第160話 実家が来ます! その二

「ねえ見て見て! 父ちゃんと母ちゃんスカイツリーにいるみたい!」


 黒ノ木家四女鏡乃みらのは自身のデバイスを見せびらかしながら騒ぎ立てた。デバイスにはスカイツリーの展望台で直立している父黒太郎くろたろうと母黒子くろこが写っていた。


「なにか……無表情で棒立ちをしていますが……これ楽しめているのでしょうか?」


 メル子はその写真を眺めて心配した。


「父ちゃんも母ちゃんも楽しそう」

「お〜二人きりの観光楽しんでるね〜」


 黒ノ木家次女黄乃きのとサード紫乃しのはその写真を見て和んでいるようだ。


「あ、これ楽しんでいるのですね。これは失礼しました!」


 黒ノ木四姉妹とメル子、お嬢様の二人は浅草の町を歩いていた。お昼を回ったのでみんなで昼食を取ることにしたのだ。


「ご主人様がもっと早く教えておいてくれれば私が皆さんをおもてなしできたのですよ!」


 メル子はかなりご立腹のようだ。当日の朝に実家から家族がやってくる事を知らされたので、メイドとしてのお仕事ができなくて拗ねているのだ。


「ごめんて。夕食はメル子に作ってもらうからさ。ね?」


 それを聞きメル子は少し機嫌が直ったようだ。


「ねえねえ、マリ助!」鏡乃はマリーの横に並び顔を近づけた。

「なんですの?」

「アンキモちょうだい!」

「あげられませんわ」

「どうして!?」

「アンテロッテのマスターはわたくしだからですわ」

「マスター権限ちょうだい!」

「無茶言いますわ」


「マリ助ちゃん」黄乃はマリーに顔を近づけた。

「なんですの?」

「アンキモさんとお風呂に入ってるって本当?」

「毎日入っていますわよ」

「はぁ〜ん」黄乃は身悶えして恍惚とした。


「マリ助マリ助」紫乃はマリーに顔を近づけた。

「なんですの?」

「アンキモとちゅーした? べろちゅー」

「毎日していますわよ」

「うぉっふ、もっふ」紫乃はよだれを垂らして悶えた。


 わいわいと騒ぎながら一行が向かっているのは浅草部屋だ。浅草部屋の大相撲ロボから新年の餅つき大会をするから来て欲しいとの連絡があったのだ。

 浅草部屋にたどり着くと部屋の前には浴衣を着た力士達が大勢集まっていた。きねうすがいくつも並び、蒸し器からはもち米が炊けるいい香りが湯気と共に溢れ出していた。


「黒乃山! 来てくれたんスね!」一際大きな体をした大相撲ロボが黒乃達を出迎えた。

「おう! 大相撲ロボ! 元気にしてるかい」

「元気っス! メル子さんも来てくれて嬉しいッス!」

「大相撲ロボ! 今年もよろしくお願いします!」


 妹達はぽかんと口を開けて力士を眺めた。全ての力士が自分達より大きいので面食らったようだ。いつもは見上げられる自分達が逆に見上げている。


「ここでお餅を食べられますのー!?」

「お餅大好きですわー!」


 お嬢様たちは先日のロボチューブで初めて餅を食べて以来、すっかり餅の虜になってしまったようだ。

 大相撲ロボはアンテロッテの姿を見ると急にモジモジし始めた。


「アン子さん、たくさんお餅食べていって欲しいッス!」

「こいつぅ! アン子が来て照れてやがるぅ!」

「ご主人様! 茶化さないでください!」


 力士達は大きな蒸し器から炊き立てのもち米を取り出した。湯気が蒸気機関車のように立ち昇り周囲にいるものの鼻をくすぐった。


「うひょー! いい香り!」

「これはナノ米ですね!」


 ナノ米とはナノマシンが配合された米であり、餅が喉に詰まるのを防いでくれる機能を持っている。


 予め熱湯で温めておいた臼にもち米を入れた。それを杵で押し潰していく。いきなり力を込めて杵でつくともち米が飛び散るので全体がある程度まとまるまでは優しく杵を扱う。


「準備ができたッス。黒乃山、よろしくお願いするッス」

「任せておけ!」

「ご主人様! 二人の絆を見せつけてやりましょうよ!」


 メル子が杵を持ち、黒乃が臼の前にしゃがみ込んだ。餅つきはつき手と返し手の呼吸を合わせるのが肝心である。


「いきますよご主人様!」

「さあこい!」


 メル子は杵を振って餅をついた。すかさず黒乃が臼に手を入れ餅を返す。メル子が杵でつく。黒乃の手が潰される。メル子が杵でつく。黒乃の手が潰される。


「どうしてご主人様の手をつくの!!!」

「タイミングが合いません!!」

「もう一度いくよ!!!」

「はい!!」


 メル子が杵でつく。黒乃の手が潰される。メル子が杵でつく。黒乃の手が潰される。


「ご主人様の手はお餅じゃないでしょ!!!」

「ごめんなさい!!」


 他の面々も杵を持って餅つきの体験をしているようだ。


「みーちゃん、そんなに振りかぶったら危ないから!」

「ぷぷぷ、鏡乃へっぴり腰」

「重いよ〜」

「オーホホホホ! 餅つきなんて簡単ですわー!」

「お嬢様の杵捌きは五大陸に響き渡りますわー!」


 黒乃達はなんとか餅をつきあげた。大相撲ロボ達が部屋の前にテーブルと椅子を並べた。テーブルの上には各種調味料と食材が並べられている。これらを使いついた餅をアレンジしていく。


「それでは皆さんがついた餅を食べたいと思うッス」


 力士達は一斉に餅に群がった。正月早々女性陣がついた餅を食べられる幸運は滅多にない。皆夢中で餅を口に運んでいった。


「黒乃山の餅は……おろし納豆餅ッスね!」大相撲ロボは黒乃の皿を手に取った。

「ふふふ、正月といえばこれ。醤油を多めにぶっかけて食べてよ」

「美味いッス!」


 大相撲ロボはチュルルンと一瞬で餅を吸い込んだ。


「メル子さんの餅はなにッスか!?」

「私のはきな粉餅です! ドゥルセ・デ・レチェをつけて召し上がれ!」


 ドゥルセ・デ・レチェとは南米の液体キャラメルで、砂糖と牛乳から作る。


「きな粉と甘いソースが相性抜群ッス!」


 大相撲ロボはちゅぽんと餅を吸い込んだ。


「アン子さん達のお餅も食べていいッスか!?」

「どうぞ召し上がりゃんせー!」

「これはなんスか!?」


 お嬢様たちが作ったのは黄色い餅だ。表面に片栗粉がまぶされている。


「これはバター餅でございましてよー! お餅にバター、卵黄、砂糖を加えて作りますわー!」

「アンテロッテのオリジナルアレンジでこれにホイップクリームを乗せていただくのですわー!」

「やわらかトロトロで美味いッス! 濃厚な甘さが食欲を増進させるッス!」

「私のきな粉餅と被っています!」


 大相撲ロボはクポポと餅を吸い込んだ。


「妹さん達の餅はなんスか!?」


 鏡乃達三人は何やら餅を焼いているようだ。


「たこ餅です!」

「たこ餅ッスか!?」


 餅を団子状に丸めてたこ焼き器で焼いているのだった。黄乃がたこを餅の中に詰めて丸め、紫乃がたこ焼き器の上で千枚通しを器用に使い転がして焼く。それを鏡乃がよだれを垂らしながら見つめる。三人のコンビネーションでたこ餅が焼き上がった。

 ソース、鰹節、マヨをかけて食べる。


「!? たこ焼きの味ッス! でも食感はもちもちの餅。不思議な感覚ッス。でも美味しいッス!」


 大相撲ロボはきゅぽんきゅぽんとたこ餅を吸い込んだ。


「わたくしにもくださいなー!」マリーがたこ餅に興味を示したようだ。

「マリ助も食べて食べて」鏡乃がたこ餅が山盛りになった皿を差し出した。

「どれどれ、クロちゃんにもちょうだいな」


 黒乃は皿を受け取りたこ餅を一つ摘むと口の中に放り込んだ。


「おお、外側はカリッと焼けてまさにたこ焼きのテイスト。しかして内側はもちもちの……ブー!!!」

「ぎゃあ!」


 黒乃は口に含んだたこ餅をメル子の顔面に吹き出した。


「ぐえええ! 辛い! またハバネロ入れたな!」

「目が! 目に辛いのが入りました! 痛いです!」


 二人は地面を転げ回って悶絶した。


「黒乃山、トムヤムクンッス。どうぞ」

「ありがとう大相撲ロボ、ブー!!」


 こうして黒乃御一行様は餅つき大会を堪能した。その帰り道。


「あ! 父ちゃんと母ちゃんからまた写真送られてきたよ!」

「どれどれ、見せてください!」


 メル子が鏡乃のデバイスを覗き込むと、そこには空の皿を手に持ち無表情で棒立ちをしている黒太郎と黒子の姿が写っていた。


「仲見世通りでお団子を立ち食いしているみたいですね。浅草を満喫しています!」

「うんとね、なんかロボット猫に買ったお団子を全部盗まれて絶望しているみたいだよ」

「あ! これ絶望の様子だったのですね! これは失礼しました!」


 黒ノ木家は順調に浅草を堪能しているようだ。

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