第154話 ろぼキャン! その七

 黒乃一行は富士山頂研究所のヘリポートにいた。巨大ロボによる初日の出決戦の後、トーマス・エジ宗次郎博士のヘリで研究所まで戻ってきたのだ。

 ニコラ・テス乱太郎が操るジャイアントモンゲッタと黒乃が操るギガントニャンボットが富士山頂で激しく戦った結果雪崩が発生。あわや五合目の宿泊所が雪崩に飲み込まれるという事態になってしまった。

 小熊ロボのワトニーが機転を効かせ、ジャイアントモンゲッタとギガントニャンボットの協力技により雪崩を阻止。無事宿泊所は守られた。しかし二体の巨大ロボは雪に飲まれて動けなくなってしまった。


「皆の者、よくやった! 宿泊所の人達は全員無事が確認された!」


 トーマス・エジ宗次郎博士は宣言した。皆歓声をあげた。黒乃は大きく息をついた。

 雪崩の後まもなく五合目に消防が大勢やってきて救助活動が始まった。再び雪崩が起きる危険がある為、宿泊者達は全員バスで下山をした。


 黒乃はヘリポートにへたり込んでしまった。浅草から富士までの自転車の旅。初めてのキャンプ。初めての火起こし。初めてのキャンプ飯。山中湖から五合目までの登山。そして巨大ロボとの戦い。あまりのハードな出来事の応酬に身も心も消耗しきっていた。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「先輩、立てますか?」

「ええ? 無理」


 二人は黒乃に肩を貸して無理矢理立ち上がらせた。元日の富士山頂のヘリポートにいつまでもいるわけにはいかない。皆に引きずられるように中に避難をした。


 研究所内ではパーティが始まろうとしていた。ゲームスタジオ・クロノス初日の出合宿打ち上げパーティ兼、ニコラ・テス乱太郎撃退記念パーティだ。


 メル子とアンテロッテは研究所内のキッチンでパーティ用の料理を作っていた。毎朝配達ロボが五合目まで新鮮な食材を届けてくれるので調理に問題は無さそうだ。

 黒乃達はキッチンから漂ってくるいい香りを食堂のテーブルに座り堪能していた。


「先輩、巨大ロボとの戦いお疲れ様です」

「ええ? ああ、ありがとう」

「とても格好よかったですよ」


 桃ノ木は黒乃の横に座るとピタリと体を寄せた。


「シャチョー! 巨大ロボの操縦上手いんデスね!」

「慣れてるからね」

「……なんで慣れてるの」

「ちょっとした百戦錬磨ですわよー!」


 そうこうしているうちにキッチンから料理が運ばれてきた。メル子の南米料理、アンテロッテのフランス料理がずらりとテーブルに並んだ。


「さあ皆さん! 料理が出来上がりましたよ! ってなんでくっついていますか!」

「腕によりをかけたおフランス料理をご堪能めさりゃんせー!」


 一同は目を輝かせて料理を眺めた。エンパナーダにフェジョアーダ。トロトロとうもろこしのパモーニャ。どれも食欲を刺激してやまない。テリーヌ、ビスク、ブイヤベース。フランス料理に馴染みのない面々は涎を垂らした。

 黒乃が椅子から立ち上がった。皆黒乃に視線を集めた。


「えー、皆さんお疲れ様でした」

「「お疲れ様でした!」」

「今日ね、無事にね、無事? まあ合宿が終わりました。本当にお疲れ様です。私が一番疲れましたよ。でもねやってよかったと思っていますよ。みんなで力を合わせて頑張ったし、成功も失敗もしましたよ。私は主に失敗だけど」


 クスクスと笑いが起きた。


「でもね、失敗しようがみんなで頑張ればなんとかなる事がわかりましたよ! みんなが一緒で良かった! ありがとう!」


 黒乃は頭を下げた。暖かい拍手の音で食堂が満たされた。


「じゃあ、もう食べようか。はい、乾杯!」

「「乾杯!」」


 皆いっせいに料理に飛びついた。極寒の富士山頂での豪華な食事に箸が止まらない。しばらくするとメル子とアンテロッテがキッチンからメインディッシュを運んできた。


「なにそれ!?」黒乃は驚きの声をあげた。


 それは鉄の串が二本刺さった巨大な肉塊であった。表面が炭火でよく炙られ、垂れた肉汁が炭で蒸発して煙を立ち昇らせた。


「私が山中湖に落としたお肉ちゃん!?」


 山中湖ロボキャンプ場で黒乃が作り、誤って落としてしまい食べられずじまいだった料理だ。


「こらこら、研究所の中でこんなものを焼くとは」トーマス・エジ宗次郎博士は呆れ顔だ。

「お肉ちゃんが帰ってきのおおおおお!」


 黒乃は涙を流して喜びメル子に抱きついた。


「あの時と同じ和牛を使っていますよ」メル子はナイフを黒乃に手渡した。

「あの時の続きといきましょうよ」

「メル子……」


 黒乃はナイフを受け取ると肉塊を削いだ。薄切りになった肉を炭で軽く炙って赤みを消した。それを皆にふるまっていった。


「やっとシャチョーのお肉が食べられマスね!」

「これが先輩のキャンプ飯なんですね」

「……美味しい」


 皆大喜びで次々と肉を胃に収めていった。すぐに巨大な肉塊は串二本を残して消えてしまった。


 社員達とお嬢様達は存分にパーティを楽しんでいるようだ。黒乃はその様子を食堂の隅のテーブルで眺めていた。

 そこにメル子がカップを持ってやってきた。紅茶のカップを黒乃に渡すと隣の椅子に腰掛けた。


「お疲れ様です、ご主人様」

「んん、お疲れ」


 黒乃は紅茶の香りを吸い込み一口飲んだ。大きく息を吐いてメル子を見つめた。


「メル子が元気そうで良かったよ」

「私がですか?」

「ワトニーが行っちゃったから落ち込んでいるかと思ってさ」


 小熊ロボのワトニーは巨大ロボでのバトルの末、ニコラ・テス乱太郎と共に脱出カプセルでどこかへ消えてしまったのだった。


「私は落ち込んではいませんよ」


 メル子は黒乃の目を見つめた。


「だってワトニーは皆を助けるためにジャイアントモンゲッタに乗ったのですもの。ワトニーはとてもいい子です! いつか私のところに帰ってきてくれると信じています!」


 黒乃もメル子の目を見つめたがすぐに視線を外してしまった。


「メル子は強いな。それに比べて私ときたら……。今回の合宿はずっと失敗ばかり。何一つうまくできなかったよ。みんなに助けられたからなんとかなったけどさ」


 黒乃は大きく息を吐いた。メル子は落ち込む黒乃に微笑みを向けるとその手に自分の手を重ねた。


「確かに失敗ばかりでしたね」

「うん」

「でも楽しかったですよ」

「楽しかった?」

「はい。楽しかったです」


 黒乃は視線を戻してメル子を見た。


「合宿はずっと楽しかったです。みんなも楽しんでいました。それが一番大事ですよ。だってご主人様達は楽しいゲームを作ろうとしているのですから」


 黒乃も力を込めてメル子の手を握りしめた。


「シャチョー! イチャイチャ中失礼しマス!」

「なんだどした?」

「研究所の外でビカール三太郎サンが凍りついてマス! どうしまショウ!」

「あいつは登山が終わると勝手に凍りついて動かなくなるからほっとけ」

「わかりまシタ!」



 こうして怒涛のろぼキャン!は終わりを告げた。この合宿によって皆の絆が深まったのは間違いないだろう。新しい年の新しいチャレンジはここから始まるのだ。



「いやー、それにしても疲れたね」

「そうですね。帰りは博士が浅草工場までヘリで送ってくれたので楽でしたけどね」


 黒乃とメル子は浅草の町を歩いていた。いつも通りのボロアパートの小汚い部屋でまずはゆっくりと休みたいという思いでいっぱいだ。


「とりあえず正月はしっかり休んで、それからガンガン働くからね!」

「はい!」


 黒乃はボロアパートの扉を開けた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「おう、メル子。ただいま!」


 出迎えてくれたメル子に荷物を渡すと体を床に投げ出した。仰向けになり天井を仰いだ。


「すぐに紅茶が入りますので」

「ありがたい」


 メル子はその二人のやりとりを玄関に立ちプルプルと震えながら見ていた。

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