第183話 月は無慈悲なロボの女王 その六
黒乃達は工場の中にいた。ハワイ
工場の中には埃を被った製造機械が並べられていた。人気はなく工場が稼働していた気配は感じられない。
「黒乃山、ここならアジトとして最適です。この工場で働いていたロボット達が皆社会不適合ロボになってしまったので休業状態になっています」
「なるほど」
黒髪ショート褐色肌の美しいメイドロボノエノエは工場の中を注意深く探った。小さな工場で何かの部品を製造していたようだ。
黒乃達はワイキキビーチのコテージからここへ居場所を移した。コテージはノエノエの姉妹のメイドロボであるロコによって手配されたものなので、そこにいつまでも居座るわけにはいかなかった。
ロコはマヒナのメイドロボ二十九名で構成される『MHN29』の一員であり、黒乃達を謎の成分『シャフニートメタシン』により社会不適合者にジョブチェンジさせようと企んでいたのだ。
「ここを拠点にマヒナを見つけ出して救い出そう!」
「黒乃山……頼みます」
現在マヒナはMHN29によってどこかに囚われている。彼女達は悪の変態科学者ニコラ・テス乱太郎が開発したシャフニートメタシンにより社会不適合ロボにジョブチェンジしてしまっているのだ。
「マヒナ様さえ救い出せれば、鉄拳制裁によって姉妹達を更生させることができるはずです」
「一体それどういう理屈なの……」
その時桃ノ木が工場の裏口から入ってきた。大きな荷物をいくつもカートに乗せている。
「黒ノ木先輩、買い出しに行ってきました」
「おお、ありがとう」
「……ってきた」
「なんて?」
「……お菓子もたくさん買ってきた。えへへ」
青いロングヘアで子供っぽい見た目のフォトンの腕にはスナック菓子が大量に詰まった袋が抱えられている。
「フォト子ちゃん! お菓子は十月ドルまでって言いましたよね!?」
「……メル子ちゃん、怒らないで」
フォトンは袋を抱えて黒乃の後ろに隠れた。
一行は荷物を整理しながら作戦を練った。
「ところでどうしてこんな工場をアジトにしたんですの?」
「高級ホテルではいけませんでしたの?」
マリーとアンテロッテは忙しく荷物を運びながら不満を口にした。お嬢様たちはシャフニートメタシンを摂取していないせいか、元気溌剌そのものである。
「それはこの工場で張り込みをするためです」
「張り込み!? 刑事みたいになってきたな」
「この工場地帯の一角にシャフニートメタシンを製造している工場があるのです」
その工場を突き止め情報を得ようという作戦だ。
「ベストなのはMHN29の誰かが工場に現れることです。とっ捕まえて居場所を吐かせましょう」
「姉妹に対する扱いとは思えん……」
メル子は荷物を整理する手を止めた。遠慮がちにノエノエに声をかけた。
「あの……ノエ子さん」
「どうしました? メル子」
「あの、どうしてマヒナさんにはメイドロボがたくさんいるのですか?」
「ああ、それね。私も疑問に思ってたよ。羨ましい」
「ご主人様! そうではないですよ! 通常マスターとロボットは一対一のはずです!」
日本では新ロボット法により、人権を持つロボットはただ一人のマスターを持つことが定められている。一人のマスターが複数のロボットを所有することはできない。
「マヒナさんには二十九人もメイドロボがいるのですよね? 法律的におかしいですよ!」
ノエノエはクスクスと笑った。久しぶりの笑顔だ。
「メル子、それは『浅草議定書』に批准している国の場合です」
浅草議定書とは二十一世紀に国連によって採択されたロボットに人権を認めるための文書だ。日本をはじめ世界の90%の国々が批准をしている。
「ってことは月は浅草議定書に批准していないってこと?」
「その通りです」
月は一つの国とはみなされていない。宇宙条約によりどこの国の領地にもならないことが定められているからだ。
この問題により月におけるロボットの扱いは曖昧なままなのである。
「とはいえご心配なく。月の自治政府はロボットの人権自体は認めていますので」
「なるほどなあ。月にくればメイドロボハーレム作りたい放題ってわけか」
「ご主人様!」
メル子は黒乃の背中を押して向こうへ押しやった。
「あの、ノエ子さん。その、マスターに大勢のロボットがいるのは、あのなんていうか……」
「ふふ、メル子。はっきりと言っていいですよ」
メル子は冷や汗を拭ってからノエノエの目を見つめた。
「ノエ子さんはマヒナさんにたくさんのメイドロボがいるのは嫌ではないのですか!?」
ノエノエはそう言われるのがわかっていたかのように笑顔を浮かべたままメル子の手をとった。
「メル子、嫌ではありませんよ。これが月の文化です。マヒナ様に大勢のメイドロボがいるのは当たり前のことなんです。私達は全員家族で、全員が全員家族を愛しています」
「はい……」
「メル子はご主人様を独り占めできないと嫌なんですか?」
「私は!」
急にメル子はもじもじとして黙ってしまった。
「だから私はマヒナ様だけでなく、姉妹全員を助けたいと思っています。メル子、力を貸してくれますか?」
「もちろんですよ! お任せください!」
メル子は気合いを入れ直すと荷物整理に戻った。
その晩、黒乃達は交代で周囲の工場を見張った。アジトの建物の屋上に陣取り不審な動きがないかを観察する。
黒乃とメル子は屋上で欠伸をしていた。工場地帯なので夜は人の気配がなくなる。空を見上げれば巨大な箱の天井に投影された星空が見えた。ワイキキビーチ方面はホテルの煌びやかな光でまるで星空のように見えた。
「ああ、眠い。メル子眠いよ」
「頑張ってください。ノエ子さんのためです!」
「気合い入ってるな」
しばらく周囲を観察しているとメル子の耳に微かな音が聞こえてきた。集音機能を駆使して音の発生源を探った。
「ご主人様、あの工場です! なにか機械の音がします!」
メル子が指を差した先にはなんの変哲もない工場があった。
「おや? 窓からうっすらと明かりが漏れてるな」
「怪しいです!」
黒乃達はノエノエを呼ぶことにした。ノエノエは素早い身のこなしで工場の屋上を伝って目的の建物の上まで移動した。重力が弱いため移動は楽だ。
しばらく観察したのち再び黒乃達のところへ戻ってきた。
「黒乃山、当たりです。工場が動いていました。この時間に稼働することは法律で禁止されています。グレーな何かを作っている可能性が高いでしょう」
「例のシャフニートメタシンか!?」
「確かめにいきましょう」
黒乃とメル子とノエノエはその工場へと向かった。他の面子はアジトの屋上から周囲を見張る。
三人はゆっくりと建物に近づいていった。確かに微かな機械音が聞こえる。
「中の様子が見えないな」
黒乃は窓によじ登り中を窺おうとした。
その時無線に桃ノ木から連絡が入った。
『先輩、その工場に近づいてくるものがいます。こんな夜にたった一人で歩いています。気をつけてください』
三人はすばやく物陰に身を隠した。歩いてきたのは女性だった。
「黒乃山、あれは私の姉妹で間違いありません」
工場の前に姿を現したのは白衣をベースにしたメイド服を纏ったメイドロボだった。周囲の様子を気にしながら物音一つ立てずに歩いてくる。
「よし! ひっ捕えてアジトに連れ去ろう。ぐへへ」
「物騒です!」
そのメイドロボは工場の裏口へと回った。扉のノブに手をかけた。
「あのー、夜分遅く失礼します」
突然背後から声をかけられたメイドロボはビクンと震えて後ろを振り返った。そこには小柄な金髪の少女がいた。
「どうしたんだいお嬢ちゃん。こんなに夜更けに。おうちに帰りなさい」
「道に迷ってしまいまして」
「少なくともここはお嬢ちゃんのおうちじゃないですよ」
次の瞬間少女の目が光った。
「でぇい! 必殺フラッシュライト!」
強烈な光に照らされてメイドロボは思わず目を伏せた。その瞬間を狙って何者かが突進してきた。
「ぎょぷー! 黒乃山のぶちかましを止められるものはいないもきゅー!」
猛烈な勢いで組み付かれ二人はまとめて地面に転がった。すかさずノエノエが縄を使いメイドロボを捕縛した。
アジトに戻ってきた面々は椅子に縄で縛り付けられたメイドロボを取り囲んでいた。
「さあ、ナル! マヒナ様の居場所を言うのです!」
「そうだぞ。言わないとぐへへしちゃうぞ」
「くっ! 誰が言うか!」
先程から尋問しているが全く吐く気はないようだ。縄に縛られた褐色肌のメイドロボは毅然とした態度でノエノエを睨み返した。
「ナル! 一体どうしてしまったのです。我々は家族! 力を合わせて戦わなくてはならないのです!」
「ノエノエ、あなたにはわからないのです」
「なにがですか!?」
「私達は気がついてしまったのです。社会不適合ロボにジョブチェンジすることにより、月の真実に気がついてしまったのです」
「真実? 真実とはなんですか!?」
「月の歴史は奴隷の歴史だということです!」
その言葉を聞くとノエノエはたじろぎ一歩下がった。
「なかなか言うことを聞かないですわね」
「電流でも流した方がよろしいのではなくて?」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様たちが何やら物騒な道具を持って迫ってきた。
「こらこらマリー、待ちなさい。ここは穏便にだね」
一同の視線がお嬢様たちに集中した瞬間、ナルと呼ばれたメイドロボは椅子から立ち上がった。彼女を縛り上げていた縄はいつの間にか解かれていた。
跳躍をし天井に張り付いた。そのまま天井を蹴ってメル子の背後に着地をした。その首に刃物が押し当てられた。
「さあ、この子を無事に……」
次の瞬間黒乃が突進していた。激しいぶちかましを決めた勢いでナルを抱き寄せた。そのままさば折りを仕掛けた。
「ふんふんふん! メイドロボは人を傷つけるために生まれてきたんじゃない!」
「うああああああッ!」
黒乃山の必殺技を喰らいナルは悲鳴をあげた。しつこいくらいのさば折りのあと床に崩れ落ちた。
「メル子! 無事ですか!?」
「はい、私は大丈夫です」
ノエノエがメル子の様子を確認したが問題はないようだ。
地面に転がったナルは呆然とした表情を浮かべていた。
「ノエノエ……私は……」
ノエノエはナルに駆け寄り状態を確認した。そして信じがたいといった表情を浮かべた。
「これは……? 一体なぜ!?」
「ん? どうしたの?」
ノエノエはナルの肩に手を置いた状態で黒乃を見上げた。
「ナルが……更生をしています」
「ふーん、良かったね。え? どういうこと?」
一同の間に微妙な空気が流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます