第161話 実家が来ます! その三

 夕方の浅草。浅草寺から数本外れた静かな路地に黒乃のゲームスタジオ・クロノスがある。

 古民家を事務所にしているので、仕事部屋の他にキッチン、トイレ、風呂を完備。二階に上がれば寝室が二部屋用意されている。

 その古民家の前に黒ノ木一家が勢揃いしていた。ここが本日の宿泊所となる。黒乃のボロアパートでは狭すぎて入りきらないのだ。


「おお、ここが黒乃の会社かね」父黒太郎くろたろうは古民家を見上げた。

「ほんま立派やわ〜、クロちゃんでかしたやん!」母黒子くろこは黒乃の頭を抱き寄せ揉みくちゃにした。

「ところでメルちゃんはどないしたん? 姿が見えへんけど」


 黒子は周囲をキョロキョロと見渡した。


「メル子ならお嬢様たちと一緒に買い出しに行ってるよ。今日のディナーを楽しみにしててよ」

「メル子の手料理食べられるの!?」四女鏡乃みらのが食いついた。

「もちろん。アン子の料理もね」


 三姉妹はお互いハイタッチをして大いに喜んだ。


「お隣さんは紅茶屋さんなのかね」黒太郎はガラス越しに紅茶店『みどるずぶら』を覗いている。

「父ちゃん見てや。どえらいべっぴんさんのメイドロボがおるで!」

「折角だ。夕食ができるまでゆっくりさせてもらおうかな。はっはっは」


 そう言うと二人は店内に入っていった。


「あれ?」黒乃は事務所の扉に鍵を差し込んだ。しかしどうやら鍵は既に開いているようだ。

「鍵かけ忘れた!?」


 扉を開けると入り口に立っていたのは黒乃の後輩の桃ノ木桃智もものきももちであった。


「明けましておめでとうございます、先輩」

「なんだ、桃ノ木さんがいたのか。びっくりしたよ。まだ正月休みなのにもう出社? 熱心だね」

「いえ、実は実家から妹が遊びに来ていまして。職場見学させようかと」

「妹さんがいたの!?」


 三姉妹も黒乃の後ろからぞろぞろと詰めかけてきた。


「誰とね?」

「黒ネエの部下なん?」

「妹どこにおるとね?」


 すると桃ノ木の背後から小柄な少女が現れた。赤みがかったショートボブ、丸い輪郭に厚めの唇のギャップがキュートな少女。ショートパンツにダボダボのパーカーが少女っぽさを醸し出している。


「あの、ども。ウチが桃智姉ちゃんの妹の朱華しゅかです……」


 一同は呆気に取られた。


「シューちゃん!?」鏡乃は前に進み出て朱華に飛びついた。

「どうしてシューちゃんが浅草にいるの!?」

「えへへ、ミラちゃん。ウチ来ちゃった」


 朱華は鏡乃と同じく尼崎在住の中学生であり、鏡乃の唯一にして無二の友達である。そして将来を誓い合った仲でもある。


「朱華ちゃんて桃ノ木さんの妹だったの!?」

「うふふ、そうですよ」桃ノ木は妖艶な笑みを見せた。


 そうこうしているうちにメル子とお嬢様たちが買い出しから戻ってきた。早速キッチンで調理に取りかかった。


「どうして朱華ちゃんがいるのですか!?」

「メル子さん、えへへ。来ちゃいました」


 メル子は驚いたが桃ノ木姉妹の分の料理を作るのはやぶさかではないようだ。


 こうして黒ノ木一家六人、メル子、お嬢様二人、桃ノ木姉妹二人、計十一人でのお正月パーティーが始まった。


「さあ料理が出来上がりましたよ!」

「たんと召し上がりまくりゃんせー!」


 メル子とアンテロッテが次々と台所のテーブルに料理を並べた。皆目を輝かせて料理を見つめている。さすがの大人数なので仕事部屋からも椅子を集めて来なければならなかった。肩をくっつけあう狭苦しいパーティーだ。


「メル子さん、この真っ黒いスープは何かね」

「ブラジルのフェジョアーダです!」

「黒くてうまい」

「ありがとうございます!」

「アンキモちゃん、この白くて冷たいスープはなんやろね」

「ポロ葱とじゃがいものヴィシソワーズですわー!」

「白くてうまいなあ」

「メルシー!」

「ねえねえマリ助はフランス語話せるの?」

「おフランス人ですから当然ですわ」

「メル子〜クロケット取って〜」

「どうぞ!」

「メル子さん、この黄色いのなんですか?」

「パモーニャです!」

「アンキモ〜この紫のワインは何年モノ?」

「それはバルサミコ酢ですわよ」

「ゴフッ! ゲホゲホッ! ブバッ!」

「もう〜ミラちゃんほっぺにチリコンカン付いてるとよ〜」

「あんがと」

「先輩、ほっぺにヴァンルージュがついています、ハァハァ」

「あんがと」

「姉妹でなにをしていますか!」


 食事が終わると皆寝室でぐったりと横になった。朝からイベント盛りだくさんで相当疲れたようだ。

 桃ノ木は自宅に両親が来ているということで、余った料理をタッパーに詰めて持ち帰った。朱華はここに泊まると言い張って帰ろうとしなかった。

 黒ノ木夫妻はさっさと風呂に入って寝てしまったようだ。二つある寝室の片方を占拠してしまった。


「じゃあ私達も風呂入って寝ようか」

「そうですね」


 一般的な民家の風呂なので一度に二人しか入れない。黒ノ木四姉妹、メル子、お嬢様、朱華の八人が四組に分かれて入る。


「当然ご主人様はメル子と入るとして」

「黒ネエずるい!」黄乃は抗議をした。

「鏡乃ね、マリ助と入りたい!」

「ミラちゃん!?」

「わたくしは誰とでもよろしくてよ」

「お嬢様!?」


 組み合わせはロボットカルタで決めることになった。ロボットカルタとはロボットとそのマスターが描かれたカルタであり、仲見世通りの土産物屋で購入することができる。

 読み手が読み札を読み上げ、それに対応した取り札を早い者勝ちで取る。

 メル子は取り札を寝室の床に広げて並べた。それを取り囲むように七人が陣取った。多く札を取ったものが一緒に風呂に入る相手を指名できる。


「ねえ、これ超電磁系じゃなくて普通のカルタだよね?」

「ご主人様、ご心配なく。安心安全カルタです。では始めますよ!」


 メル子が読み手となって読み札を読み上げた。


『けつでかい ぺたんなくせして けつでかい』


「黒乃さんですわー!」マリーがすかさず黒乃の札をかっさらった。

「マリ助速い〜」


『ちちでかい じまんのおちちは あいかっぷ』


「メル子ですのー!」またもやマリーが札をもぎ取った。

「こりゃ全部マリーに持っていかれるぞ」


『おーほほほ おーほほおほほ おーほほほ』


「わたくしですのー!」マリーはマリーを弾いた。

「残念! 正解はアン子さんです!」

「お手つきですわー!」

「お嬢様ー!」

「お手つきは一回お休みです!」


『ふっきんが むっつにわれて いたちょこだ』


「マッチョメイドですわー!」マリーはマッチョメイドを弾いた。

「ノエノエさんです!」朱華はノエノエを弾いた。

「腹筋は腹筋でもチョコは褐色ですのでノエ子さんが正解です!」


『くいにげだ きょうもただめし おいしいな』


「美食ロボです!」朱華が美食ロボを取った。


 戦いは進みマリーと朱華の一騎打ちとなった。


「シューちゃん強いよー」鏡乃は一枚も取れていない。

「二人とも頑張ってください! 次で決着がつきます!」メル子は最後の読み札を読み上げた。


『もういやだ おしごとだるい にげだしたい』


 マリーと朱華は同時に動いた。二人の手が交差しFORT蘭丸の札が弾き飛ばされ黒乃のおでこに刺さった。


「どっちだ!?」

「ビデオ判定をします!」


 メル子は自身の電子頭脳に録画された映像をコマ送りで再生した。そして朱華の手を取り高々と掲げた。


「判定が出ました! 勝者朱華ちゃん!」


 大きな拍手が朱華に送られた。朱華は照れくさそうに顔を赤らめている。


「負けましたわー!」マリーは床に四つん這いになってプルプルと震えた。

「ナイスファイトですわ、お嬢様ー!」


「じゃあ朱華ちゃん。誰とお風呂入るのかな?」

「……」


 朱華は神妙な面持ちで沈黙をした。そして鏡乃を見つめた。


「ミラちゃんに優勝の権利を譲る」

「「!?」」

「シューちゃん?」

「ミラちゃんが誰とお風呂に入りたいか、ミラちゃんが選んで!」


 皆この展開に呆気に取られているようだ。固唾を飲んで鏡乃を見つめた。鏡乃は朱華の視線を真っ向から受け止めた。


「シューちゃん、ありがとう。シューちゃんの心、受けとったよ。じゃあマリ助と一緒にお風呂に入ります」


 皆一斉にカルタの札を鏡乃に叩きつけた。


 事務所のお風呂。その狭い湯船に二人がぎゅうぎゅう詰めに収まっていた。


「なんだぁ、結局クロちゃんとお風呂かー」

「クロちゃんは久しぶりに鏡乃と入れて嬉しいよ」


 結局朱華はメル子と、マリーはアンテロッテと、黄乃は紫乃と無難な組み合わせで風呂に入った。


「まったく鏡乃は空気が読めないなあ」

「空気なんて読んだことないもん。クロちゃんもそうでしょ」

「うーん……そうかもなあ」


 黒乃は鏡乃のおさげを解いた長い黒髪を撫でた。

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