第192話 将棋をします!
寒さで萎れてしまったかのような二月の浅草の景色。黒乃はその景色を窓から眺めていた。布団に横たわり、微かに流れる雲をひたすら目で追って時間を消費していた。
「ご主人様、お加減はいかがですか?」
「うーん、だいぶよくなってきた」
メル子は黒乃の額に手を当てて体温を測った。
「ピッ、平熱ですね」
「よかった〜、明日には復帰できそうだ」
「くれぐれも無理はなさらないように」
昨日、会社を休んだFORT蘭丸の自宅にお邪魔をした。彼のマスターであるルビー・アーラン・ハスケルが風邪をひいたのでそのお見舞いにいったのだ。そこでまんまと風邪をうつされてしまったというわけだ。
黒乃は布団の中で右へ左へと転がった。暇を持て余しているようだ。キッチンで調理をするメル子に声をかけた。
「メル子〜暇だよ〜」
「病人が忙しくてどうするのですか」
「昔話して〜」
「なんですかそれは」
メル子は仕方がなく布団の横に正座をした。我が子を慈しむ母親のような声で語りはじめた。
「むかしむかしある所にロボ爺さんとロボ婆さんがいました」
「お? ロボ太郎さんかな?」
「ロボ爺さんは
「破壊神をねぇ……」
その時、ナラカから忍び寄ってくるかのような恐ろしい声がボロアパートに響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」
小汚い部屋の外でお嬢様たちの声がした。
「お見舞いに参りましたのよー!」
「お礼参りでございますわよー!」
「「オーホホホホ!」」
メル子が扉を開けるともちろんお嬢様たちが立っていた。メル子は二人を部屋の中へ通した。
黒乃の布団の横へ二人仲良く座った。
「お風邪を召されていると聞いてやってまいりましたわ」
「割と元気そうで安心しましたわ」
「「オーホホホホ!」」
「うるさっ。まあ二人ともよく来てくれたね。ありがとう」
アンテロッテは包みをメル子に手渡した。なにやらいい香りがする包みだ。
「お風邪の時によく効くおハーブを持ってまいりましたの」
包みを解くと生のジャーマンカモミールとエルダーフラワーの花が入っていた。メル子は早速ハーブティーを淹れ始めた。
「ねえ、マリー。お見舞いはありがたいんだけど、風邪うつっちゃうから紅茶飲んだらはよ帰りな?」
「オーホホホホ! わたくしがお風邪をひくなんてありえませんわー!」
「お嬢様は生まれてから一度もお風邪を召したことはござんせんのよー!」
二人は勝ち誇った高笑いを炸裂させた。するとマリーは黒乃の布団の上に四角い箱を置いた。
「んん? なにこれ? お菓子?」
「開けてごらんなさいな」
黒乃は箱を手に取ると蓋を開けた。中から出てきたのは二つ折りの板と駒だ。
「将棋じゃん」
「ただの将棋ではございませんのよ。ロボ将棋ですのよー!」
「仲見世通りのお土産物屋で買ってまいりましたのよー!」
ハーブティーを淹れ終えたメル子はカップを三人に手渡した。
「ロボ将棋って品切れが続いていて全然入荷しないやつではないですか。よく手に入りましたね」
「お暇ということですので、今日はこれで勝負でございますわー!」
「ええ!?」
布団の上に盤を広げて駒を並べた。対戦するのは黒乃とマリーである。
「マリーって将棋やったことあるの? フランスには無いでしょ」
「始めてですけど問題ございませんわ」
「お嬢様はおフランスでチェスのジュニアチャンピオンだったのですわ」
「すごいです!」
ロボ将棋とは実在のロボットとマスターをモチーフにした駒を使った将棋である。普通の将棋とは違う動きが可能だ。
「えーと、王将が『黒王』ね。これ私だ」
「こちらの玉将は『マリ王』ですわ」
それぞれ黒乃とマリーの顔が印刷されている。
「ねえ、私達の肖像権とかそういうのはどうなってるの?」
黒乃の駒一覧。
王将、黒乃
飛車、メル子
角行、美食ロボ
金将、ルビー×2
銀将、FORT蘭丸×2
桂馬、フォトン×2
香車、チャーリー×2
歩兵、社会歩適合ロボ×9
マリーの駒一覧。
玉将、マリー
飛車、マヒナ
角行、ノエノエ
金将、マッチョマスター×2
銀将、マッチョメイド×2
桂馬、ゴリラロボ×2
香車、アンテロッテ×2
歩兵、社会歩適合ロボ×9
「ねえ」
「なんですの」
「なんかマリー陣営の方に戦力が偏ってない?」
「そんなことありませんの」
先手、黒乃。
「まあここは歩の社会歩適合ロボを進めていこうか」
黒乃は歩をつまむと一歩進めた。
「これ」マリーは黒乃の手を叩いた。
「いてえ」
「その動きはできませんの」
「前に一歩進んだだけだよ」
「社会歩適合ロボは後ろに一歩下がることしかできませんの」
「切ねえ……」
後手、マリー。
飛車マヒナが飛び出して黒乃の歩を取った。ロボ将棋では取った駒を持ち駒として再配置することはできない。
「こら」
「なんですの」
「自分の歩を飛び越してるでしょ。ダメだよ」
「社会歩適合ロボは踏み潰して上を通ることができますの」
「切ねえ……」
両者少しずつ駒を進めていった。黒乃の桂馬フォトンが銀将マッチョメイドを捉えた。
「ふはは、マッチョメイドいただきぃ!」
「これ」
「なによ」
「マッチョマスターとマッチョメイドは三回取らないと死にませんの」
「なにそれ!?」
しかし黒乃は飛車メル子を駆使してなんとか金将マッチョマスターと銀将マッチョメイドを撃破した。
「ハァハァ、さすがメル子」
「ご主人様! マッチョコンビに気を取られている間にマヒナさん達が攻め込んできていますよ!」
「やべえ!」
黒乃は角行美食ロボで角行ノエノエを取ろうとした。
「これ」
「なによ!」
「美食ロボはその場から動くことはできませんの」
「クソの役にも立たん! メル子! 何か手はないの!?」
メル子は説明書を漁った。
「ご主人様、FORT蘭丸ペアは取ることで相手をハッキングして持ち駒にすることができます」
「それだ!」
黒乃は金将ルビーで角行ノエノエを取った。
「やった! 強力な駒が手に入ったぞ!」
「やりますわね」
マリーは黒乃の香車チャーリーをくるりと反転させた。駒から『ニャー』という鳴き声が聞こえた。
「なにしてるの!?」
「チャーリーは餌でいつでも寝返らせることができますの」
「さすがお嬢様ですわ」
黒乃は持ち駒の角行ノエノエと金将ルビー、銀将FORT蘭丸を駆使して有利に進めていった。しかし金将マッチョマスター、銀将マッチョメイドの鉄壁の守りに阻まれてマリ王まで辿り着けない。
「ここでマヒナさんの奥の手を出しますの」
黒乃軍の陣地に侵入し竜王に成ったマヒナは自軍の社会歩適合ロボを取った。すると社会歩適合ロボが成金ロボにジョブチェンジした。
「うわっ、マヒナの鉄拳制裁だ!」
これによって形勢が逆転して黒乃軍は一気に攻め込まれてしまった。
「オホホ、黒王が目前ですの」
「さすがお嬢様ですの」
マリーは桂馬ゴリラロボで飛車メル子を取った。駒から『ウホッ』という声が聞こえた。
「これで勝負ありですの」
「フハハ、かかったな!」
しかし取ったと思った飛車メル子は単なる社会歩適合ロボであった。
「フォト子ちゃんのペイント能力で擬態をしていたのだよ!」
金将ルビーのハッキングにより桂馬ゴリラロボはあえなく檻の中に連れ戻された。
その後も一進一退の攻防が続いたが、地力に勝るマリーがとうとう黒王を追い詰めた。
「ぐおお! さすがチェスチャンピオン!」
「いよいよ詰みですわよ」
黒王の周りには飛車メル子と角行美食ロボしかいない。
そこに押し寄せる竜王マヒナと成金ロボ軍団。
「竜王マヒナは手がつけられん!」
「強すぎます!」
マリーは竜王マヒナを黒王の前に突きつけた。「王手ですの!」
「うわああッ! 詰んだ! ありませ……」
黒乃が投了の言葉を発しようとしたその時、奇跡が起きた。
『ご主人様は私が守ります!』
飛車メル子の駒から声が発せられ、突如として『成った』。竜王メル子の爆誕である。
「なんだこれ!?」
「どういうことですのー!?」
竜王メル子は八色のブレスを吐く最強の駒に成ったのだ。
「うわ、すげえ!」
「ご主人様! やってしまってください!」
黒乃は竜王メル子のファイアブレスで竜王マヒナを倒した。一瞬の勝負であった。
「やりました! どんなもんですか!」
「さすがメル子だ!」
しかしマリーの成金ロボによりあっさり竜王メル子は沈んだ。
「……」
「……」
今度こそ詰んだと思ったその時、奇跡が起きた。
『女将、この将棋は本物か』
声を発したのは角行美食ロボであった。
『ふうむ、将棋か……そもそも将棋とはなんなのだ? マスが八十一マスあるから将棋なのか? インドにも将棋はあるのか? この将棋が本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一に将棋とは何か?」
「なんだこれ!?」
「なにか言ってますのー!」
するとその言葉に成金ロボ達が怯え始めた。そして次々に反転し矛先をマリ王に向けた。
「成金ロボが謀反を起こしましたのー!」
「そうかわかったぞ! 成金ロボは所詮成金! 美食ロボは言ってみれば成金達の王! 小金持ちは各界に顔が利く美食ロボには逆らえないんだ! フハハハハ! 勝負あったな!」
成金ロボ軍団を従えた黒王はマリ王の陣地に攻め込んだ。次々と雑兵を蹴散らしていく。
「フハハハハ! フハハハハハハ!」
しかし本気を出したチェスチャンピオンに勝てるはずもなく、普通に黒乃は負けた。
「うわあああああッ! 詰みましたああああッ!」
「ご主人様ー!」
黒乃は布団にぶっ倒れて動かなくなった。布団の中でプルプルと震える黒乃に哀れみの目を向けながらお嬢様たちは帰り支度を始めた。
マリーが扉を開けた時、布団の中の黒乃がポツリと言った。
「ううう、マリー。遊んでくれてありがとう……」
マリーは少しだけ振り返って言った。
「どういたしましてですの」
二人は扉の向こうへと消えていった。
もちろんマリーはその晩、風邪をひいた。
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