第169話 アルティメットVSスプリーム その二

 浅草に悠然と構えるお屋敷。その一室で世紀の対戦が繰り広げられていた。畳の上には整然と膳が並べられ、各界の著名人が膝を突き合わせている。

 その上座には一際存在感を放つ初老のロボットが満足げな表情を浮かべていた。


 アルティメット献立VSスプリーム献立。その第三回戦が始まろうとしていた。

 第一回戦。前菜の勝負はアルティメット側マッチョメイドの『ナスのマリネ』とスプリーム側ロボ三ろぼぞうの『ロボ焼き玉子』の対戦。勝敗はアルティメット側の圧勝であった。

 第二回戦。スープの勝負はアルティメット側ノエノエの『オックスボールスープ』とスプリーム側ロボ三の『鮎のロボ味噌汁』の対戦。やはりアルティメット側の圧勝だ。


「ご主人様! ここまでアルティメット側の優勢ですよ! 次で勝負を決めてしまいましょうよ!」

「おお、おお! 次は魚料理の勝負ね。こちらの担当は……」


 すると部屋に金髪縦ロールのメイドロボが現れた。


「オーホホホホ! 魚料理を担当しますのはわたくしアンテロッテでございますわー!」


 アンテロッテの合図と共に仲居達が運んできたのは『あゆのポワレ』だ。ポワレとは魚をカリッと香ばしく焼く調理法の一種である。さらにそこにアロゼというフライパンに溜まった脂を回しかけながら焼き目をつける手法を加える。


「おお、これが鮎かね!?」

「見た目では鮎とわからないが」

「オーホホホホ! こちらは鮎を炭でさっと焼き上げたあと、身、皮、肝にわけますのよー!」


 集めた身は丸い筒に入れて固め、その状態でフライパンで焼き上げる。肝はワイン、バターを加えてソースにする。最後にカリッと焼き上がった皮を砕いてまぶせば完成だ。


「うわー! めっちゃうまそう。綺麗だし豪勢だなあ。しかし鮎被りしてしまっているのが気になるな」

「スプリーム側のスープは鮎でしたからね……。でも凄い技術です!」


 皆鮎のポワレをスプーンを使い口に運んだ。


「おお! 最初に鮎の肝の濃厚な野趣溢れる香りが来てから、柔らかで淡白な白身の香りが追いかけてくる。最後に香ばしい皮の香りでラストスパートだ!」

「鮎の旨みを完全に活かすのは塩焼きしかないと思っていましたが、この料理はフランス料理の手法で旨みを活かしきっています!」


 美食ロボが鮎のポワレを口に運んだ。


「ふーむ、柔らかい白身が何の魚かはわからないけど不思議な香りがして美味い。この巧みに丸くまとめられたのが、なんというか、綺麗ですごい!」


 一同から大きな拍手が巻き起こった。アンテロッテは恭しく一礼をすると奥に帰っていった。

 次はスプリーム側の魚料理である。ロボ三が現れると仲居達が次々と茶碗を運んだ。


「え? これって?」

「ご主人様、これは!?」


 目の前にあるのは『鮎のロボ炊き込みご飯』である。


「また鮎!?」

「被せすぎです! しかも炊き込みご飯って魚料理に入りますか!?」


 一同は箸で炊き込みご飯を食べ始めた。


「うーん。美味い。そりゃ鮎の炊き込みご飯は美味いに決まってるよ。おや?」

「ご主人様!? これを見てください!」


 炊き込みご飯を食べすすめると中から現れたのは甘辛い鶏のろぼそぼろであった。


「ろぼそぼろだ! ご飯の中にろぼそぼろが入っている!」

「味付けが濃い目なので鮎の味が上書きされてしまっています!」

「ろぼそぼろうまうまですわー!」

「まあ子供にはろぼそぼろの方がいいわな」


 美食ロボが鮎のロボ炊き込みご飯を口に運んだ。


「うーむ、苦い。鮎はちょっと苦手だ。む!? これは……ロボ三!」

「はい!」

「このコロコロしたのはなんだ!?」

「鶏のろぼそぼろです!」

「フハハハハ! 鶏のろぼそぼろときたか! フハハハハ!」


 黒乃とメル子はポカンと美食ロボを眺めた。


「ワロてるけど」

「ワロてますね」


 魚料理の審査に入った。当然満場一致でアンテロッテの『鮎のポワレ』の勝利であった。


「これでアルティメット側の三勝だから勝負ついたね」

「つきましたね」



 四回戦は肉料理だ。アルティメット側の肉料理を担当するのはメル子だ。


「私が作りました肉料理はこちらです。名付けて『南米焼き鳥』です!」


 長皿に乗っているのは串に刺さった三本の焼き鳥であった。


「なんだこれは!?」

「焼き鳥がアルティメットの献立だというのか!?」


 会場がざわつき始めた。


「これは南米各国の肉料理を焼き鳥風に仕立てたものです。串を持って齧り付いてください!」


 黒乃は串の一本を手に持って齧り付いた。


「これはハツ(心臓)だ! しかも鶏のハツではなく牛のハツだ!」

「はい! これはペルーの串焼きのアンティクーチョを焼き鳥風にアレンジしたものです!」

「あ〜、各種スパイスは南米風なのにベースの味付けは焼き鳥風だ。日本とペルーのいいとこ取りって感じだ〜」


 次の一本は一見すると鶏のつくねのように感じる。


「んん!? これはブラジルのシュラスコだ!?」

「そうです! 豚肉を串に刺しじっくりとローストしました! 塩ダレにつけてお召し上がりください!」

「お〜、シンプルな味わいだけど、しっかり味は焼き鳥だあ」


 最後の一本はアルゼンチンのアサード風の焼き鳥だ。モルシージョ(血付きの腸)、チョリソ(ソーセージ)、カルネデポジョ(鶏肉)、カルネデバカ(牛肉)、カルネデチャンチョ(豚肉)が順番に刺してある。


「なんちゅう贅沢な串だ」

「最後はなんでもありで仕上げました!」


 メル子に大きな拍手が送られた。

 美食ロボは串を手に取り齧り付いた。


「ほう? 焼き鳥か? これはどうやって食べればいいのだ? 痛てッ! 串が頬に刺さったではないか! ふうむ、味は美味い! いろんなお肉があってうまい! フハハハハ! ロボ三!」

「はい!」


 次はロボ三の肉料理である。仲居が運んできた皿を見て一同は度肝を抜かれた。


「これは!?」

「うそでしょ!?」


 皿に乗っていたのは『マルシンハンバーグ』であった。マルシンハンバーグとは株式会社マルシンが1962年より販売している伝統のハンバーグである。


「なんでこの勝負でマルシンハンバーグが出てくるんだよ」

「もぐもぐ。でもご主人様、マルシンハンバーグは美味しいですよ」

「いや、そりゃマルシンハンバーグは美味しいけれども!」

「マルシンハンバーグうまうまですわー!」

「子供に大人気!」


 美食ロボはマルシンハンバーグを口に運んだ。


「マルシン、マルシン、ハンバーグ!」

「歌っとる!」


 投票の結果、もちろんメル子の『南米焼き鳥』の圧勝であった。



 最後の戦い、五回戦はデザート対決である。アルティメット側の担当は黒乃だ。


「よっこらせ。じゃあやるか。もう勝負はついているんだけど」

「ご主人様! がんばってください!」


 黒乃が作ったのは『ラーメンシャーベット』である。丸いシャーベットの中に麺が入っているのが見える。


「ラーメンシャーベットだと!?」

「そんなばかな!」

「こんなもの食えるか!」


 一同が次々に苦情を喚き散らしたが黒乃は全く意に介していないようだ。


「ふふふ、そう言わずに一口食べてごらんなさいよ」


 メル子はスプーンでシャーベットを削ると恐る恐る口の中に運んだ。


「んん!? まず最初に来るのはマンゴーの香りです!」

「その通り、麺に見えたのはマンゴーを細長く切ったものなんだよ」

「その後に来るのは醤油!? 醤油のシャーベットです! ほのかに舌で感じる程度の醤油味にカツオと昆布の出汁の香りが鼻を抜けていきます」


 予想外の味に皆驚いているようだ。


「これは確かにラーメンだ!」

「醤油のシャーベットは意外と違和感がない」

「出汁の方を強めにしてあるからだ!」


 美食ロボはラーメンシャーベットを口に運んだ。


「ゴフッ! 予想外の味でびっくりした。ゴホッ、なんというか麺のような、ゲホッ、この冷たい、ベホッ!」

「落ち着いて食え!」


 いよいよ最後の献立だ。ズシズシと廊下を歩いて何者かが部屋に迫ってきた。


「あれ? 最後のデザートはロボ三が作るんじゃないの? 誰?」


 部屋に現れたのは白ティー丸メガネ、黒髪おさげの少女であった。


「こんにちは! 尼崎から来ました黒ノ木鏡乃みらのです! 中学生です!」

「鏡乃!?」

「鏡乃ちゃん!?」


 黒乃とメル子は突然現れた黒ノ木四姉妹の四女鏡乃に度肝を抜かれた。


「どうして鏡乃ちゃんがいるのですか!?」

「鏡乃、美食ロボに弟子入りした!」


 仲居達が皿を運んできた。その皿に乗っていたのはスーパーカップであった。その横には熱々のコーヒーが添えられている。


「今日私が作ってきたのはこれです!」

「いやこれ売ってるアイスだろ!」


 スーパーカップとは明治が販売しているバニラアイスのことである。


「皆さん食べてみてください!」


 一同は戸惑いながらスーパーカップの蓋を開け、添えられた木製のヘラですくって食べ始めた。


「……うまい」

「……美味しいですね」

「いや、鏡乃さ。これ料理って言うか?」

「皆さん食べ方が違います!」

「え!?」


 鏡乃はコーヒーのカップを持つとスーパーカップの中に少し注いだ。コーヒーの熱でバニラアイスが溶け、柔らかいクリーム状になった。


「こんな感じで、コーヒーでアイスを溶かしながら食べてみてください!」


 皆真似してコーヒーをアイスの上に注いでみた。ヘラでカップのアイスをこねていく。すると純白のアイスがチョコクリームのような見た目に変貌した。


「おお、なんか美味そうだ」

「ご主人様! これいけますよ! 鏡乃ちゃん美味しいです! ナイスアレンジです!」

「コーヒーもアイスも食べやすいですわー!」


 メル子達に褒められ鏡乃は頭をかいて照れた。


 そしていよいよ最後の審査に入った。結果はやはりアルティメット側の圧勝であった。

 黒乃は立ち上がった。


「さあ、我々アルティメット側が勝ったぞ!」


 指を美食ロボに突きつけた。


「約束通りこっちが勝ったのだから食い逃げは金輪際やめてもらう!」


 美食ロボは目を閉じてその言葉を受け止めた。部屋は静まり返り美食ロボの言葉を待った。


「フハハ、フハハハハハハ!」

「何を笑っている!?」


 美食ロボは目を開け立ち上がった。


黒郎くろろう。だからお前はダメだというのだ」

「だれが黒郎じゃい。ダメとはどういう意味だ!?」

「確かに勝負では我がスプリームはアルティメットに負けたかもしれん。しかし黒郎、お前は大事な事を忘れておる!」

「大事な事だと!?」


 黒乃は冷や汗をかいてうろたえた。


「大事な事とはなんだ!?」

「フハハハハ、わからぬか? よろしい。では教えてやろう。お前は我がスプリーム献立に隠されたテーマを読み取れたのか?」

「テーマだと!?」


 黒乃は今日出された献立を思い返した。『ロボ焼き玉子』、『鮎のロボ味噌汁』、『鮎のロボ炊き込みご飯』、『マルシンハンバーグ』、『スーパーコーヒーカップ』。これらに共通するものとは?


「フハハハハ! わからぬようだな! これらの献立は全て子供にも食べやすいように配慮されたものなのだ!」


 黒乃は衝撃を受けた。


「確かにマリーは喜んでスプリーム献立を食べていた!」

「食とは何か? 食とは誰のためのものか? 食通が道楽で論評するためのものなのか? 食とは本来子供を中心に考えられるべきなのだ。子供は国の未来であり希望なのだから。子供が喜んで食べられる料理こそがスプリームなのだ」


 黒乃はガックリと膝をついた。


「そ、そうか。我々はその本質を忘れて、この場にいるお偉いさんを喜ばせることばかり考えていた。なんてこった。なにがアルティメットだ。ちくしょう!」


 黒乃は拳で畳を殴りつけた。


「ご主人様!」メル子がその肩に優しく手をかけた。


「美食ロボの論破力すごい! かっこいい!」鏡乃は丸メガネを輝かせた。


 美食ロボは部屋から去ろうとした。黒乃は立ち上がり美食ロボを追いかけた。

 そして美食ロボの胴に腕を回し、思い切り締め上げるとそのまま後ろにのけぞりジャーマンスープレックスを炸裂させた。その衝撃で周囲の膳が宙に跳ね上がった。


「こら、何を逃げようとしとんじゃ!」

「ぐええ!」

「よくわからん理論ぶちまけてたけど、勝ったのはアルティメット側だからな。約束通り食い逃げはやめてもらうぞ!」

「ぶええ!」

「あとうちの妹になにしてくれとんじゃい。鏡乃を勝手に弟子にしよって。たたじゃおかんぞ!」


 黒乃は美食ロボの両足を掴み腋に抱え込むとぐるぐると振り回し始めた。遠心力で勢いがついた美食ロボの体は宙に浮き、部屋から日本庭園に向けて放り投げられた。綺麗な弧を描いて美食ロボは池の中に落ちた。


「さ、メル子。帰ろうか」

「はい!」

「クロちゃんかっこいい!」


 こうしてアルティメットVSスプリームの対決は幕を閉じた。

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