第204話 プチロボットを観察します!
仕事終わりの夕方、黒乃はボロアパートの小汚い部屋の床に寝そべり、プチ小汚い部屋を眺めていた。
「こいつ相変わらず動かないな」
床に置かれたプチ小汚い部屋ことミニチュアハウスの中には、一体の小さなロボットが床に寝そべっていた。
この手のひらサイズで三頭身のロボットは『プチロボット』だ。
「おい、プチ黒。動け動け」
黒乃は白ティー丸メガネ黒髪おさげのロボットを指でつんつんとつついた。プチ黒は面倒くさそうにその指を払った。
「ねえ、メル子」
「なんでしょうか」
「プチ黒のやつが全く動かないんだけど、これ故障かな?」
その言葉を聞き、メル子は夕食の準備の手を止めてプルプルと震えた。
「いえ……故障ではないかと」
「じゃあなんで動かないのよ?」
「それよりも! プチメル子の様子はいかがでしょうか?」
黒乃はプチ小汚い部屋のバスルームに目を走らせた。バスルームはプライバシーの観点から天井がついており、上から覗くことはできない。
「風呂入ってるね。どれ、天井を取ってみようか」
「ぎゃあ! やめてください!」
しかし黒乃はお構いなしに天井を外した。するとすっぽんぽんのプチメル子がバスタブにスッポリとはまっているのが見えた。バスタブにはお湯は入っていない。
「あ、入浴中でしたか。これは失礼」
上から覗かれているのに気がついたプチメル子は手を振り回して抗議をした。慌てて黒乃は天井を閉じた。
しばらくするとプチメル子は脱衣所に出てきて、緑の和風メイド服に着替えた。
「すげー、ちゃんと着せ替えもできるんだな、プチロボットって」
「もちろんですよ! それが醍醐味ですから」
「でも緑のメイド服なんてあったっけ? 最初来た時は青いメイド服だったよね?」
プチメル子は緑の和風メイド服の裾をふりふりさせて楽しそうに踊っている。
「はい! 昨日工場へ行ってもらってきました!」
「へ〜。いや〜可愛いなあ」
プチメル子は夕食の準備を始めたようだ。冷蔵庫から固形ナノペーストを取り出すと鍋に入れてコンロに置いた。しかし火は出ない。
「ねえ」
「はい」
「プチ黒は着せ替えできないの?」
「え!?」
プチ黒は相変わらず床に寝転んで微動だにしない。
「一応、できますが……ついでにプチご主人様用の着替えももらってありますので」
「おー! 気が利くねえ」
黒乃は床に寝そべるプチ黒をつまむと脱衣所に置いた。しかしそれでも動こうとしないので、指でおケツを弾くとようやく服を脱ぎ始めた。
「ほれほれ、お前も風呂に入って新しい服に着替えろ」
プチ黒がバスルームに入りしばらく時間が経過した。全く動きがないのでバスルームの天井を外すとバスタブの中で寝転がるプチ黒が見えた。
「なにしてんじゃこいつ」
『どっこいしょ』
プチ黒は唸り声をあげてバスタブから這い出た。
「喋ったぁぁぁあああああ!?」
「うるさいです!」
するとプチ黒は脱衣所に積まれた新衣装に着替え始めた。
「お! 着替えてる! プチ黒が着替えてるよ!」
「あ……はい」
着替えが完了した。脱衣所から出てきたのは白ティー丸メガネ黒髪おさげのプチ黒であった。
「あの、メル子」
「はい」
「前と変わらないんだけど」
「ですね」
プチ黒は再び床に寝転がった。
「なんで変わらないの?」
「リアルを完全再現しているからですね」
「どういうこと?」
「え!?」
「いくらご主人様だって女子なんだからさ。一応おしゃれには気をつかっているわけよ」
「え!?」
「白ティーにも着こなしがあるわけだしさ。これじゃあ完全再現とはいえないよ」
メル子は青ざめた顔で言った。
「ではそれをレポートしておきますので……バージョンアップで改善されるでしょう」
「頼むよほんと」
夕食が出来上がった。本日のメニューはベネズエラの伝統料理パベジョン・クリオージョだ。ライス、牛肉の煮込み、黒豆の煮込み、揚げたバナナが一つの皿に乗る。
「うひょー! 美味そう!」
「どうぞ召し上がれ」
「もぐもぐ、美味い! どれも素朴な味だなあ。沁み入るよ。そしてこの甘いバナナをどうやって食べるのか悩む。そこがまたいい」
ふとミニチュアハウスを見るとプチ達もテーブルにつき食事をしようとしているようだ。先程鍋に入れた固形ナノペーストは室温で液体に戻っている。それを皿によそいプチ黒に差し出した。プチ黒はそれをガツガツと食べ始めた。
「こらこら、プチメル子の皿の準備が整うまで待ちなさいよ」
「がっついていますね」
プチメル子はぷんぷんと怒りながら自分の皿へナノペーストをよそった。そしてその皿をテーブルに置こうとした時、手が滑り皿を床にぶちまけてしまった。
「あ〜あ、やっちゃったな」
「大変です!」
プチメル子は床に広がったナノペーストを雑巾で拭き取り始めた。それが終わるとようやくテーブルについた。
しかしもう鍋のナノペーストは空である。プチメル子の食べる分がない。
「ナノペーストを追加しませんと!」メル子は慌てて自分の冷蔵庫に走ろうとした。
「いや、待って」
プチ黒は自分の皿をプチメル子に差し出した。プチメル子は呆気に取られた表情でプチ黒を見た。プチ黒は頷いた。
プチ達は仲良く一つの皿を分け合ってナノペーストを食べた。
「おお」
「さすがプチご主人様です!」
夕食後はプチ達のトレーニングの時間である。
以前マリーとアンテロッテのプチ達、通称『プチドロイド』と勝負をしたことがあったのだ。マリーのプチ『プチマリ』、アンテロッテのプチ『プチアン子』。そのどちらにも無惨な敗北を喫してしまった。
そしてプチ達はリベンジを誓ったのだった。そのためのトレーニングである。
メル子はテーブルの上にミニチュアバーベルを置いた。するとプチメル子はそれを一生懸命持ち上げようとした。
「頑張ってください、プチメル子!」
黒乃はボールペンを振り回している。そのボールペンの先には紐が結ばれており、さらにその先端にはなにやら布がつけられている。プチ黒はその布を追いかけ回しているようだ。
「ご主人様、それはなにをしていますか?」
「ああ、ランニングだよ」
「いえ、その先端についているものは……」
「プチメル子のパンツだね」
「なにをしていますか!」
プチ黒はパンツを追いかけてテーブル中を走り回っている。
「だってこうしないとこいつ全く運動しないんだもん」
メル子は天を仰いだ。
次はサンドバッグ打ちだ。ミニチュアサンドバッグを指で吊るしてプチメル子の前に差し出すと、軽快なステップを踏んで打ち始めた。
「いいですよ、プチメル子! そうです! えぐりこむように! 打つべし! 打つべし! ん? ご主人様、そちらはなにをしていますか?」
「寝技の訓練だね」
プチ黒は何かにしがみついて地面に転がっている。それはよく見るとプチ布団を丸めて青いメイド服を着せた人形であった。
「なにをしていますか!?」
「こうしないとトレーニングしないんだよ、こいつ」
プチ達は一通りのトレーニングを終えてテーブルの上に転がった。疲労で動けないようだ。
「お疲れ様です、プチメル子!」
「いや〜、今日も頑張ったね」
黒乃はプチ黒のお腹を指でグリグリ押した。プチ黒は面倒くさそうにその指を払いのけた。
その時、突如としてテーブルに黒い物体が現れた。一瞬四人はそれがなんなのか理解できずに呆然と見つめた。
「ぎゃああああああああああああ!」
メル子は椅子ごと後ろにひっくり返った。流し台に頭を打ちつけて派手に床に転がった。
「ぎゃああああ! 出ました! ゴキブリロボです! ぎゃあああああ!」
「メル子、大丈夫!?」
出現したゴキブリロボはテーブルの上を走り回っている。卓上のプチメル子もそれを見て恐怖で硬直してしまっているようだ。
「ぎゃああああ! 助けて! ご主人様、助けて! ぎゃあああああ!」
メル子はテーブルの下を潜り抜けると黒乃の足にしがみついた。
「あ、こら。離しなさい。危ないから」
「ぎゃあ! ぎゃあ!」
ゴキブリロボはテーブルを散々走り回ったあと、プチメル子に狙いを定めた。それを見たプチメル子は床に伏せて逃れようとした。ゴキブリロボは一直線にプチメル子に向けて突進した。
手のひらサイズのプチ達の大きさからすると、それはイノシシが突進してくるかのような迫力であった。
「ぎゃあ! プチメル子! 逃げてください!」
「ちょっと、メル子離して!」
プチメル子は恐怖のあまり動けない。万事休すかと思われたその時、プチメル子とゴキブリロボの間にプチ黒が立ちはだかった。
「プチ黒!?」
プチ黒は腰を落としてがっぷり四つの体勢をとった。そしてその突進を全身で受け止めた。
「止めた!? プチご主人様がゴキブリロボのぶちかましを止めました!」
ゴキブリロボに腕を回し、必殺の構えに入った。
「出ました! ご主人様の必殺技『さば折り』です!」
『ふんふんふん!』
プチ黒はゴキブリロボを締め上げた。細い手足をバタつかせて逃げ出そうともがくが、そのうちその動きも止んだ。
「ああ! ゴキブリロボがおとなしくなった!」
ゴキブリロボはテーブルの上で伏せた。触手でプチ黒の体をまさぐる。プチ黒はゴキブリロボの光沢のある肌を優しく撫でた。
「これは!? 『更生』です! ゴキブリロボが更生をしました!」
プチ黒はゴキブリロボに跨った。そしてその羽根を広げて羽ばたいた。
「凱旋飛行だ! ゴキブリロボとのコンビならばプチマリ達にも勝てるぞ!」
「ぎゃああああああ! そんな勝利はいりません! ぎゃああああ!」
メル子は部屋の窓を開けた。ゴキブリロボとそれに跨ったプチ黒は窓から大空へ向けて飛び立った。
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