第213話 ラーメン大好きメル子さんです! その七
浅草寺宝蔵門。
雷門を抜け仲見世通りを進むと現れる豪華絢爛な建築物。中央の三門にはそれぞれ大提灯が掛けられ、左右には威風堂々とした仁王像が参拝者を見守っている。
現在その門の楼上が一般に開放されていた。
「うわわわ、なんでこんなに人がいるの!?」
「大盛況です!」
黒乃とメル子の目の前にはガラスケースに収められた『おさげ』が鎮座していた。先日の断髪式で奉納された黒乃のおさげである。メル子が誤って切り落としてしまった大事なおさげである。
大勢の観光客が詰めかけ、黒乃のおさげに手を合わせて拝んでいる。
「この人達これがなんだかわかって拝んでるの!?」
「わかりません……」
黒乃のおさげにはローション生命体『ソラリス』が封印されていた。メル子によって切断されたことにより封印から解き放たれたソラリスがボロアパートで増殖。量子状態になっていた隅田川博士の研究所を取り込み、量子ローションへと進化しようとしていたのだ。しかしその企みは黒乃達の活躍により阻止された。
その後、切断されたおさげは念入りな検査が施され、無害であることが確認された。どうやら坊主達の法力により、おさげ側に潜んでいたソラリスは浄化されたようだ。
黒乃とメル子も参拝客に混じっておさげに手を合わせた。
「さあ、ご主人様! おさげ参りも終わりましたし、ラーメンを食べに行きましょうよ!」
「そうだね。大事のあとだから、もうご主人様のとっておきのお店に連れていってあげちゃうよ」
「やりました!」
二人はスキップをしながら浅草駅へ突入した。
——
東京都大田区と品川区を結ぶ東急池上線の小さな駅。
「やってきました、蓮沼!」
「下町感のある場所ですね」
碁盤目状に区切られた一大住宅地。駅前にも関わらず閑静という言葉が似合う地域。
「ご主人様! 今日はどのようなラーメンを食べますか!?」
「ふふふ、今日はご主人様がトップクラスに好きなラーメンをご紹介しよう」
「楽しみです!」
駅から徒歩数分。あっという間に店の前に到着した。
「さあ! ここが今回食べるお店。その名も『ロボディアン』!」
「ここですね!」
店の前にはボードが立てかけられていた。
『本日臨時休業いたします』
「……」
「……」
——後日。
蓮沼駅。東京都大田区と品川区を結ぶ東急池上線の小さな駅。
「ご主人様! 今日はどのようなラーメンを食べますか!?」
「ふふふ、今日はご主人様がトップクラスに好きなラーメンをご紹介しよう」
「楽しみです!」
駅から徒歩数分。あっという間に店の前に到着した。
「さあ! ここが今回食べるお店。その名も『ロボディアン』!」
「ここですね!」
店の前にはボードが立てかけられていた。
『本日臨時休業いたします』
「……」
「……」
(実話)
——後日。
池上駅。東京都大田区と品川区を結ぶ東急池上線のそれなりの大きさの駅。
「さあ! ここが今回食べるお店。その名も『ロボディアン』!」
「ここですね!」
店の前の大きな看板にはこう書かれていた。
『ロボ田流古式カレーライス』
「カレーライス!? 今日はカレーライスを食べるのですか!? 話が違います!」
「ふふふ、驚くのも無理はない。このロボディアンはカレーとラーメンのお店なのだ」
「ふっ」
メル子はついつい口から息を漏らした。
「ワロてるけど」
「いえいえ、失礼しました。ちょっと可笑しくて」
「なにが可笑しいのかな?」
メル子は言うべきか言わざるべきか、ちょっと迷ったのち口を開いた。
「いえ、カレーとラーメンは合わないですよ」
「ほう? なぜかな?」
「だってカレーのスパイシーな味わいに繊細な味わいのラーメンが負けてしまいますもの。釣り合いが取れません」
「ふっ」
「ワロてますが」
黒乃は店の扉を開けた。そしてその背中で語った。
「メル子は今日、その常識が覆されることになる」
扉を開けた途端、強烈なカレーの香りがなだれ出てきた。カウンターが三席、テーブルが二つの小さな店舗。二人はテーブル席に座った。
メル子はヒソヒソと話し始めた。
「ご主人様、カレーとラーメンのセットなんて珍しいですね。フードコートなんかにはありますけど」
「確かに、専門店でカレーとラーメンを同格に扱う店は聞いたことないね」
店の中はやはりカレーのスパイスの香りで満たされていた。ラーメン屋の香りはまるでしない。
「じゃあ今日は焼豚ラーメンとカレーセットいこうか」
「はい! しかしフルサイズの焼豚ラーメンとカレーライスで1350円は安すぎませんか?」
「昨今のチャーシュー麺は千円越えが当たり前になってきているからね。そう考えるとかなり安いね」
黒乃はオーダーを通すとしばし待った。
「テーブルの上には福神漬けとらっきょうのケースがあります。どうみてもカレー屋さんです。本当にラーメンが出てくるのですか?」
すると店長が丼を二杯テーブルに運んできた。
「早いです! もう来ました!」
「きたきたきた!」
メル子はテーブルの上に置かれた丼を見て仰天した。
「え!? 塩ラーメン!? 塩ラーメンなのですか!?」
「もちろんそうだよ」
「塩ラーメンでは味が繊細すぎて、ますますカレーに負けてしまいますよ!」
「ふふふ、それはどうかな」
黒乃達は改めて丼を見つめた。
透明な黄金色のスープに色白の麺、大判チャーシューが三枚、ほうれん草、メンマ、ネギ、焦がしネギ。丼一杯にそれぞれが慎ましく、いや大胆に鎮座していた。
「ふわ〜、綺麗です」
「見てよこのビジュアル。芸術だよ。スープの透明度が高すぎて、最初空中にチャーシューが浮いていると思っちゃったからね」
「それは言いすぎですが」
二人はレンゲでスープをすくった。光り輝く水面に描かれる油の水玉模様。うっとりしながら口に含んだ。
「あ〜」
「あ〜」
二人は恍惚の表情になった。味のついた高原の湧き水が清流となって喉を通り抜けた。
「やさし〜い」
「とげとげしさが一切ないクリアな味わいです。しかし決して薄くはありません。塩加減と爽やかさが満足感の最大公約数を満たしています」
続いてチャーシューに齧り付いた。
「うほっ、これこれ。食べ応えのあるお肉ちゃん」
「肉厚で噛み応えがありますが、柔らかいです。そしてこの味付け。中華料理屋のチャーシューに近いです」
「ラーメン屋によくある甘いタイプのチャーシューではなくて、塩辛いタイプのものね。あっさりスープには塩分高めのチャーシューがベストマッチだよ」
するとテーブルにカレーが運ばれてきた。
「きたぁ!」
「来ました……ええ!?」
メル子はカレーの皿を見てまたもや仰天した。
「黒い! カレーが真っ黒です! どういうことですか!? ちょっと店長! 出てきてください! カレーが焦げています! 店長!」
黒乃は慌ててメル子をなだめた。
「こらこら、落ち着きなさい。これは焦げているんじゃないよ」
「ハァハァ、そうなのですか。失礼しました」
カレー皿の上には真っ黒なルー。そのルーの海には真っ白なライスが島のように浮いていた。ライス島に漂着したかのようなゴロリとした肉が二つ。それ以外は波一つ立たぬ凪の海だ。
「ご主人様、これは一体どういうカレーなのですか」
「これがロボ田流古式カレーライス。正直どういうものなのかはご主人様にもわからん。食べて感じるしかない」
「はい……」
スプーンを手に取ると真っ黒なルーと真っ白なライスを乗せ口に運んだ。
「うわっ、なんですかこれ!? 苦い!」
「うーむ、苦い。しかしコクがすごい」
二人はもう一口口に運んだ。
「苦い!」
「苦いです!」
不思議なカレーを食べた二人に湧き上がってくる感覚。どうしようもない『とある』衝動が襲いかかってきた。
「スープ! なにかスープが欲しいです!」
「無性にスープが飲みたくなる。塩分強めのスープを」
「はっ! なるほど! そういうことですか!」
二人は金属のスプーンから陶器のレンゲに持ち替えると、塩ラーメンのスープを夢中になってすすった。
「美味しい! さっきの何倍もスープが美味しいです!」
「これだよ、これこれ! このカレーのあとのスープこそがこの店の醍醐味なんだよ! 塩辛いスープを飲んだあとはまたビターなものが食べたくなる!」
二人はカレーを食べた。スープを飲んだ。カレーを食べた。スープを飲んだ。無限のスパイラルに陥った。
「わかりました! この異常にビターでコクが強いカレーはともすれば『強すぎる』のです! しかしその強さを優しく受け止めてくれる存在がすぐ側にあるのです!」
「そう、優しいラーメンのスープこそが癒しのオアシスなのだ。一見すると強烈なカレーに繊細な塩ラーメンはミスマッチのように思える。その実、二人はタイプは違えどベストフレンド。お互いがお互いを引き立てあっているんだ。ウッチャンに対するナンチャンのようにね」
黒乃とメル子はラーメンとカレーをあっという間に完食した。
「「ふ〜!」」
黒乃は会計を済ませると聞いた。
「蓮沼の方の店舗は最近やってないんですか?」
「あ、経営が別々なんですよ」
「??? あ、はい」
二人は寒空の下に躍り出た。しかしカレーのスパイスと熱々スープによって体は南国だ。
「いやー、ご主人様。驚きました」
「ほう」
「全然違う二つが組み合わさった時に、これほどの大きな力を発揮するとは思いもしませんでした。まさに完璧なコンビでした」
黒乃はニヤリと笑った。それを見てメル子はきょとんとした。
「ふふっ、私とメル子みたいにね」
「……はい!」
メル子は黒乃の腕に自分の腕を絡ませると駅に向けて歩き出した。身も心も熱々の二人であった。
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