第228話 サバイバルです! その四

 肉球島でのサバイバル二日目。



 ——人差し島。黒乃。


 黒乃は木の枝で作ったシェルターから這い出た。朝日を顔に受け目を細める。その目は腫れぼったい。

 黒乃は一晩中焚き火を守り通していたのだ。全裸靴下の黒乃にとって火は生命線。有り合わせの木の枝で火起こしが成功したことが奇跡なのだ。火を絶やすことは許されない。

 その甲斐あって昨晩は凍えずに済んだ。焚き火とシェルターが黒乃の命を守ってくれたのだ。


「メル子、どうしてるかなあ。みんなも無事だろうか」


 眠い目を擦りながら今日の計画を考える。今すぐにでもメル子の元へと駆けつけたいが、自分の命もおぼつかない状況ではそれも叶うまい。


「救助はいつ来るだろうか」


 周囲には肉球島での一週間の合宿だと伝えてある。つまり一週間耐えられれば救助が来る可能性が高い。一行が戻らなければ誰かが救助の要請をしてくれるだろう。


「一週間、生きられるかな」


 黒乃は焚き火に薪を焚べた。

 人は水分無しには三日と生きられない。人は食料無しには三週間と生きられない。極端なことを言えば、食料は一週間無しでもいいのだ。しかし水はそうもいかない。水の確保は絶対に必要だ。

 それにもっと切羽詰まった問題がある。人は体温無しでは三時間と生きられないのだ。黒乃は火を起こせたが、それができなかった者もいるかもしれない。


 昨日の昼過ぎに五本の煙が立ち上った。黒乃はこれを五人いるという合図だと受け取った。中島に三人、薬島に二人。黒乃を入れると六人だ。

 小島からは焚き火の煙は見えなかった。小島には誰もいないのかもしれない。一番大きな掌島に漂着したなら、距離的に煙が見えないこともあるだろう。

 小島にいるにもかかわらず煙が立ち上らなかったのならば、それは人間である可能性が高い。ロボットならば火起こしは容易いはずだ。だとすると火を起こせていないのは、桃ノ木、マリー、ルビーと予測される。


「早くメル子のところに行きたいけど、この三人が心配だ。火もないんじゃきっと凍えてるよ」


 黒乃は考えをまとめた。


「今日の優先順位は、『水の確保』、『いかだの作成』にしよう」


 水は行動を起こす上で必須である。隣の中島には三人いるのがわかっている。筏で中島へ渡り、三人と合流するのが得策だ。


「ハァハァ、それにしても喉が乾いた。寒さと乾きで眠気が全くこなかったよ」


 黒乃は全裸で山の中を歩いた。草地へ行くと這いつくばって朝露を舐めた。寒暖差の大きい南の島では葉っぱに朝露がつくのだ。


「ぺろぺろ! うまい!」


 水分量としては大したことはないが、喉が潤うだけでも気力は復活してくるものだ。


「でもこれだけじゃ全然足りない。人間が一日に必要な水分は二リットル。最低一リットルは飲みたいぞ」


 実は昨日の薪集めの時に、小汚い水たまりを発見していた。完全な泥水だ。直接飲むことはできない。無理して飲めば腹を下して余計な水分を失うだけだ。命の危険すらある。


「あの水を濾過ろかして飲めないかな」


 濾過器は浜辺の砂や砂利を使って作れる。濾過した水を煮沸すれば飲み水になるはずだ。


「でも水を入れる容器も湯を沸かす鍋もないよ」


 黒乃は砂浜を探すことにした。海岸には大抵漂流物が落ちているものだ。海岸を汚すやっかいものだが、サバイバル時には役に立つ。


「うーむ……なにも落ちていない。なんて綺麗な砂浜だ」


 二十二世紀現在、海は完璧に綺麗な状態を保っているのだ。エコロジーの勝利である!


「こういう時は都合よく漂流物があるはずでしょ! 番組的に!」


 かろうじて発見できたのは竹だ。この島には生えていないので、どこかから流れ着いたのであろう。

 黒乃は砂浜の石を持ち上げ大きな岩に叩きつけた。鋭く割れた欠片を選びとる。これは斧だ。この斧を竹に叩きつけ縦に真っ二つに割いていく。そう、割れた竹は皿であり、鍋だ。


「よし、これで泥水を汲んでこよう」



 ——中島。桃ノ木桃智、FORT蘭丸、フォトン。


「そろそろ焼けるわよ」


 桃ノ木は枝に刺した芋を焚き火で焼いていた。昨日FORT蘭丸が山を掘って手に入れた長芋の一種である。一人一個ずつであるが、朝食としては充分だ。


「美味しそうデス!」

「……モモちゃん、水できた」


 フォトンが持ってきたのは大きな葉っぱを重ね合わせて作った皿だ。その中に並々と水が注がれている。


「すごいわ! 浄水機能ね」


 泥水から真水を生成する機能である。水たまりの泥水を口から飲み、不純物を取り除き排出する。


「桃ノ木サン! ボクも浄水できマスヨ!」

「FORT蘭丸君の生成した浄水は飲みたくないわね」

「ナンデ!?」



 ——薬島。メル子、アンテロッテ。


 アンテロッテは筏を組んでいた。


「お嬢様ー! 今参りますわよー!」

「アン子さん! マリーちゃんが小島にいるとは限りませんよ!」


 昨晩メル子は薬島の山頂にて、FORT蘭丸のライトの明滅によるモールス信号を受信した。その結果、現在居場所がはっきりしないのは黒乃、マリー、ルビーの三人だということが判明した。

 情報を分析した結果、マリーとルビーが小島にいる可能性が高いと予想された。アンテロッテは今すぐにでも小島へと向かうつもりなのだ。


「それでもわたくしは小島へ向かいますわ。メル子さんはこの薬島で水と食料の確保をしていてくださいな」

「一人では危険ですよ!」


 本来ならばまずは水や食料を確保するべきなのだ。そのセオリーを無視して小島へと向かおうとしているのは、マリー達が火起こしもできていないことが予想されるからだ。一晩は寒さに耐えられたとしても、もう動けなくなっているかもしれない。一刻を争うのだ。


 一刻も早くご主人様の元へ向かいたいのはメル子も同じだ。しかしメル子は黒乃の生命力の強さを信じていた。


「わかりました、アン子さん。私も手伝います」

「メル子さん!? 黒乃様は人差し島にいらっしゃる可能性が高いのですわよ? この筏は小島行きですわ!」


 メル子はアンテロッテの手を握った。真正面からお互いの目を見つめた。


「ご主人様だったらきっとマリーちゃんを助けに行きます。だったら私もそうします」

「メル子さん……」


 二人は強く抱き合って友情を確かめ合った。

 


 ——小島。マリー、ルビー。


 朝、二人はかろうじて生きていた。


 昨日は完全に判断を誤り、無駄な体力を消耗しないように寝て過ごしてしまった。アンテロッテがその日の内に助けに来ると予想したのだ。

 そのお陰で体力は温存できたものの、夜の寒さに凍える羽目になってしまった。分厚い生地のシャルルペロードレスは生乾きだったため、結局全裸で夜を迎えたのだ。

 砂浜に吹きつける風で急激に体温が奪われていった。


「ささささ、寒いですののののの」

「まり〜、ふぃーりんお〜けぃ?」

「のっとぐっどですわー!」


 このままでは一晩持たないことを悟った二人は、今更ながら行動を起こすことにした。明かりも無しに森の中を歩くのは危険だが、そうもいってはいられない。葉っぱをしこたま集めることにした。

 落ち葉、枯れ草、南国特有の大きな葉っぱ。それらを砂浜近くの崖の下に集めた。ここならば潮が満ちてもギリギリ水没しない高さと、風を防げる窪みがある。

 枯れ葉を地面に敷き詰め地面からの冷気を遮断する。体の上には大きな葉っぱをいくつも被せる。マリーはルビーのタンクトップの中に体を突っ込んだ。ムチムチの大きな体に密着させて体温が逃げないようにする。更にその上から生乾きのドレスを被せた。


「ここここ、これで一晩耐えるしかありませんわわわわ」

「だーりん、あ〜ぃみすゆ〜」


 こうして一日目の夜はなんとか乗り切った。しかし二人とも体力を消耗しきっていた。とても行動できるような状態ではない。



 ——人差し島。黒乃。


 黒乃は見事飲み水を確保することに成功した。

 真っ二つに割かれた竹に燃え尽きた炭、砂、靴下を順に詰める。ここに汲んできた泥水を流すのだ。竹の滑り台を流れ落ちる間に不純物が取り除かれるという仕組みだ。

 とはいえ簡易的な濾過器だ。流れ出た水は明らかに濁っている。次にこれを煮沸する。竹ごと焚き火に焚べて沸騰するのを待つ。熱で竹が焼けないように竹の下側に泥をまぶした。


「やったやった! 飲み水だ! 三百ミリリットルは確保できたぞ!」


 目標には程遠いが上出来だ。一口飲んでみる。靴下の味だ。不味い。しかし喉はその不味い水を大喜びで受け入れた。


「プハー! あー!」


 黒乃はシェルターの寝床に横になった。水分と焚き火の熱と太陽の熱でうとうとし始めた。



 ——中島。桃ノ木桃智、FORT蘭丸、フォトン。


「桃ノ木サン! 午後からはどうしまショウ!?」


 三人はシェルターの中で会議をしていた。午前は水と食料の調達を行い、まずまずの成果を得た。


「海を渡るための筏を作りましょうか」

「……どの島に行くの?」


 一番楽に辿り着けるのは南方の掌島だ。海流的に勝手に流れ着くであろう。全員がそれぞれ掌島を目指すのが最も安全である。逆に一度掌島に行ってしまったら北方の四島に戻ってくるのは難しい。


「私の予想だと薬島のアン子さんは小島を目指すと思うの」

「マリーチャンを助けるためデスね!」

「私達も先輩と合流して小島を目指せたらいいんだけど、二島分を筏で渡るのは危険かも」

「……クロ社長の性格からして絶対こっちに来る」

「そうね」


 計画としてはこうだ。

 メル子、アンテロッテは小島に渡り、マリー、ルビーと合流。その後四人で掌島を目指す。

 黒乃は中島へ渡り、桃ノ木達と合流。四人で掌島へ渡り、全員が合流する。


「FORT蘭丸君。夜になったらこの作戦をメル子ちゃんに伝えてもらえるかしら」

「わかりまシタ!」



 ——薬島。メル子、アンテロッテ。


 二人は必死に筏の材料を集めていた。

 主な素材は流木である。流木は浮力が高い。高いからはるばるこの島まで流れ着いてきたのだ。この流木をロープで束ねる。

 ロープは植物のつるで作る。蔓を海水に浸し、充分に水分を吸わせたら石で叩いて潰す。柔らかくほぐしたら複数本の蔓をり合わせて一本の頑丈なロープにするのだ。

 あとはこのロープで流木を繋いでいく。


「ハァハァ、もう少しで完成ですの」

「アン子さん、焦らないでください。しっかりとした筏を作らないと」

「お嬢様を待たせるわけにはいきませんの!」


 その時、メル子の瞳が輝いた。


「アン子さん! 見てください!」メル子は東の小島の方角を指差した。


 二本の煙の筋が空高く立ち上っていた。


「マリーちゃんとルビーさんです! お二人が火起こしに成功したのですよ!」

「お嬢様……!」


 アンテロッテの目に涙が溜まった。



 ——小島。マリー、ルビー。


「やりましたのー! おファイアですのー!」

「う〜と〜、よかったね〜」


 燃え上がる炎に照らされ、二人は抱き合って歓喜のダンスを踊った。

 その足元には焼け焦げたデバイスが落ちていた。二人は最終手段としてデバイスのバッテリーをショートさせる方法で火を起こしたのだ。

 現在電波が遮断されている状況であるとはいえ、通信手段を失ってしまうのはどうしても避けたい。しかし、低体温の二人にできる方法はこれしかなかったのだ。マリーのデバイスをルビーのデバイスでハッキングをして、過負荷を与えてショートさせたのだ。二台のデバイスを有線で繋いでしまえば電波遮断は関係ない。


「アンテロッテー! マリーはここですのよー!」

「だーりん、はよきて〜」



 ——人差し島。黒乃。


 サバイバル三日目の朝。黒乃は粗末な筏を押していた。

 大きめの流木を二本並行に並べて、その間を橋を渡すようにいくつも竹を乗せたものだ。ロープは植物の蔓そのままである。強度が足りないのはわかってはいるが、一人ではこれ以上のものは無理だ。隣の中島までの百メートルもってくれればいいのだ。


「みんな〜待ってろよ〜」


 持ち物はオール代わりの竹と靴下だけだ。靴下が海水で濡れないように筏の枝へとしっかりと引っ掛ける。

 黒乃は全裸で海へと漕ぎ出した。

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