第227話 サバイバルです! その三
日本の遥か南方、太平洋に浮かぶ無人島『
肉球島は五つの群島から成る。南に位置するのが最も大きい『
——中島。桃ノ木桃智、FORT蘭丸、フォトン。
桃ノ木は砂浜で目を覚ました。たっぷりと海水を吸い込んだアウトドア用のジャケットで重くなった体をようやく持ち上げると辺りを見渡した。
「フォト子ちゃん!」
すぐ隣でうつ伏せになっているのは青いロングヘアで小柄なボディのロボット、影山フォトンだ。
桃ノ木がその背中に手をかけて揺するとすぐに目を覚ました。
「……モモちゃん、ここどこ?」
「よかった、無事ね?」
二人は体から海水を滴らせながら砂浜を歩いた。すると岩陰にもう一人の漂流者を発見した。
「……あそこに蘭丸いた」フォトンが指を差す。
「FORT蘭丸君!」
見た目メカメカしいロボットは仰向けになって浮かんでいた。波が来るたびに頭を岩にぶつけていた。
二人は必死にFORT蘭丸を砂浜に引っ張り上げた。成人男性ロボットなので重量がものすごい。砂浜に刻まれた引きずった跡は波がすぐにかき消した。フォトンはFORT蘭丸の光沢のある頭を叩いた。すると慌てた様子で飛び起きた。
「イヤァー! 沈む! 耐水性能三十五パーセントダウン!」
「大丈夫よ、FORT蘭丸君。沈んでいなかったわよ」
「桃ノ木サン!?」
三人は輪になって座り状況を整理した。事前に受けた登山ロボのビカール三太郎によるサバイバルレッスンに基づき、行動を起こすことにした。
風が吹き、寒さで震えた。人間はもちろん、ロボットも人工筋肉を動かすには温度が必要だ。まずは服を乾かすための火起こしだ。羞恥心など気にしてはいられない。三人は下着姿になり手分けして山で薪を集めた。
「火はどうやって起こすのかしら?」
「……簡単」
フォトンの目からレーザーが照射された。出力は弱いが時間をかければ火を起こすくらいはわけない。間も無くすると枯葉に火がついた。三人で次々と薪をくべていく。
「すごいわ!」
「フォト子チャン! さすがデス!」
「……キモいから名前で呼ばないで」
砂浜に枝を突き立て、服をかける。日も照っている。一時間もしないうちに乾くであろう。
「先輩。先輩は無事かしら?」桃ノ木は黒乃を心配した。
「ボクもルビーが心配デス!」
「……じゃあ合図を送る」
三人は焚き火を三つ作ることにした。正三角形の焚き火は国際的に救難信号を意味する。加えて中島に三人いるという意味も込められている。
手分けして三つの焚き火を作った。
「これで先輩に伝わるかしら」
その時、一つ隣の薬島から二本の煙が立ち上った。
「見てくだサイ! 薬島に誰かいマス!」
「二本の煙ということは二人いるって意味かしら?」
「……誰だろう。一人はロボットだと思うけど」
三人は火にあたりながら皆の安否を案じた。
——薬島。メル子、アンテロッテ。
メル子とアンテロッテは砂浜を転げ回っていた。
「ご主人様! ご主人様がいません!」
「お嬢様ー! どこですのお嬢様ー!」
二人とも無事薬島に漂着したはよかったものの、目を覚ますなりマスターがいないことにパニックになり、島中を駆けずり回って探したのだった。
なんの収穫もなく無駄に体力を消耗し、砂浜に戻ってきた頃には二人とも憔悴しきっていた。
「なんですかこれは!? なぜ電波が届いていないのですか!?」
「お嬢様のデバイスにも通信できませんわー!」
メル子とアンテロッテは砂浜を転げ回って泣いた。ひとしきり泣き終わると会議を始めた。
「アン子さん」
「なんですの」
「責任をとってください」
「なんの話ですの」
「アン子さんが船をぶつけたからこんなことになったのですよ!」
「メル子さんの船がぶつかってきたのですわー!」
「私のせいではありません!」
「表へ出やがれですわー!」
二人は砂浜の上で相撲をとった。一通りお肉とお肉のぶつかり合いをして、ようやく不毛なことを悟り、また砂浜に座り込んだ。
二人は薄々気がついていた。船は制御を失って衝突したのだ。どちらも舵は正しい方向へ切っていたはずである。そうなると電波が届かないのもなにか作為的なものを感じる。
二人ともしばらく無言で砂浜に座り込んだ。やはりご主人様のことが心配でたまらない。なにかできることを必死に考えた。
メル子は視界の隅になにかを見つけた。それは三本の煙の筋だった。
「あれは!? 隣の中島に誰かがいます!」
「お嬢様ですのー!?」
メル子とアンテロッテは薬島の西端まで走り大声で呼びかけた。
「ご主人様ーーーーー!!!」
「お嬢様ーーーーーー!!!」
もちろん声は届かない。煙の出所は崖で隠されていて見えない。二人は今すぐにでも泳いで中島に渡りたい衝動に駆られたが、潮の流れの速さを見て諦めた。
「アン子さん! こちらからも合図を送りましょう!」
「わかりましたのー!」
二人は山に入った。必死に薪を集めようとするが、濡れたメイド服が邪魔をして効率が悪い。完全に行動の優先順位を間違えてしまっている。
濡れたメイド服は脱ぎ捨て、下着姿になった。薪を揃え、焚き火の準備を始めた。
「それは私の薪です!」
「だったら名前を書いておいておくんなましー!」
薪を奪い合い、二手に分かれて焚き火を組んだ。火起こしは簡単である。メル子はファイアブレス、アンテロッテは指パッチンでいいのだ。
間も無くして二筋の煙の柱が立ち上がった。
「ご主人様ー! 見てくださいー! メル子はここにいますよー!」
「お嬢様ー! アン子はここでございますのよー!」
——小島。マリー、ルビー。
マリーとルビーは砂浜で全裸で寝転がっていた。流木の枝に引っ掛けたシャルルペロードレスからは水が滴っている。その反面、ルビーの服はペラペラのタンクトップなのでもう乾き始めていた。
「わ〜ぉ、いいお天気ねぇ〜」
全裸のムチムチお姉さんはルビー・アーラン・ハスケル。FORT蘭丸のマスターで凄腕のプログラマーである。盛大に砂浜に広がった銀髪が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
「ビーチでお全裸で日光浴。おフランスを思い出しますわー!」
全裸の金髪縦ロールのお嬢様はマリー・マリー。アンテロッテのマスターの中学生である。
二人は砂浜に打ち上げられたあと、ずっとこうして日光浴を楽しんでいた。
「へ〜ぃ、マリ〜?」ルビーは大柄な体に似合わぬか細く甲高い声で言った。
「なんですの?」
「なにもしなくてもお〜らぃ?」
マリーは
「こういう時に大事なのは慌てないことですわ。今アンテロッテがわたくしを探しておりますの。それを待つのがよろしくてよ」
「わ〜ぉ。わたーしもだーりんをうぇ〜いと」
まるで無人島で遭難しているとは思えない空気が辺りを包んだ。強い日差し、打ち寄せる波の音、頭上を飛び交ううみねこの群。そう、二人にとってこれはバカンスなのだ。
——中島。桃ノ木桃智、FORT蘭丸、フォトン。
「だいぶ暗くなってきたわね」
桃ノ木は木に枝を立てかけて作ったシェルターの中から外の様子を窺った。
焚き火により服は充分に乾き、その後の活動に拍車がかかった。桃ノ木とフォトンはシェルター作りを担当した。山の中から枝と葉をかき集め、見事三人が入れる避難所が完成した。
FORT蘭丸は中島の探索だ。それ程大きくない島ではあるが状態を把握しておいた方がいい。
しばらくするとFORT蘭丸が帰ってきた。
「ただいま戻りまシタ!」
「お疲れ様」
「……食べ物見つかった?」
収穫は芋がいくつかだけだ。石で地面を掘ったら簡単に見つかった。水源は発見できなかった。小さい島なので川が流れている様子はない。あるとすれば一番大きな掌島であろう。ここで長期間暮らすのは無理だ。
「デモ間違いなく、人差し島と薬島には誰かいマス! 真っ暗になっタラ山頂で連絡をとってみマス!」
「無線が通じないのにどうやって連絡をとるのかしら?」
——薬島。メル子、アンテロッテ。
陽が落ちてきた。二人は喧嘩ばかりして、結局焚き火を作るだけで終わってしまった。このままではまずいと慌ててシェルター作りを始めたが、既に山の中は真っ暗だ。眼球から光を出しながらシェルター用の枝葉を集めた。
山頂にきた時にメル子の視界に光るものが入った。隣の中島の山頂だ。
「なんでしょう、あれは? 焚き火の光でしょうか?」
光が明滅しているので炎がゆらめいているのかと思ったが、あんな山頂で焚き火もおかしい。それに規則正しく明滅している。
「あれは!? そうです! あれはモールス信号です!」
メル子は慌てて信号の翻訳を始めた。
『こちら もものき ふぉとん らんまる』
「信号を送っているのは蘭丸君ですね! 私のライトに気がついたのです!」
メル子も目のフラッシュを焚き、信号を送り返した。
『こちら めるこ あんこ』
メル子とFORT蘭丸はしばらくの間、信号でやりとりをした。その結果わかったことは、居場所が不明なのは黒乃、マリー、ルビーの三人であること。人差し島に一人いること。
「私の超高性能AIの計算によりますと、人差し島に一人でいるのはご主人様の可能性が高いです! マリーちゃんとルビーさんでは火を起こせないのではないでしょうか!? ご主人様は火起こしの経験があります!」
黒乃の居場所が人差し島である可能性が高くなったことにより、メル子に気力が復活してきた。一旦山を降りて浜辺に戻ることにした。浜辺でシェルター作りをしているアンテロッテに報告しなくてはならない。それは少し気が沈む行為だ。
「メル子さん、枝は集まりましたの?」
「アン子さん……」
報告を聞いたアンテロッテは砂浜にがっくりと両手両膝をついた。メル子はアンテロッテを抱きしめた。プルプルと震える体を通して焦りが伝わってくる。
「……行きますわ」
「え?」
「お嬢様、今行きますわよー!」
アンテロッテは勢いよく立ち上がった。
「どこにですか!?」
「残るは小島しかありませんのー!」
「小島にいる保証はありませんよ!」
メル子は走り出そうとしたアンテロッテにしがみついて引き留めた。
「お嬢様ーーーーー!!!!」
——小島。マリー、ルビー。
真っ暗闇の浜辺。マリーとルビーは抱き合って震えていた。
「死ぬかもしれませんの」
「だーりん、へ〜るぷ」
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