第182話 月は無慈悲なロボの女王 その五
ハワイ
白いテーブルを囲んで皆神妙な面持ちでお互いを見つめ合った。
「ご主人様! これは一体どういう状況なのでしょうか?」
「うーむ……」
黒乃はテーブルに両肘をついて顔の前で手を組んだ。
「まず行方不明になっている
「ビーチで浮き輪で浮いているのは見ましたわよ」
マリーは欠伸をしながら答えた。既に夜も更けてきたので眠そうである。
「あいつ、まさか溺れたんじゃあるまいな!?」
一同の頭に不安がよぎる。ロボットなので水没したからといって即座にどうにかなるわけではない。安全機構が作動してスリープモードに入るはずだ。
桃ノ木が月のロボマッポ、通称ムーンマッポに連絡を入れた。ムーンマッポの話ではビーチの海は高度なセンサーで常に監視をしているため、溺れたものがいれば即座に検知できる仕組みのようだ。
「じゃあなんで帰ってきてないの!?」
「ご主人様、蘭丸君のことも心配なのですが、我々もなにかおかしかったように思います」
黒乃達は今日一日の出来事を思い返してみた。
朝から買い物をし、ビーチにでかけ泳ぎ、夜はビービーキュー。完全に合宿のことを忘れて遊び呆けていた。自分達は厳しい合宿にやってきたはずなのにだ。
「……月にきてからAIがおかしい」
「フォト子ちゃんもそう思いますか!?」
メル子は両手で頭を抱えてゆらゆらと揺らした。月と地球では環境が違う。重力は弱く、大気の成分も微妙に違うのだ。しかしその影響で月に来たものがこのような状態になったという話は聞いたことがない。
「なにか、こう、いつもと違うのです。働きたくないというか、どうにでもなれというか」
「ああ、それね! 私も感じてた」
「私も遊ぶことしか考えられなくなってたわね」
黒乃と桃ノ木も思い当たる節があるようだ。
「マリーちゃん達はなんともありませんか!?」
「なんともありませんわよ」
「わたくし達はいつも通りですわよ」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様たちはいつもと全く変わらず、自信と気力に溢れているように見えた。
FORT蘭丸の捜索にいきたいところではあるが、夜に見知らぬ土地をうろつくのは危険だ。ここはムーンマッポに任せることにした。
「しかし、ロコはどうしたんだろ」
「ロコさんを最後に見たのはビービーキューの時です」
マヒナのメイドロボであるロコはマヒナの指示で黒乃達の世話をしにやってきたはずだった。しかし今はその姿はどこにも見えない。
「皆様、お揃いですね」
その時、褐色肌のメイドロボがコテージに現れた。黒いショートヘアの隙間から鋭い視線が覗いている。
「ロコ! 探していたんだよ! うちのFORT蘭丸がいなくなってさ」
「ロコさん! どこに行っていましたか。なにかAIがおかしくて。心当たりはありますか?」
黒乃達は立ち上がってメイドロボに群がった。
しかしメイドロボの様子がおかしい。息を切らして俯いている。よく見るとメイド服が汚れているようだ。
「あれ、ロコ。どうしたの? 様子がおかしいけど。それとメイド服も汚れているし……なんかそのメイド服違くない?」
「黒乃山、私です。ノエノエです」
そのメイドロボのメイド服はキャビンアテンダントをベースにしたものではなく、ナース服をベースにしたものであった。
「ノエ子なの!?」
黒乃はよろけたノエノエを抱き抱えて椅子に座らせた。メル子は慌てて冷蔵庫から月用ナノマシン入りのドリンクを持ってきてノエノエに手渡した。
「皆様、このドリンクは全て捨ててください」
そう言うとノエノエはドリンクの封を開け床に流した。月のクレーターのような色をしたナノマシンの液体が排水溝へと流れていった。
「え!? これ毒なの!?」
「ロボットにある作用をもたらすナノマシンが含まれています」
一同は顔を見合わせた。突然の展開に不安の色が隠せない。
「ノエ子! 詳しく聞かせてちょうだい!」
「もちろんです、黒乃山」
黒乃達はコテージの中へと入った。カーテンを閉め戸締りをした。南国風の飾り付けがされたラウンジに集まりノエノエを囲んだ。
メル子にタオルをもらい体を清めたノエノエは落ち着いた声でゆっくりと語り出した。
「まずマヒナ様は現在囚われの身になっています」
「マヒナが!?」
「私達が静止軌道ステーションに着いた時に罠を仕掛けられ月へと連れ去られたのです」
「だからステーションにいなかったのですね!」
「囚われの身になった私達は隙を見てなんとか逃げ出そうとしました。マヒナ様が私だけを逃してくれたのです」
ノエノエの肩が少し震えた。彼女の後ろに立っていたメル子がその肩にそっと手を置いた。
「囚われたって誰に? 月にそんな悪い連中がいるの?」
「はい……」
ノエノエは心苦しそうに答えた。
「マヒナ様を攫ったのは私の姉妹のメイドロボ達です」
「!?」
「じゃあ、私達の世話をしにきてくれたロコが!?」
「はい。犯人の一味です」
「静止軌道ステーションにいたナウルさんもそうなのですか!?」
「そうです」
黒乃は口をぱくぱくと動かした。
「てか姉妹何人いるの!?」
「私を含めまして二十九人います。名付けて『MHN29』と言います」
「……アイドルみたい」
ノエノエは自虐的な笑みを浮かべた。
「ある意味アイドルと言えるかもしれません。マヒナ様と我々MHN29は月の象徴ですから」
「象徴?」
「それからご注意ください」
ノエノエは黒乃の話を遮った。
「このコテージにある食べ物は食べてはいけません」
「さっきの毒の話かしら」
「はい。皆様の食事にはある成分、またはナノマシンが含まれていました。それはある『気持ち』を呼び起こすものなのです」
「気持ち?」
「それは『働きたくない』という気持ち、『楽をしたい』という気持ちです」
皆それぞれ今日の出来事を思い起こしてみた。パズルのピースがはまっていくように自分達の行動を理解できた。
「この気持ちを呼び起こす成分は『シャフニートメタシン』と呼ばれています。皆様はそれを摂取したのです。ドリンクにはロボット用のシャフニートメタシンが、食べ物には人間用のシャフニートメタシンが含まれていたのです」
「そう言えばお嬢様は宇宙船の中でわたくしのドリンクを間違えて飲んでおられましたわ」
「まずかったですの」
「人間にはロボット用のものは効きませんので」
黒乃はプルプルと震えた。
「一体誰がこんなもんを開発したんだ!?」
「それは……」
ノエノエは立ち上がり一同をぐるりを見渡した。そして黒乃に視線を合わせて言った。
「この成分を開発したのはニコラ・テス乱太郎その人なのです」
「またあいつか!」
黒乃は仰向けにひっくり返って瀕死のゴキブリのようにピクピクと震えた。
「ニコラ・テス乱太郎は北海道での戦いの末、月に旅立ちました。そしてあろうことかこのハワイ基地に潜入してこの成分を製造していたのです」
「なんのために!?」
「月に社会不適合ロボ軍団を作るためにです!」
黒乃は全て合点がいった。街に溢れていたグータラロボット達はこの成分にやられていたのだ。恐らく現在月の宇宙エレベーターの建設が滞っているのもその影響であろう。
「あの変態博士! ろくなことせんな!」
「私の姉妹達もこの成分にやられ、博士の仲間となってしまったのです」
ノエノエは力を失ったように椅子に腰を下ろした。いつもの見るものをゾクゾクさせるような視線はすっかり衰えてしまっていた。
「マヒナ様は姉妹達を更生させるために月に戻ってきました。黒乃山、あなた方を月に招いたのもそれに力を貸して欲しかったからです」
ラウンジに静寂が訪れた。誰も口を開くことができなかった。
黒乃山はうなだれたノエノエの顎に指を添えて上を向かせた。二人の視線が交わった。
「ノエ子。全て理解できたよ」
「黒乃山……」
「マヒナもノエ子も私達の大事な仲間だ。だったらここにいる六人全員で力を貸すよ。絶対にマヒナを助け出して、姉妹全員を更生させて月を救ってみせる!」
一同も立ち上がり気合いを入れた。
「先輩、一緒に戦いましょう」
「……なにか面白そう」
「やってやりますわよー!」
「お嬢様にかかればちょろいもんですわよー!」
「あの、ご主人様……一人忘れていませんか……」
黒乃達の
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