第165話 ロボット狩りにいきます! その四

 無人島に朝日が昇った。

 黒乃とメル子は集落から外れた場所にある納屋に身を隠していた。大根、人参、ネギなど収穫した野菜が大量に納められていた。

 牢獄を脱出したのは夜。そのまま島をうろつくには危険すぎるという事でFORT蘭丸の手引きで納屋で一晩明かしたのだ。


 黒乃は大根を齧っていた。


「モグモグ。辛味の中にスッと抜けるような爽やかさがあるなあ」

「ボリボリ。瑞々しくて美味しいです」

「よくテレビで野菜かじって甘ーい!ってコメント言うでしょ」

「言いますね」

「野菜にそんなに甘みを求めてないんだよね。モグモグ。野菜って甘味、辛味、苦味のバランスだと思うんよ」

「なるほど、ボリボリ」


 二人は納屋に潜み機を窺っていた。今はノエノエからマヒナに島の内情が伝えられ、それによってマヒナとロボマッポ達が島に総突撃を行う予定になっている。その混乱に乗じて黒メル子を連れてボートで逃げるという計画だ。


「ねえ、メル子。随分ダボダボの服だね。動きにくくない?」


 メル子が現在着ているのは粗末な擦り切れたジャージだ。男物だろうか。サイズが全く合っていない。島に潜入した際はいつもの赤いジャージの上にピチピチの迷彩柄のボディースーツを着ていたのだが、囚われた時にそれらは奪われてしまったのだ。


「大丈夫です。ご主人様の白ティーが無事で良かったです」

「お、おう。そうか」


 その時見た目がいかにもロボットっぽいロボ、FORT蘭丸が納屋に入り込んできた。


「シャチョー! 偵察をしてきまシタ!」

「黒メル子の居場所はわかった?」

「わかりまシタ!」


 FORT蘭丸の調査によると黒メル子は集落の中央にある大きな屋敷の中にいるらしい。いつもは見張りが大勢いて入り込むのは困難ということだ。


「しかし妙だな。集落の社会不適合ロボの連中、呑気に畑仕事してやがる」黒乃は納屋の窓から集落を観察した。

「妙ですか?」

「だって島に侵入者が来たんだよ。島が攻撃されるかもしれないから厳戒態勢になるはずなのにさ」


 黒乃は頭を捻った。


「侵入者が我々だけだと勘違いして、もう決着がついたと思っているのではないでしょうか」

「うーむ。まあ考えても仕方がない。そろそろロボマッポの第一陣が突撃してくる時刻だ」


 第一陣は集落に突入して社会不適合ロボ達を無力化させる。島が広いため島内の全ての箇所を同時に抑えるのは難しい。最も大きな拠点を潰し、逃げようとしたところを島にいくつかある港で取り押さえるのだ。第二陣は海上で港を包囲する役目だ。


 その時、叫び声が上がった。ロボマッポが突入してきたのだ。警報が鳴り響き何人かの社会不適合ロボ達が武器を持って向かっていった。


「よし! 今だ! 行くよ!」

「はい!」


 黒乃達は納屋を出て集落の中心へと向かった。建物に隠れながら進んでいく。広場ではロボマッポ達が社会不適合ロボを次々にひっ捕らえていった。


「やっぱりおかしい。社会不適合ロボの数が少なすぎるよ。昨日は大勢いたのに」


 ロボマッポ達もターゲットを探しているが見つからないようだ。集落はほぼロボマッポだけになってしまった。


「なんかわからんがとにかく黒メル子の救出を第一に考えよう!」

「わかりました!」

「シャチョー! あの建物です!」


 FORT蘭丸の手引きでスムーズに建物に侵入できた。階段を駆け上がり上の階に登った。扉が一つだけありその扉を開けると機械だらけの部屋が現れた。


「ご主人様! 黒メル子がいました!」

「黒メル子!」


 部屋の中には様々な場所を映したモニタがいくつも並んでおり、その前に椅子が据え付けてあった。その椅子に黒メル子は座っていた。彼女の黒いメイド服には時計の柄が織り込まれていた。

 しかし黒メル子はこちらに背を向け座ったままピクリとも動かない。黒乃は黒メル子に駆け寄った。


「黒メル子、話を聞いてくれ! あれ!?」


 黒メル子はなぜか拘束具で口を塞がれていた。よく見ると体も椅子に縛り付けられていた。


「なにこれ!? どういうこと?」黒乃は慌てて口の拘束具を外した。

「ゴホッ! ゴホッ! ご主人様!」

「黒メル子、落ち着いて。どういう状況なの?」


 体の拘束具も外していく。縛めが解かれると黒メル子は力無く床に崩れ落ちた。


「ご主人様! 聞いてください! 私が本物のメル子です!」

「ええ!?」


 自分が本物だと言う黒メル子はダボダボのジャージを着たメル子を指差した。


「あちらが黒メル子です!」

「ふふふふふ」

「ワロてる!」


 ダボダボジャージのメル子はそのジャージを脱ぎ捨てた。そしてその下から現れたのはいつもの赤いジャージを着たメル子であった。そして黒乃はその異変にすぐに気がついた。


「いやああああああああ! メル子のおっぱいがAカップになってるううううう!」

「実は私の方が黒メル子だったのです!」


 黒乃は床に転がっている黒メル子を見た。その胸には見まごうことなきアイカップがそびえ立っていた。


「こっちが本物のメル子だあああああああ!」


 赤いジャージを着た黒メル子は不適に笑った。


「ジャージがダボダボだから気が付かなかったようですね。ご主人様ともあろうお方が情けないですね!」


 黒乃はうろたえた。ゴクリと唾を飲み込んで頭を整理しようとした。


「ハァハァ、ということは。島に来てからほとんど黒メル子といたってこと?」

「はい、独房の時も、納屋の時も黒メル子でしたよ」

「いやあああああああ! ……ではないわ。黒メル子でも可愛かったし!」


「ご主人様!」黒いメイド服を着た本物のメル子が叫んだ。

「これは罠です! ロボマッポを一箇所に集めてまとめて社会不適合ロボにジョブチェンジさせようというニコラ・テス乱太郎の罠なのです!」

「なんだって!?」


 FORT蘭丸がモニタに走り寄った。


「シャチョー! 見てくだサイ! 港の船が!」


 黒乃はモニタを見た。その驚くべき光景に目を疑った。モニタには港に浮かぶ船が映っており、その船は巨大な何かに絡めとられていたのだ。


「なにこれ!? ロボマッポの船が!?」

「ご主人様! これはクラーケンロボです!」


 FORT蘭丸がモニタを操作すると、ほぼ全ての船がクラーケンロボによって無力化されてしまっているのが確認できた。


「シャチョー! 大ピンチデス!」


「ふふふふ、勝負ありましたね」黒メル子が何か合図を送ると建物の外で大きな音が鳴り響いた。

 モニタにはいくつもの巨大ロボが映っている。どうやら集落の建物の中に隠されていたようだ。

 巨大ロボはロボマッポ達を取り囲んでいる。


「うわわわわ! アカーン! ロボマッポは巨大ロボと戦うようにはできてないよ!」

「ふふふふ、さあ降参してください」


 黒乃は黒メル子に向き直った。


「黒メル子! 一体なんだってこんなことをするんだ!」

「ふふふふ、全てはご主人様を手に入れるためですよ」

「私を?」


 黒メル子は自分の体に腕を回した。


「私は貧乳ロボとしてこの世に生まれました。しかしご主人様は巨乳ロボしか愛せません! なんという不条理! メイドロボはご主人様の寵愛を受けるために生まれてくるのです! しかし私には生まれながらにしてその愛を受ける資格が与えられていないのです!」

「それは……ッ!」


 黒乃はたじろぎ一歩退いた。


「ならばこの世界から巨乳ロボを消してしまえばいいのですよ! 一人残らず貧乳ロボになればご主人様は貧乳ロボを愛するしかなくなるのです! アハハアハハ!」


 黒メル子はクルクルと回って恍惚の表情を見せた。

 黒乃はその迫力にさらに一歩下がった。そして背後にいるメル子にぶつかった。むにりとした感触が背中に伝わってきた。

 黒乃はまっすぐに立つと床をしっかりと踏み締めて歩いた。そして赤いジャージ服の黒メル子を抱きしめた。


「……ご主人様」

「メル子は誰よりも優しい子だ。メル子はそんなことはしない」

「なにを言っていますか。私はご主人様が手に入ればそれでいいのです。他の人のことは知りません」


 黒乃はさらに強く黒メル子を抱きしめた。本来ならば伝わってくる柔らかさがまるで届いてこない。


「違う。メル子は優しい子だ。誰かを傷つけたりなんてできないんだ」

「そんなことありません!」

「メル子は今、拗ねているだけなんだ。ご主人様に愛されないと思って拗ねているだけだ」

「違います!」

「ご主人様はメル子が貧乳でもメル子を愛している!!!」

「!!!」


 黒メル子の体から力が抜けた。その目から涙がこぼれ落ちてきた。黒メル子は声を出して泣いた。溢れてくる涙はその都度白ティーに染み込んでいった。


 その時モニタに突如として中年のロボットの顔が映し出された。マッドサイエンティストロボのニコラ・テス乱太郎だ。黒メル子のボディを作り、メル子のAIをインストールした張本人である。そして社会不適合ロボ軍団を作り、全世界の巨乳ロボを貧乳ロボにしようと企む大悪党である。


『こら〜黒メル子〜何をしているのかね〜』

「出たな変態博士!」

『君が合図を出さないから巨大ロボもクラーケンロボも全く動かないじゃないか〜』


「博士!」黒メル子はモニタに向かって叫んだ。

「博士! もうこんな事はやめましょう!」

『何を言っているのかね〜。ええい、黒メル子に与えていた操作権限を返してもらうぞ〜』


 すると地響きが起きた。建物の外にいる巨大ロボ達が動き出したのだ。


「アカーン! 絶体絶命じゃーい!」


 建物の窓ガラスが割れた。二つの影が部屋の中に転がり込んできた。それは褐色の美女マヒナとそのメイドロボノエノエだった。


「黒乃山! 待たせたね!」

「マヒナ!?」

「我々も異変を察知して機を窺っていました。助っ人を呼んできましたよ!」


 更なる地響きが起きた。慌てて窓の外を見るとそこにいたのは全長十八メートルの巨大ロボギガントニャンボットであった。赤い宇宙服を纏い尻尾をぐるぐると回転させている。頭部のコクピットにはロボット猫のチャーリーが乗っていた。


「ニャー」

「チャーーーリーーー!!」


 そこから先は混乱の極みであった。入り乱れて戦う巨大ロボ達。マヒナに殴り飛ばされる社会不適合ロボ達。ロボマッポに追われ海に飛び込むものまでいた。


 その中黒乃達は黒メル子を連れて岸壁にある岩場を走っていた。脱出のためのボートが隠されているのだ。


「あった! これだ」

「シャチョー! 早く乗り込んでくだサイ!」

「ご主人様! あれを見てください!」


 メル子が指を差した先にはクラーケンロボと戦うロボマッポ船の姿があった。


「うわうわ、やばいよあれ。あんなんうちらじゃどうしようもないよ」

「シャチョー! 早く逃げまショウ!」

「さあ、みんな乗ったね。島を離脱するよ!」


 メル子はボートのエンジンをかけた。ゆっくりと岩場から抜け出した。メイドロボはAI高校メイド科を卒業すると船舶免許を取得できるのだ。

 しかし突然大きな波に襲われ危うくボートが転覆しかけた。


「なになに? 危ない!」

「シャチョー! 後ろデス」


 後ろを振り返ると巨大な白い帯がうねるのが見えた。クラーケンロボの足だ。


「ご主人様! クラーケンロボに追われています!」


 ボートは全力で走ろうとしたが波に煽られて進むことができない。


「アカーン! もはやこれまでかー!?」

「ご主人様! 私にお任せを!」

「黒メル子!?」


 黒メル子は海に飛び込んだ。するとクラーケンロボの足の一本が黒メル子を掴んで締め上げた。


「黒メル子ー!」


 黒乃も海に飛び込もうとしたがFORT蘭丸が慌ててそれを止めた。するとクラーケンロボの動きが止まった。


「私にはまだクラーケンロボの操作権限が一部残されています。こいつの動きは私が止めます。ご主人様達は逃げてください!」

「黒メル子! 何言ってるの!? 一緒に逃げよう!」


 すると新たなクラーケンロボが姿を現した。こちらに迫ってくる。


「もう限界です。ボートを発進させます!」


 メル子は全速力でボートを走らせた。みるみるうちにクラーケンロボが小さくなっていく。黒メル子の姿は二体のクラーケンロボに紛れて見えなくなった。


「黒メル子ォォォォオオオオオ!」


 もはや無人島の姿は水平線の彼方に消え失せた。

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