第224話 復活のおさげです! その二
隅田川に掛かる橋の下。寒風が吹き荒ぶその場所で黒乃は一人震えていた。昨晩ボロアパートを飛び出し、散々浅草の町を徘徊したのち辿り着いたのがここであった。
黒乃は自分の体を取り巻く黒い帯を呪った。それは
黒乃は自分の体を取り巻く黒い帯を恨んだ。昨晩は寒さに凍えて危うく動けなくなるところであったが、オサゲパスが体に巻きつき体温を保ってくれたのだ。しかしこの帯は自分の意思で動かすことはできない。制御ができないのだ。
だから昨晩メル子を傷つける羽目になってしまった。ちょっとした感情の揺らぎによりオサゲパスが暴走し、メル子を締め上げてしまったのだ。黒乃は床に倒れて自分を見つめるメル子の目にぞっとした。今はあの視線を思い出すだけで恐ろしい。
「うう……寒い。メル子。どうしてるかなあ。会いたい……お腹減った」
しかし今会うわけにはいかない。再びオサゲパスが暴走したら次はどうなってしまうのかわからない。ついさっき突然ロボット猫が現れたことに驚き、オサゲパスが触手を伸ばして捕まえかけたのだ。慌ててロボット猫を追い払ったことでことなきを得た。
「ご主人様……」
その聞き慣れた声に黒乃は震えあがった。気がつくと青いメイド服を着たメイドロボが橋の下のフェンスの向こうに立っていた。
「メル子……!」
「ご主人様、探しました」
オサゲパスがゆらゆらと触手を伸ばし始めた。メル子を抱きしめたくてしょうがないようだ。黒乃も同じ気持ちである。必死になってその衝動を抑えた。
「どうしてここがわかったの?」
「皆さん家出すると大体ここに来ますから」
ここはボロアパートからほど近い隅田川に掛かる橋だ。触手を使い散々浅草中を飛び回った末になぜかここに辿り着いた。
「ご主人様、ボロアパートに帰りましょう」
黒乃はメル子の目を見て怯えた。
「帰れないよ。またメル子を危険な目にあわせちゃうから」
黒乃が怯えているのはメル子の目に恐れや恨み憐れみなどの暗い光を一切感じないからである。その機械仕掛けの眼球に宿る光はただ一つ『愛』だ。
だからこそ黒乃は怯えてしまった。
「皆さんがなんとかしようと走り回ってくれています。なんとかなります。さあ帰りましょう」
メル子がフェンス越しに手を伸ばした。その小さな可愛い手を見て触手達が暴れ出した。
「うわぁぁぁああああ!」
オサゲパスの触手が橋桁の底に走るパイプを掴み、黒乃の体を持ち上げた。そのまま勢いをつけて飛び上がると、隅田川を走っている水上バスに飛び移りそのまま川を下っていった。
「ご主人様ぁぁぁあああ!」
その頃、時計の柄の黒い和風メイド服を着たメイドロボは浅草寺にいた。その腕には小熊ロボが抱えられている。
二人は仲見世通りを抜けた先にある豪華絢爛な宝蔵門に登った。
「ありました。これですね!」
「ぶぶぶぶぶぶ!」
金髪Aカップのメイドロボ、黒メル子とワトニーは目の前のガラスケースに手をかけた。
東京湾にそそぐ隅田川の河口。そのコンテナが数多く積まれた倉庫街に一行は勢揃いしていた。
今回の元凶とも言える職人ロボのアイザック・アシモ風太郎。戦闘要員としてマッチョマスター、マッチョメイド、ゴリラロボ。情報担当のルビー・アーラン・ハスケル、FORT蘭丸。ビジュアル要員のマリーとアンテロッテ。賑やかし要員の美食ロボとチャーリー。
「皆サン! 黒乃サンハ、コノ倉庫街ノ、ドコカニ隠レテイマス!」
既にルビーとFORT蘭丸のハッキングによって、監視カメラの映像などから居場所は絞られている。
「黒乃サンヲ、見ツケ出シテ、コノ『抑制ナノマシン』ヲ、注入シマス! 効クカドウカハ、ワカリマセン!」
なんとも頼りない作戦である。一行に不安がよぎったが弱音を吐いてもいられない。
「やはり作戦の指揮ができる人がいないと……」
メル子は歯痒い思いで作戦の実行の時を待った。
「わぁ〜ぉ、メル子〜」
乱れ放題の銀髪にムチムチボディのルビーがメル子にピッタリとくっついてきた。アメリカンな香りにメル子は一瞬目を回した。
「このコンテナにぃ〜、シャチョさんいずぜぁ〜」
ルビーのデバイスに映っているのはコンテナの中で震えている黒乃だった。
一行は静かに忍び寄りそのコンテナを取り囲んだ。
「黒乃サンハ、オサゲパスノ制御ガ、デキテイマセン! ダカラ説得ハ、通用シマセン! 無理矢理ナノマシンヲ、注入シテクダサイ!」
一行はナノマシンのシリンダーを手に持ちコンテナににじり寄った。すると中から黒い触手が現れ、近くにあった廃車を掴んだ。ものすごいパワーで持ち上げるとそれをメル子達の方へ放り投げてきた。
マッチョメイドが車を受け止めた。その隙にマッチョマスターがコンテナに走りより蹴りを炸裂させた。たまらず中から本体が躍り出てきた。
「みんな逃げて〜! ええい! 止まれこのポンコツおさげ!」
黒乃は叫んだ。言葉とは裏腹にオサゲパスの触手が四方八方に広がり、皆を捕らえようとする。
速攻で美食ロボとチャーリーが捕まり、東京湾へ放り投げられた。アンテロッテがクサカリ・ブレードで触手を切り裂くも、次から次へと伸びてきてキリがない。
「痛たたたたた! アン子、痛いからそれやめて!」
「我慢なさいましー!」
マッチョマスター、マッチョメイド、ゴリラロボが先頭に立ち奮戦するも、変幻自在の触手に三人のパワーは相性が悪いようだ。絡みついた触手が彼らの動きを鈍くさせている。
それでも三人は怯まずに立ち向かっていった。疲労したゴリラロボが一瞬の隙をつかれ触手に絡め取られた。そして遥か彼方に投げ飛ばされてしまった。
ルビーとFORT蘭丸は周囲の重機をハッキングして黒乃に向かわせた。しかし無人の重機ではいかにも頼りない。
コンテナの影から一発の銃弾が発射された。それは的確に黒乃の首筋に命中した。抑制ナノマシン弾だ。
「命中しましたのー!」
「お嬢様は射撃のジュニアチャンピオンですのよー!」
狙撃したのはマリーであった。抑制ナノマシンを注入された黒乃は動きを止めて苦しんでいる。その隙にマッチョコンビが襲いかかる。オサゲパスも力を振り絞り、一層激しく触手を振り回した。
「効きませんのー!」
「万事急須。緑茶はさっと淹れるのがコツですのー!」
勢いを増した触手が一行に迫る。
「ご主人様ーーー!!!」
その時、二つの影が黒乃に襲いかかった。それに驚き、触手は二人を追い回した。圧倒的な速さに触手も追いきれないようだ。
「黒乃山! しっかりしろ!」
「落ち着いてオサゲパスを制御するのです。あなたならできます!」
現れたのは褐色肌にショートの黒髪が麗しいマヒナと、ナース服をベースにしたメイド服で褐色肌を包んでいるメイドロボのノエノエであった。
「マヒナさん!? ノエ子さん!?」
メル子は驚愕の顔で二人を見つめた。月にいるはずの二人が今ここにいる。
「黒乃山、相変わらず君は面白いことをやっているね」
「月を救ってくれた借りをお返しします」
「マッチョメイド! コンテナを投げろ!」
マヒナの指示で前衛組がコンテナを掴んで投げ始めた。オサゲパスはそれを巧みに避けるが、積まれたコンテナに行く手を遮られ動きが鈍った。
「イヤァー! 我が家を投げないデ!」
「マリー! これを使いなさい!」
ノエノエが投げてよこしたのは『ロボットM82』という大口径のセミオート式狙撃銃である。
「でかすぎますのー!」
「対物ライフルですのー!」
マヒナの指揮の元、一行は着実にオサゲパスを追い込んでいった。しかしオサゲパスは最後の力を振り絞って全方位に触手を展開させた。それによりマヒナ、ノエノエ、マッチョマスター、マッチョメイドは囚われてしまった。
「絶体絶命ですのー!」
「おピンチですのー!」
「ゴリラロボ! あのコンテナを投げろ!」
走って戻ってきたゴリラロボがコンテナを掴み投げた。だがそれもあっさりと触手で受け止められてしまった。
コンテナの扉が開いた。その中から現れたのは黒いメイド服を着た貧乳メイドロボであった。その手には切断されたおさげが握られていた。
「ご主人様! これで正気に戻ってください!」
「黒メル子!?」
驚愕する黒乃にしがみつくと、手に持ったおさげを黒乃の後頭部へくっつけようとした。しかしそれもすんでのところで及ばす、黒メル子は触手に絡め取られてしまった。手からおさげが弾き飛ばされた。
「メル子! あれは浅草寺に奉納されていた切断されたおさげだ!」
マヒナは叫んだ。
「あれは奉納式により邪が払われ、お参りに来る人々の聖なる心を取り込んだ言わば聖遺物。名付けて『オサゲカリバー』!」
「オサゲカリバー!?」
「聖なるオサゲカリバーにより、悪なるオサゲパスを中和し、鎮めるんだ! 走れメル子!」
「全く意味がわからない理論ですが、わかりました!」
メル子は地面に落ちたオサゲカリバーを目指して走った。しかし遠すぎる。先に触手に拾われてしまう。その時、空を切るなにかが見えた。
「ワトニー!?」
青と白の宇宙服を纏った小熊ロボのワトニーは、背中のプロペラで華麗に触手を掻い潜りオサゲカリバーを拾い上げた。
「すごいです、ワトニー!」
メル子はワトニーからオサゲカリバーを受け取ると黒乃を目指して走った。
「ご主人様は、私が守ります!」
メル子は跳んだ。黒乃にしがみつきオサゲカリバーを後頭部へ引っ付ける。
「うわぁあああ! メル子ー!」
「ご主人様ー!」
二本のおさげから強烈な光が放出された。断末魔のような音と共に黒乃達は光に飲み込まれた。静けさが訪れ、光が収まった時には戦いは終わっていた。
「メル子……」
「ご主人様……」
二人は見つめ合った。もう視線を逸らす必要はない。黒乃は真っ向からその愛を受け止めた。オサゲパスから伸びた触手は消え失せていた。一行は立ち上がり黒乃とメル子の元へと集まった。
二人は抱き合い、いつまでも泣いた。その様子を皆温かい目で見守った。
こうしてオサゲパスはオサゲカリバーとメル子の愛によって封印された。沈む太陽が二本のおさげを赤く照らし祝福した。
「女将、ここは本物の太平洋か?」
「ニャー」
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