は桃ノ木達が時間をかけて作った頑丈なもので、中島からの航海に充分耐えてくれた。航海といっても海流の影響で勝手に掌島へと流れ着くのだが。

 筏が流れ着いたのは島の北西の浜辺だ。ここから北東の浜辺まで歩かなくてはならない。

 四人は浜辺を抜け森の中を歩いていた。


「ここが掌島か」

「先輩、怖いです」


 桃ノ木は全裸の黒乃の腕にしがみついた。


「……がう」

「なんて?」

「……北の小さい島とは雰囲気が違う」


 フォトンの言う通り、北の四島と掌島は植生が違う。北の四島は浜辺以外は木の生い茂った山だ。掌島は島中央の掌山を囲むように森が広がっている。掌山の低地部分には草原が広がり、高地部分は剥き出しの岩山だ。

 しかし単に植生の違いだけではない。なにかの気配を感じる。


「シャチョー! ナニかいますよ!」


 北の四島と掌島の違いはもう一つある。獣の存在だ。小さな島とは違い、掌島には動物の群れが成り立つ環境がある。

 その時、近くの木から大きな音がした。


「ぎょわわ!」

「……びっくりした」


 鳥の群れであった。黒乃達が近づいたので一斉に飛び立ったのだ。


「シャチョー! ライオンとかワニがいたらどうしまショウ!?」

「さすがにそこまでの猛獣はいないとは思うけど」


 黒乃達は恐る恐る森の中を歩いた。北東の浜辺を目指すのはメル子達がそこへ漂着するからだ。一番東の小島から海流に乗ると自動的にそこに行き着く。

 しかし今はまだ出航すらしていないはずだ。メル子の情報によると昨日上陸する際に、筏が大破してしまったらしい。よほど危険な航海だったのだろう。筏を組み直してからの出航となる。


「ハァハァ、みんな頑張ろう。もうすぐメル子に会える。頑張ろう」


 黒乃の足は重かった。四日間のサバイバルで消耗しきっていた。しかしへこたれてはいられない。最愛のメイドロボを迎えにいかなくてはならない。笑顔で目一杯抱きしめてやるのだ。


「……みんな止まって」


 フォトンはしゃがみ込んで森の奥を覗き込んでいる。一行も姿勢を低くして様子を窺った。


「……あそこ、なにかいる」

「どこどこ?」


 黒乃は目を凝らした。木の影になにかいる。


「先輩、猫がいます」

「なんだ猫か。そりゃいるかもなあ、肉球島だもん」


 猫は目を光らせてこちらの様子を窺っている。微動だにしないその姿に黒乃は一瞬恐怖を覚えた。

 それ以降はなににも出会うことなく北東の浜辺にたどり着いた。もうだいぶ日が落ちてきた。今日はこの浜辺付近がキャンプ地となるであろう。


「まだメル子達は来ていないな」


 綺麗な砂浜。ゴミ一つ落ちていない。今はなにか落ちていてくれた方が助かるのだが。


「んん!? なんだこれ?」


 砂浜の真ん中に四角い木箱が落ちていた。蓋は開けられている。中を覗き込んだが空だ。なにも入っていない。


「漂着物かな?」


 その時、海底火山の噴火の前兆のような恐ろしい声が聞こえてきた。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ええ!? この声は!?」

「ぎゃあああああ! ご主人様! どいてください! ぎゃあああああ!」


 なにかが猛烈な勢いで砂浜に突っ込んできた。それは置いてあった木箱に衝突し、木っ端微塵になりながら突き進んでいった。


「なんだなんだ!?」


 それは筏だった。今はもう流木の群れでしかない。その中から二人の人間と二体のメイドロボが立ち上がった。


「ご主人様!」

「メル子!?」


 黒乃は手を伸ばした。もうすぐ手が届くところになによりも大事な存在がいる。三日ぶりに見たその姿。今までこんなに長い時間離れ離れになったことなどなかった。この無人島での厳しいサバイバルに耐えてこられたのは、今この瞬間のためだったのだ。それがようやく訪れた。


「メル子ーーーー!!!」

「ご主人様ーー! なぜ全裸なのですか!?」


 二人は走り寄り抱き合った。思い切り抱きしめ合った。圧倒的な温もりが二人の間を往復した。


「だーりん……」


 銀髪のムチムチボディをひけらかせてルビーが進みでた。


「ルビー! 無事でシタか!」


 FORT蘭丸もしばらくぶりのマスターの姿に頭の発光素子をビカビカと光らせ喜んだ。そして二人は走り寄り、ルビーは腕を振り回しFORT蘭丸の喉元にラリアットを炸裂させた。FORT蘭丸は空中で一回転して頭から砂地に落ちた。


「グェェェ!?」

「どうしてわたーしのところに〜、きてくれなかったの〜?」

「イヤァァァ! ダッテ遠かったカラ!」


 ルビーは巨大なケツをFORT蘭丸の頭に乗せてお仕置きをした。



 サバイバル四日目の夜。

 一行は火を起こし、木の枝と流木を使い臨時のシェルターを作った。生き残るための本格的なシェルター作りと食料集めは明日からの作業となる。

 今夜は宴である。ようやく合流できた八人。再会と無事を祝っての宴だ。蓄えてきた全ての水と食料を使い切る。明日からの戦いに備えての宴だ。


「ガハハハ! そこでご主人様は閃いたわけよ! ここで靴下だってね!」

「黒乃さん、どうしてお全裸なんですの?」

「ガハハハ! あの時はほんとに危なかった! 靴下のおかげで助かったんだよ!」

「ご主人様! 丸メガネはよく無事でしたね!」

「ガハハハ! 持っててよかった靴下! 靴下があればなんでもできる!」

「……なんでそんなに靴下と友情を育んでいるの」


 一行は一晩中騒いだ。物音一つしない無人島が喧騒で包まれた。疲労のあまり、一人また一人と倒れていった。

 黒乃は話し相手がいなくなったことに気がついた。宴は終わりだ。明日からはまた過酷なサバイバルが待っている。しかし心配はしていない。みんながいればどんな困難も取るに足らない問題だ。

 黒乃は仰向けに倒れた。


「???」


 星空かと思った。様々な色の点が暗闇に浮かんでいる。星空が森の中にある。星が瞬いている。ゆらゆらと揺らめいている。そしてその星達は黒乃達を取り囲んでいた。


 大量の猫だ。

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