第187話 月は無慈悲なロボの女王 その十

 黒乃の作戦はこうだ。


 メイドロボ二十九人からなるMHN29のマスターであり、月の女王でもあるマヒナは宮殿に囚われている。宮殿とはハワイ基地の地下坑道に建てられた建物で、そこにはエリート社会不適合ロボ達がひしめいている。

 当然黒乃達の戦力で真っ向から乗り込むことはできない。そこで考えたのが陽動作戦だ。


「黒乃山、陽動作戦を詳しく教えてください」


 褐色肌でナース服をベースにしたメイド服を着たノエノエが尋ねた。


「ロボチューブの配信で社会不適合ロボ軍団を大混乱に陥れるのだ! フハハハハハハ!」


 黒乃達は早速作業に取り掛かった。


「桃ノ木さんはディレクションをお願い」

「先輩、お任せください」


 陽動作戦で重要なのはこちらに大きな戦力があると勘違いさせることだ。

 そもそもの元凶である悪の変態科学者ニコラ・テス乱太郎の兄であり敵対者でもあるトーマス・エジ宗次郎博士協力の元、大軍勢を揃えたと勘違いさせなくてはならない。


「フォト子ちゃんはニャンボットの3Dモデルの作成を頼むよ」

「……可愛いの作る」

「FORT蘭丸!」

「ハイィ!?」

「この作戦の肝はお前だからな! 頼んだぞ!」

「ハイィ!」


 FORT蘭丸の仕事は多い。まずはニャンボット軍団の動画を作成しなくてはならない。

 日頃から使い慣れているゲームエンジン『ロボリアルエンジン』を使えばそれは問題ない。ロボリアルエンジンは実写と見紛うばかりのフォトリアルな映像を作ることが可能だ。


 黒乃達は新しいアジトである牧場の牛舎で作業を開始した。

 牛舎の休憩室にあったモニターに自分のデバイスを接続する。各種データはサーバ上のリポジトリに保存されているので、地球だろうが月だろうがネットワークにさえ繋がっていればどこでも作業は可能だ。


 フォトンがニャンボットの3Dモデルを作成する。桃ノ木がコンテを描いて動きを指定する。イベントのトリガーはFORT蘭丸がロボリアルエンジンに組み込む。

 地球で行なっていたいつも通りの作業だ。

 動画が作成できたら、それをロボチューブの配信に合成する。本物の映像は配信の冒頭だけで、牛舎の地下に入った後は黒乃達出演者以外のものは全てゲームエンジンが出力したニセの映像だ。


「……百体のミトニャンの中に一体だけモンゲッタ混ぜておく……うふふ」

「フォト子ちゃんやめて!」


 映像の作成と並行して行わなくてはならないのが各種ギミックの設置とハッキングだ。

 白衣をベースにしたメイド服を着たナルはギミックの作成を行なっている。彼女は元々エンジニアだ。機械の工作はお手のものである。

 FORT蘭丸が作成した中継機を持ってノエノエが宮殿の近くまで潜入した。この中継機があればリモートでハッキングが可能だ。


「ご主人様、マリーちゃん達はどこに行きましたか?」

「お嬢様たちには秘密兵器を取りにいってもらったよ」

「秘密兵器!?」


 メル子は働く皆のために食事を作った。決戦前夜、一同は食卓を囲んだ。


「さあ皆さん、お食事の用意ができましたよ!」


 テーブルの上にはメル子得意の南米料理が並んでいた。


「うひょー! うまそう!」

「チリの海鮮鍋のパイラ・マリーナです! ハワイ基地で養殖された海産物をふんだんに使いました!」


 その他にも農場や牧場で手に入れた品々が彩りを加えていた。

 メル子が鍋からパイラ・マリーナを取り分けると皆一斉に食べ始めた。


「女将サン! 美味しいデス!」

「……なんか浅草に戻ってきたみたい」

「先輩、あーん」

「あーん」

「何をしていますか!」


 皆がメル子の料理に舌鼓を打つ中、ノエノエは浮かない顔をしていた。それを見たメル子はパイラ・マリーナをよそいながら声をかけた。


「ノエ子さん、マヒナさんが心配ですか?」

「メル子……ああ、まあそうですね」


 ノエノエはエビを口に放り込んだ。


「メル子はご主人様が心配じゃありませんか? 危険な戦いになりますよ」

「私は……もちろん心配です。でもご主人様は私が守りますので。それがメイドロボのお仕事です」


 メル子は胸を張った。それを見てノエノエは微笑を浮かべた。


「黒乃山は幸せ者ですね」


 黒乃は牧場で作られたごんぶとソーセージに齧り付いていた。


「ご主人様、マリーちゃん達は帰ってきませんでしたね」

「うーむ。秘密兵器の手配に手間取っているのかな」

「大丈夫でしょうか?」


 黒乃は蒸したおジャガを頬張った。


「もぐもぐ、まあそれでもいいのかもしれない」

「どうしてですか?」

「危険な戦いになるから、ちびっ子のマリーは帰って来ない方がいいのかもしれない」

「ご主人様……」



 ——地下坑道。

 黒乃達は坑道の岩陰に隠れて社会不適合ロボ達が蟻のように宮殿から湧いて出てくるのを見ていた。


「おお、おお、わらわらと出てきたぞ」

「陽動作戦がうまくいきましたね!」


 黒乃の作戦通り社会不適合ロボ達は右往左往している。観察していると彼らの動きには二種類あるのに気がついた。


「黒乃山、見てください。あちらの通路に走っていく者達を」


 明らかに慌てた様子で統率がまるでとれていない。


「あいつらはビビって逃げ出してる奴らだね。わざと逃げ道を一本だけ用意しておいたんだよ」


 ロボチューブの配信を見て三方向からミトラーニャンボット、略してミトニャンの軍勢が宮殿に迫ってくると思い込んでいるのだ。九十九体のミトニャン相手では勝ち目がないと悟った者達は残った一本の坑道へ向けて逃げ出しているのだ。


「ご主人様、残りの社会不適合ロボ達は戦う気のようです」


 比較的落ち着いて行動している者達はそれぞれ武器を片手に採掘場に向かうようだ。月にはまともな武器はほとんど存在しない。彼らが手に持っているのは鉄パイプやバールのような鈍器だ。

 何人かの社会不適合ロボは重機を操縦している。しかし戦闘用ロボであるミトニャン相手では焼け石に水だ。


「思ったより逃げない奴らが多いな」

「黒乃山、見てください。彼らを率いているものがいます」


 彼らの先頭に立ち指揮を執っているメイドロボが数人いた。MHN29の一員だ。


「いいぞ、MHN29は宮殿からいなくなってくれた方が都合がいい」


 宮殿から出てきた社会不適合ロボ達は隊列を組んで主戦場となる採掘場へと進軍した。


「よし!」


 黒乃は立ち上がった。


「これより宮殿に潜入する!」


 潜入メンバーは黒乃、メル子、ノエノエ、ナルの四人だ。


「桃ノ木さん達は引き続き陽動作戦を頼む!」

「先輩、お気をつけて」


 桃ノ木とフォトンはこの場に残り、ギミックを使い社会不適合ロボ軍団を採掘場に足止めする。

 FORT蘭丸はリモートでハッキングを行い潜入をサポートする。


「いいか、目的はマヒナを救出すること。そしてMHN29を更生させることだ! 社会不適合ロボ軍団の指揮を執っている彼女達を更生させれば戦いは終結するはずだ!」


 黒乃達は宮殿に詳しいナルを先頭にして進み始めた。


『シャチョー! しばらく進むと封鎖さレタ坑道の入り口がありマス! ソコから宮殿の地下に侵入できマス!』


 無線からFORT蘭丸の声が聞こえた。彼の言葉通り錆びた鉄の扉が現れた。鎖で封印されていたがノエノエの蹴りであっさり千切れ飛んだ。

 坑道の中は真っ暗闇であったがシステムはまだ生きていたようだ。FORT蘭丸のハッキングによりライトが点いた。


「ご主人様、怖いです!」メル子は黒乃の白ティーにしがみついた。


 薄汚れた坑道の地面には所々にかつての労働者達の痕跡が残されていた。割れたヘルメット。欠けたツルハシ。月面開発の礎となった者達に思いを馳せた。

 ナルは語り出した。


「初期の月面開発の環境は劣悪でした。過酷な労働、度重なる事故。空気漏れにより月面に放り出されたロボットが今だに砂を被って救助を待っているのです」

「怖いです!」


 コンクリート製の密閉箱の手法が確立するまでは空気漏れ事故が相次いだ。その度にロボットが吹き飛ばされて行方不明になった。真空中で長期間生存できるロボットは少ない。まだ生きているものはいるのだろうか。


「これが月の歴史です」ノエノエがぽつりと呟いた。


 一行は宮殿の真下に辿り着いた。階段を登り扉を開けると社会不適合ロボ達の話し声が聞こえた。


「まだ宮殿内部には相当数の社会不適合ロボが残っているようです」


 大部分はロボチューブの配信を見て宮殿が爆破されると思い込み逃げ出したようだ。しかし残ったものは肝が据わっているのか陽動だと見抜いているのかだ。どちらにせよ厄介である。


『シャチョー! 監視カメラを頼りにマヒナサンの元へ案内しマス!』

「頼んだ!」


 一行は時折通路を走り抜ける社会不適合ロボ達を避けながらマヒナが囚われている最上階を目指した。宮殿の内部は月とは思えぬほど豪華な装飾が施されており、まさに王族が住む城であった。


「いいぞ、FORT蘭丸。順調だ」

『ステルスゲームで鍛えていマスから!』


 そこへ巡回中のMHN29の一人が現れた。軍隊の制服をベースにしたメイド服を着ている。ノエノエは物陰に隠れ姿勢を低くし飛びかかる構えを見せた。


「あれはMHN29の一人でフムフムヌクヌクアプアアです」

「なんて!?」

「これはチャンスです。フムフムヌクヌクアプアアを仕留めてメイド服を奪いましょう。フムフムヌクヌクアプアアに成り済ますのです」

「それ名前なの!?」


 言うや否やノエノエはフムフムヌクヌクアプアアに飛びかかった。あっという間に組み伏せて縄で縛り上げ近くの部屋へと連れ込んだ。


「ぐへへへ、さあメイドロボちゃん。服を脱ぎ脱ぎしようか」

「ご主人様はあっちに行っていてください!」


 フムフムヌクヌクアプアアのメイド服はナルが着た。顔はそっくりなので姉妹でなければ見分けをつけることはできないであろう。

 変装したナルが社会不適合ロボ達に話しかけ指示を出した。それを聞いた彼らは仲間を率いて階下へと降りていった。


「ナイス! これで一気に進めるぞ!」


 黒乃達はとうとう最上階へと到達した。このフロアには部屋が一つしかない。一際豪華な扉が見えるだけだ。


『シャチョー! 気をつけてくだサイ! マヒナサンがいる部屋はナゼかカメラが一台もありまセン!』

「おかしいな。普通はカメラで中を監視しておくものなんだけどな。ナル知ってる?」


 軍隊風のメイド服を着たナルは首を振った。


「いえ。マヒナ様の部屋に入れるのはラニお姉様だけです。私も入ったことはないのです」


 部屋の周囲に見張りはいない。扉はハッキングであっさりと開いた。


 黒乃は恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。中は薄暗く綺麗なベッドが一つあるだけであった。

 そのベッドの上には煌びやかなドレスを着せられたマヒナと、彼女の黒髪を愛おしそうに撫でるメイドロボの姿があった。


「ラニお姉様!」


 ナルは叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る