第151話 ろぼキャン! その四

 富士山麓に浮かぶ優美な富士五湖。その中で最も広く最も高い湖が山中湖やまなかこだ。湖面は富士の荘厳な姿を優しく受けとめるかのように穏やかで乱れがなく、朝日の帯を水面に軽やかに広げ富士へと渡る光の橋を描き出している。


「ピピピ、ピピピ」


 メル子の口からアラーム音が発せられた。その音で最初に目を覚ましたのはもちろんメル子だが、すぐに隣のテントの住人達も動きを見せた。

 ドーム型テントの前室から這い出てきたのは四人。金髪巨乳メイドロボメル子、赤みがかったふわりとしたショートヘアと真っ赤な唇が艶かしい桃ノ木桃智もものきももち、遠くから見てもすぐロボットだとわかるFORT蘭丸ふぉーとらんまる、小柄な少女のような青いロングヘアのロボット影山かげやまフォトンだ。


 全員ジャージ姿で大晦日の朝日を浴びた。眠い目を擦り、大きく伸びをした。


「皆さん、夜は良く眠れましたか?」

「女将サン! バッチリ眠れまシタ。テントって寝心地いいんデスね!」

「……寝袋柔らかかった」

「断熱性が高いから凍えなくて良かったわ」


 八又はちまた産業製の最高級キャンプセットをレンタルしたのでその性能は折り紙付きだ。

 四人は五つのテントの真ん中にある一際大きなテントに視線を集中させた。そのテントだけ入り口が閉じたままで、中の住人が在宅であるのが丸わかりだ。

 四人はそのテントの前に集まり入り口を開けると、中の寝袋を力を合わせて引っ張り出し無造作に地面に転がした。寝袋にミノムシのように収まっているのは長身黒髪の黒ノ木黒乃だ。


「ご主人様、起きてください。朝ですよ」メル子が寝袋に手を添えて揺らすと唸り声を出した。

「ううう……私が落としたのは金のお肉です」


 中々目覚めようとしない。それもそのはず昨日は浅草から山中湖まで自転車での十時間の走行、修行のような火起こし、夕飯作り、ビービーキュー、ログハウスでの風呂とイベント盛りだくさんだったのだ。

 風呂上がりに即寝袋に潜り込んだ為、自慢のお下げは解け寝袋の外に無造作に広がっていた。


「シャチョーってこんな顔してたんデスね! 素顔を初めて見まシタ!」

「……そこそこ綺麗」

「ハァハァ、先輩」


「イデデデデ!」皆が集まり黒乃の顔を覗き込んでいると急に黒乃が叫び声をあげた。

「……あ、ごめんなさい。クロ社長の髪の毛踏んでた」フォトンは慌てて足をどかした。


 ようやく目を開けた黒乃だったが身動きが取れずにパニックになってもがいているようだ。


「メガネ! 私の丸メガネはどこなの!?」


 メル子が丸メガネを装着させるとようやく落ち着いたようだ。寝袋から脱皮するように這い出てきた。しかし寝袋の上に座ったまま動こうとしない。


「なんで私、外で寝てるの?」

「寝ぼけて転がってきたのではないですか?」

「冬にテントの外は死ぬでしょ」


 メル子は黒乃の後ろに立つと長い黒髪を編み始めた。

 前日と違いゆっくりと時間が流れた。朝の柔らかな日差しと鳥の囀りと水が打ち寄せる音。都会とは違う時間の流れに身を委ねた。


 起きてまずやることは水の確保と火の確保だ。FORT蘭丸はログハウスに行きウォータージャグを運んできた。桃ノ木は火を起こしていた。前日と同じようにメタルマッチを擦った。二回目なので拍子抜けする程簡単に火が起きた。さすがにきりもみ式の火起こしはやる気にならないので皆桃ノ木の焚き火から薪を拝借して自分の焚き火台に焚べた。


「皆さん、朝はお手軽にホットサンドを作りましょう」


 メル子は四角いフライパンが向かい合わせに二つくっついたような道具を取り出した。これはホットサンドメーカーと呼ばれるものでキャンプの定番ギアである。片方のプレートに食パンを置き、その上に具材を乗せる。さらに食パンを被せプレートを閉じる。この状態で焚き火に焚べると簡単にホットサンドが焼ける。


「具はお好きなものを挟んでみてくださいね」

「これは楽しそうね」桃ノ木はご満悦のようだ。

「……カマンベールチーズ残しておけばよかった」フォトンは昨日チーズをまるごとアヒージョにした事を悔やんでいるようだ。

「スライスチーズならありますよ!」


 皆思い思いにクーラーボックスを漁っている。バッテリー内蔵の冷蔵機能付きクーラーボックスの為、食材はしっかりと保冷されている。ログハウスでコンセントを挿しておけば何日でも保つ。


「ボクはうどんを入れマス!」

「……甘いの作ろう」

「待て待て待て! お前ら〜!」


 黒乃が急に騒ぎ出したので皆きょとんと声の主の方を見た。


「どうかしましたか? ご主人様」

「これは合宿だからね、普通にホットサンド作っちゃ面白くないでしょ」

「ホットサンドに面白さが必要なのでしょうか?」


 お互い顔を見合わせて腑に落ちない表情を見せ合った。


「この合宿は面白いゲームの企画を捻り出すための合宿だからね! レジャーじゃないから!」

「そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました」

「じゃあシャチョー、どうするんデスか」


 黒乃はクーラーボックスの中から野菜の束を取り出した。細長い緑色の野菜だ。


「これをホットサンドの中に入れてもらう!」

「これはロボシシトウですね」


 シシトウとはナス科トウガラシ属の果実で、普通のトウガラシと違い辛味がない。しかし稀に激辛のシシトウが混じっている事があるのだ。これはストレスを受ける事により辛味成分を出す遺伝子が活発化してしまう為だと言われている。

 ロボシシトウは五十パーセントの確率で激辛になるように品種改良されている。


「シャチョー! ボク激辛苦手デスよ!」

「ガハハ、じゃあ頑張って五十パーセントを引くんだな」


 渋々ロボシシトウを一本ずつ自分のホットサンドに挟み込んだ。

 プレートを焚き火に焚べるとすぐにパンが焼けるいい香りが漂い始めた。同時にクッカーの鍋で湯を沸かし固形のコンソメスープの素を投入した。


「皆さんそろそろ焼けましたか!?」

「……焼けた」


 プレートを開けるとこんがりと狐色に焼けたホットサンドが現れた。香ばしい香りが辺り一面を包み込んだ。


「おお、みんな焼き上がりは完璧なようだね。よし! じゃあFORT蘭丸!」

「ハイィ!?」

「お前から食え! なにサンドなんだい!?」

「ボクのはうどんサンドデス!」

「また炭水化物と炭水化物がダブってしまっています!」

「いいチョイスだ!」関西人の黒乃には好評のようだ。


 うどんサンドはまずホットサンドメーカーでうどんだけを焼く。その後パンに挟み込んでもう一度焼くのだ。


「食べマス!」FORT蘭丸は恐る恐るうどんサンドに齧り付いた。

「美味しいデス! 辛くありまセン!」

「チッ。どれどれ……」黒乃も一口齧った。

「ふむふむ、強めに焼いたうどんと強めの味付けのおかげで焼きそばパンみたいな雰囲気を出しているな。中々美味い!」

「アリガトウゴザイマス!」


 桃ノ木は自分が焼いたサンドに齧り付いた。「辛くありません」

「なんだハズレか。どれどれパクリ。んん? カニサンド!? いやカニカマか!」

「はい。カニカマにマヨを和えましてキャベツの千切りを加えました」

「ん〜、ナイスアイディア。朝からリッチな気分になっちゃうね」


 次はメル子だ。


「私のはフェイジョンサンドです!」

「何それ!?」


 フェイジョンはインゲン豆を煮込んだブラジルの料理だ。


「とろみを強めに出すために徹底的に煮込みました!」

「そんな時間なかったでしょ」

「家で煮込んできました!」

「……メル子ちゃんズルい」


 メル子はフェイジョンサンドに齧り付いた。「いい出来です。ロボシシトウも辛くありません」

「あれー? みんな運がいいな。どれ一口もらおう。モグモグ。ああ、なんだろ。ほっとする味だ。ホットサンドだけに」

「フェイジョンはブラジルの味噌汁みたいなものですから。家庭の味です」


 フォトンの番だ。


「フォト子ちゃんは何を作ったのかな?」

「……チョコサンド」


 フォトンは小さな可愛い口を精一杯開いてチョコサンドに齧り付いた。熱々のチョコがとろりと溢れ出し顎に垂れた。それを人差し指で拭い取ると口に咥えた。


「可愛いです!」

「辛くない……あまーい」

「チョコサンドか。一口ちょうだい……モグモグ。あま〜い。温かいから甘さがマシマシで脳天を直撃するな。お、バナナも入ってるのか」


 ここまで誰も激辛ロボシシトウにあたっていない。


「ってことは確率的に考えて全部甘口ってことかな。企画失敗だ〜」


 最後は黒乃のホットサンドだ。勢いよく齧り付いた。


「私が作ったのはとろろめかぶサンド! 胃に優しい朝の定番を挟んでみました。ブー!」

「ぎゃあ!」


 黒乃は勢いよくとろろめかぶを噴き出した。熱々のとろろめかぶがメル子の顔面にヒットした。


「ぐあああああああああ! 辛い! うあああああ!」

「目が! 目に辛いとろめかが! 痛いです!」


 二人は地面を転げ回って悶絶した。


 朝食が終わると昼まで自由時間となった。今回の合宿のメーンエベントは富士山に登り初日の出を拝む事である。昼から出発の為、それまでは心と体を落ち着かせて試練に備える。

 

 メル子は丘の上でスケッチをしているフォトンに声をかけた。


「フォト子ちゃん、富士山の絵ですね」

「……うん」

「どうして巨大ロボがいるのですか!?」

「……いそうだから」


 桃ノ木はキャンプ道具の整備をしていた。皆のクッカーを丁寧に洗っていた。


「桃ノ木さん、洗い物なら私がやりますよ」

「いいのよ。こういう道具をいじるの楽しいもの」


 FORT蘭丸は木の間にハンモックを吊るし寝ながら本を読んでいるようだ。


「蘭丸君、何の本を読んでいますか?」

「女将サン! 『Roboctive C++』デス! ボクが一番好きな本なんデス! 女将サンも読みマスか!?」

「いえ、結構です」


 黒乃は湖のほとりで椅子に座り釣りをしていた。


「ご主人様、釣れますか?」

「さっぱりだね」


 黒乃は竿を立ててルアーを引き上げた。


「ご主人様、それ海釣り用のロボルアーですね」

「え? そうなの?」


 ロボルアーとはナノマシンが配合されたルアーであり、糸が切れると三十分で分解されて自然に還る環境に優しいルアーだ。保存する時は専用の溶液に入れておかなくてはならない。


「はぁ……」黒乃はため息をついた。

「なんかやることなすこと失敗ばっかりだな」


 再びルアーを湖に投げ入れた。雲一つない青空が映った水面に綺麗な波紋が広がった。


「失敗……ですか」

「うん。こんなんで会社をやっていけるのか不安になってきたよ」

「ご主人様……」


 メル子は黒乃の椅子の後ろに立つと首にそっと腕を絡ませた。


「大丈夫ですよ。私がいますから。頼もしい仲間達もいます。大丈夫です」

「……うん」


 その時ロボルアーに引きがあった。慌てて竿を立てると折れ曲がらんばかりにしなった。


「うわ、何これ!? おもっ!」

「ご主人様! リールを巻いてください!」


 黒乃は椅子から立ち上がり踏ん張った。メル子はタモ網を構えて獲物に狙いを定めた。相当の大物のようだ。黒乃は必死に竿を動かし獲物と格闘した。

 リールを巻き獲物が近づいてきた。大きい。茶色い物体が二つ見える。


「なにこれ!? 魚なの!?」

「ご主人様! 今です!」


 メル子の声を合図に竿を強く引いた。その勢いで獲物が宙に大きく跳ねた。


「ええ!?」

「なんですかこれは!?」


 宙を舞って地面に落ちたものは串が二本刺さった肉塊だった。


「私が落としたお肉ちゃん!? 帰ってきた!?」


 そしてもう一つ、その肉塊にしがみついていたものは……


「ワトニー!?」


 メル子は驚愕の声をあげた。

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