第168話 アルティメットVSスプリーム その一

 黒乃とメル子は広い屋敷にいた。和室の畳の上には漆塗りの膳が並べられており、その上には緑茶と菓子が置かれている。金刺繍が施された肉厚の座布団に座った二人は茶碗を手に取り一口飲み込んだ。部屋の外には日本庭園が広がっており、細かな部分まで手入れが行き届いているのが見えた。


「いや〜、すごいね。各界の著名人が集まっているよ」

「本当ですね」


 銀座ロボ越の会長、ロボ井ロボ友銀行の頭取、ロボ日新聞の社主。業界の重鎮達だ。

 床板が軋む音と共に足袋たびが床を擦る音が聞こえた。それぞれ談笑していた重鎮達は瞬時に静まりかえり、その音の主が現れるのを待った。


「先生!」

「先生!」


 デデーン! 廊下から現れたのは着物を着た恰幅のよい初老のロボットであった。鋭い眼光を放ち一同を睨めつけた。

 美食ロボ。この高級会員制料亭『美食ロボ部』を主催する食のカリスマロボットである。浅草の食を支配し、全ての飲食店を美食ロボ部の傘下に収めた。故に彼は料金を支払わない(自分の店だから)。

 

 美食ロボは腕を組んだまま上座へ座ると一同を順に見渡した後、威厳のある声で話し始めた。


「ご出席の方々。我が美食ロボ部へようこそおいでくださった。まずはかねてより制作を進めていた献立こんだてが完成した事をご報告せねばなりますまい」


 その言葉に出席者達にざわめきが広がった。


「先生! ではとうとう例の『スプリーム献立』が完成したというのでしょうか!?」

「フハハハハハハ。その通り。日本の食を見つめ直し、原点に立ち返り、食とはこういうものだという真髄を突き詰めた献立。それが『スプリーム献立』である。本日はその献立を皆様に味わっていただこうとこの席を設けさせてもらった」


 一同から大きな拍手が巻き起こった。美食ロボは手を挙げてそれを制した。


「しかし一部の不届な輩が『アルティメット献立』などというわけのわからないものを立ち上げ、我が『スプリーム献立』に対抗しようなどという動きがあるようだ」

「なんてやつらだ!」

「無礼にも程がある!」


 美食ロボは肩を怒らせて笑った。


「所詮は伝統がなんたるかもわからない子ウサギ共のやる事だと放置していたが、こうも我々にたてついてくるとなれば話は別だ。よって我が美食ロボ部はアルティメットVSスプリームの対決の席を設けることにした」


 皆から一斉に拍手が巻き起こった。それを合図に美食ロボ部の仲居達が一斉に料理を運んできた。


「対決は献立一品ごとに勝敗を付ける形で行う。アルティメットとスプリーム、それぞれ召し上がっていただき、どちらかに投票をしてもらう。まずは前菜の対決から始めたいと思う」


 すると部屋に巨大な体躯のメイドロボが現れた。ゴスロリメイド服の下からはち切れそうに筋肉が盛り上がっている。


「おで 前菜 つくった みんな たべる」


 マッチョメイドが作ったのは『ナスのマリネ』だ。ナスを半分に切り、火を通す。その上にネギ、昆布、トマト、柚の煮こごりを乗せる。


「おお、綺麗だなあ。煮こごりに光が反射して色とりどりの食材が光り輝いているよ」

「煮こごりがナスに染み込んで噛み締めるたびに食材の旨みが滲み出てきます。マッチョメイド! 凄いですよ!」


 皆マッチョメイドの料理に舌鼓を打った。


「見事だ!」

「なんという繊細な技巧」


 美食ロボもナスのマリネを口に運んだ。


「ほう? 何かの野菜を半分に切って何かこうトロッとしたものを上に乗せている。酸味があって、こう、柔らかくて、あの、うまい! フハハハハ! 少しはできるようだな。次は『スプリーム献立』の番だな。ロボ三ろぼぞう!」


 呼ばれて現れたのは坊主頭の板前ロボだ。


「これが本日『スプリーム献立』の調理を担当するロボ三だ」


 紹介を受けた板前ロボは深々と頭を下げた。


「皆様、よろしくお願いします。ロボ三と申します。では『スプリーム献立』の前菜『ロボ焼き玉子』をお召し上がりください」


 見た目は普通の厚焼き玉子だ。黒乃はそれを箸でつまみ口に入れた。


「うーん、もぐもぐ。あっまいな〜これ」

「ご主人様、甘いですね」

「甘いね」


 ロボ三は元気よく答えた。


「お子様でも食べやすいように甘さ強めにしてあります! さらに子供が大好きなウィンナーも入っています!」


 黒乃とメル子は首を捻った。


「料亭で子供向けの料理を出すなあ!」

「ウィンナーって……前菜というのを忘れているのでは」

「うまうまですわー!」

「あ、マリーには好評みたいね」


 美食ロボがロボ焼き玉子を口に運んだ。


「フハハ、甘い。この甘さこそが、甘い。ロボ三!」

「先生! なんでしょうか!」

「砂糖を多めに入れたな?」

「入れました!」

「この美食ロボの舌を誤魔化せると思ったか! ちょこざいな!」

「ごめんなさい!」


 双方食べ終えたので投票が行われた。満場一致でマッチョメイド、つまり『アルティメット献立』の勝利である。


「やりました、マッチョメイド!」

「幸先いいね」


 マッチョメイドに拍手が送られると彼女は一礼をして去っていった。


「フハハハハ! やりおるわ。だが次のスープ対決はどうかな」


 再び仲居達が料理を運んできた。椀の中には透き通った汁が張られている。


 部屋に褐色肌のメイドロボが現れた。ナース服をアレンジしたメイド服がセクシーなノエノエである。黒いベリーショートの前髪の隙間から不適な目を覗かせている。


「私が作ったのは『オックスボールスープ』です。ハワイではオックステールスープがよく食べられます。それをアレンジしました。まずはスープを召し上がってみてください」


 皆ざわめきの中スープを啜った。


「これは牛テールスープだな」

「よくテールの出汁が取れてはいるがそれだけじゃないか」

「これがアルティメット献立なのかね?」


 ノエノエは不敵に笑った。


「お待ちください。このスープは味変をしながら楽しむスープなのです」


 ノエノエが合図を出すと仲居達が膳に小皿を配って回った。その皿にはビー玉程の大きさの透明な玉がいくつも転がっていた。


「これは?」

「それは味変ボールです。各種素材をゼラチンで固めたものです。それをスプーンに乗せてスープをすくって口の中にいれてください」


 皆指示通りスープを飲んだ。


「うわー、これうっま〜。赤いボールはビーツと唐辛子味だ。ピリ辛で一気にゴージャスなスープになったな」

「ご主人様! こっちの緑のボールはパクチーとほうれん草です! これは癖になる強烈さですよ!」


 美食ロボはオックスボールスープを啜った。


「ふうむ。これは豚のスープ……いや鶏……フハハハハ! この美食ロボを試そうというか! こっちの黒いボールは濃厚な生臭さがすごくて美味しい! なにか、こう、いい感じ! フハハハハ! ロボ三!」

「はい!」


 ロボ三が作ったのは『あゆのロボ味噌汁』だ。炭火で丁寧に焼き上げた鮎を贅沢にも白味噌仕立ての汁に乗せている。


「うおお。味噌汁のお椀の中に鮎が一匹浮いている」

「なかなか豪勢ですね」

「うーん、味噌汁は美味いけど味濃いな」

「濃いですね」

「濃すぎて鮎の味が飛んでしまっているかも」

「鮎が食べやすいですわー!」

「お子ちゃまには鮎の苦味が消えてていいのかもね」


 美食ロボは味噌汁を啜った。


「うーむ、赤味噌の豊かな、あれが鮎の肝の、あれを引き立てておるわ。ロボ三!」

「はい!」

「ロボ味噌を多めに入れたな?」

「入れました!」

「フハハハハ! 腕を上げたなロボ三」

「ありがとうございます!」


 二品目、スープ対決の審査に入った。投票の結果勝ったのはノエノエのオックスボールスープだ。アルティメット献立の二連勝である。


「やった! アルティメット側の二連勝だよ!」

「スプリーム側を追い詰めましたね!」


 美食ロボを見ると腕を組んで目を閉じていた。その口元には微かな笑みが浮かんでいた。


 三品目は魚料理での勝負となる!

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