第226話 サバイバルです! その二
照りつける日差しに頬を焦がされ黒乃は目を覚ました。
体が重い。いや体が痛い。そして冷たい。顔と手には砂の感触。足は水にどっぷりと浸かっているようだ。上半身を起こした。歪む視界が徐々に定まり、周囲の様子が明らかになってきた。ここは砂浜である。
次第に記憶が蘇ってきた。黒乃達ゲームスタジオ・クロノス一行は合宿をするために船で無人島へとやってきたのだ。しかし島に到着する寸前にお嬢様の船と衝突。二隻とも木っ端微塵になり、海中へと投げ出されたのだった。
黒乃はふらつく足を叱咤激励し砂浜を歩き始めた。後ろを振り返る。砂浜の向こうはもちろん太平洋の大海原。見渡す限りの水平線だ。
再び後ろを振り向く。ここは無人島。木が生い茂った山が見える。
黒乃は歩き始めた。靴は脱げてどこかにいってしまった。寒い。海水で体が冷えている。動いた方がいい。黒乃は歩きながら考えた。
「そうだ! みんなは!? みんなはどうなったの!? メル子!?」
黒乃は一瞬パニックになった。水際に走った。他に誰か流れ着いていないか探した。しかし誰もいない。
「メル子ォォォオオオオオ! みんなぁぁぁあああああ!」
声の限り叫んだが、なんの反応も返ってこなかった。
「そうだ! デバイスで連絡を取ろう!」
黒乃はポケットから黒いシートを取り出した。コノハナ電子のロゴが刻印された面をなぞりデバイスを起動させた。
「よしよし、動くぞ! さすが完全耐水! ん? あれ? 通話ができない!?」
システムは問題なく動いているものの、電波が届いていないようだ。無人島だからではない。二十二世紀現在、地上の全地域においてデバイス用の電波が届かない場所は存在しない。人工衛星によりカバーされているのだ。
「じゃあメル子と直接通話だ!」
ロボットには通信機能が標準搭載されている。だが通常その機能を使うことは許可されていない。新ロボット法により、ロボットのネットワークへの接続は禁止されているのだ。しかし緊急時は別である。今回のような遭難時はネットワークへの接続、またはロボット間、ロボットデバイス間の通信は許可されているはずである。
ところが今、その機能すら動作していない。
「嘘でしょ? メル子にもしものことが……」
黒乃は頭を振った。そんなはずはない。自分が生きているのだからメル子も生きているはずだ。黒乃はそう信じた。
黒乃は砂浜にどかっと座り込んだ。一度ゆっくりと考え、頭を整理した方がいい。
「そうだ、そうだ。思い出せ。合宿前の講習を思い出せ!」
無人島でのサバイバル合宿を行うにあたって、登山ロボのビカール三太郎によるサバイバルレッスンを受けていたのだ。
「ええと、なんだっけ? 遭難した時の優先順位は……」
ビカール三太郎の言葉を思い出した。
1、安全の確保
2、救助の要請
3、シェルターの確保
4、火の確保
5、水の確保
6、食料の確保
「『1、安全の確保』! まずは安全!」
黒乃は周囲を見渡した。今迫っている危機はなんであろうか?
「うう、寒い。そうだ! 温まらないと!」
現在正午、天候晴れ。加えて日本から相当南下した暖かい島だ。とはいえ春先である。海水に濡れている。このままでは体温を奪われて動けなくなってしまうだろう。
黒乃は服を脱ぎ捨てた。白ティー、ジーンズ、ブラ、パンツ、靴下。全て広げて大きな流木の上に並べた。全裸だ。
「次! 『2、救助の要請』!」
当然救助要請ができるならばそれに越したことはない。素人が下手に動き回るより、じっとプロの救助を待つ方が賢明である。
「でも、デバイスが使えないんじゃどうしようもない! なんで電波が来てないのよ!?」
救難信号を送るための大出力発信器はレンタルしたクルーザーに搭載されていた。しかしそのクルーザーは今や海の藻屑である。
「『3、シェルターの確保』! どこか隠れられる場所! 雨風を凌げる場所! ハックション!」
風が強くなってきた。既に日差しにより体は乾いてはいるが、服はびしょ濡れだ。
その時、浜辺に突風が吹いた。
「ぎょわわわわわわ! 服がぁぁぁああああ!」
流木に広げていた服が空高く舞い上がった。青空を駆けるうみねこ達のように白ティー、ジーンズ、ブラ、パンツが仲良く遥か彼方へと飛び去った。
「うぁぁぁああああ! 靴下だけ残ったぁぁぁああああ!」
黒乃は砂浜にがっくりと膝をついた。無人島で全裸の女がただ一人。絶望である。
「うおっ、うおっ。負けるもんか〜。メル子が助けを待っているかもしれない。メル子〜待ってろよ〜」
黒乃は靴下とデバイスを握りしめて流木に腰を下ろした。もう靴下は濡れていても構わない。行動する時だ。靴下を履いて立ち上がった。
「今やるべきことは『3、シェルターの確保』!」
黒乃は山へ向けて歩き出した。浜辺から少し歩けばすぐに山だ。浜辺にシェルターを作ることはできない。潮が満ちて水没する恐れがあるからだ。浜辺に程近い山の中が良いであろう。黒乃はシェルターの材料を探すために山へ登った。
山はさほど高くはない。十分も歩けばすぐに頂上である。黒乃は山頂から辺りを見渡した。
ここは太平洋に浮かぶ『
黒乃がいるのは人差し島のようだ。
「みんなこの島のどこかに流れ着いているといいんだけど」
黒乃はふと東の中島に目をやった。そして驚愕の光景を見た。
「ええ!? あれは!?」
中島から煙の筋が立ち上っていた。しかも三本の煙だ。もちろん偶然ではない。これは焚き火による合図である。
「三本!? そうだ! 正三角形の焚き火は救難信号だ! 中島に誰かいるんだ!」
すると中島のさらに東、薬島からは二本の煙が立ち上った。
「二本!? 二本はどういう意味!? なんで二本!? 日本に帰りたい? いや二人? 薬島に二人いる!? おーい!」
黒乃は大声で叫んだがやはり声は届かないようだ。すぐにでも中島に泳いでいきたいところではあるが危険が大きすぎる。島と島の間は潮の流れが早すぎるのだ。
「それにしても火を起こすのが早すぎない? 火起こし道具もないのに……そうか! ロボットなら道具を使わなくても火起こしなんて簡単だ!」
黒乃は意気揚々と山を降りた。少なくとも中島にロボット一体、薬島にもロボットが一体いると予想された。薬島にはもう一人誰かいるのかもしれない。
黒乃はシェルター作りに専念することにした。
シェルターはビカール三太郎から教わった軍隊式のものだ。まずできるだけ長い木の枝を用意する。竹があればベストだ。それを二股の木の間に立てかける。これが屋根の支柱になる。あとはこの支柱にひたすら小さい枝を立てかけていくのだ。これは根気の作業となる。膨大な量の枝を集めなくてはならない。
黒乃は必死になって山を駆けずり回って枝を集めた。大まかに屋根ができたらあとは葉っぱでそれを覆う。南方の島なので大きい葉っぱはいくらでも見つかった。
一心不乱に作業をし、見事シェルターは完成した。不恰好ではあるが、ど素人が作ったにしては上出来だ。黒乃が寝転がるスペースは充分に確保できた。黒乃はシェルターの中に倒れ込みしばらく休んだ。全裸なので下に敷いた落ち葉がチクチクと体を刺す。
「ハァハァ、やったぞ。やればできるじゃないか。サバイバルなんてちょろいもんよ」
しかしこれで終わりではない。
「『4、火の確保』。どうやって火を起こす!?」
メル子であればファイアブレスがある。アンテロッテも指パッチンで火花を出せる。人間はどうするのだろうか?
「思い出せ。山中湖のキャンプでやったあれだよ」
最も原始的なきりもみ式火起こしだ。板に棒を擦り付け、摩擦熱で火を起こす。
「できるか、あんなこと? 前は予め揃えたセットでようやく火を起こしたんだぞ」
ここには板も棒も
「そうだ、浜辺にあった流木を使おう。あれはカリカリに乾いていたぞ」
浜辺に戻り、流木の具合を確かめた。濡れていない。使えそうだ。
黒乃は岩を持ち上げ流木に叩きつけた。充分に乾いた枝が数本確保できた。
「板じゃなくてもいいんだ。太めの枝に細い枝を擦り付ける方式でいこう。あとは火口だな」
火口は圧倒的に燃焼しやすいものでなくてはならない。乾いた枝でも葉っぱでも無理だ。以前は麻紐をほぐしたものを使った。
「ひも……ひも……そうか! 靴下があった!」
唯一の衣類だが仕方がない。それに全部を使う必要はない。ある程度の量があればいいのだ。
黒乃は靴下の紐を枝に引っ掛け千切り、それを細かくほぐしていった。
「枝が二本、火口、薪。道具は揃った。よし!」
シェルターの前に座り込み気合を入れる黒乃。道具が揃ったのならば、最後に必要なのは根性だ。
太い枝に石を擦り付け窪みをつける。その枝を両足で固定し、窪みに細い枝をあてがう。
「だらだらしてたら無駄に体力を消耗する。一球入魂でいくぞ! 黒乃山の大相撲パワー、見せてやるにょぉぉぉおおお!」
枝を両手で挟み込み、全力で擦り合わせた。それを幾度も繰り返す。手のひらが擦り切れ激痛が走ったが気にしない。水平線に太陽がかかり、今まさにその姿を隠そうとしたその時。
「メル子ォォオオオ!」
枝から黒い粉が溢れてきた。焦げ臭い匂いが鼻をついた。煙が立ち上り、赤い点が見えた。火種だ。
「よし!」
葉っぱの上に現れた火種を靴下の火口の上に落とす。火種を包み込み息を吹きかける。猛烈な勢いで煙が溢れ出てきた。そして破裂するかのように燃え上がった。
「あちぃいいいいい!」
熱さのあまり火口を地面に落としてしまった。慌ててその上に小枝を乗せていく。蛇の舌が獲物を舐め回すかのように次々に火が乗り移っていく。
「やった、やった!」
それは見事に大蛇のような炎へと成長した。パチパチと音をたてて森を照らした。煙が立ち上り、星空へと駆け昇っていった。
「メル子ォォオオ! みんなぁぁぁああ! 見てくれ〜! ご主人様はここにいるぞぉぉおおお!」
黒乃は全裸で両手を上に突き上げて叫んだ。
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