第211話 ボロアパートです! その三
ローション生命体『ソラリス』。
ロボローションに含まれるナノマシンが暴走し知性を得た未知の生命体。使われずに捨てられたロボローションの怨念を宿した魔王。
黒乃はそんな恐ろしい相手と戦わなくてはならないのだ。
「なんで私達が戦わないといけないの!?」
「無理ですよ!」
黒乃とメル子はくってかかった。
「ワシは見ておった。お主達とソラリスの邂逅を」
禿頭に大きな丸い鼻の
「お主達がソラリスを倒すのを見ておった。お主達にしかできないことなのじゃ」
かつてソラリスは黒乃のボロアパートに出現した。ボロアパートを覆いつくし住人を窮地に陥れたが、ハンターナノマシンによって一旦は駆除された。
その後、浅草で行われたイベント『
しかし、からくも救世主アニーと救世主マリエットによってその野望は阻止されたのであった。
「それがなんで今になって現れたのさ!?」
「ソラリスは倒されたはずです!」
隅田川博士は大きく息を吐いた。「これも運命なのやもしれん……」
「どういうこと!?」
「ソラリスは滅んではいなかったのじゃ。駆除されたと思っていた奴の欠片は、お主のおさげに封印されていたのじゃ!」
黒乃とメル子は衝撃を受けた。言葉を発するのを忘れ、二人は手を握り合った。
「奴はお主のおさげの中で人類に復讐を果たすその時を待っておったのじゃ。そしてその時は来た……」
メル子は肩をプルプルと振るわせた。その不安と後悔が手を通して黒乃に伝わってきた。
「では……私がおさげを切り落としてしまったのがきっかけでソラリスは復活してしまったということなのでしょうか」
「言ってしまえばそうじゃ。しかしそうでなくても、いずれ蘇る時が来たじゃろう」
黒乃は震えるメル子の手を強く握りしめた。
「隅田川博士、私は戦うよ」
「ご主人様!?」
黒乃は一歩進み出た。メル子はその横顔を見上げた。これまで幾度も見た生命力溢れる瞳。陰キャに有り得べからざる陽の気に満ちた眼光。それを見たメル子も覚悟を決めた。
「私も戦います!」
「よくぞ言うた二人とも」
——研究所中心部『スフィアロトロン』。
隅田川博士が開発した世界唯一の球状粒子加速器。素粒子の秘密を解き明かす素粒子物理学の生地にして聖地。
その偉大なる装置の前に黒乃とメル子はいた。背中には大きなタンクを背負っている。
『二人とも準備はいいかな?』
インカムから隅田川博士の声が聞こえた。
「このスフィアロトロンとかいう装置の中に
『そうじゃ。ソラリスの目的は量子人間である紅子を媒体とした自身の量子状態への移行。スフィアロトロンによって自分自身を量子ローションにしようとしているのじゃ』
「量子ローション!?」
『ワシの計算ではスフィアロトロン内部のローションが全て量子状態になった場合、この地球全てがローション雲に覆われてしまうことになる』
「ローション雲!?」
『そうなればソラリスは自身のマスター観測者としての権限を使い、地球上のどこへでもローション雨を降らせることが可能になるのじゃ』
「ローション雨!?」
「謎の単語の連発で話が頭に入ってきません!」
スフィアロトロンが起動する前になんとしてでもソラリスを止めなくてはならない。
『マスター権限を奪われたワシにはスフィアロトロンを止めることはできん。人類の命運はお主達に託したぞい』
「よっしよっし、やってやらー!」
「ご主人様! 生きて帰りましょう!」
黒乃はスフィアロトロンの扉をこじ開けた。
巨大な球状の部屋。その底の部分に二人は侵入した。床はロボローションで覆われている。視線を上げれば球の中心部にロボローションに包まれた紅子が浮いているのが見えた。
「いた! あれだ!」
「紅子ちゃん!」
『来たか……
「誰が貧乳じゃい」
紅子の声が聞こえた。しかし紅子の意思で喋っているのではない。ソラリスによって操られているのだ。
「紅子は無事なのか!? 紅子を返せ!」
『心配するな。お前らもまとめて量子状態にしてやる』
床のロボローションが盛り上がり、いくつもの柱を作った。それは次第に人の形に変化していった。意思を持ったかのように動き歩き出した。
「うわわわわ! マッチョメイドだ!」
「こちらにはゴリラロボもいます!」
ソラリスはロボットをコピーするという能力を持っているのだ。ローション人形は黒乃達に襲いかかった。
しかし二人はもちろんそれに備えていた。背中のタンクから伸びるノズルを構えるとローション人形に向けて液体を発射した。その液体を食らったローション人形はたちまち形を失い、床に溶けていった。
「どうだ! ハンターナノマシンだぞ! お前の弱点だ!」
二人は迫り来るマッチョメイドとゴリラロボを次々と溶かしていった。
「俺もいるぜ!」後から現れたお隣さんの
『さすがは
「その呼び方やめて!?」
「ご主人様! このままコアを叩きましょう!」
コアはもちろん紅子を覆っているロボローションである。二人はそこに狙いを定めた。
『甘いわ……』
突然紅子が苦しみ始めた。大きく口を開けたかと思うとその口の中にロボローションが吸い込まれていった。全てのロボローションを吸いつくした紅子はドプンとローションの池に落下した。
「しょうがない! 紅子ごと撃って!」
「はい!」
床の紅子に向けてハンターナノマシンを乱射した。それは確かに命中した。紅子は立ち上がり、こちらに向けて歩き出した。
「効いていない!? 博士! ハンターナノマシンが効いていないよ!」
『紅子の体の中に入り込んでいるからじゃ! これではハンターナノマシンは効かんぞい!』
紅子は床を滑るように動くと、黒乃を体当たりで吹っ飛ばした。黒乃は壁に叩きつけられ、背中のタンクが砕け散った。
「ぎゅぽあー!」
「ご主人様ー!」
続いてメル子の腕を掴むと捻りあげた。床に組み伏せ、背中からタンクをもぎ取った。
「メル子を離すにょろー!」
黒乃山のぶちかましが紅子に炸裂した。しかし紅子はいとも簡単にそれを受け止めた。腕を掴み振り回すと、黒乃は再び壁に叩きつけられた。
「ダメだ、強すぎる! 万策尽きたー!」
『フハハハハハハ! ロボローションでお前も操ってくれるわ!』
紅子が大きく口を開けた。その中からうねるロボローションが見えた。
「メル子ー!」
ロボローションがメル子に襲いかかろうとしたその瞬間、メル子の
「今です! プチご主人様! プチメル子!」
二体のプチロボットは飛び上がり紅子の口の中へと侵入した。
『ウゴゴゴゴ! なんだこれは!?』
プチロボット達は口の中でハンターナノマシン銃を撃ちまくった。紅子は床に倒れると、のたうち回って苦しみ始めた。
『ウゴゴゴゴゴゴゴ! まさか、また私がやられるというのか!?』
「大人しく眠れ! ソラリス!」
『やられん……ただではやられんぞおおお!』
スフィアロトロンが震え出した。球形の壁面を一筋の光が走った。
「なんだ!?」
『これはいかんぞい!』
光の筋は幾本にも増え、次第に壁面全体を覆い始めた。
『スフィアロトロンが起動しておる! このままではお主達も量子状態になってしまうぞい!』
「ええ!? 博士止めて!」
『マスター権限がないから無理じゃ!』
光が全てを覆い始めた。黒乃は手探りでメル子を探し当てると力一杯抱きしめた。
「ご主人様ー!」
「メル子ー!」
全てが光に包まれた。
——光の中。
黒乃とメル子は手を繋いでいた。その手の感触以外は何も感じない。体は光と一体化し、自分と世界の境目が消えていくのがわかった。
「これが量子状態になるってことなのかな……」
黒乃はつぶやいた。声は出なかったがメル子にはその響きが伝わった。
「なにも見えません。なにも感じません。……でもご主人様がそばにいるというのはわかります」
「私もメル子がそばにいるのがわかるよ」
二人はしばらく光の中を泳ぐ感触を楽しんだ。
「きっとソラリスは倒したよね」
「はい、地球は救われました」
「みんなは無事だよね」
「はい、みんな元気に暮らせると思います」
頭の中まで光が浸透してきた。
「このままメル子と光になって暮らすのも悪くないかな」
「はい……ご主人様と一緒ならどこだって幸せです」
脳が発するパルスが光の周波数と同期していく。この世界から二人の存在が消えようとしていた……。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
光が収縮を始めた。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
世界のパルスと黒乃のパルスとメル子のパルスが分離を始めた。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ご主人様、この声は!」
「お嬢様たち!?」
「オーホホホホ! お待たせいたしましたわー!」
「オーホホホホ! ご主人様チャンネル、隅田川研究所から生配信でございますわよー!」
「マリー!?」
「アン子さん!?」
光の中から金髪縦ロールのお嬢様たちが現れた。シャルルペローの童話に出てくるお姫様のようなドレスを纏った二人。
『ここどこだよwww』
『相変わらずよくわからんことやってるなw』
『メル蔵ー!』
『¥9000。これで現実に帰ってきて』
二人の登場により黒乃達の電子雲は完全に収縮した。研究所は消え失せ、元のボロアパートが出現した。
「黒男さん、大勢の視聴者が見ておりますわよー!」
「今日の配信も大盛況ですわえー!」
「「オーホホホホ!」」
黒乃とメル子はボロアパートの駐車場に転がっていた。呆然と辺りを見回した。いつもの景色。いつもの浅草。いつものボロアパート。
「帰ってきた……」
「帰ってきました!」
黒乃とメル子は抱き合った。
『おめ〜』
『また地球を救ったぽいなwww』
『こいつらいつも地球を救ってるな』
『おつかれちゃーんwww』
二人は抱き合って泣いた。雲間から光が差し込み、二人の勝利を祝福した。
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