第221話 ロボット展覧会です!

 夕食後のティータイム。

 メル子はテーブルの上に一通の封筒を差し出した。それを見るとみるみるうちに黒乃の目が輝き出した。


「ようやく届いたのね!」

「なにが届いたのでしょうか?」


 黒乃は無造作に指で封筒をちぎって振ると、中から二枚の紙切れが舞い落ちた。メル子はその一枚を手に取り読み上げた。


「『東京ロボット展覧会招待状』と書いてあります。東京と名がついているのに千葉でやるあれですね!」

「あ、違う。そっちはご主人様のだ」


 黒乃は慌ててメル子の手からチケットを奪い取った。


「ご主人様のと私のでチケットが違うのですか?」

「え? いやいやいや? 違わないけど」


 メル子はじっとりとした目で黒乃を睨んだ。黒乃は嬉しそうな顔で紅茶を飲み干した。



 ——東京ロボット展覧会当日。


「うひょー! すごい人だ!」

「大盛況です!」


 ここは幕張メッセ。千葉県の美浜にある日本最大級のコンベンション施設だ。浅草からは電車で八十分程の旅となる。潮風が吹きつける海辺の展示場だ。

 

 『東京ロボット展覧会』

 世界のロボットシェア五割を占める日本のロボットメーカーが主催する総合展示会である。年に一回開催され、毎年二十万人を超える来場者を誇る。


「人ごみが苦手なご主人様が随分と嬉しそうですね」

「そりゃそうだよ! 私の原点とも言えるイベントだもん」


 黒乃は幼少期に父黒太郎くろたろうに連れられて幕張にやってきたことがある。そこで生まれて初めてメイドロボを見て一目惚れしたのだ。

 それ以降の彼女の人生は皆さんがご存知の通りだ。


 黒乃は展示ホールへと繋がる通路を進んだ。


「あれ? ご主人様。入場者の列はあちらですが」

「いいのいいの。我々はこっちなの」


 数百人が並ぶ一般来場者向けの列ではなく、スタッフが二人だけで対応している小さな列に並んだ。


「関係者エントランス? 我々は関係者なのですか?」

「まあまあまあ、さあ入場だよ! 存分に楽しもうじゃないか!」

「はあ」


 チケットを渡し、いよいよ展示ホールへと足を踏み入れた。その瞬間、猛烈な熱気が二人を包み込んだ。


「すごい! 広いです! 浅草工場の展覧会とは規模が違います!」

「ひょー! この雰囲気!」


 階下の会場は大小様々な展示スペースで区切られ、それぞれに人が群がっている。通路には人がひしめき合い、仲見世通りを彷彿とさせた。大きなブースには大勢のロボットが並び、小さなブースではロボットと子供達が触れ合っている。

 煌びやかな照明、天井まで届く巨大バルーン、スクリーンに映し出されたプロモーション映像。最新技術の粋を集めた科学の祭典である。


「あ〜、子供の頃を思い出すなあ〜」

「ご主人様は来たことがあるのですか?」

「子供の頃に父ちゃんと一回ね。妹達は小さすぎてお留守番だったなあ。鏡乃みらのは生まれてたっけな?」


 エスカレーターを降り、展示フロアへと入った。あまりの人口密度のため、二人は手を繋いで歩いた。


「ご主人様! 見てください! お料理ロボですよ!」


 メル子が指を差したブースからいい香りが漂ってきていた。調理設備の前ではお料理ロボット達が楽しそうに調理をしている。

 メル子は駆け寄ってその手際をうっとりと眺めた。


「この方は八又産業の新型A2-CKG-2500です! 腕にブレンダー機能を搭載していて、ペペロンチーノを楽に乳化できます!」

「よお! メル子ちゃん! いらっしゃい!」

「クッキン五郎さん!? どうしてここに!?」


 陽気なイタリア人っぽいロボットが声をかけてきた。メル子の仲見世通りの出店のオーナー、クッキン五郎である。


「おう! ボディを新型に換装したから試運転してるんだよ!」

「なにか前も同じセリフを聞いた気がします! 浅草工場の展覧会にもいましたよね!?」


 二人はクッキン五郎の料理を味わった。


「ご主人様! 次いきましょう! 早く!」

「すっかり展覧会を楽しんでいるな」


 メル子は黒乃の手を引っ張って歩き出した。次に向かったのはアーティストロボのブースだ。大勢のロボット達が水彩画を描き、像を掘り、書を書いている。


「ほえ〜、さすがロボット。絵の精細さがすごいな。写真みたいだ」

「こちらの書も大迫力です!」

「……いらっしゃい、メル子ちゃん」


 声をかけてきたのは青いロングヘアの子供タイプのロボットだ。


「フォト子ちゃん!? なぜフォト子ちゃんがここにいますか!?」

「……アルバイト」


 フォトンは大きな筆を持ち振るった。筆が躍動し、力強い文字が紙面に現れる。


「……できた」


『お乳揺れ 右へ左へ 羽撃てば いつかこぼるる ながめせしまに』


「また下ネタです!」



 次にやってきたのは格闘技ブースだ。リングの上では二体のタイキックロボが戦いを繰り広げている。リングを取り囲んだ観客が大歓声をあげていた。


「ほえ〜、迫力あるなあ」

「次リングに上がるのは新型の消力シャオリーロボですね。相手がどんなに馬鹿力でも全ての攻撃を無力化できるそうです」


 消力ロボがリングに上がった。その反対側からリングに現れたのはゴスロリメイド服を纏った巨大なボディのメイドロボであった。


「マッチョメイドじゃん!?」

「どうしてマッチョメイドがいるのですか!?」

「おで アルバイト きた」


 ゴングの音と共にマッチョメイドはパンチを繰り出した。消力ロボは究極の脱力でそれを迎え撃った。当然マッチョメイドのパンチには通用せず、リングの外までぶっ飛んだ消力ロボはバルーンの上で昼寝をするハメになった。


「まあ、こうなるわな……。てかマッチョメイドは格闘ロボじゃなくてメイドロボじゃろ……」



 次に訪れたのは学者ロボブースだ。各分野の著名学者ロボとお話ができる。


「ほっほ、メル子ちゃん」


 椅子に座った老人が話しかけてきた。乱れた白髪を後ろに撫でつけ、同じく白い口髭を蓄えた小柄な老人のロボットだ。


「アインシュ太郎さん!」

「ひゃひゃひゃ! 久しぶりじゃの」


 黒乃は首を捻って訝しんだ。


「どなたでしたっけ?」

「ご主人様! お忘れですか? 私の出店の共同出資者であるアインシュ太郎博士ですよ! 一緒にゲームで遊んだこともあるではないですか」

「そうだっけ?」


 アルベルト・アインシュ太郎。理論物理学ロボットだ。

 二人も博士のテーブルに着いた。


「博士は今はなんの研究をされていますか!?」

「ほっほ、相対性理論と言いたいところじゃが、今はもっぱらこれじゃよ」


 博士はポケットから球体を取り出した。透明なガラス製で、内部に空間があるのがわかる。


「綺麗ですけど、なんでしょうかこれは?」メル子は球体を手に取って眺めた。

「その中には『星』が入っておるんじゃよ」

「星ですか? なにも見えませんが」


 メル子は玉をこねくりまわして四方八方から眺めたがなにも見つからなかった。


「どれどれ、ご主人様にも見せて」


 黒乃はガラス玉を受け取り、中を覗き込んだ。すると星型の物体が浮いているのが見えた。


「なんだ、あるじゃんよ。きれい〜」

「見せてください! 本当ですね。さっきはなかったのですが。これが博士の研究ですか!?」


 アインシュ太郎はプルプルと震える手でガラス玉を受け取った。


「ひゃひゃひゃ! もうこの研究は終わりじゃ! メル子ちゃんまた今度ゲームで遊んでくれるかの?」

「あ、はい。もちろんですが……」


 博士は席を立つとブースの奥へと引っ込んでいった。二人はそれを口を開けて見送った。


「やっぱ学者ロボって変わり者が多いな〜」

「ですね」



 黒乃達は一旦休憩をとることにした。会場の外にある野外フードコートで焼きそばを購入した。


「この焼きそば、バカ高いわりに具が入っていないな……」

「ですね……」


 テンションガタ落ちの二人だったが、気を取り直して会場に戻った。

 アイドルロボブース、宇宙ロボブース、プチロボットブースを巡り、最後に今日のメイン、メイドロボブースへと向かった。


「きたきた、きましたよ! メイドロボブース!」

「まあ、これが目的ですよね」


 ブースでは様々なメイドロボが出迎えてくれた。

 クサカリ・インダストリアルのA2-OMA-8700、八又産業のA2-CMS-5100、イズモ研究所のA2-Mroid-THOUSAND。最新型が勢揃いしている。


「ふわわ、ふわわ」


 黒乃の目が少年のように輝いた。幼き頃の自分が脳裏にフラッシュバックした。

 メイドロボ達は来場者達に紅茶を振る舞っている。黒乃はその優雅な動作にうっとりと見惚れながらメル子の手をひいてブースのキッチンの中に立たせた。


「あれ? ご主人様? なぜ私が中に入るのでしょうか?」

「え? なぜってメル子は来場者ではなくて展示品だからだよ」

「展示品とは?」

「いや、メル子は去年生まれたばっかりの割と最新型だからさ。展示品として申し込んだんだけど」

「ちょっと言っている意味がわかりませんが……」


 メル子の顔が青くなり、プルプルと震え出した。


「展示品として申し込むと、そのマスターは入場無料なんだよね。アルバイト代も出るから頑張って働いてちょうだい」


 そういうと黒乃はくるりと後ろを向いて逃げ出した。


「ご主人様ー!!!」


 素早く人ごみに紛れようとした瞬間、一人のメイドロボが声をかけてきた。


「お嬢様、よろしければ紅茶を召し上がっていってくださいな」

「え? お嬢様?」


 黒乃はキョロキョロと辺りを見渡した。


「そこの小さなお嬢様、どうぞこちらへ」


 声をかけてきたのは華やかな衣装と太陽のような笑顔のメイドロボだ。彼女を見た瞬間、黒乃の目から涙が溢れ出してきた。

 言われるがままにテーブルに着いた。そのメイドロボは美しく優雅な振る舞いでカップに紅茶を注いでくれた。


「さあ小さなお嬢様。どうぞお召し上がりください」


 黒乃は震える手でカップを手に取った。涙が一滴紅色の水面に落ちた。


「あの時の……メイドさん!」


 幼少期、黒乃が初めて訪れた展覧会で初めて見たメイドロボ。彼女はその頃と全く変わらぬ姿でそこに立っていた。


「私のことを覚えていてくれたんですか!?」


 メイドロボは優しい笑顔を黒乃に向けた。


「覚えていますとも。約束しましたものね。自分も大きくなったらメイドロボを買うと。自慢のメイドロボを見せにくると」


 黒乃はすっかりそのことを忘れていた。あまりにも遠い記憶。子供の当てにならない約束。だがそれは幼い黒乃の心の奥深くに刻み込まれていたのだ。

 黒乃は泣きながら紅茶を飲んだ。


「ううっ、うう。メイドさん、私頑張りました。頑張ってメル子を手に入れました! うおっ、うおっ!」

「ご主人様! なにをしてくれていますか!」


 そこにティーセットを乗せたトレイを持ったメル子が現れた。


「なぜ私がここで働かないと……どうして泣いているのですか!?」


 メル子は慌てて黒乃の顔をハンカチで拭った。


「うおおおおっ! うおっ! メル子〜!」

「ちょっと、恥ずかしいから泣かないでください!」


 ご主人様とメイドロボの声は巨大な会場の喧騒の中へと紛れていった。

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