第155話 闇のメル子です!
黒乃はボロアパートの小汚い部屋で正座をしていた。その横には青い和風メイド服を着たメル子が正座をしている。
そして二人の正面には黒い和風メイド服を着たメル子が正座をしていた。その生地には様々な形の時計の模様が織り込まれていた。
「あのー、あなたはどちら様でしょうか?」黒乃は恐る恐る聞いた。
「もちろんご主人様のメイドロボのメル子です!」黒いメル子は満面の笑顔で答えた。
「メル子は私ですよ!」鬼の形相で青いメル子が叫んだ。
今現在、小汚い部屋にはメル子が二人いる。青いメル子と黒いメル子。メイド服の色以外に二人を区別する方法はない。いや一つだけあった。
「あなたがメル子だというのなら証拠を見せてください!」青いメル子は黒いメル子に指を突きつけて要求をした。
「証拠ならあります! この世界一可愛いボディです!」
「ぐわわ! そこは否定をできません!」
黒乃は二人のやりとりを呆れた様子で見ていた。
「そういうあなたがメル子だという証拠はあるのですか?」黒メル子は逆に要求を突きつけた。勝ち誇ったような表情で青メル子を見返した。
青メル子は立ち上がった。
「ありますとも! これが証拠です!」
メル子は両手で左右からお乳を挟んだ。巨大なお乳がゴムボールのように弾んだ。黒乃はその軌道を忠実に視線で再現をした。
「この
黒乃は二人のメル子のお乳を交互に見比べた。確かに
「ではご主人様にお聞きしましょう」黒メル子は黒乃に視線をぶつけた。
「メル子をメル子たらしめるものは
「
黒乃にはもちろん黒メル子の正体がわかっていた。その正体はマッドサイエンティストロボ、ニコラ・テス乱太郎によって作られた貧乳メル子なのであった(145話参照)。その証拠に黒メル子の首筋にはIDが表示されていない。非合法ロボだ。ニコラ・テス乱太郎はクリスマスプレゼントとして貧乳メル子を置いたままどこかへ消えてしまった。
しかしそのボディにはAIが入っていないはずであった。動かない空のボディを二人で必死に部屋まで運んだのだ。
「ねえ、メル子」
「「なんでしょう」」
二人同時に答えたので黒乃は頭が混乱した。
「えーと、ほら、黒メル子のAIってメル子のコピーなんじゃないの? 見た目だけじゃなくて中身もメル子そっくりのような気がするんだけど」
「ご主人様、それは有り得ませんよ」
新ロボット法ではサーバ上にAIのバックアップを作る事は許されているものの、複数のボディに同時に同じAIをインストールする事は許されていない。
「システム的に強固なプロテクトがかかっていますので、同時に私が現れる事は有り得ませんよ!」
黒乃は腕を組んで首を捻った。二人をキョロキョロと交互に見渡しポロリと漏らした。
「でもあの変態博士のやることだからな〜」
その言葉に青メル子は青ざめた。
「なんにせよ! この部屋には本物のメル子がいます! 偽物は出ていってください!」
青メル子は黒メル子の袖を掴み引っ張った。引きずって玄関の外へ追い出そうとしている。黒乃は慌ててそれを止めた。
「メル子待って! 仮にAIが本物だろうがなかろうがメル子ボディの子を外にほっぽり出すわけにはいかないでしょ」
青メル子は鼻息を荒くして肩で息をしている。かなり追い詰められているようだ。
「フシャー!」
「どうどうメル子。落ち着いて。大丈夫だから」
黒乃に抱きしめられた青メル子はその胸の中で泣き出してしまった。
「ここは私とご主人様の二人だけのお部屋です! 知らない人はいりません!」
黒乃はなんとか青メル子をなだめて床に座らせた。
「よし、じゃあ黒メル子に聞くけど。この部屋に初めてやってきた時の事は覚えてる?」
「もちろんです! ご主人様!」
黒メル子は黒乃とメル子が初めて出会った日の事を語り始めた。一言一句違わず再現をしてみせた。
「あかん」黒乃は頭を抱えた。「完全にメル子だこれ!」
その後話をすり合わせていくと黒メル子の記憶が曖昧な部分が見つかった。
それはメル子が初めて浅草工場でメンテナンスを行なった日であった(28話参照)。メル子としての記憶があるのはこの日までで、この日は初めてメル子のAIのバックアップが作られた日でもある。
つまり、この日のバックアップを元に黒メル子のAIが作られた可能性が高い。
「それで黒メル子はどうやってこの部屋に来たのか覚えてる?」
「はい、覚えています。ニコラ・テス乱太郎博士に命じられて、メル子を貧乳ロボにする為に来ました」
「やっぱり変態博士の手先ではないですか!!」
青メル子は床を転げ回って暴れだした。
「ご主人様! 早く! 早く黒メル子を部屋から追い出してください! 貧乳ロボにされてしまいます!」
黒乃はますます頭を抱えてしまった。いくらニコラ・テス乱太郎の手先とはいえ、メル子をベースに作られたAIを追い出すのはあまりに忍びない。
「さて、お夕飯の準備をしませんと」
おもむろに黒メル子は立ち上がった。キッチンで夕食の準備を始めたようだ。いい香りが部屋に漂い始めた。
昼に行われた富士山頂研究所での打ち上げパーティから今まで何も食べていないのでその香りには腹を鳴らすよりほかなかった。
「さあ、準備ができましたよ。お座りください」
黒メル子に促されるまま二人は席についた。テーブルにはメル子お得意の南米料理が並んでいる。
「いただきます」
黒乃は恐る恐るスープを口に含んだ。煮込まれた豆の風味と鮮烈なコリアンダーの香りが口の中に広がった。
「メル子の味だ……」
青メル子もスープを啜った。「……私の味です」
二人は認めるしかなかった。黒メル子の中には確かにメル子がいるのだと。
「黒メル子〜そろそろうち帰る〜」
突然部屋に幼女が現れた。くるくるとした癖っ毛の幼女だ。
「ぼわあわわわわわ!
「ぎゃああああああ! 出ました! 紅子ちゃんです!」
あまりの衝撃に二人は椅子から転げ落ちて床に這いつくばった。白いゆったりとしたシャツに赤いサロペットスカートの幼女はそれを楽しそうに眺めた。
「あ、もうそんな時間ですか」黒メル子は席を立つと紅子の手をとった。
「ではご主人様、今日はそろそろお
黒メル子は丁寧にお辞儀をした。
「紅子はどこから現れたの!?」
黒メル子は紅子を抱き上げた。
「結構前からいましたよ。紅子ちゃんは量子人間ですので普段は存在する状態と存在しない状態が重ね合わさっています。観測によって存在が収束したので突然現れたように見えただけです」
「何を言っているのかわからない……でも道理で神出鬼没なわけだ」
二人は抱き合って怯えた。
黒メル子は紅子を抱えて玄関の扉を開けた。階段を降り黒乃の部屋とは反対側の一階の角部屋に入っていった。
「あ、やっぱりあの部屋に帰るんだ……」
「そのようですね……」
あの部屋の地下にはニコラ・テス乱太郎の隠れ家があるのだ。
二人は呆然としながら部屋の中に戻るとテーブルに座り夕食を再開した。黒メル子が作った料理を全て綺麗に平らげた。
謎の恐怖に襲われ一人でいる時間を少しでも減らしたいので、この日二人は一緒に風呂に入り、一緒の布団で寝た。
布団の中で黒乃は静かに言葉を発した。
「あの、メル子さ」
「はい、なんでしょう」
「黒メル子は、なんていうか。ニコラ・テス乱太郎の手先かもしれないけどさ。やっぱり可愛かったよ」
「はあ」
「全く他人とは思えない」
「そうですね」
黒乃は布団の中でメル子の手を握った。
「今日はびっくりしたから黒メル子に冷たい感じになっちゃったけど、次会ったら優しくしてあげようと思う。メル子は嫌かもしれないけど」
メル子は黒乃の手を握り返した。
「正直言うと……嫌です」
さらに強く手を握った。
「でもご主人様らしいです」
キャンプの疲れが押し寄せ二人はそのまま眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます