第164話 ロボット狩りにいきます! その三

 薄暗い部屋に光が差し込んできた。黒乃は小さな部屋の隅に無造作に置かれたベッドから顔を起こした。部屋には明かり取り用の小さな窓が一つあり、朝日が昇ってきたのがわかった。

 黒乃は部屋を見渡した。ベッドの反対側の壁には鉄格子がはまっており、その向こうには廊下が見えた。右の壁には机と椅子が一組。それ以外には何もない。

 黒乃はベッドから体を起こすと鉄格子まで歩きそれを両手で握った。


「おーい! 朝ごはんまだー!?」


 叫んだが反応はない。


 黒乃は今、牢屋にいる。正月休みが明け、今年最初の業務が始まったものの、社員の一人であるプログラミングロボのFORT蘭丸ふぉーとらんまるがなぜか出社しなかった。彼は『無人島で暮らすから探すな』というメッセージを残して失踪してしまったのだ。

 黒乃とメル子はFORT蘭丸を探すため、ロボット心理学療法士であるマヒナに助力を求めた。彼女は社会からドロップアウトした社会不適合ロボを更生させる事を生業としていたのだった。

 彼女の調査により、太平洋に浮かぶ無人島『ロボヶ島』にFORT蘭丸がいることが発覚。そしてマヒナのメイドロボノエノエと共に島に潜入をしたのだった。

 首尾よくFORT蘭丸を発見したものの闇に落ちたメル子、通称黒メル子の策略によって三人は囚われてしまった。


「看守ー! 朝飯はー!?」


 すると舎房の扉が開き一人のロボットがガラガラとワゴンを押して入ってきた。それを見て黒乃は鉄格子を揺さぶった。


「うひょー! 朝飯だぁー!」


 その看守ロボは黒乃の牢屋の前で止まるとワゴンからトレイを取り出した。鉄格子の小窓からトレイを牢屋の中へ入れた。

 黒乃は食事に飛びついた。


「なんだあ。茶碗一杯の白飯に大根の味噌汁。鯖の煮付けにおしんこ。質素だねえ」


 黒乃は鉄格子につかみかかった。


「ねえ! これじゃあ足りないよ! もっとガツンとしたのちょうだいよ!」

「うるさい! 静かに食え!」


 黒乃は仕方がなくトレイを机に置き、椅子に座ると食事を開始した。


「もちゃもちゃ。海岸でも育ちやすいロボヒカリか。無農薬で育ててある。味噌は自家製で添加物はナノマシンのみの安心安全なお味噌だ。鯖は島で今朝釣ったやつかな。ナスのおしんこは漬かりがあまいな」


 黒乃は食事を済ませると手を合わせて命に感謝をした。すると隣の房から苦しそうな声が聞こえてきた。真横に部屋があるので声は聞こえるが角度的に部屋の中は見えない。


「メル子……」


 黒乃は鉄格子を握ると左隣の房にいるメル子に声をかけた。


「メル子、大丈夫かい? ご飯は食べたかい?」

「はい、食べました。でも、あまり食欲が無くて……」

「そうだよね……」


 黒乃は不憫に思った。自分だけならまだしもメル子にまで辛い思いをさせてしまっているのだ。


「メル子、ご主人様がなんとか美味しい食べ物を手に入れてあげるからね」

「あ、いえ。昨日の晩も今朝もハンバーグチーズカツ定食だったので胃がもたれてしまいまして。一体どういう献立なんだと嘆いていました」

「なんでそんな豪勢なもの食べてるの!? 囚人なのに!」

「なぜって新ロボット法でロボットには人権が認められていますので。美味しいものを食べる権利があるのです」

「じゃあなんでご主人様の朝食はこんななの!? 人間にも人権はあるでしょ!」

「知りません」


 するとメル子の房から扉を開け閉めする軽い音が聞こえてきた。


「んん!?」


 ガラスに固い何かがたくさんぶつかる音、気体が勢いよく吹き出る音、液体が注がれる音が聞こえてきた。


「ねえ、コーラ飲んでないよね!?」

「独房にコーラがあるわけがないですよ」

「だよね」

「ゲプゥ」

「ゲップしたよね!?」


 黒乃は頭を抱えてベッドに座り込んだ。そして体を震わせた。今は一月。真冬の冷たい空気が独房に入り込んでいた。


「うう、寒い。そうだノエ子は大丈夫かな」


 黒乃は鉄格子にしがみつき、右側の独房にいるノエノエに声をかけた。


「ねえノエ子は大丈夫? 寒くない? ご飯食べた?」

「私はなんとか大丈夫です。しかしこんな屈辱を……」


 ノエノエの独房から何かを激しく叩く音が聞こえてきた。


「ちょっと大丈夫? 屈辱ってどうしたのさ」

「朝食にロコモコをオーダーしたのですが、なんとウスターソースがかかっていたのです」

「飯ってオーダーできたんだ!?」

「ロコモコにはグレイビーソースと決まっているのです! こんな屈辱は初めてです」

「ああ、そう。寒さはどう? 寒くない!?」


 するとノエノエの独房からピッピッという電子音が聞こえてきた。


「寒さは大丈夫です」

「今エアコンの温度上げたよね!?」


 食事が終わりしばらくすると黒乃はおもむろにベッドから起き上がった。ベッドを傾け足の部分の鉄パイプの中からフォークを取り出した。昨日の夕飯についてきたフォークをこっそりくすねてパイプの中に隠していたのだ。

 それを持ちベッドの上に登った。そして明かり取りの窓にはまっている金網の付け根をフォークで削り始めた。塩水を含んだ風雨に晒されてもろくなっているのだ。


「よしよし、削れるぞ。これで脱獄してやる!」


 黒乃は一心不乱に金網を削り続けた。


「ご主人様!」隣の独房からメル子が声をかけてきた。

「どした!?」黒乃は慌ててベッドに寝転んだ。

「ギコギコうるさいです! お昼寝ができないではありませんか!」

「なんで身内から責められないといけないの!?」


 黒乃はぶるると身を震わせた。寒いため尿意が近い。独房にはトイレはないのだ。舎房の外にあるトイレまで行かなくてはならない。


「おーい! 看守! おしっこしたいんだけどー!?」

「うるさい! 開いてるから勝手にいけ!」

「へーい」


 黒乃は独房の鉄格子を開けると舎房の扉を開き、外のトイレまでよたよたと歩いた。

 用を足し独房に戻ると再びフォークで金網を削り始めた。


 その日の夜、粗末な夕食を食べ終えた黒乃はベッドで震えていた。左の部屋からは肉が焼ける香りが、右の部屋からはエビとニンニクの香りが漂ってきた。

 夜も更け眠りに入ろうとした時、何者かが黒乃の独房の前に忍び寄ってきた。それはメカメカしい見た目をしたロボットだった。


「……シャチョー。黒ノ木シャチョー」

「お前は……」


 黒乃はベッドから飛び起きると鉄格子に体当たりした。


「FORT蘭丸貴様ッー!」

「シャチョー! 静かにしてくだサイ! シー!」

「蘭丸君!」

「どうしました?」


 メル子とノエノエも起きたようだ。FORT蘭丸は鉄格子の小窓からロボドメカドのポテトフライを差し入れた。


「これは!」黒乃はポテトフライをひったくるようにして奪い取ると手掴みで貪り食った。

「塩! ソルト! 塩化ナトリウム!」

「蘭丸君! どうしてここにいるのですか?」


 FORT蘭丸の顔が曇り、うつむいてしまった。


「そうだ! そもそもはお前が逃げるからこんな事になったんだぞ! わかってるのか貴様ーッ!」

「ヒィィィ! シャチョー! ゴメンナサイ!」


 FORT蘭丸は床にうずくまって怯えてしまった。


「ご主人様! 落ち着いてください。蘭丸君の話を聞いてあげましょう」

「ハァハァ、そうだな」

「蘭丸君。一体どうしてこんな所に逃げてきたのですか?」


 FORT蘭丸は涙を拭ってメル子の顔を見た。


「女将サン……実はボクは、ウウウ! 言えまセン!」

「蘭丸君。大丈夫です。ちゃんと聞きますから勇気を出して話してください!」

「女将サン、わかりまシタ」


 FORT蘭丸は淡々と語り出した。


「ボクは正月休みの間ズット寝て過ごしていたんデス」

「なるほど、それからどうしました」

「そこでボクは思ったんデス」

「何を思ったのですか?」

「もう働きたくナイって思ったんデス! ずっとお正月が続けばいいと思ったんデス!」


 その言葉に三人は真顔になってプルプルと震えた。


「ダカラ無人島に逃げてきたんデス!」

「FORT蘭丸貴様ーッ! やっぱりただの社会不適合ロボじゃないかーッ!」

「スクラップにして廃品回収に出しましょう!」

「マヒナ様の鉄拳制裁しかありませんね」

「イヤァー!」


 黒乃は逃げようとしたFORT蘭丸の襟を掴むと鉄格子に引き寄せた。


「そんで、どうして黒メル子がこの島にいるんだ?」

「そうです! 黒メル子とはどういう関係なのですか!」


 黒メル子とはマッドサイエンティストロボのニコラ・テス乱太郎が作成したメル子にそっくりのロボットであり、その電子頭脳には本物のメル子のバージョン違いのAIがインストールされているのだ。

 IDを持たない非合法のロボットであるため公には認められないものの、歴とした本物のメル子と言ってよい存在である。


「実はお正月休みにマリーちゃん可愛いなあって思いながらロボチューブの配信みてタラ、マリーちゃんに会いたくナッテ隅田公園に見に行ったんデス」

「配信見て現地に来るなあ!」

「マナー違反ですよ!」

「そしたら黒女将サンに出くわして無人島でのんびり暮らさないかと誘われたんデス」

「なんで黒メル子が勧誘してるの!?」


 FORT蘭丸は青ざめた顔で語り出した。


「コノ無人島についてから聞かされた話デスが、ニコラ・テス乱太郎博士は社会不適合ロボを集めて社会不適合ロボ軍団を作ろうとしているのデス!」

「社会不適合ロボ軍団!? なにそれ!?」


 ノエノエは目を瞑りしばし思考を巡らせた。


「なるほど、前情報と一致しますね。これで確信が持てました」

「ノエ子!?」

「やはり、この島は殲滅しないと危険です。マヒナ様に連絡して総攻撃を行います!」

「総攻撃!?」


 黒乃とメル子は狼狽えた。


「この島のロボット達を全員とっ捕まえるの!?」

「そうなります。軍団など作らせるわけにはいきません」

「ノエ子さん! 黒メル子はどうなりますか!?」

「もちろん、捕まえます。彼女は非合法ロボですので、その後どうなるのかはわかりません」

「そんな! ご主人様! どうすればいいのですか!?」


 黒乃は神妙な面持ちで鉄格子を見つめた。そしてゆっくりと鉄格子を開くと廊下へと歩み出た。


「ノエ子。総攻撃はそちらでやってくれ。私とメル子は二人で黒メル子を助け出す! 三人でこの島を脱出するからボートを一艘だけ用意しておいてくれ」


 ノエノエも独房を抜け出し黒乃の目を見つめた。


「ふふ、黒乃山。その目は本気の目ですね。わかりました。ボートは手配をします。しかし手助けできるのはそれだけです」

「わかってるさ!」


 黒乃とノエノエは友情のハグを交わした。もちろんその際ノエノエの乳をさりげなく揉んだ。

 ノエノエは舎房の扉を蹴りで粉砕した。その勢いで見張りの看守ロボは吹っ飛び完全に伸びてしまった。

 舎房の中から四人が現れた。


「さあメル子。黒メル子を探し出して三人で無人島を脱出するよ!」

「はい!」

「エ? シャチョー? 三人?」


 無人島脱出大作戦が幕を開けたのだ。

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