第173話 大雪です! その二
隅田公園は一面雪に覆われていた。隅田川を挟み、言問橋によって四分割された浅草っ子憩いの公園である。
いつもであれば公園の真ん中を突っ切る隅田川を水上バスがひっきりなしに往来しているはずだが、この大雪のため全便運休をしているようだ。
その公園の雪を黒乃達は踏みしめていた。
「おお、おお! 新雪だ! まだ誰も来ていないね」
「広場の方は人が結構いましたけど、こちらの森の方は誰もいませんね」
「黒ノ木シャチョー! ドウシテ雪合戦なんてしないといけないんデスか!?」
見た目メカメカしいロボットが頭の発光素子を明滅させながら抗議をした。
「どうしてって、雪が降ったら雪合戦でしょうが」
「セッカクお休みだと思ったノニ!」
「蘭丸君、レジャーだと思って頑張りましょう!」
黒メル子は
「……い」
体の小さな青いロングヘアのロボットが何かをつぶやいた。
「なんて?」
「……寒い」
「フォト子ちゃん凄いです! 迷彩色ですか!?」
「見てくださいましー!」
「向こうから相手チームがやってきましたのよー!」
お嬢様たちが指を差した先にはそうそうたる顔ぶれのメンバーが揃っていた。
「やあ、黒乃山。お誘いありがとう」
「ふふふ、いつぞやの借りを返させてもらいますよ」
進み出てきたのは褐色の美女マヒナとそのメイドロボノエノエだ。雪が積もっているというのに露出の高い衣装はいつものままだ。
「黒乃 メル子 雪合戦 たのしみ」筋肉によってゴスロリメイド服がはち切れそうになっているのはマッチョメイドだ。
「おう! マッチョメイド。楽しんでいってちょうだい」
「黒乃さん、メル子さん、ごっちゃんです!」マワシいっちょで現れたのは大相撲ロボだ。
「お前、その格好で来たの!?」
「ウホ」雪の上を飛び跳ねているのはゴリラロボだ。浅草動物園が雪で休園になっているので遊びにきたようだ。
「ゴリラロボ! 雪合戦が終わったらバナナをあげますからね!」メル子はゴリラロボの頭を撫でた。
「ニャー」大きなグレーの毛並みのロボット猫がメル子の胸に飛び込んできた。
「チャーリー! 猫は雪は苦手のはずでは!?」
「フハハハハ、女将。雪合戦会場はここか?」
「美食ロボ!?」
着物を着た恰幅の良い初老のロボットが着物の袖に手を入れて雪の上に仁王立ちしていた。
「美食ロボも遊びたかったのかな……」
こうしてチームメンバーが揃った。
黒乃チーム。
黒乃、メル子、マリー、アンテロッテ、FORT蘭丸、フォトン、黒メル子。
マヒナチーム。
マヒナ、ノエノエ、マッチョメイド、大相撲ロボ、ゴリラロボ、チャーリー、美食ロボ。
七対七の試合となる。
試合は二つの陣地に分かれて行われる。雪玉を作りそれを投げて相手に当てる。当てられたメンバーはアウトとなり退場しなければならない。全てのメンバーがアウトになったら負けだ。それぞれの陣地にはフラッグが設置され、それを取られても負けである。
「ご主人様!? あんな連中に勝てるわけがないですよ!」
「ふふふ、相手が強ければ強いほど勝負は燃えるのさ」
「バトルマニアみたいなことを言っています……」
勝負が始まった。フィールドは公園の森の中である。樹木が天然の防御壁となる。
「しかし実際敵チームの身体能力は我々の比ではありませんよ。どうやって戦うのですか!?」
「もちろん、作戦がある。チャーリー!」
黒乃が声をあげると茂みの中からチャーリーが現れた。
「チャーリー!? なにをしにきましたか? 敵ですよ!?」
黒乃はチャーリーにスモークサーモンを与えた。チャーリーはそれにバクバクと齧り付いた。
「くくく、チャーリーは既に買収済みなのだよ。こいつに相手の情報を貰おうって寸法さ」
「卑怯です!」メル子は口をあんぐりと開きプルプルと震えた。
「ふんふん、なになに? ゴリラロボとマッチョメイドと大相撲ロボがフォワードで、マヒナとノエノエがバックスでフラッグを守る? フラッグはひょうたん池の近くに設置してある? でかした!」
情報を伝えるとチャーリーは再び茂みに帰っていった。
「よし! 全軍進撃!」
「全員で行くのですか!? フラッグは守らなくていいのですか!?」
「チャーリーに嘘のフラッグ情報を持たせた。敵がフラッグを探しているうちに一気に仕留める」
「シャチョー! 名軍師デス!」
「……卑怯が極まってる」
黒乃達は木に身を隠しながら進んだ。するとゴリラロボが両手に雪玉を持って歩いてくるのが見えた。素早く身を隠したが大所帯のため簡単に発見されてしまった。
ゴリラロボは木の陰から雪玉を投げてきた。
「合図を出したら全員で波状攻撃を行う! その間にお嬢様たちは向こうの木に回り込め!」
「ラジャーですわー!」
黒乃達は一人ずつタイミングをずらしながら雪玉を投げた。こうすることで敵は常に投擲にさらされることになる。たまらずゴリラロボは木に隠れた。
その隙にお嬢様たちはゴリラロボの背後に回り込んだ。
「隙ありですわー!」
マリーとアンテロッテは背後からゴリラロボに雪玉を投げつけた。見事命中し、ゴリラロボはアウトとなった。
「ウホ!」
しかし次の瞬間アンテロッテが雪玉を喰らっていた。
「やられましたわー! 誰ですのー!?」
「アンテロッテー!」
どうやら雪玉はかなりの遠距離から投げられたようだ。相手の姿は見えない。
「誰だ!? 残るフォワードはマッチョメイドと大相撲ロボだから……」
「ズーム機能で調べます!」黒メル子は周囲を見渡した。すると大相撲ロボが突進してくるのが見えた。
「ご主人様! 大相撲ロボが突撃してきます! しかしこれは罠かと!」
「わかった! 私とメル子と黒メル子で大相撲ロボの足止めをする。その隙にフォト子ちゃんは迷彩機能を活かしてマリーと合流して!」
「……やってみる」
黒乃は迫り来る大相撲ロボに雪玉を投げつけようとした。その瞬間手に持った雪玉が吹っ飛ばされた。
「多分マッチョメイドの狙撃だこれ!」黒乃は慌てて伏せた。
狙撃に怯んだ隙に大相撲ロボが黒乃達の横をすり抜け突き進んでいった。
「チャーリーに教えた嘘のフラッグの場所に向かったな。FORT蘭丸!」
「ハイィ!?」
「デコイ発動!」
「ハイィ!」
FORT蘭丸がデバイスを弄ると雪の中から丸メガネ人形が飛び出した。空気で膨らむ風船である。それに驚いた大相撲ロボは慌てて雪に伏せた。しかしお尻が丸出しだったため、あえなくお尻に雪玉を受けアウトとなった。
「FORT蘭丸に命じて我々が来る前からトラップを仕込ませておいたのだ!」
「この大雪の中可哀想に……普通に仕事をしていた方がマシでしたね」メル子は心底同情した。
ズーム機能で戦場を監視していた黒メル子はマッチョメイドを発見した。なんとひょうたん池の中に潜って狙撃を繰り返していたのだった。
「そりゃ見つからないわけだわ」
「ご主人様! 私に作戦があります!」黒メル子が池の方へ進み出た。
「マッチョメイドの注意を引いてください!」
「わかった!」
先行して進んでいるマリーとフォトンに指示を出した。それを受けて二人は敢えてマッチョメイドに見つかる位置を進んだ。めざとくマッチョメイドは二人を見つけ池の中から狙撃をした。雪玉はマリーを確実に捉えた。
「マッチョメイド強すぎですのー!」
しかしその隙をついて黒メル子はこっそりと池に近づいていた。そして池に向けてフリージングブレスを吹きかけた。みるみるうちに池は凍りつき、中にいたマッチョメイドは氷像と化した。
「ブレスのパワーが凄い!」
「博士にリミッターを解除してもらっていますので」黒メル子は威張った。
「これ反則ではないのですか……」メル子はプルプルと震えた。
前線の強敵は全て排除した。残すはマヒナ、ノエノエ、スパイのチャーリーだ。
黒乃側は黒乃、メル子、黒メル子、FORT蘭丸、フォトンが健在だ。
「よし! 今が勝機だ! マヒナ達に総攻撃をかける!」
「「はい!」」
フォトンは迷彩を活かして雪に紛れながら進んだ。黒乃達は別ルートで相手フラッグを挟みこむように移動した。
「おかしいな……チャーリーの情報ではここらにフラッグがあるはずなんだけど」
その瞬間、FORT蘭丸は顔面に雪玉を喰らい吹っ飛んでいた。
「グッパァー! やられまシタ!」
次々に雪玉が降り注いできた。
「これは罠です! 偽情報を掴まされて誘い込まれたのです!」
「ニャー」
「あ、チャーリー貴様ーッ! 裏切ったなー!」
黒乃は目の前に現れたチャーリーを捕まえようと飛び出した。その隙を逃さず雪玉が降り注いだ。
「ご主人様! 危ないです!」メル子が飛び出し黒乃を庇った。メル子は雪玉の雨を浴びてアウトとなった。
「メル子ォォォォォオオ!」
「ご主人様! 見えました! マヒナさんとノエノエさんは上です!」黒メル子は頭上を指差した。
慌てて黒乃と黒メル子は死角に隠れた。どうやらマヒナとノエノエは雪玉を大量に作って木の上で待ち構えていたらしい。
「どうしよう。木の上にいられたら攻撃できないよ」
「ではフラッグを探すしかありません!」
先行して潜んでいたフォトンから合図があった。フラッグを見つけたようだ。しかし遮蔽物がない場所に設置されているので雪玉を受けずに取るのは難しい。
「ご主人様!? どうしますか!?」
「ここはご主人様がマヒナとノエノエと勝負をする! その隙にフラッグを取って!」
「無茶ですよ!」
黒乃は走った。マヒナ達が登っている木へと向かって突進をする。それを見てフォトンと黒メル子もフラッグへ走った。
三人へ向けて雪玉が降り注いだ。フォトンは雪玉を受けて倒れた。黒メル子は雪玉をかわしながら突き進んだ。
「ふにょにょにょにょ! 黒乃山のぶちかましを喰らうにょきー!」
黒乃は勢いよく木にぶちかましを決めた。その衝撃で木が大きく揺れ、樹上の二人はバランスを崩し雪の上に着地をした。
「やりました! フラッグを取りました!」
黒メル子は高々とフラッグを掲げた。冬の太陽がフラッグの布越しに光を放った。
「やった! 黒乃チームの勝利だ!」
マヒナとノエノエは力無く雪の上に膝をついた。
「なんてことだ。さすが黒乃山」
「やられました。お見事です」
黒メル子はフラッグを持って黒乃に走り寄ってきた。そして黒乃に飛びつき二人はしっかりと抱き合った。
「ご主人様!」
「黒メル子!」
マヒナとノエノエは二人に拍手を送った。
しかし、その時……。
「店主、ちょっと聞くがこれは本物のフラッグか?」
突然美食ロボが姿を現した。その手には黒乃チームのフラッグが握られていた。一同は呆然と美食ロボを眺めた。
「おいコラ、美食ロボ。そのフラッグはどうした? まじりっ気なしのうちのフラッグだよ」
「ほほう、では教えてくれ。本物のフラッグとはなんなのだ?」
「え!? それは雪合戦で勝敗を決めるのに使うフラッグだよ」
「ふうむ、雪合戦か。そもそも雪合戦とはなんなのだ。雪を投げるから雪合戦なのか? 南国にも雪合戦はあるのか? このフラッグが本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一にフラッグとは何か?」
「え? いやそれは……」
「フラッグの定義もできないくせに雪合戦というのはおかしいじゃないか」
「やかましい」
全員で美食ロボに雪玉を投げつけた。
しかしどうやら美食ロボは普通に黒乃チームのフラッグを取っていたので勝負はマヒナチームの勝利となった。
勝負の後の帰り道。黒乃はメル子と黒メル子に挟まれて歩いていた。
「ああ、疲れた。なんだったのあの戦いは」
「ほんとですね」メル子はフラフラと歩く黒乃を右から支えた。
「でも楽しかったですよ」黒メル子は左から黒乃を支えた。
三人は雪で足を滑らせまとめてひっくり返った。仰向けになったまま雪の上でしばらく笑った。
「そうだよね。楽しかったね。また三人で遊ぼうね」
「「はい!」」
午後の日差しは積もった雪をゆっくりと溶かしていった。
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