第193話 プチご主人様です!
仕事終わりの夕方、メル子はキッチンで鼻歌を歌っていた。
「ふんふふーん、今日のご飯はロクロでーす。ロクロクロクロク、ロクロでーす。とうもろこしを煮込みますー。おジャガと一緒に煮込みますー。ふんふふーん」
黒乃は床に寝転んでその様子を眺めていた。ロクロはアルゼンチンなどで食べられる濃厚なシチューだ。
「なんかずいぶんとご機嫌だな」
「わかりますか!」
上機嫌なメル子をしばらく眺めているとドアベルが鳴った。
「お、お客さんかな。どっこいしょ……」
「どいてください!」
メル子は凄い勢いで黒乃を弾き飛ばして玄関へ向かった。
「なになに、も〜」
メル子は扉を開けると配達ロボから大きな箱を受け取った。それを恍惚の表情で大事に抱えてテーブルに着いた。黒乃もそれにつられて椅子に座った。
「なにを注文してたのさ」
「今からお見せしますよ」
メル子は極度に慎重な手つきで箱を開封していった。箱の中には更に箱が三つ詰められていた。そのうちの小さいものを手に取り、プルプルと震える手で蓋を開けた。
「ハァハァ、やりました。とうとう届きました」
「え!? なにそれ!?」
箱の中から出てきたのは手のひらサイズのメイドロボであった。
「うわっ! メル子だ! ちっちゃいメル子だ!」
それは三頭身のメル子であった。青い和風メイド服、金髪ショート、キリリとした大きな目。どこからどう見てもメル子だ。
「すげえ! めちゃくちゃクオリティ高いぞ! こんなフィギュア売ってたんだ」
「ご主人様、この子はフィギュアではありません。ロボットなのです!」
「ええ!?」
メル子は突然『Get Wild』を歌い始めた。そして箱の中に入っていたスティックで小さいメル子の耳の穴をいじった。すると起動音がして手足を動かし始めた。
「動いた!」
「動きました!」
二人が眺めていると小さいメル子は立ち上がった。巨大な二人を見つけると優雅にカーテシーを決めた。
「可愛い!」
「可愛いです!」
この小さいメル子は
「プチメル子! 私がメル子ですよ!」
メル子が声をかけるとプチメル子は手を振って応えた。その愛らしさに二人は悶絶した。
「この子どうしたのさ? 相当お高いでしょ」
「ふふふ、実はこのプチロボットシリーズはまだ発売前なのですよ」
浅草工場の職人ロボであるアイザック・アシモ風太郎が新製品のモニターとしてプチロボットを貸し出ししてくれたのだ。無料で商品を楽しめる代わりに、使ってみてのレポートを提出する。
メル子は一番大きな箱を開けた。その中にはミニチュアハウスが入っていた。
「これうちらの小汚い部屋じゃん!」
「小汚い部屋です!」
小汚い部屋を完全再現したミニチュアハウスだ。キッチン、リビング、風呂、トイレ。自分達が今いる部屋と区別がつかない。扉、電灯、冷蔵庫、水道、全て可動式だ。
メル子はプチ小汚い部屋の玄関の扉を指で開けた。するとプチメル子は走ってその中に入った。
「うわー、すっげぇ。よくできてるなあ」
「待った甲斐がありました!」
黒乃は箱の中にもう一つ箱があるのに気がついた。それを手に取るとしっかりと中身が詰まっている感触があった。
「メル子、こっちの箱はなにさ」
「あ、それはゴミ……あ、おまけです」
黒乃は箱を開けようとした。蓋が固くて中々開かなかったので、力を込めた瞬間中身が転がりでてきてしまった。それは頭からテーブルに落ちて仰向けに転がった。
「これ私だ!」
「ご主人様です!」
三頭身の黒乃であった。白ティー丸メガネ、黒髪おさげが完全再現されている。
「なんで人間の私までプチ化してるの!?」
「間違えて作ってしまったそうです」
黒乃は自分を手に持ちまじまじと眺めた。自分がロボットになるという不思議な感覚に襲われ、一瞬身震いをした。
「うちらの商品がそこら中で勝手に販売されてるけどさ。これうちらにギャランティーはこないわけ?」
「ご主人様……残念ながら我々は著作権フリーのようです。フリー素材として扱われているのです」
「なんで!?」
黒乃は『Get Wild』を歌いながらスティックで耳の穴をいじった。すると起動音がして動き始めた。
「動いた! さあプチ黒! お前の性能を見せてくれ! 私がご主人様だよ!」
プチ黒は目の前の巨人を見上げるとテーブルの上で横になった。ケツをぽりぽりとかきながらじっと黒乃を見つめた。
「こいつ……愛想がないな」
「まあ……ご主人様ですし」
黒乃は指でプチ黒をつまむとプチ小汚い部屋のリビングに置いた。しかし横になったまま微動だにしない。
「こいつ……動け」
「動きませんね」
二人はしばらくプチ達を眺めた。
プチメル子は押し入れから小さい掃除機を取り出すと部屋の掃除を始めた。掃除機の先をプチ黒に何回もヒットさせたが、プチ黒は大仏の如く寝ているだけだ。
「ねえメル子、この子達可愛いんだけどさ。このボロアパートはペット禁止なんだよね。大丈夫?」
「ご心配なく。プチロボットはペットではなく玩具という扱いになります」
新ロボット法ではAIの容量や性能によってそのロボットの扱いが変わる。
最も高性能なAIは人権を持つ。市民として人間と同等の権利を有する。
動物ロボなどに搭載される中程度のAIは人権は持たないものの保護されるべき対象として扱われる。
その他の低容量のAIは工業製品に搭載されることが多い。人権はなく保護もされない消費されるAIだ。プチロボットはこれにあたる。
「ご主人様、見てください! プチメル子が料理を始めましたよ!」
プチメル子は小さなフライパンを懸命に振っている。しかしフライパンの中には何も入っていない。
「学習したら本当に料理ができるようになるのかな」
「きっとなりますよ!」
その時、プチ黒が動き出した。
「あ! ご主人様! プチご主人様が動いています!」
「やっとか」
プチ黒は地面を這っていた。リビングからキッチンへゆっくりと移動をしている。その時、プチメル子が気配を察して振り向いた。プチ黒は動きを止めた。プチメル子が再びフライパンを振り始める。プチ黒が這い寄る。プチメル子が振り向く。プチ黒が動きを止める。
「なにをしているんだ、こいつは」
「嫌な予感しかしません!」
プチ黒はとうとうプチメル子の足元まで辿り着いた。仰向けの姿勢で袴の下に潜り込もうとする。
「いけ! 今だ!」
「プチメル子! 気がついてください!」
しかしプチメル子は足で思い切りプチ黒の顔面を踏んづけた。踵を捻り込むようにして回転させる。プチ黒は仰向けにひっくり返った亀のように手足をばたつかせた。
「ガッデム!」
「よくやりましたよ、プチメル子!」
メル子はプチメル子を摘み上げると頬擦りをした。
その後はプチメル子は忙しく動き回り、プチ黒は微動だにしないというシーンが続いた。
「ねえ、この子達のエネルギーはどうなってるの?」
「充電式ですね」
メル子はプチ小汚い部屋のコンセントにプラグを差し込んだ。
「この状態で布団で眠ると充電が行われます」
「へー」
その時、下の部屋から叫び声が聞こえた。
『お嬢様が37℃の高熱を出していますわー!』
アンテロッテがなにやら騒いでいるようだ。
「なんだなんだ?」
「マリーちゃんになにかありましたかね?」
マリーは先日風邪をひいた黒乃の部屋に遊びに来たため風邪をうつされ、今日はずっと寝込んでいたのだ。
二人は心配になり下の部屋へ様子を見にいくことにした。
その間もプチメル子は忙しそうにプチ小汚い部屋を動き回っていた。冷蔵庫を開けて食材を確認する。なにも入っていないことに腹を立てたのか勢いよく扉を閉めた。
その勢いで冷蔵庫が傾き、プチメル子の上にのしかかってきた。プチメル子は冷蔵庫の下敷きになってしまった。
プチメル子は短い手足を動かして冷蔵庫から逃れようとした。しかし本当に食べ物を冷やせるように作られたプチ冷蔵庫は見た目以上に重く逃れられない。
次第にプチメル子の動きが鈍くなっていった。バッテリーが切れかけているのだ。
プチメル子は床に寝そべるプチ黒に向けて手を伸ばした。しかしとうとうその手も床に落ち、完全に動きを止めてしまった。
その時、プチ黒が動いた。冷蔵庫を持ち上げようとしているようだ。しかし冷蔵庫は動かない。プチ黒は諦めずに渾身の力を込めて冷蔵庫を押した。それでも動かない。
プチ黒は冷蔵庫から距離をとった。部屋の壁に張り付くと腰を落として床に両の拳をつけた。そして勢いをつけて突進した。プチ黒乃山のプチかましである。
その突撃を受けた冷蔵庫は宙を舞い、部屋の外へ吹っ飛んでテーブルの下に転がり落ちた。
プチ黒はプチメル子に駆け寄ると体を揺すった。するとプチメル子は少しだが体を動かせるようになった。
プチ黒は仰向けに倒れた。
黒乃とメル子はお嬢様の部屋から戻ってきた。
「なんだよもー。37℃の熱くらいで大騒ぎしちゃって」
「ふふふ、アン子さん大慌てでしたね」
部屋に入ると床に何かが転がっているのに気がついた。黒乃はそれを拾い上げた。
「なにこれ、ちっこい冷蔵庫じゃん。なんで床に落ちてるの?」
「なぜでしょうか?」
黒乃は冷蔵庫を元のあった場所に戻した。するとプチ達が一つの布団で寝ているのに気がついた。
「お、仲良く充電かな?」
「打ち解けたみたいでよかったですね!」
黒乃とメル子はその安らかな寝顔をいつまでも飽きずに眺めていた。
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