第225話 サバイバルです! その一
「女将、ここは本物の太平洋か?」
「ニャー」
和服を着た恰幅の良い初老のロボットとグレーの毛並みの大きなロボット猫は海を彷徨っていた。
その足元には金属製のコンテナ。二人は途方に暮れていた。
——東京湾の倉庫街。
「うおおお! うおっ、うおっ!」
黒乃は黒髪ショートの褐色肌の美女マヒナにしがみついた。
「マヒナ〜! 会いたかったよ〜!」
「ハハハ、黒乃山。アタシもだ」
続いて黒髪ショートの褐色肌のメイドロボノエノエにしがみついた。
「ノエ子〜! 来てくれたんだね〜!」
「黒乃山、当然ですよ。私達は仲間ですから」
しっかりノエノエのお乳を揉んだところで涙を拭った。
「どうしてここに? 二人は月にいたんじゃなかったの?」
マヒナとノエノエは元々月の住人である。マヒナは月面のハワイ
以前黒乃達がハワイ基地へ合宿に赴いた折に、基地でクーデターが発生。女王マヒナが囚われてしまった。黒乃達の活躍によりマヒナは救出され、クーデターは鎮圧された。
それ以降、マヒナとノエノエは月世界の地球からの独立のために動いていたはずだ。しかし二人は地球へとやってきた。
「月でどえらいことが起きてね」
「ある人物により月が量子状態にさせられてしまったのです」
「ええ!? なにそれ!?」
その人物とはアルベルト・アインシュ太郎。理論物理学ロボットだ。近代ロボットの父とも言える隅田川博士によって作られたロボット。トーマス・エジ宗次郎、ニコラ・テス乱太郎、ルベールの兄弟にあたる。
そのアインシュ太郎により、月を量子状態にして第二の太陽へと生まれ変わらせるというとんでもない計画が実行された。その計画は成功したかに見えたが、どういうわけか電子雲の収縮に失敗。元の月へと無事戻ったのであった。
「我々月面自治政府はその人物をどうしても捕まえなくてはならない」
「だから月を代表してマヒナ様と私が地球にやってきたというわけです」
「ほえ〜、なんのこっちゃ全くわからん」
「お二人とも大変だったんですね!」
黒乃とメル子はなんとも曖昧な態度をとった。また謎の戦いに巻き込まれるのではないかという不安。まっぴらごめんなのである!
——太平洋。
コンテナの上に乗ったまま、数日が経過した。時折遥か彼方を貨物船が通り過ぎていくが、まったくこちらに気がつく気配はない。
このコンテナはいつまで海面に浮かんでいられるのだろうか? 水密性は高いはずである。しかしマッチョメイドの馬鹿力で放り投げられたコンテナだ。破損していてもおかしくはない。
チャーリーは海面に目を凝らし、爪を一閃させた。魚がコンテナの上に打ち上げられた。
「女将、この魚は本物か?」
「ニャー」
美食ロボとチャーリーは一匹の魚を分け合って齧りついた。
——浅草、ゲームスタジオ・クロノス事務所。
見た目メカメカしいロボットの
「どうしたのかしら、FORT蘭丸君」
隣の席の
「ウウウ、お家が木っ端微塵ニなってしまったんデス!」
「あらあら」
それを聞いて黒乃は青ざめた。先日オサゲパスが暴走した時にFORT蘭丸のコンテナハウス付近が戦場となり、マッチョメイドにぶん投げられてしまったのだ。
「悪かったって。だからアイザック・アシモ風太郎先生に頼んで直してもらっているでしょ。元はといえばあのポンコツロボットが諸悪の根源だからね」
黒乃の切断されたおさげを復活させようと、
浅草寺に奉納されていた元々の黒乃のおさげ『オサゲカリバー』を使うことにより、からくもオサゲパスを封印することに成功したのだ。
「……クロ社長。ダブルおさげ似合ってる」
「うへへ、フォト子ちゃん。見る目あるねえ」
黒乃の隣の席から声をかけてきたのは影山フォトン。子供っぽい見た目のお絵描きロボットだ。青いロングヘアが時々七色に煌めいている。
「シャチョサン〜、ここのハウスに住まわせてくれて、サンクスァロ〜ット」
「いいよ、ルビー。気にしないで」
フォトンを膝の上に乗せている銀髪のムチムチお姉さんは、FORT蘭丸のマスターであるアメリカ人のルビー・アーラン・ハスケルだ。凄腕のプログラマーである。
自宅のコンテナハウスが使えないので、この事務所に退避してきたのだ。
「さあ、皆さん! お昼ができましたよ!」メル子が台所から元気よく声をかけた。
「女将サン! 待っていまシタ!」
FORT蘭丸は勢いよく立ち上がった。
——太平洋。
コンテナが浸水しているようだ。海面が近づいてきている。
「なんだこのコンテナは! よくもこんなコンテナをこの美食ロボの前に出したな! こんなコンテナで太平洋が渡れるか、不愉快だ!」
「ニャー」
チャーリーが足元を爪で引っ掻いている。
「ほう、通気口か。女将、この通気口は本物か?」
美食ロボは歪んだ通気口の蓋を力を込めて引っ張った。蓋は簡単に外れたが、中は暗くて見えない。するとチャーリーは目を光らせながらその穴に飛び込んでいった。
——ゲームスタジオ・クロノス事務所。
「みんなおはよう! あれ〜? FORT蘭丸は?」
「先輩、ルビーさんとFORT蘭丸君は二階でまだ寝ていますよ」
「フォト子ちゃん!」
「……なに?」
「叩き起こしてきて!」
——太平洋。
「女将、この缶詰が最後か?」
「ニャー……」
美食ロボとチャーリーはコンテナの上に横になっていた。もう起き上がる気力もない。
このコンテナの中身は食品や家具、機械、雑貨であった。チャーリーが通風口から中に侵入し、食べられるものはないか散々漁った。しかし海水の浸食によりほぼ全滅。残っていたのはいくらかの缶詰だけであった。
その缶詰もこのサバ缶が最後だ。
「サバ缶はサバを最も不味く食べる料理だ」
美食ロボはチャーリーの前にサバ缶を差し出した。
——ゲームスタジオ・クロノス事務所。
「全員揃ったな!?」
朝から黒乃の叫び声が事務所内に轟いた。
「……声がでかい」
「シャチョー! 朝からナンデスか!?」
「はい! 皆さん! ご主人様のお話をよく聞いてください!」
メル子は手を叩いて皆を制した。黒乃はかしこまって咳払いをした。
「以前から立案していたあの企画がまとまりました!」
「……あの企画?」
「シャチョー! ナンの企画デスか!?」
黒乃は椅子から立ち上がり、ものすごい形相で告げた。
「合宿じゃい! 合宿の場所と日程が決まったんじゃい!」
「イヤァー! また合宿デスか!?」
「……この前行ったばっかり」
「先輩、次はどこに行くのですか?」
最初の合宿は山中湖へキャンプ、二回目の合宿は月へ宇宙旅行、三回目は……!?
「太平洋に浮かぶ無人島でサバイバルじゃい!」
——太平洋。
美食ロボとチャーリーはコンテナの上で水平線の彼方を見つめた。もう食料は尽きた。ロボットなので海水から真水を生成する機能を備えてはいるが、それももう限界のようだ。
もはや水平線を見つめることしかやることがない。この数日間、嵐に遭うこともなく大波に飲まれることもなく生きてこられただけでも
揺らめく海面から照らされる太陽の光が目を刺激する。その光の断片に紛れて薄らとした影が見えた。
「女将、あの島は本物か?」
——隅田川、浅草・二天門船着場。
ゲームスタジオ・クロノス一行は船着場で船を待っていた。全員無人島に行くとは思えない軽装である。
「みんな準備はいいな!?」
「先輩、ばっちりです」
「シャチョー! ナゼかルビーも来ちゃったんデスけど!?」
「たまにはだーりんとバカンスをはばふぁ〜ん」
「……船酔いしないか心配」
隅田川の上流からやってきたのは豪華クルーザー『うみねこ丸』だ。
一行は目を輝かせて船に乗り込んだ。
「ええ!? 女将サンが操縦していたんデスか!?」
AI高校メイド科を卒業すると船舶免許を取得できるのである。
「……なんでこんなにすごい船を借りられたの」
「アイザック・アシモ風太郎先生のご提供です! ご主人様が浅草工場に乗り込んでレンタルを取り付けてきました! 装備は全て船に積んであるのでご心配なく!」
「センセイ、可哀想!」
——太平洋。
美食ロボとチャーリーは最後の力を振り絞って海を泳いでいた。
コンテナが沈むのを覚悟で扉を開け、中から浮かぶものを探したのだ。幸い木箱が見つかった。それに掴まりバタ足で進む。
もう島は目の前だ。二人は必死に泳いだ。陸に近づくほど波も強くなる。頭から波を被り溺れかけた。それでも二人は進む。
一際大きな波が二人を飲み込んだ……。
——豪華クルーザー『うみねこ丸』。
「ガハハハハ! 見てよこの見渡す限りの大海原を!」
「先輩、最高の景色です」
黒乃はデッキでマンゴーラッシーを飲みながら寛いでいた。
「……見て、カモメがこんなに近くに」
「フォト子チャン! それはカモメじゃあなくてウミネコデス!」
「……キモいから名前で呼ばないで」
「ご主人様! 気持ちがいいですね!」
メル子も船の舵を握りながら豪華な船旅に酔いしれた。
「ガハハ! 最高だね。お? 島が見えてきたな。あれが無人島かな?」
その時、海底から噴き上がるマグマのような煮えたぎった声が聞こえてきた。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」
水平線の彼方からやってきたのは黒乃達の船よりさらに大きい超豪華なクルーザー『ストレングス』だ。
「オーホホホホ! そんな小舟でどこに行かれますのー!?」
「どかないと踏み潰しますでございますわよー!」
「「オーホホホホ!」」
「まさかの無人島被り!?」
船の海底レーダーに反応があった。大きな四角い物体が前方に沈んでいるようだ。
二隻の船は同時に舵を切った。しかも同じ方向に。船は激しくぶつかり合い、木っ端微塵になり吹っ飛んだ。
こうして地獄のサバイバル合宿が幕を開けた。
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