第223話 復活のおさげです! その一
黒乃は横になり、床に置かれたプチ小汚い部屋のミニチュアハウスを覗き込んでいた。
機嫌が良さそうに洗濯物を畳むプチメル子と、なにもせず床に寝転ぶプチ黒。
「お前はいいなあ〜、おさげがあってさ」
黒乃はプチ黒の後頭部のおさげを指で摘んでいじった。プチ黒は迷惑そうにその指を払いのけた。
大欠伸をしながら後頭部へ手をやった。いつもはあるはずのものがないというのはなんとも寂しいものである。
黒乃のおさげは以前メル子が誤って切り落としてしまったのだ。そしておさげに隠れ潜んでいたローション生命体『ソラリス』が復活。ボロアパートを量子状態にしてしまったのだった。
「また伸びるまで何年かかることやら」
するとボロアパートの階段を駆け上る音が聞こえてきた。もはや足音だけで愛しのメイドロボを見分けられるようになった黒乃は、扉が開かれるのをワクワクしながら待った。
「ご主人様! 大変です!」
メル子は扉を勢いよく開けるなり叫んだ。
「またロボットが川辺で倒れているんでしょ?」
「違いますよ!」
メル子は呼吸を整えると黒乃の目を見つめて言った。
「おさげが復活するかもしれません!」
「まじで!?」
——
翌朝、赤い壁の巨大なロボット工場に黒乃達はやって来ていた。
「オ二人共、オ待チシテ、オリマシタ」
黒乃とメル子を出迎えたのは職人ロボのアイザック・アシモ風太郎だ。
「先生! おさげが復活するって本当ですか!?」
「本当デス。八又産業ノ、科学力ノ結晶ヲ、オ見セシマショウ」
三人は真っ白い通路を歩き、工場の奥へと進んだ。重厚な金属製の扉が待ち構えていた。アイザック・アシモ風太郎は扉の横のコンソールにパスコードを入力した。
「エート、
「この工場のセキュリティ大丈夫?」
低い音を立てて扉が開き、一行は中へと入った。そこは複雑な装置が並んだ部屋であった。その中心部には天井と床から伸びる柱に支えられた透明なケースが鎮座していた。
黒乃とメル子はそのケースに近寄って中身を確認した。
「うわっ!? おさげだ!」
「おさげが浮いています!」
ケースの中に入っていたのは黒いおさげであった。満たされた液体の中で静かに漂っている。
「ねえ!? これ浅草寺に奉納されているやつじゃないよね!?」
「ゴ心配ナク、別物デス。コレハ、ナノテクヲ駆使シテ作ラレタ、ナノオサゲ、名付ケテ『オサゲパス』デス!」
「ネーミングがクソダサいです!」
アイザック・アシモ風太郎はベルトがたくさんついた椅子に座るように黒乃を促した。黒乃は恐る恐るその座席に着いた。
「ねえ、先生。前の千切れたおさげをくっつけようとクサカリ・インダストリアルの人が頑張ったんだけど、くっつかなかったんだよ。今回は大丈夫なの!?」
「アレハ、オサゲノ中ニ、ソラリスガ封印サレテイタノデ、ナノマシンガ、制御デキナカッタヨウデス。今回ハ、大丈夫デス」
黒乃はベルトで座席に固定された。
「なんか怖い!」
「ご主人様! 頑張ってください!」
金属製のアームが動き、黒乃に透明なヘルメットを被せた。中に伸びたチューブを咥えるように指示をされた。するとヘルメットの中に液体が注ぎ込まれた。
「もがもがもが!?」
「呼吸ヲ、楽ニ、シテクダサイ」
オサゲパスが入ったケースをアームが掴み、ヘルメットのコネクタに接続した。すると蛇のようにオサゲパスがうねり、ケースからヘルメット側へと泳いで移動した。
「もがが!?」
「おさげが動いています! キモイです!」
オサゲパスはヘルメットの中を泳ぎ回り、黒乃の顔を撫で回した。やがて自分が収まる場所と納得したのか、黒乃の後頭部へと吸い付いた。
「ほげほげほげ!」
「くっついた! おさげがくっつきました!」
ヘルメットから液体が排出された。その液体は全て黒乃の白ティーにかかり、全身をびしょ濡れにした。
「とんでもない排水機構です!」
アームが黒乃の頭からヘルメットを剥ぎ取った。びしょ濡れの後頭部に見事オサゲパスがくっついていた。陸に上がった魚のようにピチピチと尾を震わせていた。
「ゲホゲホ! どうなったの!? くっついた!?」
「くっつきました!」
黒乃は椅子から解放されると床にへたり込んだ。しばらく咳き込んだあと、後頭部に手をやりオサゲパスを確認した。
「ああああ、ある! おさげがある!」
「おさげがあります!」
「成功デス!」
三人は飽きるまで万歳を繰り返した。
浅草工場からの帰り道、黒乃はひたすらオサゲパスをいじくり回していた。
「いやあ、まさかこんなに早くおさげが復活するとはなあ」
「科学万歳ですね!」
頭にしっくりとくる重み、背中に触れる感触、歩くたびに左右に動く重心。全てが懐かしい。黒乃は上機嫌で浅草の町を闊歩した。
すると買い物帰りのお嬢様たちと出くわした。
「あら、黒乃さんとメル子ですの」
「ご機嫌ようですの」
「ハッハッハ」
「ワロてますの」
黒乃はお嬢様たちの前でくるりと回転してみせた。マリーとアンテロッテはそれを口を開けて眺めた。
「なにをしていますの?」
「気が付かない? ほらほら?」
頭を揺らし、オサゲパスを右へ左へ振り子のように揺らした。
「おさげがどうかしましたの?」
「珍しくもなんともございませんわ」
黒乃はプルプルと肩を震わせた。
「おさげが復活しているの見てなんとも思わないの!!!?」
「うるさいですの」
「町中で大声を出すのはやめてほしいですの」
すると突然オサゲパスが動き出した。スルスルと伸びてマリーの縦ロールに絡みついた。
「ぎゃーですのー!」
「お嬢様ー!」
「うわわわ!? なにこれなにこれ!?」
「オサゲパスが動いています!」
メル子とアンテロッテは慌てて絡みついたオサゲパスと縦ロールを引き離した。
「人喰いおさげですわー!」マリーは震えあがった。
「お嬢様、逃げますわよー!」
二人はボロアパートの方角へ走って消えた。黒乃とメル子は立ち尽くしてそれを見送った。
ボロアパートの小汚い部屋。
二人は床に座り念入りにオサゲパスを観察していた。
「さっきのはなんだったんだろう?」
「今は動いていませんね……」
黒乃は頭を振ってオサゲパスをブンブンと振り回してみた。特になんの反応もない。
「先生が言うには、オサゲパスが馴染んで制御できるようになるまで数日かかるそうです」
「おさげの制御ってなによ」
アイザック・アシモ風太郎に連絡をとり、明日また工場で検査をすることにした。
夕食後、メル子は鼻歌を歌いながら食器を洗っていた。黒乃はその楽しそうな後ろ姿を床に横になって眺めた。
「痛ッ!」
メル子が叫び声をあげた。
「え? どうしたの?」黒乃は上半身を起こして心配した。
「お皿が割れてしまいました。破片で指を切りました」
「大丈夫!?」
黒乃は押し入れからクーラーボックスのようなメンテナンスキットを引っ張り出し、中から補修用ナノペーストを取り出した。銀色に輝くドロリとした液体がシリンダーの中に入っている。
「ほらほら、指出して」
「はい」
メル子の人差し指にシリンダーから絞り出したナノペーストを塗りつける。あとは上から絆創膏を貼るだけだ。
「これでよし」
「ありがとうございます。これで明日には傷口は塞がっていると思います」
「いやあ、びっくりしたよ。たいしたことなくてよかった〜」
黒乃は床に横になってプチ小汚い部屋を覗き込んだ。するとプチ達が床にうずくまって震えているのを発見した。
「んん? どうした?」
指で二人をつついてみるものの、動こうとしない。
「きゃあ!」
再びメル子の叫び声がした。
「今度はなんだ!?」
黒乃は顔を上げると信じられないものを見た。黒いなにかが最愛のメイドロボに絡みついているのだ。
「なにこれ!?」
それは髪の毛であった。黒乃のオサゲパスから伸びた髪の毛がメル子を縛り上げている。よく見ると髪の毛は床を這い回り、部屋中へと伸びていた。
髪の毛は触手のようにメル子の首、胸、手足を縛り上げていた。特に念入りに
「もがが! ご主人様!」
「メル子ォォオオ!」
メル子を助けに走ろうとしたが、オサゲパスがタコの足のように本体を空中に持ち上げてしまった。必死に手足をばたつかせたが空を切るだけで進むことができない。
「ぎゃーですのー!」
「なんですのこれー!」
どうやらオサゲパスの触手は下の階にも届いているようだ。バタバタと音が聞こえ扉が叩かれた。
「なにをしていますのー!?」
「マリー! アン子! 助けてー!」
次の瞬間、扉が真っ二つに切り裂かれていた。手の甲から迸る光る剣を携えてアンテロッテが部屋に侵入してきた。
「一体何事ですのー!?」
「助けてー!」
アンテロッテは光る剣を一閃させた。部屋中に這い回っている触手が真っ二つに切り裂かれた。クサカリ・インダストリアル製のロボットに搭載されているクサカリ・ブレードである。ついでに部屋の中の色々なものが真っ二つになった。
「ぐわあああああ! 痛たたたたたた!」
黒乃は床に転がってのたうち回った。切断された髪の毛を通して痛覚を刺激されたのだ。
しかし黒乃もメル子もこれで触手から解放された。
「これはどういうことですのー!?」
「黒乃様ごと空間歪曲によって暗黒空間におさらばさせた方がよろしいんですのー!?」
「はわわはわわ」
黒乃はメル子を見た。床に横たわりぐったりとしている。ようやく顔を上げたメル子は黒乃を見つめた。黒乃はその視線を受け止めきれなくなった。
「うわぁぁぁぁあああああ!」
再びオサゲパスが伸びた。器用に錠を捻り、窓を開けた。そして黒乃の体を持ち上げると、窓をぶち破って外に飛び出していった。
「わざわざ窓を開けたのに、ガラスをぶち破って出ていきましたわー!」
「開けた意味がございませんわー!」
オサゲパスは伸びた髪の毛を器用に使い、民家の屋根伝いに黒乃を運んだ。そして暗闇の中へと消えていった。
「ご主人様ーーーー!!!!」
メル子は窓に駆け寄り浅草の夜空に向かって叫んだ。
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