第194話 プチお嬢様です!
「ご主人様! 見てください!」
メル子が熱心に覗き込んでいるのは、黒乃達の部屋を完全再現したプチ小汚い部屋だ。床に置かれたそのミニチュアハウスに二体の小さなロボットが暮らしていた。
「おお、プチメル子が起きたね」
手のひらサイズの『プチロボット』はAIを搭載した完全自律型のロボットである。
三頭身の愛くるしいボディに青い和風メイド服を着たプチメル子は布団から這い出ると、隣で寝ているプチ黒を転がして布団から追い出した。丁寧に畳んで押し入れにしまった。
「プチご主人様は起きませんね」
「まあ起きても寝転がっているだけなんだけどね」
プチメル子は早速キッチンでフライパンを振り始めた。まだAIが充分学習していないせいかフライパンの中身は空である。
しかしとても楽しそうに料理をするプチメル子の姿に二人はトロけた。
「ご主人様、今日はプチ達を連れて外に遊びにいきましょう」
「ええ!?」
——隅田公園。
隅田川を挟むようにして広がる浅草憩いの公園。二月の寒い季節とはいえ休日の昼は癒しを求める人々で溢れていた。
「おお、さむさむ」
「寒いです!」
黒乃は頭の上にプチ黒を乗せていた。脳天で呑気に寝そべりケツをぽりぽりとかいている。
「ねえ、プチロボットは外に出しても大丈夫なの?」
「平気ですよ! プチと一緒にお出掛けするとAIの学習が促進されるのです!」
「ほえ〜」
プチメル子はメル子の胸の谷間にいた。寒がりなのか体の半分をお乳に埋もれさせて震えていた。
「この子とんでもないところにいるな。羨ましい」
「ここが一番クッションになりますので安全なのです」
「なるほど、じゃあプチ黒もお邪魔しようかな」
黒乃は頭の上のプチ黒を指で摘むと、メル子の胸の上に置いた。するとプチ黒はその谷間に頭を突っ込んだ。
「ぎゃあ! なにをしますか!」
メル子はプチ黒の足を摘んで谷間から引き抜いた。逆さ吊りになったプチ黒の頭をプチメル子が何度も撫でた。
一行は公園のテーブル席に着いた。周囲を見渡すとこの寒空の下でシートを広げてランチを楽しんでいる家族連れも見受けられる。
「ではご主人様、ランチにしましょうか」
「いいね」
メル子は持ってきた包みをテーブルに置き広げた。今日のランチはコロンビアのアレパである。アレパはとうもろこしの粉で作った薄焼きパンで、チーズ、バナナ、肉をこれでもかと挟んで食べる。
メル子はベンチに仰向けになりヘソにアレパを乗せた。
「ふぬぬぬぬ!」
「出た! メル子の必殺ジェット!」
ヘソの上のアレパから香ばしい香りが立ち昇ってきた。
更にメル子はヘソで湯を沸かすとカップに紅茶を淹れ始めた。
黒乃はミニチュアハウスから拝借してきたテーブルと椅子を置いた。その上にミニチュアティーセットを乗せた。
するとプチメル子が椅子に座りティーセットを弄りだした。
「お、プチメル子も紅茶を淹れるつもりだぞ」
プチ黒は相変わらず床に寝そべってケツをかいている。
「こら、お前も働け」
「ご主人様を完コピしています」
プチメル子はミニチュアティーポットを持ち上げた。しかし中に何も入っていないことに腹を立てたのか、椅子から立ち上がると黒乃の紅茶が入った巨大なカップを持ち上げようとした。
「あ! 危ないです!」
しかしプチ黒がすぐに走り寄り、それを制した。椅子に連れ戻されたプチメル子は渋々空のティーポットからお茶を注いだ。
「意外とちゃんと見ているんだな」
「さすがプチご主人様です!」
アレパと紅茶の準備が整った。ホカホカのリッチなランチである。
「美味そう! そういえばプチ達ってご飯は食べないの?」
「残念ながら食料を燃料に変換するバイオプラントは備えていません。しかしナノマシンは必要ですので食べさせてみましょうか」
メル子は小さなシリンダーからミニチュアティーポットにナノペーストを注入した。それを見たプチメル子は大喜びでティーポットからカップにナノペーストを注いだ。
するとプチ黒とプチメル子は美味しそうに小さなカップからナノマシンの液体を飲んだ。
「飲んでる!」
「飲んでいます!」
黒乃達はしばし寛ぎの時間を過ごした。昼を回り、陽射しが強く照りつけ寒さで強張った体もほぐれてきた。
「いや〜、たまにはこういうのもいいね」
「本当ですね……」
しかしその時、川の底から湧き出るヘドロのような声が隅田公園に響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」
公園の茂みの中から金髪縦ロール、シャルルペローの童話に出てきそうなドレスを纏った二人組が現れた。
「オーホホホホ! ずいぶんと小さくなられましたのねー!」
「オーホホホホ! 踏み潰してしまいそうですわー!」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様たちであった。
「いやいや、これはプチロボットだから。そういえばもう風邪はいいのかい」
「お風邪なんてひいていませんことよー!」
「お嬢様がお風邪なんてありえませんわー!」
「嫌な記憶はメモリからデリートされています!」
マリーはテーブルの上のプチ達をまじまじと覗き込んだ。
「まあお可愛いプチですこと」
「お、マリーもプチ知ってるんだ」
マリーとアンテロッテはニヤリと笑った。マリーは手を二回叩いた。するとアンテロッテが巨大な城型のミニチュアハウスをドスンとテーブルの上に置いた。
「うわ、なんだこのお城!」
その衝撃でプチ黒とプチメル子のテーブルが浮かび上がり、二人は椅子から転げ落ちた。
「あら、ごめんあそばせー!」
そしてそのプチ城の城門が開き、中から二体の小さなロボットが堂々と現れ出でた。
「え!? うそでしょ!?」
「ご主人様! これは!?」
城門から出てきたのは二体のお嬢様であった。金髪縦ロール、シャルルペロードレスのプチマリとプチアン子である。
「うわ、すげえ! プチお嬢様だ!」
「わたくし達もプチ化しましたのよー!」
「プチまで被せないでください!」
プチお嬢様たちは口元に手をあて、背筋を反らして高笑いをした。『『オーホホホホ!』』
「喋った!?」
「凄いです! もうそこまで学習したのですか!?」
高笑いをするプチお嬢様たちに怯えて、プチ黒達は抱き合って震えている。
「こら! プチ黒! お前もビビっていないでなにか喋れ!」
「ご主人様、無理ですよ! いきなりは喋れません!」
『おっぱい』
「喋ったぁぁぁあ!」
プチお嬢様たちはプチ黒達の前でティータイムを始めた。ホットナノペーストを優雅に啜っている。
「うわー、すっげぇ。このプチロボットもよくできてるわあ」
「ご主人様、プチロボットは
マリーは勝ち誇った表情を見せた。
「この子達はクサカリ・インダストリアルが製作した『プチドロイド』シリーズですのよー!」
「企画まで被せてきています!」
するとプチマリがプチアン子の腰にしがみついて甘えだした。プチアン子は金髪縦ロールを優しく撫でた。
「ぷぷぷ、アン子に甘えてやんの。プチもデカも甘えん坊さんだねえ」
「あああああ、甘えていませんわよー!」
マリーは顔を真っ赤にして抗議をした。黒乃とメル子は手で口を押さえて笑うのをこらえた。
「ぷぷぷ」
「ぷぷぷぷ」
「なにを笑っていますのー!」
「お嬢様に対する侮辱ですわー!」
マリーはテーブルに長方形の台を叩きつけた。これはピストと呼ばれるフェンシングの闘技場だ。
「これで決闘ですのよー!」
——第一試合、プチメル子VSプチマリ。
二人はプロテクターで体を覆った。手に持っているのはエペと呼ばれる試合用の剣だ。細い刀身に丸いカップ型の鍔がついている。突きのみで戦う競技で、剣先が相手の全身のどこかに触れればポイントとなる。
「プチメル子! 相手はちびっ子ですよ! 楽勝です!」
プチメル子はエペをブンブンと振り回して威嚇をした。
「オーホホホホ! お嬢様はおフランスでフェンシングのジュニアチャンピオンでしたのよー!」
プチマリは剣を胸元で水平に構えて微動だにしない。一撃必殺の技を狙っているようだ。
「アレ!」マリーの合図で戦いが始まった。
プチメル子は目にも止まらない連続突きを見舞った。しかしプチマリは反応しない。その全てが虚の突きであることを見抜いていたのだ。プチマリは実の突きを待った。
「プチメル子! 今です!」
プチメル子は飛んだ。上空から襲いかかる作戦だ。正午の陽射しが目眩しとなりプチマリは顔を伏せた。
「やりました! 勝ちです!」
プチマリは目を閉じた。光ではなく空気の流れを肌で、いや心で感じ取った。
プチマリが剣を一閃させるとそれは見事にプチメル子の胴体を射抜いた。
「プチメル子ー!」
「まさか心眼を使うとはなあ……」
——第二試合、プチ黒VSプチアン子。
プチ黒はしっかりと二本の足で競技台に立ち腰を落とした。そしてエペを『担いだ』。
「プチ黒……あれをやる気か!?」
「プチアン子ー! 勝ってくださいましー!」
プチメル子とプチマリは競技台の横で応援をしている。
「アレ!」試合が始まった。
プチ黒はエペを担いだままジリジリとすり足で距離を詰めた。それに対しプチアン子は剣先を足の指で挟んで刀身を大きくしならせた。
「これは!? そうです! 剣をしならせてパワーを貯め、一気に解き放つことで光速で突きを繰り出す『無明プチ流れ』です!」
プチ黒の動きが止まった。これ以上進めないようだ。プチアン子の技に死角はない。二人の体は硬直した。
「プチ黒ー! やれー!」
先に動いたのはプチ黒だった。
担いだ剣を大きく振った。しかしその剣はすっぽ抜けてあらぬ方向へ飛んでいった。その方向にいたのは……。
「プチマリー!」
飛んだ剣はプチマリの足元に突き刺さった。それに気を取られたプチアン子は無明プチ流れを暴発させてしまった。剣先が大きく上に跳ね上がった。
その隙を逃さずプチ黒は突進した。そしてプチアン子の胴体に腕を回すと思い切り締めあげた。
「プチ黒乃山の必殺技『プチさば』ですわー!」
『ふんふんふん!』
プチ黒はマリーとアンテロッテが止めに入るまでひたすらプチアン子を締めあげた。
もちろんプチ黒の反則負けである。
黒乃とメル子は泣きながら帰路についていた。その二人の手のひらの上にはやはり泣いているプチ達が乗っていた。
「ううう……負けた」
「ううう……負けました」
二人の大粒の涙がプチ達に降り注ぎ、びしょ濡れになった。
「ううう……次は頑張ろうなあ」
「ううう……一緒に特訓をしましょう!」
四人はリベンジを誓った。
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