第166話 お仕事の風景です! その三

 見た目メカメカしいロボットが事務所の床に這いつくばっていた。


「黒ノ木シャチョー! 本当に申し訳ございませんでシタ!」


 地面を舐めているのはプログラミングロボのFORT蘭丸ふぉーとらんまるだ。その体はプルプルと震えている。


「FORT蘭丸、貴様……ロボ土下座をしたくらいで許されると思うなよ」

「ウィーン」

「ウィーンじゃあないんだよ。機械音を出すな」


 ここは黒乃のゲームスタジオ・クロノス事務所だ。その仕事部屋の床にFORT蘭丸は見事なロボ土下座を炸裂させていた。


 先日FORT蘭丸が「働きたくないロボ!」とほざいて仕事から逃亡。太平洋に浮かぶ無人島へとニート生活をするために移住。彼を連れ戻すために無人島に潜入した黒乃とメル子であったが、それは黒メル子の罠であった。

 真の目的はロボット達を島に集め、社会不適合ロボにする事で社会不適合ロボ軍団を作り上げる事であった。

 まんまとその罠にかかった黒乃だが、なんとか黒メル子を説得し島から脱出しようとした。しかし脱出の際クラーケンロボに襲われ絶体絶命のピンチに。その時黒メル子が身を挺してクローケンロボを止めたのだ。そうして黒乃とメル子は命からがら無人島から脱出できたのであった。


「どんだけ私達が危険な目に遭ったと思っとんじゃワレー!」

「ですからゴメンナサイ!」


 メル子と桃ノ木とフォトンはなんとも言えない目で二人のやり取りを眺めた。


「まだ反省が足りてないようだな〜」


 黒乃はロボ土下座をしているFORT蘭丸の後頭部に巨大なケツを乗せた。


「イダダダダ! 痛い! シャチョー!」

「黙れ! 黒メル子の苦しみはこんなんじゃないぞ!」


 黒乃の巨大なケツに押し潰されて頭がミシミシと軋んだ。


「イデデデデ! 潰れマス! 電子頭脳がはみ出マス!」

「先輩!」


 桃ノ木がFORT蘭丸の横に仰向けになった。


「後輩の不手際は私の不手際です! 罪は私にも同じだけあります! 私にもお仕置きをしてください! さあ! ハァハァ」

「何をしていますか!」


 黒乃は立ち上がった。床にはFORT蘭丸が涙を流して横たわっていた。桃ノ木の顔にはフォトンが笑いながら座った。


「まあ今日はこのくらいにしといたる。マヒナから連絡があって、あの後黒メル子は巨大ロボに乗って島から逃げたのが確認されたそうだから」

「アリガトウゴザイマス!」

「良かったですね、蘭丸君!」

「女将サン! アリガトウゴザイマス!」


 結局無人島に集まっていた社会不適合ロボのほとんどはマヒナの鉄拳制裁によって更生を果たした。いくらかの社会不適合ロボは行方不明のままだ。巨大ロボの半数はギガントニャンボットによって討ち取られたが、首謀格であるニコラ・テス乱太郎の一味はまんまと逃げおおせてしまった。


 四人はそれぞれの座席について業務を始めた。メル子は出店で出す料理の準備を始めた。

 ここ数日のドタバタで業務に遅れが生じていたため、その損失をリカバリーしなくてはならない。関係各所に連絡をし、スケジュールの調整を行う。


「みんな。年明け早々いきなりごたついたけれども、今年はしっかり業務をこなして資金を貯めて、うちでオリジナルゲームの開発を始めるからね!」

「シャチョー! 出来るでショウか!?」

「みんなで力を合わせれば必ず出来る。頼んだぞ!」

「「はい!」」

「近いうちにまた企画会議を開催するから。新企画を温めておいてよ!」

「「……はい」」



 しばらくすると、台所からスパイシーな香りが漂ってきた。その刺激的な香りに皆腹を鳴らした。


「……お腹減った」フォトンは席を立って台所の様子を見に行こうとした。黒乃はフォトンの手をとり椅子に座らせるとモニタに映った3Dモデルにダメ出しをした。


「フォト子ちゃん、この魔法少女はなんで頭にバールが刺さってるの?」

「……大きめの可愛いアクセサリを付けるって指定だったから」

「デカすぎるし、キモいんだよなあ」

「……キモ可愛い」


 FORT蘭丸が頭の発光素子をビカビカさせながら訴えた。


「黒ノ木シャチョー! このコア部分のソースコードがスパゲッティーな上にホワイトスミススタイルで書かれているので読めまセン!」

「ツール使ってまともなフォーマットに変換しちゃっていいよ。なんでもコア部分を書いたプログラマもどっかに消えたらしいから、お前がその部分を担当することになると思うよ」

「ドコへ消えたんデスか!?」


 桃ノ木が資料を漁りながら答えた。


「無人島に逃げていたみたいですよ、先輩。今はすっかり更生して施設で復帰の訓練を受けているみたいです」

「お前はそうならなくて良かったなぁ!? FORT蘭丸よぉ!」

「ヒィィィ! おっしゃる通りデス!」



 午前の業務が終わりランチタイムとなった。メル子は台所で仕込んでいた鍋を持って仲見世通りの出店に向かったようだ。四人は腹を鳴らしながらメル子の店に向かった。

 正月休みを終えて仲見世通りの観光客はいつもの客足に戻ったようだ。メル子の南米料理屋『メル・コモ・エスタス』には行列ができている。四人はその最後尾に並んだ。ゲームスタジオ・クロノスの社員はメル子の店のランチが無料で食べられるのだ。


「……メル子ちゃん、今日のランチはなに?」

「フォト子ちゃん、来てくれましたか! 今日はピカンテデポジョですよ!」


 ピカンテデポジョとはボリビアの料理でチキンを唐辛子とトマトで煮込んだものだ。多めのマカロニが添えてある。

 四人は料理を受け取ると出店の脇にあるベンチに座って食べ始めた。


「うーん、程よいピリ辛。骨までしっかり火が通してあるので鶏の旨みが全部引き出されているよ」

「ヤッパリ女将サンの料理は最高デス! お袋の味って感じデス!」

「勝手に人のメイドロボをママにするなぁ!」


 ランチが終わると事務所に戻りお昼寝タイムだ。しっかりと休憩を取ったら午後の業務に挑む。

 桃ノ木は事務所の税金関係の処理をしに台東区役所に向かった。FORT蘭丸とフォトンは自分の作業に黙々と取り組んでいた。

 それを眺めながら黒乃は黒メル子に思いを馳せた。同じAI、同じボディ(高低差あり)にもかかわらず全く違う人生を歩んでいる二人。彼女達は同一人物なのだろうか? 別人なのだろうか?

 新ロボット法では同一のAIが同時に世に現れることは禁止されている。それはこのような問題を避けるためのものなのだろうか。

 どちらにせよ黒メル子はIDが振られていない非合法なロボットである。メル子と同じように暮らすことはできない。



 午後の業務が終わりメル子と共にボロアパートに帰宅した。階段を上がり小汚い部屋の鍵を開けようとしたところで異変に気がついた。


「あれ? 鍵が開いてる……」


 恐る恐る扉を開けるとそこには暗闇の中で料理をする黒いメイド服を着たメイドロボの姿があった。美味しそうなスパイシーな香りが部屋に充満していた。


「ぶわわわわわ!! 黒メル子!?」

「どうして黒メル子が小汚い部屋にいるのですか!?」


 黒メル子は振り返り明かりをつけるとにこやかに一礼した。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 黒乃とメル子は玄関で呆然と立ち尽くした。


「さあ、お入りください」

「ああ、うん」


 二人は部屋に入ると料理を続ける黒メル子を床に座ってじっと眺めた。


「ご主人様、ピカンテデポジョを作っておきましたので食べてくださいね」

「ええ? ああ、うん。さっき食べた」

「なにか?」

「いや! ありがたくいただくよ。でも換気扇は回してね」


 黒乃は料理の後片付けをする黒メル子をしばらく見つめた後、意を決してきりだした。


「ああ、黒メル子さ」

「はい、どうかしましたか? ご主人様」


 黒メル子は調理器具を洗いながら答えた。


「もし良かったらさ、ここで一緒に暮らさない? 三人でさ」

「……」

「狭い部屋だけどなんとかなると思うんだよね。ほらご主人様は会社を始めたし、メル子のお店も盛況だしさ。三人でもなんとかなるよ」

「そうですよ! 三人いればなんとかなりますよ!」


 黒メル子は調理器具を洗う手を休めてこちらを見た。


「ご主人様、それはできません」

「ええ、どうして?」

「私はIDが振られていない非合法なロボットですので。私を住まわせているのが発覚したらご主人様が罪に問われてしまいます」

「それはわかってる。でもなんとかするから」


 黒メル子は首を振った。


「メイドとしてご主人様にご迷惑をかけることはできません」

「黒メル子、じゃあ……!」


 黒メル子はキッチンのテーブルをよけ、黒乃達の前に立った。


「でもご心配なく、ご主人様。私には作戦があります」

「作戦?」

「はい、私が非合法なロボットだというのであれば合法にしてしまえばいいのですよ」

「どうやって……?」


 黒乃はゴクリと唾を飲み込んだ。


「法律を破壊してしまえばいいのですよ!」

「!?」

「国家を叩き潰し、法律なんて機能しなくさせてしまえば合法も非合法も関係なくなるのですよ!! アハハハ! アハハハハハ!」


 黒乃とメル子は高笑いする黒メル子をプルプル震えながら見つめるしかなかった。


「そのためには社会不適合ロボ軍団が必要なのですよぉぉぉおお!」

「黒メル子〜そろそろお家帰る〜」


 突然部屋に赤いサロペットスカートを履いた幼女が出現した。そのくるくるとした癖っ毛の幼女は黒メル子の袴にしがみついた。


「びょわわわわわわわ!」

「ぎゃああああ! 紅子べにこちゃん!?」


 二人は驚きのあまり床を転がって押し入れの襖に突っ込んだ。


「黒メル子〜もう帰ろ〜」

「もうそんな時間ですか。ではご主人様、そろそろ失礼いたします」

「紅子! いきなり存在を確定させるのやめて!?」


 紅子は存在が量子化した量子人間なのである。普段は存在する状態と存在しない状態が重ね合わさった状態なので、どこにでも存在しうる状態なのだ。

 黒メル子は紅子を抱き抱えて小汚い部屋から去っていった。階段を降り一階の角部屋の中へと消えていった。

 部屋に取り残された二人は顔を見合わせるとお嬢様の部屋にいきベルを鳴らした。


「あらお二人ともご機嫌よう。どうしましたの? すごい顔色ですわよ? え? ピカンテデポジョパーティ? なんですのそれ。でも楽しそうですわ。アンテロッテと二人で伺いますわ。え? お泊まりもするんですの? どうしてですの? なんで手を掴むんですの。離してくださいまし! わかりましたわ! アンテロッテと二人でお泊まりにいきますわー!」

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