第153話 ろぼキャン! その六

 富士山頂の研究所でひっそりと年が明けた。連日のハードスケジュールによる疲労で誰も深夜に起きている者はなく、明け方まで寝入っていた。

 それでも初日の出の時刻が近づくと誰からともなく研究所屋上のテラスに集まり始めた。


「黒ノ木シャチョー! おはようございます!」

「FORT蘭丸、朝から大声出すな……」

「ゴメンナサイ!」

「蘭丸君おはようございます」


 メル子は小熊ロボのワトニーを抱いていた。哺乳瓶にロボミルクを入れて口に咥えさせている。昨日の晩はトーマス・エジ宗次郎博士によって検査が行われ、ボディに問題がない事は確認できている。


「……ロボミルク美味しそう」


 フォトンは興味津々でワトニーを覗き込んでいた。


「フォト子ちゃんはまだミルクが恋しいお年頃かしら」桃ノ木はクスクス笑った。

「……ちがうもん」


 東の空を見つめお嬢様たちが大騒ぎをしていた。


「空が明るくなってきましたわー!」

「日本に来て初めての初日の出ですわー!」


 初日の出の時刻は六時四十二分。富士山頂で標高が高い為、本州では最も早く初日の出を拝めるスポットである。

 一行は無言で遥か彼方を眺めた。みるみるうちに底の方から明るさがせり上がり、青い星空を塗り替えていった。一際眩しい光が天と地の境目に集まり、そこに太陽があるのだとわかった。

 程なくして今年初めての偉大なるエネルギーが地に降り注がれた。日輪のもたらすそのパワーは凍てついた富士をも溶かすかのような輝きを放っている。


「ご主人様! 初日の出です!」

「おお、おお」


 黒乃達は時間を忘れてその光に見入った。


「今年は勝負の年になりそうだな。きっちり拝んでおくか」

「ご主人様ならきっとやれますよ」


 皆それぞれの想いを胸に秘めて昇りゆく朝日を見つめた。

 太陽がその全貌を表した頃、メル子はある事に気がついた。


「ご主人様、あの黒い点はなんでしょうか?」

「黒い点?」


 太陽の中心に丸い物体が見えた。黒乃も目を細めて見ようとしたが、もはや眩しすぎて直視はできなかった。ロボット達はその機能を活かして次々とその点を発見した。


「何かがこちらに飛んできているようですわー!」

「シャチョー! ナンですかアレは!?」

「ぶぶぶぶぶぶ!」


 ワトニーが唸り声を出してプルプルと震えている。その黒い点はぐんぐんと迫り、黒乃の丸メガネにも形がはっきりと映るくらいの距離まで近づいてきた。


『フハハハハハ、諸君明けましておめでとう。一富士二鷹三巨大ロボだよ〜』


 富士山頂の研究所の上空に浮かんでいるのは全長十八メートルの巨大ロボ、ジャイアントモンゲッタであった。巨大なクマ型のボディに青と白の宇宙服を着込んでいる。

 その股間の操縦席に乗っているのはマッドサイエンティストロボのニコラ・テス乱太郎である。胸の操縦席には幼女紅子べにこが乗っている。頭の操縦席は空だ。


「ぎゃああああああ! 出ました! ご主人様! ジャイアントモンゲッタです!」


 突然の巨大ロボの登場に一同は身動きが取れなくなってしまった。硬直して巨大ロボを見上げるしかない。


『フフフ、メル子〜モンゲッタを返してごらん〜。ついでに貧乳ロボにしてあげるよ〜』


 ジャイアントモンゲッタ、略してジャイゲッタのスピーカーからニコラ・テス乱太郎の声が聞こえた。


「この子はワトニーです! 私が保護します! 絶対に返しません! 貧乳にもなりません!」


 ジャイゲッタがメル子を掴もうとその巨大な腕を伸ばした。間一髪全員研究所内に避難することに成功した。ジャイゲッタが屋上テラスの入り口を殴りつけ、その振動で皆床に転がった。


『我々も巨大ロボで応戦するぞい! ドックに集合じゃ!』


 トーマス・エジ宗次郎の声がスピーカーから聞こえた。階段を下りドックを目指した。

 研究所の最下層にある広い空間には巨大ロボが佇んでいた。その名もギガントニャンボット。全長十八メートル。赤い宇宙服を纏った猫型巨大ロボである。


「この時のために巨大ロボの講習受けておいたからね!(138話参照)」黒乃は股間のコクピットに乗り込んだ。


「ワトニーは絶対に渡しません!」メル子は胸のコクピットに乗り込んだ。


「わたしく達も乗りますわよー!」マリーは右肘のコクピットに乗り込んだ。


「前回の反省を踏まえて両手のコクピットが肘に移動していますのよー!」アンテロッテは左肘のコクピットに乗り込んだ。


「ぶぶぶぶぶ!」念の為ワトニーは頭のコクピットに乗せておいた。


 全員が乗り込むとギガントニャンボット、略してギガニャンはゆっくりと歩き出した。ドックの扉が開き真っ白な世界があらわになった。ギガニャンが扉から出ると外にはジャイゲッタが待ち構えていた。


『さあ〜勝負といこうじゃないか〜』

「変態博士にワトニーは渡さない!」


 ギガニャンとジャイゲッタはお互い内股で構えた。


「ご主人様! どうして内股になっていますか!?」

「手を股間に当てないで欲しいですの」

「股間を守ってるんだよ!」


 ジャイゲッタが走り寄りギガニャンの股間を蹴り上げた。そのお返しにギガニャンもジャイゲッタの股間を蹴り上げた。二体の巨大ロボはお互い悶絶して内股になった。


「イデデデ! ほら! 股間を守らないとこうなるんだよ!」

「巨大ロボといえど股間は急所ですから仕方がありません!」

「股間を蹴り合う巨大ロボのバトルとか誰が見たいんだよ!」


 ギガニャンは両腕をグルグルと回転させた。そのまま勢いよく突っ込みジャイゲッタを弾き飛ばした。「必殺! スピニングルグルネコパンチ!」


 ジャイゲッタは数十メートル吹っ飛び山肌に激突した。積もった雪が舞い上がり視界が奪われた。


『やるじゃあないか〜』

「腕を回さないで欲しいですわー!」

「コクピットが手から肘になったくらいじゃあまり変わりませんわー!」


 ジャイゲッタは雪面に腕を突っ込んだ。地面の雪を固めて巨大な雪玉を作った。それをギガニャンめがけて投げつけた。


「そんなもの効くか!」


 ギガニャンは腕を振り回し飛んできた雪玉を粉砕した。


「目が回りますわー!」

「あれ? ジャイゲッタがいない!?」

『フフフ、後ろだよ〜』


 背後に回り込んだジャイゲッタはギガニャンを羽交締めにした。


「ご主人様! 後ろを取られました!」

「しまった!」


 ジャイゲッタは大きく反りかえるとジャーマンスープレックスを炸裂させた。頭から山肌に叩きつけられたギガニャンは地面を転がってもんどり打った。


「やったな〜」


 ギガニャンは低空姿勢でタックルを食らわせた。足元をすくわれたジャイゲッタとギガニャンはもつれ合って富士山を転げ落ちていった。


 その時いち早く異変に気がついたのはワトニーであった。


「ぶぶぶぶぶ!」

「ご主人様! ワトニーが何かを言っています! 翻訳してください!」

「ふんふん、なになに? 巨大ロボが暴れたから雪崩が起きる? なぬっ!?」


 上空からヘリのローター音が聞こえた。


「黒ノ木先輩!」ヘリから無線を通して呼びかけたのは桃ノ木だ。ヘリを操縦しているのはトーマス・エジ宗次郎博士のようだ。

「シャチョー! コノママだと大規模な雪崩が発生シテ五合目の宿泊所を飲み込んでしまいマス!」

「……クロ社長達も逃げて」


 ギガニャンはジャイゲッタに馬乗りになり両肩を押さえつけた。


「なんだかわからんけど、桃ノ木さん達は宿泊客を秘密のエレベーターの中に避難させて! こっちはこっちでなんとかするから!」

「わかりました!」桃ノ木は無線を切った。


 黒乃は山頂の方を見た。白い煙が迫ってきているのが見えた。この膨大な質量相手では巨大ロボも宿泊施設も簡単に飲み込まれてしまうはずだ。


「うわわわ! やばいやばいどうしよ! ミサイルで雪崩を吹き飛ばすか!? あれ? あれ? 動かない! ギガニャンが動かないよ! どうして!?」

「転げ落ちた時のダメージが大きすぎたのですわー!」


 黒乃は必死に操縦桿を操作したが、ジャイゲッタに馬乗りになった姿勢のまま動こうとしない。

 その時、ギガニャンの頭部のコクピットのハッチが開いた。


「ワトニー! 何をしていますか!?」


 ワトニーはよちよちと巨大ロボの頭の上に這い上がるとそのまま転がってジャイゲッタの頭部に着地した。


「ワトニー危ないです! 戻ってきてください!」

「メル子! ワトニーは何かをやろうとしてるんだ!」


 ワトニーはジャイゲッタの頭部のコクピットに乗り込んだ。


『モンゲッタ〜戻ってきてくれたんだね〜。さあ力を合わせてギガニャンを倒そう〜』


 ジャイゲッタはのし掛かったギガニャンを押しやり地面に転がすと立ち上がった。すると雪崩に向けて走り出した。


「ワトニー! どこにいきますか! 危ないです!」

『こら〜モンゲッタ〜勝手に動くのはやめたまえ〜』


 ジャイゲッタは背中に背負った宇宙服のバックパックを取り外すと雪崩に向けて構えた。バックパックから猛烈な噴射が発生した。


「そうか! ワトニーはジェット噴射で雪崩を吹き飛ばすつもりなんだ!」

「ご主人様! そんな事をしたらワトニーが!」


 メル子はがちゃがちゃと操縦桿を動かした。ゆっくりとではあるがギガニャンが立ち上がり始めた。


「メル子! 今は宿泊所の人達を守るのが優先だよ!」

「ワトニー!」メル子は叫んだ。


 ギガニャンは五合目の宿泊所の前に構えた。ジャイゲッタが噴射で雪崩の威力を大幅に削ってくれたようだ。


「いくぞ! 必殺! ギガント電磁フィールド!」


 ギガニャンから強力な電磁波が放出された。先に展開したビットとの間に電磁フィールドが形成された。電磁フィールドに触れた雪崩が瞬時に吹き飛んでいった。


「それでも凄い雪の量ですわー!」

「これ耐えられますのー!?」


 雪崩がギガニャンの前で真っ二つに割れた。宿泊所の左右を通り抜けて広がって滑り落ちていった。

 前方ではジャイゲッタがジェット噴射を続けている。しかし猛烈な熱量によりジャイゲッタ自身が焼けて赤熱していた。


「ワトニー! もういいです! 逃げてください!」


 しかしジャイゲッタは動かなかった。とうとうジャイゲッタは雪に飲まれてその姿が見えなくなってしまった。


「ワトニー!」

「うおおおお! こっちも最後の力を振り絞るよ!」


 電磁フィールドが最後のスパークをした。周囲の雪が吹き飛び、突如として静けさが訪れた。


「ハァハァ、雪崩が止まった……」


 雪崩は宿泊所の目の前で止まっていた。ギガニャンの体はほぼ埋まってしまったが建物は無事のようだ。


「ワトニー! ワトニーはどうなりましたか!?」


 メル子はコクピットを開き外に飛び出した。ジャイゲッタがいた上方は完全に深い雪に埋もれてしまっている。ジャイゲッタの姿はどこにも見えない。


「ワトニー!」

「メル子! 危ないから!」


 その時に大きな破裂音と共に何かが上空に打ち上がった。それは三筋の煙の帯を描き上昇していった。脱出カプセルだ。


『フハハハハ! 諸君また会おう!』

「ワトニー!」


 三つの脱出カプセルは朝日の中へ消えていった。

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