第159話 実家が来ます! その一
浅草の寒空の下を黒乃とメル子は歩いていた。ここは仲見世通りの入口の雷門。三が日が終わり、お参りのピークは過ぎ去ったものの正月休みのためか人通りは減る気配がない。
「ご主人様、何をしに雷門にきたのですか? もう初詣はしたではないですか」
緑の和風メイド服を翻しながらメル子は軽快に歩いている。その様子を周囲の人々はジロジロと眺めた。
「実はうちにお客さんが来るから迎えに来たんだよ」
「お客様? お知り合いの方ですか?」
「まあ生まれた時からお知り合いというか」
その時メル子は背後から何者かに突然抱きしめられた。ぎゅうと締めあげられる。
「ぎゃああああ! 誰ですか!」
驚きのあまりメル子は相手の袖を掴み一本背負いを炸裂させた。相手は華麗に宙で一回転をして背中から地面に叩きつけられた。
「げふん!」
地面に転がったのは白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女であった。
「あれ? ご主人様? いや微妙に小さいです! これ
「痛たたたた、メル子なにするの〜」
「メル子さん!」
「メル子〜」
さらに白ティー丸メガネ黒髪おさげの二人が走り寄ってきた。二人はメル子を取り囲むと力一杯抱きしめた。
「
「メル子さん、お久しぶりです!」
「メル子〜会いたかったよ〜」
「痛い! きーちゃん、しーちゃん踏んづけないでよ〜」
三人の長身姉妹にもみくちゃにされるメル子。その異常な光景に雷門の前は人だかりが出来始めた。
「皆さん! なぜここにいますか? お客様というのは皆さんの事だったのですか? 誰ですか、今おっぱいを揉んだのは!?」
「ふふふ、ここが雷門かね。母さん見てごらん。大きな
「ほんまやね。こんなに大きい提灯運んできたんはきっと巨人さんやね」
「お父様!? お母様!?」
白ティー丸メガネに整った口髭を生やしている一際長身の男性は黒乃の父
白ティー丸メガネ黒髪おさげのいかにも大阪のおばちゃんという感じの女性は黒乃の母
雷門の前に黒ノ木一家が勢揃いした。
父、黒太郎。
母、黒子。
長女、黒乃。
次女、黄乃。
サード、紫乃。
四女、鏡乃。
黒髪白ティー丸メガネの一族。壮観である。雷門の観光客から拍手が巻き起こった。
「なんですかこの状況は!? 皆さん! 恥ずかしいからここから避難をします!」
メル子を先頭に一列になって仲見世通りを突き進んだ。通りの中程にメル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』がある。この出店は複数の店が交代で営業をしており、本日はオーナーであるクッキン五郎のイタリア料理屋が当番だ。
「おう! メル子ちゃん! どうしたんだい」
「お店の中に避難させてください!」
黒ノ木家の面々はぞろぞろと店の中に侵入した。小さな出店であるため父と母しか座るスペースがない。
「やあ、メル子さん。明けましておめでとう」
「メルちゃん元気にしとった? なんや、ちょっと背が伸びたんちゃう?」
「ロボットなので伸びません! ご主人様!」
メル子は黒乃に食ってかかった。
「なぜ今日来ることを教えておいてくれないのですか!?」
「ごめんごめん。すっかり忘れてた」
メル子は壁に手をついて大きくため息をついた。振り返り改めて黒ノ木一家を見渡した。
「それでお父様、本日はどういったご用件でいらっしゃったのですか?」
「ふふふ、なあに。単なる観光だよ。浅草の町を見てみたくてね」
「うちらが東京来たんは新婚旅行以来やわ〜。ほんまにお祭りみたいな町やねんな」
父と母は立ち上がった。腕を組んで歩き出した。
「じゃあ母さん、二人きりで二度目の新婚旅行と洒落込もうか」
「やだもー父ちゃんってば!」
二人は仲見世通りの雑踏の中へと消えていった。メル子はそれを呆然と見送った。メル子は振り返って黒ノ木四姉妹を見つめた。
「あ〜……皆さんもどこかに観光に行きますか?」
「クロちゃん!」
「どうした鏡乃?」
「鏡乃ね、
「なんで?」
「ロボチューブの配信見てたら可愛かったから」
目をきらきらさせている鏡乃にメル子はアドバイスをした。
「鏡乃ちゃん、お嬢様たちに会うのはやめておいたほうがいいですよ」
「どうして?」
「あんな恐ろしい二人組はそういるものではありませんよ」
その時喧騒で溢れかえっているはずの仲見世通りに絶対零度の地獄から忍び寄ってくるかのような冷たい声が背筋に這い寄った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! 出ました!」
「え? お嬢様でたの? どこどこ!?」
「何か呼ばれたような気がしたので来てみましたわー!」
出店の裏口に現れたのは金髪縦ロールの少女であった。
「一体何を騒いでいらっしゃりまんでんがなー!」
出店のカウンター越しに現れたのは金髪縦ロールのメイドロボであった。
「「オーホホホホ!」」
「わあ! マリ助とアンキモだ!」
鏡乃、黄乃、紫乃はお嬢様に走り寄った。目の前に並ぶ長身丸メガネ姉妹を見てマリーはきょとんとした。
「黒乃さんがたくさんいらっしゃいますわー!」
「クローン人間ですのー!?」
「すごい! マリ助可愛い! マリ助は人間なの!?」
「人間でございますわよ」
「なんで人間なのにそんなに可愛いの!?」
「アニーお姉様の妹だからですわ」
「お姉ちゃんもいるの!? お姉ちゃんも可愛いの!?」
「このアンテロッテと同じ美しさですわ」
「すごい! メイドロボみたいに可愛いの!? なんで?」
「わたくしの姉だからですわ」
「マリ助が可愛いからお姉ちゃんも可愛いの!? じゃあなんでマリ助はそんなに可愛いの!?」
「アニーお姉様の妹だからですわ」
「こらこら」
話が終わりそうにないので黒乃が割って入った。
「ねえ、マリー。なんかうちの妹達が遊びたいらしいよ。遊んでくれるかい?」
「マリーにお任せですわー!」
一行は隅田公園へとやってきた。黒ノ木四姉妹と金髪三人組の組み合わせはあまりにも目立ちすぎていた。公園内がざわざわとし始めたが一行は構わず広場に陣取った。
「マリ助、公園でなにをするの?」
「お正月らしい遊びをしますわー!」
「超電磁ロボットめんこを仲見世通りのお土産物屋で購入してきましたわー!」
「すごい! 楽しそう!」鏡乃は大喜びのようだ。
めんことは江戸時代から伝わる玩具であり、様々な柄が描かれた紙を用いて遊ぶ。遊び方は非常に単純。地面にめんこを置き、それを目掛けて自分のめんこを叩きつける。風圧でめんこをひっくり返す事ができたら勝ちだ。
マリ助は全員にめんこを配った。
「お、メル子きた。後は私、私か。私が被ってるな」
「マリーちゃんとアン子さんのペアが来ました! 残りはご主人様です!」
超電磁ロボットめんこには実在のロボットやそのマスターが印刷されており、それぞれにパラメータが設定されている。
「うそー! 鏡乃のマッチョメイドとゴリラロボとクロちゃんだ! メル子と交換してー!」
「みーちゃん、交換はダメよ」黄乃は鏡乃を嗜めた。「私はマリエットさん、美食ロボ、黒ネエかな」
「うほほ、私はマヒナ、ノエノエ、黒ネエ」紫乃は美女を引けて喜んでいるようだ。
「あれ? なんか私がハズレキャラみたいになってない?」
全員一枚ずつめんこを選び、地面に置いた。地面には七枚の黒乃が勢揃いした。最初に置くめんこは『防御めんこ』または『捨てめんこ』と呼ばれる。
次に手元に残った二枚のめんこを順番に叩きつけていく。ひっくり返っためんこは回収され、その人のものとなる。最終的に多くのめんこを取ったものが勝ちである。
「あれ? なんだろう。捨てキャラ扱いされてるな……」
「では私からいきます。でぇい!」
メル子はアンテロッテを勢いよく地面に叩きつけた。超電磁めんこがスパークし火花が飛び散った。その勢いで黒乃がふわりと浮き上がりアンテロッテに覆い被さった。
「ご主人様がセクハラをしています!」
「キモいですわー!」アンテロッテは震え上がった。
一枚もひっくり返らなかったのでメル子のポイントはゼロ点だ。アンテロッテはそのまま場に残される。
「よし、次は私だな。それ!」
黒乃は黒乃を叩きつけた。しかし何も起こらなかった。
「私よっわ〜」
「次は私です!」
黄乃は美食ロボを叩きつけた。変化なし。
「美食ロボ最弱まであります」
「いけ〜ノエノエ!」
紫乃はノエノエを叩きつけた。アンテロッテと美食ロボが吹っ飛んだ。一方黒乃は無傷だ。
「やった〜ノエノエつえ〜。黒ネエはびくともしない」
「フハハハハハ、メイドロボの攻撃はご褒美なのだよ!」
マリーは大相撲ロボを叩きつけた。ノエノエと場の半数の黒乃が無惨に吹っ飛んだ。
「やりましたわー!」
「ちくしょー! なにしやがる!」
アンテロッテはチャーリーを叩きつけた。大相撲ロボは微動だにしないものの黒乃が一枚吹っ飛んだ。
「チャーリー貴様ーーッ!」
「やりましたのー!」
一巡目の最後は鏡乃だ。ゴリラロボを勢いよく叩きつけた。凄まじいスパークが起こり一同は顔を背けた。チャーリーは吹っ飛び、黒乃は木っ端微塵になった。大相撲ロボはなんとか耐えているようだ。
「ご主人様が消滅しました!」
「うごごごごご! なにすんだ!」
二巡目。このターンで勝負が決まる。
メル子はマリーを叩きつけたものの大相撲ロボもゴリラロボも微動だにしない。
「強すぎます!」
黒乃はメル子を叩きつけるも変化なし。
「メル子、せめてマリーには勝ってよ!」
「可哀想ですから無理です!」
黄乃はマリエットを叩きつけた。変化無し。
「可愛いから許します!」
紫乃はマヒナを叩きつけた。激しいスパークの後に残ったのは大相撲ロボ、ゴリラロボだけであった。
「マヒナもつえ〜」
その後マリーがアニーを、アンテロッテがフォトンを叩きつけるも変化はなかった。
「鏡乃で最後だ〜。これで勝負決めるぞ〜」
鏡乃はマッチョメイドを叩きつけた。その瞬間これまでにないスパークが発生し雷鳴のような轟音が隅田公園に轟いた。全員衝撃波によって吹っ飛ばされた。
「ぎゅわわわわわ! なんだなんだ!」
地面をごろごろと転がった黒乃が辺りを見渡すと地面に焼けこげができていた。そこにはめんこは影も形も残されていなかった。
一同はプルプルと震えながらその有り様を眺めた。
「超電磁めんこ危険すぎじゃろ……」
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