第178話 月は無慈悲なロボの女王 その一

 ゲームスタジオ・クロノス。浅草の静かな路地に佇む古民家がそれだ。歴史を感じさせる古めかしい日本家屋ではあるものの、隅々まで手入れが行き届いている。

 その仕事部屋で四人は一心不乱に作業をしていた。


「黒ノ木シャチョー!」

FORT蘭丸ふぉーとらんまる、どした!」


 声を上げたのは見た目メカメカしいプログラミングロボのFORT蘭丸だ。


「例の特定の条件でフリーズする現象デスが原因を突き止めまシタ!」

「ほう、よくやった」

「原因はゲーム部分ではナクて、ロボリアルエンジンのコア部分にありまシタ!」

「ほんとかい」

「間違いありまセン!」


 FORT蘭丸は自信満々に頭の発光素子を明滅させた。


「眩しっ!」

「スイマセン!」

「じゃあロボリアルの公式にこの件を報告してパッチを当ててもらうから。フリーズっていう緊急性の高い症状だから明日にはパッチくるでしょ」

「わかりまシタ!」

「しかしエンジン側に問題があることもあるんだなあ」

「よくありマス!」


 しばらく作業を続けていると隣に座っているお絵描きロボの影山かげやまフォトンが立ち上がり踊り始めた。青いロングヘアがふわふわと空を切った。


「どしたのフォト子ちゃん」

「……えへへ、クロ社長見て見て」


 フォトンがポケットから取り出したのは金色に輝くメダルであった。メダルには第三十回浅草アートコンテストの文字が刻まれていた。


「なにこれ!?」

「……うふふ、コンテストで金賞取ったの」

「え!? すげぇ! はい! 皆さん聞いてください! フォト子ちゃんが金賞取りました!」


 メンバーがフォトンの周りに集まってきた。皆でフォトンのデスクのモニタを覗き込んだ。


「おお! これがフォト子ちゃんの絵か!」

「スゴイ! デス……」

「すごい! わね……」


 なんとも形容し難いおどろおどろしい物体が描かれていた。よく見ると他の受賞作品も似たような雰囲気のアートが多いようだ。

 皆青ざめた顔で自分のデスクに戻った。


「これ、なんのコンテストなの……」

「先輩、ところで合宿の件はどうなりましたか?」


 向かいの席から声をかけてきたのは桃ノ木桃智もものきももちだ。赤みがかったショートヘアにテカテカ赤く光る厚めの唇が色っぽい。


「その件だがようやく準備が整ったよ」

「シャチョー! 今度はドコに行くんデスか!? もう山登りは嫌デスよ!」

「……近場がいい」

「先輩とならどこにでも行きますとも」


 黒乃は邪悪な笑みを浮かべて窓を開け軒先に出た。そして青い空を指差した。


「あそこに行く」


 ぞろぞろと軒先に集まり空を見上げた。そこには光り輝く太陽、そして……。


「シャチョー! まさか月に行くんデスか!?」

「その通りだ!」


 皆呆然と月を見上げた。なぜ合宿で月に行かなくてはならないのだろう。青空に浮かぶ月はうっすらと頼りなく、空に一滴落とした絵の具のシミのようだ。


「さあ皆さん、お昼が出来上がりましたよ! 食堂へおいでませ!」


 青空よりも爽やかな声に一同は我に返った。食堂へ集まりメル子の手料理を食べ始めた。


「皆さんどうされましたか? なにか上の空ですが」


 メル子はほとんど喋ろうとしない面々をみて訝しんだ。


「女将サン! 月になんてイケるわけないデスよ!」

「……遠すぎる」

「先輩、旅費はどうしますか?」


 次々に疑問が投げかけられた。


「ああ、月に合宿にいく件ですね。皆さんしっかりと準備をしてくださいね」

「女将サン! モウ行くのは決定なんデスか!?」

「……ボク、パスポート持ってないよ」

「ロケットで失神しないか心配だわ」


 黒乃は手を叩いた。


「みんな落ち着いて。まず我々が月に行くのは『招待』されたからだ。マヒナに招待されたのだ」

「なぜマヒナサンが!?」

「わからん! 極秘事項だそうだ。だから旅費は全て向こうもちだ!」

「……イヤな予感がするけど」


 フォトンは冷や汗を流した。偏光素子が内蔵された髪の毛がグレーに変化した。


「次にロケットには乗らない! 今は宇宙エレベーターがあるからね。誰でも気軽に宇宙に行ける!」

「宇宙エレベーターってなんデスか!?」

「更にパスポートはいらない! 宇宙エレベーターは太平洋の公海上に設置されているからだ! 月も宇宙条約によりどの国にも所属しない世界で共有するべき土地と定められている。区役所で渡航許可証を貰えばいいだけなのだ!」


 少しずつ事態が飲み込めてきたようだ。それにつれて箸の動きも活発になる。


「モグモグ、女将サン! 美味しいデス!」

「ありがとう」

「デモ結局月へは何しに行くのかがワカリマセン! 合宿なんデスか? 作戦なんデスか?」


 FORT蘭丸はメル子におかわりを要求しながら聞いた。


「目的はもちろん強化合宿だ! 月という特殊な環境で新しいゲームの発想を考えるのだ! マヒナに招待されたのはいわば建前。我々は我々のために月にいくのだ!」


 黒乃が高らかに宣言したが誰ものってこなかった。しかし食事で腹が満たされていくと次第に心も落ち着いてきた。


「……月ってなにが食べられるの」

「名物の月見ラーメンは食べたいわね」

「シャチョー! 招待さレタということは、高級ホテルに泊まるんデスよね!?」

「甘ったれるな! 単なる宇宙旅行と思うなよ!」


 一同は宇宙を夢見ながら食事を堪能した。



 ——月合宿当日。

 黒乃達は飛行機のタラップから宇宙エレベーターの足元に広がる地上ステーションに降り立った。

 ここ地上ステーションは太平洋の赤道上に浮かぶ巨大な人工島だ。島と言っても海に浮かぶ巨大なコンクリートの上に作られた島である。この島には各国の輸送船や航空機がひっきりなしに訪れ、一つの街を形成していた。


「うひょー! これが宇宙エレベーターか! でかい!」

「ご主人様! 上が見えませんね!」


 一同は宇宙まで続く長大なケーブルを顔を上げて眺めた。ケーブルには何機かのケーブルカーがしがみついているのが見えた。


「アノ新幹線みたいな乗り物で宇宙にイクんデスね!」

「……あの中で何日か過ごすんでしょ」

「お風呂はあるのかしら」


 空港を出て地上ステーション内部に入るとそこは人で溢れかえっていた。世界中から人が集まっているため人種も様々だ。特にロボットの比率が多い。宇宙開発にはロボット達の活躍が必要不可欠だ。


「うう、人が多い……」

「ご主人様、しっかりしてください!」


 メル子は黒乃の手を引いて歩いた。


「先輩、荷物これだけで大丈夫なんですか?」


 全員リュックサック一つだけの軽装だ。


「ええ? ああ、うん。やっぱり運搬にはお金がかかるからみんな軽装なんだよ。必要なものは現地で揃えないと」


 宇宙エレベーターはロケットに比べて格段に輸送コストが低くなってはいるが、あくまで宇宙開発用の物資が優先される。またセキュリティが空港より遥かに厳重なので、一定量以上の荷物のチェックは有料になってしまうのだ。また宇宙側は地上に比べて無菌に近いので検疫も重要だ。宇宙へ病原菌を運ばないように何重もの検査が行われる。

 宇宙では物資こそが最優先。質量こそが価値を表す。宇宙開発の歴史はいかに宇宙にものを運ぶかの歴史と言っていいのだ。


「やあ黒乃山、待ってたよ」

「マヒナさん! ノエ子さん!」

「ヒィッ!」


 ケーブルカーの搭乗ゲートで一行を待ち構えていたのは褐色ショートの美女マヒナと褐色ショートのメイドロボノエノエであった。


「二人とも、今回は招待してくれてありがとうね」


 黒乃は二人とハグを交わした。もちろんしっかりとノエノエのお乳を揉んだ。


「よしじゃあみんな、これから数日かけてこの宇宙エレベーターを登っていくわけだけれども」

「楽しみデス!」

「ここで皆さんにお知らせがあります。搭乗チケットの手配にすったもんだがありまして」

「……なに?」

「二手に別れてケーブルカーに乗ることになりました」

「先輩、どういうことですか!?」

「えーと、わかりません!」


 皆ざわざわと騒ぎ始めた。


「不手際を起こしたのは我々なので、私とメル子は責任とってこの後の便に乗っていくから。みんなは先に静止軌道ステーションに行ってて」

「シャチョー! 後の便って高級ケーブルカー……」

「FORT蘭丸!」

「ハイィ!?」

「みんなを頼んだぞ」

「ハイィ!」


 こうして黒乃とメル子は他のメンバーがゆっくりとケーブルカーで登っていくのを見送った後、一際豪奢なケーブルカーに乗り込んだ。一般用のカプセルタイプの小部屋が並んでいるケーブルカーと違い、黒乃達の車両にはリッチな個室がついている。


「ご主人様……これで良かったのでしょうか」

「メル子、しょうがないんだ。たまにはメル子と二人きりでリッチに過ごしたいから、あいつらには一番安い車両に乗ってもらった。社長の特権てやつさ」

「はぁ……」

「さあ、せっかくの月旅行。楽しく行こうよ!」

「ですね!」


 二人は腕を組み、スキップをしながらケーブルカーに乗り込んだ。


 ケーブルカー内部はホテルのような作りになっており、個室が並んだエリアとロビー、浴場、食堂が並んだエリアがある。

 黒乃達はロビーで寛ぐことにした。


「いやー、ほんとにホテルみたいだ」

「景色もいいです!」


 ロビーの窓からは地上ステーションを一望することができた。その周囲に広がっているのは果てしない海だ。


「あれ!? もう登ってない?」

「加速を全く感じないので気が付かなかったですね」


 地上付近は重力が強いので加速は小さくしている。宇宙に近づくにつれて重力が弱くなるので加速は大きくできる。

 ゆっくりと地上ステーションが小さくなっていくのがわかった。海を走る巨大なタンカーが池に浮かぶ落ち葉のように見える。


「おお〜」

「飛んでいる飛行機を上から見下ろしています!」


 二人はしばらくその景色に見惚れた。


「さてと、じゃあそろそろメル子先生の収録でもしようか。その後部屋に入って寛いでから夕飯を……」

「そうですね、まずは収録を……こちらが台本です……」


 ケーブルカーが登るにつれて重力は弱くなるはずであるが、二人の気持ちはそれとはうらはらに沈んできた。


「あれ? なんだろう、この気分」

「ご主人様、私は大体予想がついてきました」

「ああ、そういうことか……」


 その時、宇宙の虚無から迫り来るようなコズミックな声がロビーに響き渡った。


「オーホホホホ! どうして庶民の方が高級ケーブルカーにいらっしゃるのかしらー!?」

「オーホホホホ! 乗る車両を間違えていらっしゃいますわよー!」

「「オーホホホホ!」」


 現れたのは金髪縦ロールにシャルルペローの童話に出てくるようなドレスを纏った二人組であった。


「だと思った!」

「知っていました!」


 こうしていつものように宇宙合宿にお嬢様たちが加わったのであった。

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