第152話 ろぼキャン! その五

 大晦日の山中湖ロボキャンプ場。五人のテントの撤収は終わり、綺麗さっぱり来る前の状態へと戻っていた。

 ログハウスの前には人だかりができていた。その中心にいるのは小さな熊だ。


「女将サン! その小熊ロボはどうしたんデスか!?」

「ご主人様が釣り上げました!」


 この小熊ロボは黒乃によってワトニーと名付けられている。体長六十センチメートルの小さな体から伸びるふさふさの茶色い毛並みが愛らしい。メル子の胸にしがみついてつぶらな瞳で皆を眺めている。

 しかしてその正体はマッドサイエンティストロボであるニコラ・テス乱太郎が作り出した巨大ロボ、ジャイアントモンゲッタのパイロットであるモンゲッタなのであった。


「……メル子ちゃんに懐いてる」

「触りたいですわー!」

「もふもふしたいですわー!」


 お嬢様たちとワトニーは顔見知りである。北海道でどういうわけか行き倒れていたワトニーをメル子が保護したところ、それを取り返しにきたニコラ・テス乱太郎と戦いになったのだ。お嬢様と力を合わせて戦い見事撃退したのだが、ワトニー達は月へと逃げていってしまったのだった。

 しかし先日人工衛星に乗って月から地球へと帰還。その後クリスマスに巨大ロボで大暴れとやりたい放題である。

 そして山中湖で黒乃に一本釣りをされ今に至る。


「そういえばこいつ、あの青と白の宇宙服を着てないと大人しいんだな」

「きっとあの宇宙服がワトニーを操っているのですよ! 悪い宇宙服です! 今はこんなにいい子ですもの」


 メル子は慈愛の目でワトニーの毛皮を撫でた。


「この子、どうするのかしら。悪い科学者の一味なんでしょ?」桃ノ木が疑問を呈した。

「私が保護をします!」メル子は鼻息を荒くしてワトニーを抱きしめた。

「まあまあメル子、落ち着いて。ご主人様に提案がある」


 黒乃は富士山を背にして立った。一同の視線が黒乃に集中した。黒乃は富士山に向かって手を広げた。


「我々は今から初日の出を拝むために富士山に登る。そして富士山にはニコラ・テス乱太郎のライバルであるトーマス・エジ宗次郎博士の研究所がある。博士にワトニーの保護を求めよう!」


 メル子は再びワトニーを抱きしめた。不満はあるが今はそうするのが最善であるように思える。


「わかりました。皆さん! 頑張ってワトニーを富士山に連れて行きましょう!」

「「おー!」」



 一行は富士山に向けて歩き出した。現在昼前。ジャージの上に防寒着を着込み、大きなリュックを担いで一列になって進む。


「シャチョー! 今日の日程を教えテくだサイ!」

「ふむ。山中湖から富士山五合目までの距離は三十七キロメートル。時間にして六時間の行程となる。当初は五合目で初日の出を拝む予定であったが、ワトニーを預けるために山頂まで行く!」

「シャチョー! 山頂は無理デスよ!」

「……冬だし死ぬ」


 社員達はごもっともな文句を垂れた。


「心配するな! 実は五合目にトーマス・エジ宗次郎博士の秘密のエレベーターがある。それに乗れば山頂の研究所まで一瞬なのだ」

「懐かしいですわー!」

「思い出したくないですわー!」


 お嬢様たちは富士山頂の研究所には訪れた事がある。以前メル子とアンテロッテのご主人様設定がゴキブリロボによって書き換えられてしまった折、それを直す為に研究所まで登ったのだ。


「ところでマリーちゃん達はどうしてキャンプ場に来ていたのですか? 普通は入れないはずですよ」


 メル子はワトニーを抱き抱えて歩いている。それなりの重さがあるのでリュックを背負うのは免除されている。代わりに一行の先頭を歩く登山ロボのビカール三太郎が荷物を持っている。


「ビカール三太郎さんに誘われたのですわー!」

「ビカール三太郎がどうしてアン子を?」


 黒乃の丸メガネがキラリと光った。


「そういえばビカール三太郎はしょっちゅうアン子の出店に来てるよな。ひょっとしてコイツぅ!」

「ご主人様! からかったら可哀想ですよ!」

「あんたが死にそうになったって俺が氷の壁にザイルでぶらさがることになったってお互いに干渉しない」

「相変わらず山言語は何言ってるかわからんな」


 一行は順調に歩を進めていった。天候は快晴。気温はこの時期にしては暖かい。山道までは舗装された道路が続く。傾斜もなだらかで歩きやすい。

 二時間歩いたところでいよいよ本格的に山の中に入った。建築物は見えなくなり細い道路だけが伸びている。舗装面は無くなり歩きにくくなる。しかし初日の出目当ての登山客がちらほらいるので不安はない。


 一行が歩いているのは吉田口登山道だ。吉田口登山道は古くからあり、唯一麓から山頂まで徒歩で登れるルートである。

 三時間歩いただけだが既に黒乃は疲弊していた。前日からのスケジュールが過密過ぎであり、完全に自業自得である。


「ハァハァ、あかん……もう帰りたい」

「ご主人様!? まだ山道に入ったばかりですよ」

「結構だらしないでございますのねー!」

「お嬢様なら山頂まで走って登れますわよー!」

「「オーホホホホ!」」


 黒乃は不満たらたらで歩いているが、他のメンバーにとっては素晴らしい行楽になっているようだ。山道は整備され、冬の静まり返った森が目に心地よい。澄んだ空気を吸い込むと体の隅々まで清涼さが行き渡るように感じた。


「先輩、茶屋がありますよ」

「シャチョー! ここでお昼にしまショウ!」

「ええ? ああ、うん」


 一行は滑り込むように茶屋に入った。座敷に通されぐったりと座り込んだ。


「シャチョー! うどんがありマス!」

「お前ほんとうどん好きだな」

「……甘いの食べたい」

「フォト子ちゃん、ちゃんと食事は摂らないとダメですよ」

「おフランス料理はございませんのー!?」

「うどんはどんなに食べても食べすぎるということはない」


 皆元気よくうどんを啜った。一休みすると黒乃もみるみると元気を取り戻した。


「ワトニー寝ちゃったか」


 ワトニーはメル子の膝の上で丸まって寝ている。これ以上ない安らかな寝顔である。


「ご主人様、どうしてワトニーは山中湖にいたのでしょうか」

「うーん」


 黒乃は寝ているワトニーの頭を撫でた。柔らかい毛皮が手のひらをくすぐった。


「メル子に会いにきたんだとおもうよ」

「私に……」


 充分に休憩を取ると再び五合目に向けて歩き出した。この時期は山頂への登山ルートは閉ざされているので五合目までしか登れない。それでも大晦日の富士山には人が大勢詰めかける。ほとんどが車で登ってくるが、黒乃達のような物好きも少なくない。


「うう、うう、足が痛い……」

「ご主人様、大丈夫ですか?」

「うう、痛いけど頑張る」


 そのまま二時間頑張ったがとうとう黒乃は歩けなくなってしまった。地面に座り込みボロボロと涙を流している。


「うう、あんよが痛い。もう歩けない」

「ご主人様、無理をしないでください」

「先輩、ロボタクシーを呼びますか?」


 皆で諦めるように説得したが黒乃は中々言うことを聞かない。すると見かねたビカール三太郎が黒乃を担ぎ上げた。


「やすむな。足がうごかなくなったら目で歩け」

「目で!?」


 ビカール三太郎は黒乃を背負い力強く歩き始めた。その歩みに揺らぎはなく踏みしめた大地が焼けつくかのような熱量を放っている。


「うう、ビカール三太郎、ありがとう、あちち、あち、背中が熱い!」


 黒乃を背負ったまま一時間歩き続け、一行はとうとう五合目に到着した。


「やりましたわー! 着きましたのよー!」

「シャチョー! 日が落ちる前ニたどり着けて良かったデスね!」

「うう、ありがとう」


 展望台に集まり下界を見下ろした。冬の澄んだ空気のおかげで遥か彼方まで見通すことができた。空を見上げればうっすらと星空が見えた。その幻想的な光景は登山の疲れを一瞬にして吹き飛ばした。


 しかし黒乃達のゴールはここではない。トーマス・エジ宗次郎博士の研究所まで行かなくてはならない。初日の出を拝むのはその後である。

 展望台の駐車場のトイレに一部屋だけ清掃中の個室がある。実はここがエレベーターの入り口である。黒乃は扉を開けた。中は一見何もないが地面に隠し扉があるのだ。それも開け現れた階段を降りるとエレベーターの扉らしきものが行く手を遮っていた。扉の横のインターホンを押した。


『誰じゃ! ここは誰も通さんぞ!』スピーカーから声が聞こえた。

「あ、ども。黒ノ木です。ワトニーを保護して欲しくて来ました」

『メイドロボはいるのか!?』

「二人います」

『入れ!』


 エレベーターの扉が開いた。



 エレベーターを降りると富士山の山頂付近にあるとは思えないほど巨大な設備の研究所が待ち構えていた。様々な実験器具が所狭しと並べられている。

 ゆったりとしたスーツに蝶ネクタイ、白髪のやや太り気味のロボットが一行を出迎えた。


「久しぶりだの。ワシがトーマス・エジ宗次郎じゃ!」

「博士! ご無沙汰しております」


 黒乃と博士が以前出会ったのは北海道だ。博士はロボット猫のチャーリーを無理矢理連れて巨大ロボ、ギガントニャンボットと共にニコラ・テス乱太郎との戦いに現れたのだ。

 黒乃はワトニーの件を説明した。


「なるほど、そういう事じゃったか」

「ですので、博士にワトニーを保護してもらいたいんです」

「ふむ。ならばワトニーは私が責任を持って預かろう。みすみすニコラ・テス乱太郎のやつに渡すことはできんからな」


 黒乃はほっと息をついた。


「お願いします! 良かったねメル子!」

「はい……」


 一行は研究所の屋上テラスから沈みゆく夕陽を眺めていた。山頂付近は分厚く雪が重なり、その白い肌が夕陽で赤く染まっていた。

 本来は五合目の宿泊施設に泊まり朝日が昇るまで待つ予定だったのだが、博士の計らいで研究所に泊めてもらえることになった。初日の出はこの研究所で拝むことになりそうだ。


 八人にそれぞれ二人部屋が割り当てられた。その一室でメル子は物思いに耽っていた。ベッドに座り暗くなった窓の外を眺めていた。


「どしたの? メル子」

「いえ……」


 メル子は何かを抱きしめるような仕草をした。ため息をつきようやく黒乃の方を見た。


「ワトニーは……本当にこれでよかったのでしょうか?」

「博士に預けること?」

「はい」


 黒乃はメル子の横に座った。二人で窓を覗き込んだ。


「うちのボロアパートじゃ飼えないし、浅草工場だとまた逃げ出すかもしれないし、かといって変態博士のところに戻すわけにもいかないし、結局ここが一番なんじゃないかな」

「そう……ですよね」


 黒乃はメル子の頭を撫でた。メル子もそれに身を任せた。


「でも、結局はメル子がしたいようにするのが一番だと思うよ。ワトニーはメル子を頼って来たんだし」

「私がしたいように……」


 いよいよ年が明けようとしていた。

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