第181話 月は無慈悲なロボの女王 その四
ハワイ
ここは二十一世紀にハワイからの移住者によって作られた最も古い月面基地の一つである。
一辺が五十メートルのコンクリート製の立方体を数えきれない程並べて作り上げられた巨大な基地である。
そのすぐ横では宇宙エレベーターが建築中であり、完成すればハワイ基地が月の中核になることは間違いない。
その内部はハワイ移住者によって第二のハワイと呼べるほどのリゾート地として作り上げられていた。
高級ホテル、高級コテージ、綺麗なビーチ、ショッピングモール。数ある月面基地の中でも屈指の人気を誇る。
ワイキキビーチに程近い林の中のおしゃれなコテージにゲームスタジオ・クロノスの面々が宿泊していた。
庭には白く丸いテーブルと白い椅子が並べられている。黒乃と桃ノ木はドリンクを飲みながら寛いでいた。
「ガハハ、まさか真冬に月で常夏を体験できるとは、まさに科学万歳だな」
「先輩、その水着素敵ですね。ハァハァ」
「桃ノ木さんの水着もナウいね」
朝さっそくショッピングモールに出向き水着を購入したのだ。
黒乃の水着は上がタンクトップになっている黒いタンキニだ。桃ノ木は紐を首の前で交差させて後ろで結ぶピンクのクロスホルタービキニだ。
「桃ノ木さんっていくつなの?」
「私はDカップですね」
「へ、へえ。そうなんだ」
「先輩、お乳は大きさではないですよ」
「だよね」
コテージから小柄なロボットが現れた。
「……れた」
「なんて?」
「……水着着れた」
フォトンが着ているのはブルゾンタンキニだ。青いロングヘアはお団子状に結い上げている。
「可愛いわ」
「いいね〜」
「シャチョー! 早く海に行きまショウ!」
続いて現れたのはFORT蘭丸だ。ギラギラと銀色に輝くパンツに、ビカビカと明滅しているゲーミング浮き輪を腰につけている。
「泳ぐ気満々だな」
「FORT蘭丸君って防水大丈夫なのかしら」
そして最後に現れたのはメル子だ。派手なフリルがついた青いマイクロビキニを纏っていた。何やら胸元を隠してもじもじとしている。
「着られました……」
「でっか! ででで、でっか!」
面積少なめの布地から
「布が少なすぎですよ!」
「布が少ないのではない。メル子のお乳が大きすぎるのだ。やっぱお乳は大きさが大事だよね」
全員が揃ったところでビーチに出かけようとした瞬間、隣のコテージからお嬢様たちが高笑いをあげながらやってきた。
「オーホホホホ! わたくし達をおいてどこに行こうとしていらっしゃるのかしらー!?」
「オーホホホホ! 日本伝統の水着をチョイスいたしましたわー!」
「スクール水着!?」
お嬢様たちが纏っているのは紺色の伝統的なスクール水着だ。頭には白いスイミングキャップを被っていた。
「マリーチャン! 可愛いデス!」
「アン子もスク水とはたまげたなあ」
黒乃は頭を上下左右にくねらせてアンテロッテを舐め回すように眺めた。
一行はコテージからビーチに向けて歩きだした。メル子は言わずもがな黒乃も背が高くスタイルだけはいいので通行人の目を大いに惹いた。
既に浜辺には大勢の観光客が押し寄せていた。ビーチ用のパラソルとチェアを広げて存分に南国を満喫しているようだ。
「あれ? なんだろうあのロボット達」
黒乃が気をかけたのは労働者風のロボット達だ。ビーチの脇のヤシの木の陰で何人ものロボット達が寝転んでいる。よく見ればビーチ付近だけでなく建物の陰にもちらほらとロボットが寝そべっているのが見えた。
「シャチョー! コンナいい天気の日に働くナンテあり得まセンよ!」
「お前はちゃんと働け」
ビーチに用意されていたパラソルに辿り着くと一人のメイドロボが一行を出迎えた。
「お待ちしておりました、黒乃様」
澄ました顔でお辞儀をしたのはメイドロボのロコだ。マヒナのメイドロボであり、ノエノエの姉妹なのだ。
褐色の肌にキャビンアテンダントの制服をアレンジしたメイド服を着ている。黒いショートカットの隙間から覗く鋭い視線に黒乃は心を撃ち抜かれた。
「あ、ロコ。お待たせ。えへえへ」
「ご主人様、ちゃんとしてくださいよ」
黒乃はパラソルの下のチェアに横になった。すかさずロコがマンゴーラッシーをいれてくれた。
「お、ありがとう」
「黒乃様、ワイキキビーチはいかがでしょうか?」
「いやーすごいね」
黒乃は海を見渡した。この海は一辺が五十メートルもあるコンクリート製の箱を大量に並べて作った人工的な海である。とはいえ実際は見た目ほど広くはなく、壁に南国の景色を投影しているのだ。
「こんな大量の水を地球から持ってくるのは大変だったろうにねえ」
「いえ、この海の水は月でとれた水です」
「月にも水があるの!?」
月面の土砂にはマイクロテクタイトと呼ばれる砂粒状のガラス球を大量に含有している。そのガラス球に水が含まれているのだ。コンクリート用の土砂を採掘する過程で自然と水を得られる。水が得られれば酸素を作り出すのも容易なことだ。
地球から水を運んでいたのは月面開発初期の頃だけである。
「この海の水は海産物の養殖だけでなく、飲料にも使われ、全ての資源は基地内で循環されています」
「ほえ〜、よくできてるなあ」
マンゴラッシーを飲みながらお嬢様たちを見た。二人は海に飛び込み華麗な泳ぎを披露していた。
その横ではFORT蘭丸が浮き輪でぷかぷかと水面に浮いていた。
フォトンとメル子は波打ち際で砂遊びをしているようだ。
桃ノ木は黒乃の隣で横になっていた。
「黒乃様、サンオイルをお塗りしましょうか?」
「ぐへへ、お願い」
ロコにオイルを塗りこんでもらっているうちにいつの間にか眠り込んでいたようだ。目を覚ました時には昼を過ぎていた。
ビーチを見るとお嬢様たちはまだ元気よく泳いでいた。
メル子はフォトンによって砂に埋められ顔だけが出ている状態になっていた。
FORT蘭丸は浮き輪に穴が空いたらしく、沖の岩場に取り残されていた。
「先輩、そろそろお昼にしましょうか」
一行はパラソルの下に集まった。本日の昼食はハワイ名物ロコモコだ。白米の上にハンバーグと目玉焼きを乗せたシンプルな丼である。グレイビーソースが味の決め手だ。
「さあ、皆様お召し上がりくださいませ」
「ロコさんが作ってくださったのですね!」
「……美味しそう」
「これ日本でも人気の丼よね」
黒乃はロコモコをがっついた。
「うまい! なんだろう、なんかうまい! この景色の中食べるからなのかすごくうまい! あれ? マリー達は?」
周囲を見渡すと彼女らは勝手にキッチンカーで何かを食べているようだ。
黒乃達は昼食を食べ終えて皆で昼寝をしたあとショッピングを楽しんだ。コテージに帰ると空調が聞いた部屋で再び昼寝をした。目を覚ました頃にはすっかりと日が落ちていた。
「ああ、よく寝た。そして腹減った」
「ちょっと寛ぎすぎましたかね」
するとロコが庭でビービーキューの準備をしているのが目に留まった。
「さあ皆様、夕飯はビービーキューをお楽しみください」
「おお!」
ビービーキューコンロの上には月で獲れた海産物や月のブランド牛である
「マヒナ様の計らいで最高級の月牛をご用意いたしました」
「うひょひょー」
「神戸牛より高いと言われる月牛のS6ランクのお肉ですよ!」
「……マリーちゃん達もくればよかったのに」
お嬢様たちは隣のコテージでやはりビービーキューをしていた。
黒乃達はたらふく肉を腹に詰め込んだ。
「ロボットの方々はこちらの月用ナノマシンの摂取をお忘れなく」
メル子達はロコが残したドリンクをチューチューと吸い込んだ。
ビービーキューが終わると面々は庭のジャグジーを堪能した。空を見上げれば巨大な箱の天井に夜空が投影されていた。
「あ〜、月最高〜。重力が弱いから体も軽〜い」
「ご主人様、私今日メイドロボのお仕事をなにもしなかったですよ〜」
「……もう地球帰りたくない」
「先輩、明日はなにをしましょうか」
圧倒的に弛緩した空気が流れた。全員空を見上げるだけで喋ろうとしない。
その静寂を破ったのはお嬢様たちであった。
「オーホホホホ! とんでもないお間抜けなお顔をしていらっしゃいますわねー!」
「オーホホホホ! 皆様一体なにをしに月にいらしましたのー!?」
その声に黒乃達は我に返った。
「あれ? 確かに。うちらなにをしに来たんだっけ?」
「ご主人様、合宿ですよ! すっかり忘れていました!」
マリーは辺りを見渡した。
「そういえばずっと蘭丸さんのお姿が見えませんけど、どうされましたの?」
「え!?」
確かにビーチ以降FORT蘭丸の姿を見ていない。
「あれー? どこいった?」
「ご主人様! なにか変ですよ!」
黒乃はジャグジーから這い出した。アンテロッテが手を貸してようやく立ち上がった。
「そうだ、ロコは? ロコに話を聞いてみよう」
一同はコテージの中を探したがロコはどこにもいなかった。
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