第185話 月は無慈悲なロボの女王 その八
黒乃達はハワイ
FORT蘭丸救出作戦のあと工場地帯から離れ繁華街に身を隠して一晩明かしたのだ。
「いやー、月の車って乗り心地いいね」
黒乃は流れる景色を気持ちよさそうに眺めた。遠くには少し前までいたワイキキビーチが見えた。
「月の車は浮いていますからね」
車を運転しているのはMHN29の一員であるナルだ。白衣をベースにしたメイド服のメイドロボだ。ノエノエの姉妹である。
「だから全く揺れませんのねー!」
「……楽しい」
子供組は窓に張り付いて景色を楽しんでいた。
月の車は空気の力で走るエアカーである。圧縮された空気を噴出して地面から少し浮いた状態で走行をする。
このような仕組みなのは月面の重力が地球の六分の一しかないことに加えて月ならではの事情がある。それは大気の問題だ。
月面は元々真空に近い状態であるため、空気さえも科学力を用いて作り出さなければならない。空気は無料ではないのだ。そのため空気を汚す行為は月では重大な犯罪とされる。排気ガスを出すのはもってのほか、タイヤで地面を削って粉塵を舞い上がらせるのも避けなくてはならない。そのためタイヤの無いエアカーが使われているのだ。
空気が綺麗で重力が弱く細菌やウイルスがほとんどおらず紫外線も弱いため、月面に病気の治療に訪れる人も少なくない。
車は市街地を抜けて山間部へと入っていった。一辺五十メートルのコンクリート製の箱を縦に積み上げて高さを出している。山間部は穀倉地帯になっている。ハワイ基地の食料の大部分はここで生産されているのだ。
月の作物は完全無農薬で生産されている。月には害虫や病気がほとんど存在しないので農薬を使う必要がないのだ。気候も完璧に制御できるので、農業にはうってつけの環境だ。
「見てください! ロボットが元気に働いています!」
メル子は畑で小麦を収穫しているロボット達を指差した。
「よかった。まだ真面目に働いているロボットもいるのね」
桃ノ木はそれを見て安堵のため息をついた。その言葉に座席に横になっていたFORT蘭丸がピクリと震えた。
大量に生産された穀物は地球にも輸出される。コンテナに詰められ真空パックされた穀物をカタパルトを使い地球の軌道へと飛ばす。それを地球の宇宙エレベーターでキャッチして地上に送る。場合によっては宇宙エレベーターを経由させずにそのまま海に落下させることもある。穀物などは強い衝撃を受けても問題ないからだ。
「月の宇宙エレベーターが完成すればもっと安く穀物を地球に送れるのですが」
ナルは残念そうに言った。
現在は月面に設置された電磁加速式のカタパルトを用いてコンテナを射出している。月は重力が弱く大気がないので簡単に物資を宇宙に飛ばすことができる。ただし強いGがかかるので人間を乗せるのには不向きである。
「だから宇宙エレベーターを作っているのか」
「はい、しかし今はそれも……」
宇宙エレベーターを使えばそれそのものがカタパルトになるので電磁加速式のものよりさらに安全安価にコンテナを射出可能だ。Gもかからない。
しかしその宇宙エレベーターは現在建築が止まってしまっている。社会不適合ロボが増え労働者が激減してしまっているからだ。
「ウウウ……シャチョー、すみまセン……」
FORT蘭丸はプルプルと震えながら呟いた。
「蘭丸君のことではないですよ!」メル子は慌ててFORT蘭丸の頭を撫でた。
車は牧場へと入っていった。
広大な草原でロボット牛や
「今日はここをアジトにしましょう」ナルは車を降りて牧場の主に挨拶に向かった。
「牛さんですのー!」お嬢様たちは早速動物に群がった。
牛舎とはいえ休憩所があるので宿泊は問題ない。一行は荷物を降ろして部屋に寝転んだ。
「いやー、月に来てから色々ありすぎだよ」
「本当ですね。とんでもない合宿になってしまいました」
メル子は早速紅茶の用意を始めた。
一同は休憩所に輪になって座った。メル子の淹れた紅茶が皆に行き渡ると作戦会議が始まった。
「黒乃山、マヒナ様は現在宮殿に囚われています」ノエノエが切り出した。
「その宮殿ってのはどこにあるのさ」
「ここハワイ基地の地下に広がる坑道にあります」
その坑道は月面開発初期に掘られたもので、宮殿とはその中に作られたかつての権力者達が住んでいた建物だ。現在は使用されていないはずである。
「その宮殿にはMHN29で一番偉いメイドロボがいるんでしょ? なんだっけ?」
「ラニお姉様です」ナルが補足した。
「そのラニが社会不適合ロボ達を従えているのね?」
「そうです」
黒乃は紅茶を一口啜った。大きく息を吐いた。
「どうしてそんなに権力があるの? シャフニートメタシン工場といい権力とお金がないとできないでしょ」
「それは……」
ノエノエとナルは顔を見合わせて頷いた。ナルは語った。
「実際権力があるのです。マヒナ様はハワイ基地の女王ですので。ラニお姉様はマヒナ様の代理を務めています」
「ほうほう女王様ね……え!?」
「女王様!?」
一同は衝撃を受けた。紅茶のカップを持った手がプルプルと震えた。
「マヒナが女王様!?」
「このハワイ基地はハワイからの移民によって作られました。その移民の中にかつてのハワイの王族がいたのです」
ハワイには元々王国があったが、十九世紀に王政は廃止された。王家はその形を変えつつ復活の時を待った。月面開発による移民はその絶好のチャンスだったのだ。
実際月面開発は王家が運営していた建築コンサルタントが主導して行われた。坑道に宮殿を建てたのも彼らだ。事実上王家はハワイ基地の支配者となったのだ。
「マヒナ様は王家の現当主。『マヒナ』とはハワイの言葉で『月』の意。マヒナ様は月の女王なのです」
「なんてこったい」
「実は王族でしたがガチできました!」メル子は興奮した。
「ハワイの王家は月の自治政府とは違うの?」
「自治政府は月に存在する全ての基地の連合政府です。しかし実態は地球の国々の代理に過ぎません。王家は自治政府の一員ではありますが地球側との仲は悪いのです」
「そりゃ二十二世紀に王政復活だもんなあ」
「自治政府は月の実態とかけ離れすぎているのです。そう、彼らはこの月世界を地球の奴隷と考えているのです」
「奴隷……」
地球にとって月とは『工場』なのだ。安価な穀物や鉱物、工業製品。それらを作るための人類共有の工場とみなしているのだ。
「我々は工場の作業員ではありません。月は我々の世界です。地球のために働きたくはないのです」
黒乃はおでこに手をやり大きくため息をついた。
「そこをニコラ・テス乱太郎につけこまれたのか」
「そうなります……」
ナルは顔を伏せた。
「ご主人様! 話が大きくなりすぎですよ!」
「ううむ」
沈黙が場を支配した。これ以上首を突っ込むことは国際的な問題となりかねない。月と地球の抗争に巻き込まれかねないのだ。
「ご主人様! どうしますか!?」
「ふううむ」
黒乃は立ち上がった。
「それでも私はマヒナを助ける! そしてノエノエの姉妹を全員更生させる!」
黒乃は高らかに宣言をした。
「黒乃山!」
「マヒナは私達の大事な仲間だし、操られたメイドロボを放ってはおけない!」
「ご主人様! かっこいいです!」
「先輩、素敵です!」
「さすが黒乃さんですわー!」
「やってくれると思ってましたわー!」
「……クロ社長、でかいのはおケツだけじゃなかった」
皆黒乃に群がった。
「FORT蘭丸!」
「ハイィ!?」床に寝転んでいたFORT蘭丸は飛び起きた。
「お前も存分に働いてもらうぞ!」
「ハイィ!」
「まずはこれ以上社会不適合ロボを増やすわけにはいかない。シャフニートメタシンの供給を断つ!」
「すでにあの工場の生産設備はロックしてありマス!」
「でかした! あとはそうだな、ここはいつもの作戦でいく!」
「ご主人様! またアレですね!」
「そうだ、アレでいく!」
社会不適合ロボ軍団との全面戦争の幕が切って落とされた。
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