第163話 ロボット狩りにいきます! その二

「それじゃあみんな元気でね」


 朝の浅草。正月休みが終わりを迎え、徐々にいつもの乗車数を取り戻しつつある浅草駅に黒ノ木一家とメル子が勢揃いしていた。


「メル子〜寂しいよ〜」鏡乃みらのは走り寄りメル子を抱き寄せた。メル子はその背中を優しく撫でた。

「また遊びに来てくださいね。それとマリーちゃんが尼崎に遊びに行きたいと言っていましたよ」

「マリ助が!? やったー!」


 二人は再び強く抱きしめ合った。


「もちろんおっぱいを揉まれました!」


 次は黄乃きのがメル子をハグする番だ。


「メル子さん。最高に楽しいお正月でした。また来年も来ますね」

「もちろんです。お待ちしています。おっぱいは……はい! 揉まれました!」


 紫乃しのがメル子を抱きしめた。


「あ〜、すんすんいい匂い。メル子〜黒ネエのセクハラには気をつけてよ〜」

「気をつけるというか今現在セクハラを受けています! 揉み揉みしないで!」


 メル子は黒太郎くろたろう黒子くろこに弁当を手渡した。


「お父様、お母様。お弁当を作りました。新幹線の中で食べてください」

「おお、メル子さん、ありがたくいただくよ」

「メルちゃんの手料理は最高やからね。楽しみやわ〜」

「メル子さん、黒乃を頼んだよ。黒乃はほら、あんなだから。アレがこうして、ソンなやつだから。メル子さんが支えてあげてくれるかい」

「自分の娘なのに全く言語化できていません! しかしお任せください! ご主人様は私が支えます!」


 その後黒乃は家族全員とハグを交わした。珍しくその目には涙が浮かんでいた。黒乃はもう一人ではない。守るべきものを持つ女になった故の涙だ。

 そうして黒乃の家族達は駅の改札の中へと消えていった。黒乃はしばらく改札を黙って見つめ続け、メル子はその背中を黙って見守った。


「さ、いこうか。今日は仕事始めだからね。忙しくなるよ」

「はい!」


 黒乃とメル子はそのままゲームスタジオ・クロノスの事務所に向かった。浅草寺から数本外れた路地にある古民家がそれである。

 事務所の隣は紅茶屋の『みどるずぶら』だ。店の前にはヴィクトリア朝のメイド服を着たメイドロボが箒で通りを掃除していた。


「ルベールさん、おはようございます」黒乃が声をかけるとルベールは手を止めて微笑みを返してくれた。


 事務所の扉のノブを捻ると既に開いていた。玄関の靴を見るに桃ノ木が事務所にいるようだ。


「やあ、桃ノ木さん。おはよう!」

「おはようございます!」

「先輩、メル子ちゃん、おはようございます」


 桃ノ木は朝イチで事務所にきて仕事の準備を整えるのが日課になっている。メル子もすかさず事務所の清掃に入る。メイドロボのお仕事だ。

 黒乃は仕事部屋のデスクに座り向かいの席の桃ノ木に声をかけた。


「桃ノ木さん。そういえば朱華しゅかちゃんはどうした? もう帰った?」


 朱華は桃ノ木の妹で両親と共に浅草へ遊びにきていたのだ。


「今朝帰りましたよ。朱華と遊んでもらってありがとうございました。とても喜んでいましたよ」

「ふふ、それなら良かった」


 すると玄関が開き、小柄な少女型ロボットが事務所に入ってきた。


「……」

「なんて?」

「……おはようございます」

「フォト子ちゃん、おはよう!」

「フォト子ちゃん、おはようございます」


 眠そうな目で黒乃の隣の席についたのはお絵描きロボの影山かげやまフォトンだ。青いロングヘアにダボダボのニッカポッカ、ダボダボのパーカーを着込んでいる。


「クロ社長」

「どしたん?」

「……お腹減った」

「お昼まで我慢して!? メル子の料理あるから!」

「……がんばる」


 すると壁にかけた時計のベルが始業の時刻を告げた。


「あれ? FORT蘭丸ふぉーとらんまるは?」

「来ていませんね」

「……仕事始めから遅刻」


 三人は業務を開始した。今年も昨年から受注しているゲームのイベント制作をこなしていく。

 黙々と作業を続けること三十分。


「FORT蘭丸は!?」

「来ていません」

「桃ノ木さん、何か連絡届いてない?」

「連絡用のチャットで話しかけているんですけど無反応ですね。あ、返事がきました」

「どうしたって?」


 しかし桃ノ木はプルプルと震え青ざめている。黒乃は桃ノ木のモニタを覗き込んでそのメッセージを確認した。そこにはこう書かれていた。


『無人島デひっそりと暮らしマス。探さないでくだサイ』


「あいつまた逃げやがったな!」



 ——太平洋上。

 東京湾からボートで出港し、沖合に進む。陸が見えなくなりだいぶ経った後にその島は現れた。それなりの大きさの島であるが、記録では無人島という事になっている。標高は最も高い場所で三十メートル。木々に覆われた自然豊かな島である。

 日本には一万四千を超える島が存在するが、そのうち人が住んでいる島はたったの四百島程度だ。つまり残りの一万三千の島は全て無人島なのである。

 数が膨大であるため政府による管理が行き届かず、不法に島を占拠する輩が後を絶たない。


「あの島に蘭丸君がいるのですか?」ピチッとした迷彩柄のボディースーツを着込んだメル子が昇り行く朝日に目を細めながら島を眺めた。

「ああそうだ。衛星からの調査で相当数の社会不適合ロボが潜んでいるのがわかっている」


 答えたのはハワイからやってきた褐色肌の美女マヒナだ。冬だというのにスポブラとスパッツからその鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなく晒している。


「マヒナ様、潜入の準備が整いました」


 マヒナの背後に控えているのは褐色肌のメイドロボノエノエだ。ナース服をベースにしたピンクのメイド服からのぞく筋肉が美しい。


「黒乃山も準備はよろしいですね?」

「あ、おう! やったろうじゃないの!」


 鼻息を荒くしてボートの上で準備運動をしているのは全身を黒いラバースーツに身を包んだ黒乃だ。


「FORT蘭丸のやろー。絶対とっ捕まえてただでこき使ってやるからなー!」

「可哀想に……」メル子は心底同情した。


 無人島に潜入するのはノエノエ、黒乃、メル子の三人だ。彼女達が潜入し、内部の状況を伝える。

 マヒナはボートに残り作戦の指揮を取る。時期がくれば同じく無人島周辺に配置されているボートが一斉に上陸して強襲をかける。

 作戦の目的は島にいる社会不適合ロボ全員の確保と鉄拳による更生であるが、黒乃の目的はFORT蘭丸の確保である。総突入前にターゲットを見つけ出さなければならない潜入ミッションである。


 三人はボートから飛び降りると一台のポータブルマリンの取っ手を握った。長さ二メートルの小型潜水艇である。後部のスクリューにより水中を進む事ができる。胴体には酸素ボンベが内臓されており、そこから伸びるレギュレーターの先端を口に咥えた。

 ノエノエがポータブルマリンを操作するとゆっくりと三人は水中に消えていった。水深五メートルの付近を進み島に近づいていった。数分で島に到着し岸壁の岩の隙間に上陸した。


「ノエ子さん、どうして見つかりやすい朝に侵入するのですか?」

「ターゲットを発見しやすくするためです。一箇所に固まって寝ていたら一人だけ連れ去るのは困難ですから。あと夜は眠いので動きたくありません」


 三人は岩場を伝い、森の中に身を隠した。島全体を見渡せるように森を掻き分け島の東側の山頂を目指した。

 山頂に辿り着き、お腹が減ったのでメル子特製弁当を平らげた後スコープを使い島の様子を観察した。

 島の南側に集落が一つあり、山の斜面には畑が広がっていた。島の西側にはこちらより幾分高い場所に櫓が建てられており、島の周囲を監視している様子が窺えた。


「ご主人様! ロボット達が活動を開始したようです!」


 集落を見ると各建物からゾロゾロと社会不適合ロボ達が出てきた。朝食を食べ終えそれぞれの仕事に向かうようだ。


「黒乃山、いましたよ。FORT蘭丸です」

「どれどれ……いたいたあんにゃろう! 呑気に欠伸してやがる」

くわを持っているので畑仕事に向かうようですよ!」


 FORT蘭丸は集落に程近い畑で作物を収穫するようだ。集落に近づかなければならないため発見される危険性が高い。


「ちくしょー、でも行くしかないか」


 三人は用心深く畑に近づいた。集落にはいくつか櫓が立っており、そこから畑は丸見えである。しかし幸いこの畑にはFORT蘭丸しかいないようだ。


「ご主人様! どうしましょう!?」

「黒乃山、今がチャンスです。一気に確保しましょう」

「あの櫓の中に誰かいるのかな? よく見えない」


 すると集落から社会不適合ロボの集団がゆっくり畑に近づいてくるのが見えた。


「よし! もう今しかない! 今なら気が付かれずに確保できる!」

「行きます!」


 黒乃とノエノエが背を低くして左右から回り込んだ。二人で一気に距離を縮めようとしたその瞬間……。


「エ? シャチョー!? 黒ノ木シャチョーの匂いがしマス! イヤー!! シャチョーが近くにいるウウウ!!!」

「こいつぅ! なんで匂いでわかるんだよ!」


 二人は慌ててFORT蘭丸に急接近した。しかしその時突然櫓のスピーカーから声が響いた。


「ご主人様! かかりましたね! 予め蘭丸君にはご主人様の匂いを嫌というほど嗅がせて覚え込ませておいたのです!」

「え!? なに!? この声は!?」


 スピーカーの声の主はメル子そのものであった。そして櫓に現れたのは黒いメイド服を纏った黒メル子であった。


「私です! 私がいます!」

「なんで黒メル子が無人島にいるの!?」

「さあご主人様! この島で一緒にメル子と暮らしましょう!」


 気がつくと社会不適合ロボの集団に取り囲まれていた。

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