第188話 月は無慈悲なロボの女王 その十一
「ラニお姉様!」
月面基地の地下坑道に佇む荘厳な宮殿。かつての月面開発のシンボル。その最上階の大きな部屋で待っていたのは煌びやかなドレスを着せられたマヒナ、そしてMHN29の長姉ラニであった。
SM女王様の衣装をメイド風にアレンジしたメイド服を着たラニは、虚ろな目のマヒナの頭を膝の上に乗せ、その黒髪を撫でていた。
「マヒナ様! お迎えに参りました!」
ナース服をベースにしたメイド服を着たメイドロボノエノエはベッドの上のマヒナに向けて叫んだ。しかし彼女は何も反応を返さない。
「ラニお姉様、マヒナ様にシャフニートメタシンを投与しましたね」
その言葉にラニは顔をあげて微かに微笑んだ。そして慈しむような表情でマヒナの頭を抱き抱えた。
「マヒナ様は働き過ぎたのですよ、ノエノエ」
ノエノエとフムフムヌクヌクアプアアの軍隊風のメイド服を奪って着たナルは部屋の中に入りじわじわとベッドに詰め寄った。
「マヒナ様は幼い頃より月のために働いてきました。奴隷のように扱われている我々月の民のために働いてきたのです」
ラニは悲しそうに語った。
「それが女王たるマヒナ様の役目です」ノエノエはマヒナに語りかけるように話した。「マヒナ様は地球へ赴き、月の待遇を変えようと日々戦っていたのです。マヒナ様の月を愛する心に応えることこそ我々MHN29の役目でしょう」
ノエノエの語りかけにマヒナは反応を示した。苦しげな表情を見せ唸り声を出した。
「マヒナ様! しっかりなさってください!」
苦しむマヒナの耳元で囁くようにラニは言った。「マヒナ様、もう働かなくてもいいのですよ。我々は地球の奴隷として何十年も働いてまいりました。もう充分ではないですか。もう休みましょう。後は私にお任せください。私だけのマヒナ様」
そういうとラニはベッドから降りた。
「かかってきなさい」
その言葉を合図にノエノエとナルは同時に飛びかかった。しかし次の瞬間には二人とも壁に叩きつけられていた。目にも止まらぬ回し蹴りでまとめて弾き飛ばしたのだ。二人とも床にうずくまり動かなくなった。
「ノエノエさん! ナルさん!」
「うわわわわ! 強い!」
部屋の外から複数の足音が響いてきた。扉からなだれ込んできたのはMHN29のメンバー達十人だ。黒乃達を取り囲むように陣取った。
「ご主人様! 大ピンチです!」
「はわわわわ!」
「当てが外れましたね」ラニは勝ち誇った顔で言った。「マヒナ様の『更生』を頼りにして来たんでしょう?」
黒乃の作戦ではマヒナを救出し、彼女の鉄拳制裁でMHN29を更生させる予定だったのだ。しかし当のマヒナはシャフニートメタシンにより社会不適合者にされてしまっていたのだ。
「まさかマヒナ様に手を出すとは……!」ノエノエはプルプルと震えながら起きあがろうとしている。
MHN29達が黒乃を捕獲しようと近づいてきた。
「あかーん! 絶体絶命じゃーい!」
「ご主人様ー!」
その時地響きがした。何かを砕く音が床を通して伝わってきた。その音は徐々に大きくなってくる。
「なになに!? これなに!?」
「何が起きていますか!?」
そして壁が吹き飛ばされた。瓦礫が飛び散り粉塵が部屋を満たした。壁に空いた穴から現れたのは二体の大型ロボットであった。
『オーホホホホ! お待たせいたしましたわー!』
『オーホホホホ! 秘密兵器の参上ですわよー!』
『『オーホホホホ!』』
その体長三メートルのロボットはずんぐりむっくりとした体型をしていた。金髪縦ロール、シャルルペローの童話に出てくるようなドレス型の装甲を纏っていた。
そして縦ロールがドリルの形状をしていた。
「え? マリー!?」
「アン子さんですか!?」
お嬢様ロボットであった。
『お隣りのパリ
『マリー家が特注で作らせた汎用月面開発ロボ「お嬢様三式」ですわー!』
『『オーホホホホ!』』
お嬢様ロボとMHN29の戦いが始まった。お嬢様ロボは縦ロールドリルを振り回して攻撃をした。MHN29は素早い動きでそれをかわして反撃をするが、硬い装甲に阻まれてダメージが通らない。
お嬢様ロボは開発用のロボットなので戦闘力は低い。しかしマリー達の巧みな操作でMHN29も消耗していった。
しかしラニが戦いに加わると戦況が一変した。強烈な蹴りは装甲の内部まで衝撃を伝えた。
『痛いですのー!』
『お嬢様ー!』
ラニが戦っている隙に黒乃はベッドの上のマヒナまで走り寄った。
「マヒナ! しっかりしろ! 目を覚ませ!」
「マヒナさん! 鉄拳制裁をお願いします!」
黒乃とメル子が呼びかけるとマヒナは苦しそうにうめいた。ゆっくりとだが立ち上がろうとしているようだ。二人はマヒナに肩を貸して床に立たせた。
「黒乃山……」
「マヒナ!」
「アタシはまだ働ける……定年にはまだ早い」
「マヒナさん!」
不確かな足取りでドレスの裾をひきずりながらマヒナは進んだ。お嬢様ロボに弾き飛ばされて床に転がったMHN29の一人にまたがり顔面に拳をめり込ませた。するとそのメイドロボは恍惚の表情を見せて動かなくなった。
「やった! 更生成功だ!」
「すごいです!」
それを見たメイドロボが数人向かって来たが次々とカウンターの鉄拳制裁が発動した。だがマヒナも力尽き、床に膝をついた。
しかしこれによって再び戦況が変わり、お嬢様ロボが優勢に立った。
そしてとうとう動けるMHN29はラニただ一人になった。
「くっ!」
「さあラニお姉様、観念してください」
ノエノエがラニに詰め寄った。二人ともボロボロの状態だ。
「大人しくマヒナ様の鉄拳制裁を受けてください!」
その言葉と同時にラニは隠し持っていた何かを飛ばした。ノエノエはとっさに腕でそれを防いだが注射器のようなものが突き刺さった。
「ノエ子!?」
ノエノエは振り向くとお嬢様ロボに襲いかかった。強烈な蹴りでマリーを弾き飛ばした。アンテロッテが慌ててノエノエを掴み床に押し付けた。
「特製の強力シャフニートメタシンです。ついでにお前も社会不適合者になれ!」
ラニは黒乃に向けて注射器を投げた。それは真っ直ぐに飛び、間違いなく針が黒乃に突き刺さったと思われた瞬間、それはメル子の首筋に突き刺さっていた。
「ご主人様は……私が……守ります!」
「メル子ォォォォォ!」
黒乃をかばい自ら針を受けたメル子の目から光が消えた。生気のない顔で体を揺らしながら黒乃に迫り、その首に手を伸ばした。
「メル子ォォォォォ!」
黒乃はメル子を抱きしめた。力一杯抱きしめた。メル子の爪先が床を離れて浮き上がった。メル子は水をかくように足を激しく動かし、体をくねらせた。しかし黒乃の鉄の抱擁はびくともしなかった。
そして奇跡が起こった。
メル子の目に再び光が宿ったのだ。みるみるうちにその美しい金髪が太陽のような輝きを取り戻した。そして頬を赤らめ涙を流した。
「ご主人様!」
メル子も黒乃を抱きしめた。
「これは!?」ナルは驚愕した。「更生している!? 私の時と同じです! 一体なぜ!? 更生はマヒナ様にしか使えないはず!」
「ナル、それは違う」
マヒナはその光景に納得したような表情を見せた。
「更生はアタシだけの技じゃない。更生は誰にでもできるんだ」
「どういうことですか!?」
マヒナは立ち上がった。そして床にへたり込んで呆然と黒乃達を見ていたラニの前まで進むと、その顔面に拳をめり込ませた。
「更生に必要なのは『愛』だよ」
「愛!?」
「愛によって社会不適合ロボは更生するんだ」
ラニは恍惚の表情を浮かべて仰向けに倒れた。
「アタシの場合は絶妙な角度と深さで拳を顔面にめり込ませることによって愛を伝える。黒乃山は抱擁によってその愛を伝えたんだ」
「さば折りで!?」
「黒乃山の平らな胸がメイドロボの胸とジャストフィットすることで愛の伝導性が300%にまで高まり、一瞬にして更生をさせてしまったんだ」
「愛の伝導性!?」
「メイドロボを世界一愛する黒乃山にしかできない、彼女だけのオリジナル技だよ」
『大相撲パワーじゃございませんでしたのねー!』
『おジャガ関係ございませんでしたわー!』
ラニを失い観念したMHN29は黒乃の前に一列に並んだ。
黒乃は先頭から順番に次々とメイドロボを抱きしめ、片っ端から更生をさせていった。
ラニは採掘場にいる社会不適合ロボ軍団に撤退を命じた。
こうして戦いは終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます